人生逆転学

 

 

昨日、結構重たい記事を書いた

犯罪者の背景

 

 

他人事だと

自分の世界の話ではないと思うかもしれない

 

 

でも、私は思うの。

 

 

そういう多数派に属しているという安堵の影で

少なからず生きづらさを抱えている人はいるし

少数派な生い立ちの人の中でも突き抜けちゃって

自分中心に世界をまわせるようになっている人もいる

 

ぶっちゃけ、生い立ちなんて関係ないんだよね

私は自分の美学を押し通してきた

絶対に手放さなかった

美学が、なかっただけでしょ?

 

多くの人はあの記事を読んで

自分はマジョリティだと感じたかもしれない

そんな世界があるのかーと他人事で。

一握りの人はあの記事を読んで

わかるなと頷いたかもしれない

 

でもね私は

育った環境が似ていて皆同じように育つのであれば

マイノリティではないわけで

結局、その人の選んだ人生なんだよ

 

そう考えると

あの記事を読んで自分と違う世界の話だと

客観視している人たちも

マジョリティだと思って安堵を求めるから生きづらいのでは?と思う。

誰もが皆、マジョリティでもなければ

マイノリティでもなく、一人の人。

 

そう認識してから

人と人の繋がりが本当の意味で築けるようになるのではないか。

 

 

あれだけ説得力のある文章だけど

自分の人生を正当化しているわけでもないところに

みんな気持ち悪さをかんじるんだと思う。

淡々とひとつの仕組みを書いているだけ。

でも大人から子供時代に乱用された人

みんなに当てはまる仕組みではない

 

 

 

わかっていても選んでしまうその人の弱さ

そしてその人はその道をただ選んだだけ

私は選ばなかっただけ

 

ただそれだけ

 

犯罪を犯さずとも

人に嫌がらせをしたり

嘘をついたり

執拗に追いかけたり

人の足を引っ張ったり

そう言う人も同じ穴のむしろ

美しくない

 

なんだか、犯罪を犯してしまうのは

環境のせいだ!社会のせいだ!!と

責任を擦り付けている風にはとれないところが

薄気味悪い、人臭さを感じない

 

そんなトリックを計算づくでしこめてしまうのは

恐ろしいなぁ、汚いなぁと思う

 

それでも私は切って捨てたい

この敗者め。

何をどう言おうとあなたは絶望からあがってこれなかった。

たとえ無からのスタートだとしても

人には無から有を生み出す力があるのを

あなたは怠っただけだ

 

でもいつからだって

有にすることができる

感覚を閉ざさずにいれば。

 

自分はマジョリティだと思ってる人も

自分はマイノリティだと思ってる人も

ちゃんと「自分」という一人の人に向きあったらいい。

 

甘いんだよ。

生きる希望がない??

もともともってない?

なら、つくれば?

苦しいなら足掻くしかない

いつまでもママのおっぱい探してないで

自分の足で立って歩き

自分の手で「安心」を掴み取れば?

 

いつまでも嘆いてたって

変わらぬものは変わらぬ

 

 

0からのスタートだったからって

やるかやらないか

 

基本的にバカなんだと思うんだ

変わらないものを変えずに受け止める柔軟さと

変えられるものを変えるガッツ!

その二つを見極める賢さがないんでしょ!

 

えー私は

「この世はこんなに私に優しい」

と思ってるんだけど

あなたの在り方で全てが決まる

 

もっと自分に真剣に

自分の命大切にできないのを他人のせいにするな

 

 

 

 

 

 

 

 

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