今やりたいことが好きなこと

 

 

いたってシンプル

 

好きなことはね、

やめたくなったら

今すぐやめられるくらいの方がよい

 

 

そもそも、やりたいことをやるとき

「今」やりたいことをしている

ただそれだけのことだから

 

過去の栄光に縛られてたり

置いてきた気持ちのリベンジだったり

将来への不安からだったり

何かへの怒りからだったり

誰かへの嫉妬心からだったり

見返してやる!という気持ちからだったり

それって「好きなこと」

と勘違いしてしまうくらいに

大きなエネルギーでできてしまう

 

だけど薄々感じるはずだ

「ひとり」だということに

孤独との闘いになり

何かを犠牲にして進むものになってくる

 

成し遂げることの意味がわからなくなる

「何のために?」とか考え出したら

一旦立ち止まってみてもいいと思う

 

ふっと捨ててもいいかなくらいに

力が抜けたときが

あなたの本領発揮できるときだ

 

好きなことをするって

つまり「今」なんだ

過去の自分のためでもなく

未来の自分のためでもなく

「今」の自分

今やりたいこと

 

 

だから明日私が踊ってるかはわからない

でも私が自分を一流だと思えず

二流の超一流だと思うのは

一流の人は好きを超えた執念がある

 

私にはそれはないんです

私的な幸せを優先するし

ごく当たり前の

好きな人とご飯を食べて

朝起きたら隣にいる

それが私の幸せなんだよね

 

これは変えられない

例えば踊り手として世界的に有名になること

ごくふつうの温かい家族を手に入れること

どっちかしか手に入らないなら

間違いなく後者を選ぶし

後者をベースに持ってないと

私は前者を叶えたいとも思わない人間だ

 

幸せのあり方は人それぞれ

それを己でわかってない人が多すぎる

なぜ、みんなの幸せを目指すのか?

なぜ、あなたの幸せに気づけないのか?

 

頑張ったり、努力することなんて

本当に最後の最後でいいんだよ

 

何より重視して注力すべきは

努力の方向性と、自分の在り方。

そこすっ飛ばして頑張るから

「頑張らなくていい論」

「ありのまま論」が横行する

いやいや、怠惰な気持ちで

欲しいものが手に入るって

都合よく解釈するのは

タッチの差で語弊がある

自分の心の声を聞いて聞いて聞きまくるのは

避けては通れない

そこはシビアにストイックなんだ

 

 

頑張る時は、

頑張らなくていいなんて言葉

耳に入らないから!

むしろ!自分が頑張ってるとさえ

自覚してないから

楽しくて楽しくてやってしまうとき

人が応援したくなる努力家と映るのだと思う

 

楽しくて楽しくてやってしまう

これは「今」にフォーカスしてて

過去や未来に引っ張られておらず

自分に夢中。

こんなときだと思う。

 

というか、私はそんな人が大好き。

余裕があるし素直!執着がない。

 

好きなことに向かって!

夢に向かって!

努力してる!頑張ってる!

っていう人の中に

見てるとこっちまで息苦しくなる人と

希望や勇気をもらえて応援したくなる人

そんな二者がおりませんか?

 

その差は何だろうと考えた時

答えは

根っこが「執着」か「好奇心」か

の違いかなって私は思った。

 

で、こんな私の戯言ごときに

左右される人は

間違いなく天才ではないから

見極める目を養ったら

よろしいんではないか。

 

因みに私の言う天才やカリスマは

エジソンや織田信長。

私は彼らとは違って二流だ。

 

歴史は得意じゃないけど好き。

好きで得意なのが数学。

 

何はともあれ、

好きなこと、

得意なことに

執着した瞬間

それは能動的な活動ではなくなるよ!

 

かられるような活動は

ダンスも伸び代が狭まります。

 

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