なぜ学校へ行き、勉強するのは義務なのですか?

目標を達成するするのに必要な力

 

1変わらないことを受け入れる柔らかさ

2諦めずにやれば叶うという粘り強さ

その二つが必要で、

何より、その二つのどちらなのか

を見極める賢さで差がつくと思う
で、学校の勉強に至っては2しかありえない

それで勉強はできた方が

大人にとやかく言われないし、

優遇されるし、しない手はない

勉強しない方がいい理由があれば教えて欲しい

 

勉強する意味を聞かれて

私が答えるとしたら

 

1ばっかりで2がどうも…というのは

勉強をしてこなかったのかな?と思う

2がない1は柔らかさではなく、

事勿れ主義の臭いものには蓋をするだし

1のない2はただの頑固者、ど根性バカ

 

2の力をつけるのに

学校の勉強は最適

 

やれば絶対達成できるから

 

1の力は大人になれば

嫌でも身につく

 

だから、最後、

自分の人生を自分らしく進めるにあたり

その舵取りである

1の状況なのか?

2の状況なのか?

を見極める賢さが

差がつくところなのかなと

 

そして、賢さとは

本を読んだり人に聞いたりして

蓄える知識だけでなく

肌感覚というか

動物的勘というか

自分の中で経験をくりかえして

身についた感覚での判断と

知識と確率、あらゆら条件をないまぜ

選択を弾き出す力

というのが私の言いたい賢さだ

 

感覚を鋭くさせて

今は

アクセルを踏み込む時なのか?

ブレーキをかけて様子をみるときなのか?

そんな風に自分をコントロールしていきたい

 

1も2もやりきってみないと検証できない

事故って失敗してみないと

感覚は身につかない

 

だから子供には

たくさん失敗を経験してほしい

 

だから子供には

たくさんかっこいい大人を見てほしい

 

自分の子供だけでなく

私は自分のダンスカンパニーの公演は

子供たちに見てほしいなと思ってる

 

(10/14のイベントは

小学生まで入場無料です)

 

そして、

3年後、私が30歳になる年には

小学校、児童養護施設、少年院

で表現指導やダンスを見てもらいに

全国をまわりたいなと思ってる

 

「未来は前途洋洋」

そう伝えられたらいいなと思ってる

 

子供に向かって自分は夢を追わないのに

「未来は明るい」だの

「夢をもて」だの

言うけれど、私は

実際に背中で示せる大人になってたらいいな

 

米国で表現療法(ダンスセラピー)が盛んなように

(私は別に資格とかいらないから実務を)

学年に一人紛れてる

家庭に自分の居場所がない子に

他にも生きる道はあるよと

伝えられたらいいななんて思う

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP