起こったことはすべて正しい。ジャッジする愚かさ

 

 

 

お迎えの近いご老人の

およそ8割の方が言うそうだ。

 

「もっと無茶すればよかった。もっと自分を信じて冒険すればよかった」と。

 

 

昨日テレビで俳優の津川さんが言ってた

「起こったことは全て正しい」と。

 

私の大好きな小説「スロウハイツの神様」は、

「いいことも悪いことも長くは続かない」と書かれている。

 

 

自分の生まれてきた喜びを感じれぬほどの忙しい毎日の中で

さらに楽しみを先送りにするような生き方を

どうして私たちは刷り込まれてしまったのだろう。

 

今の苦労や楽しみを先送りにして頑張ってる私が、

いつかじいさんばあさんになったら報われるという期待

 

果たして本当にそうなのだろうか。

 

私は今、生きてる喜びをめいいっぱい感じられる生き方を選ぶことに決めた。

 

 

すると楽しみ先送り苦労信者はこう助言する。

なんちゃらになってしまったらどうするの?

なぜ、あなたはダイレクトに幸せになろうとしないのですか?そうしていれば時期がくるんですか?今、足りないものが苦労を耐え忍んでいれば満ちてくると思ってるんですか?

 

なぜ、無駄に自分で幸せを遠ざけるんですか?怖いのですか?報われてしまったら、歯食いしばって、しっかと立ってる足元が崩れさる、頑張る理由がなくなると思うからですか?

 

頑張っていないあなたには価値はないと自分で決めているからだと思うんです。私たちの存在価値はそんなに軽いものじゃない。ましてや、何かをしてないとなくなるような価値ではない。そもそも、価値という考えが嫌いだ。

 

私たちの命はものではない。恋愛も知らず知らずに、市場の中での等価交換になりがち。自分の価値に見合った、最高値で取引交換できる相手を探してる。

 

損得勘定で自分の人生を決めると、気付いたらおかしなところに迷いこんじゃうからね。

 

 

起きたことはすべて正しい。

この言葉を言えるって本当にすごいことだ。

ときには損だと思うことも

ときには理不尽で何のメリットもないと思うことも

起きたときどんな心で受け止めるかで

天と地ほどの学びの違いがある。

 

 

私は自分が生きてると思えることなら

リスクなんて厭わない

だって私はどんなことが起きても

どんな場所でも私は私

 

あなたにとって私の選択は勝算なしだとしても

単純にそれはあなたの心が決めてるだけだ

私は損得や正義か悪かやメリットデメリット

将来性とかそんなの度外視な選び方だ

なぜかって?

 

起きたことは全て糧になると知ってるから

だから今は面白い面白くないかだけで選ぶ

 

つまらんことはしないし、

つまらん人ともいないし、

つまらん悩みも持たない

 

人生は楽しまなくちゃ。

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