犠牲者面して褒める人たち

 


 

 

稀に、

 

褒められてるのに正直嬉しさとは真逆の

「気持ち悪さ」を感じることないですか?

 

 

 

なんかちっともありがたくない。

ぶっちゃけ、そう思っちゃう

むしろ、それ以上しゃべんないでくれ!みたいな。

 

 

 

 

「褒める」という一見「善い行い」なのを隠れ蓑に

自慰行為をしている人がいるからだよ。

 

気付かずにやってるから尚のこと厄介

 

 

 

すごい勢いで「私なんか」と自分を落として褒めてるんだけど

相手を到底手の届く訳がないところまで

棚どころか雲の上くらいまであげて

 

自分が今いる場所の正当性を確認して安心したいだけなのね。

 

無意識だと思うんだけど、

「褒めた相手は特別な存在だから

自分は努力したりトライしなくてもいい」って、

やらない理由をできるわけがない理由に

自分の責任をこちらの責任としてなすりつけてくる。

 

 

 

これにはとても敏感。

 

私と距離を近づける為の褒め言葉か、

私から距離を遠ざける為の褒め言葉か。

 

 

ズルいんだよ、斜に構えてうすら笑われてる気さえしちゃうよね。

茶化されているような、

別にそれはどうぞご自由にって感じなんだけど

それを「褒め言葉」というキレイな包装紙で包んで送りつけてくる必要はある?

 

 

 

 

 

褒めている相手をエサに自慰をし

そしてそれを不意打ちで見せているのに気付いていない。

自慰は一人でやってくれよ!!って思っちゃう訳です。

 

ええ格好しいの極みですよね。

 

 

 

 

 

日本人は褒められるのが苦手とか

謙遜しているとか

自己肯定感が低いから

ってそういう論点の話では全くない。

 

 

褒めることにより、

自分自身からも褒めた相手からも距離をとる(逃げる)ということをされてしまうと

私はもう無力。何もできない。透明人間。

 

 

そもそも縦のつながりでしか人付き合いをしてないんだな

 

優劣をつける人たちなんだ

 

自分よりすごいかすごくないか

自分より幸せか幸せじゃないか

自分より金持ちか金持ちじゃないか

 

自分よりも不幸な人を見ては満たされ、

自分より幸せな人をみて急に焦ってる人

 

私はそんな時、全力で現実をぶつけてしまう

ほぼ無意識に。

昔の自分を見ているようでどうしようもなくなって

 

 

自分より下手な人を見ては満たされ

自分より上手な人を見て焦ってる人

 

どっちの対称にされても気持ちのいいものではない

肝心なのは自分じゃないか

 

 

ダンスって、上手い下手じゃないと私が言うのは

そこなんだよね。

 

 

 

犠牲者面するなら全部なくしてもいいって覚悟で演じきってくれ。

あなたは何を願い、何を思い、何を言うの?

 

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