かっこわるくても大きな声で叫ぶことの大切さ

 

 

 

 

 

みんな本当は全然人のことなんか気にしちゃいない。大きな声で叫んでみても届く人にしか届かない。みんな忙しい。それぞれに、問題や悩みや理想を胸に抱え、だからなんとなく人と付き合って、なんとなく同情してみたり…

 

自分の想いを届けるには、結構な覚悟と声で叫び続けないと届かないんだ。


 

 

私はダンサーたるもの「言葉で語ってはならぬ、ダンスで語りたい」と、思いつづけていた。

でもね、世界の頂点をめざしていた私だからわかる。

 

「吉田都さん」ってサッカーで例えるとレアルマドリードのベッカムの地位まで昇った日本人ってくらいに、日本人が誇るべき日本人なんだ。日本人がイギリス政府に認められ大英帝国勲章を贈られてるすごさ。

 

でも、バレエに興味がない日本人はその事実を知らない。

 

私は自分がどういう想いでダンスを踊っているかを話したくなかった。ダンス以外で自分をアピールしたくなかった。やっぱり、ダンスをみて「何であの人はあんな踊りができるんだろう?」って思うダンサーの方がずっとかっこいいと思っていた。昔はそういう風になりたかった。

 

私は天才バレリーナではないし、天才バレリーナになることでしか叶えられないことばかりじゃないんだと、ある時気がついた。だから、今ある能力で最大限に知られることで叶えられる事の方が多いんじゃないかと思った。ダンスのスキルを高めることは当たり前にやりつづけていることだけど、それとこれとはまた別の話。

 

そう!私には吉田都さんのような才能がない分、他でまた補填することができるんだ。そこイジけて怠ってるなんて超もったいない。置かれた場所で咲こうと、少し私が大人になった話です。意地でもダンス一本で勝負したかった。あきらめるのがかっこわるいと意地をはっていた。でもそれはくだらないことで、目的を見失っていたの。私はさ、ダンサーとして有名になることよりも、

 

「自由にダンスの舞台がつくれて、自分もそこで自由に表現して、仲間がいて、たくさんの人がみてくれる」

 

「ダンスがそのつまらない固定概念をぶちこわして、生きやすくなる武器になったり、何のために生まれてきたのか?を気付かせてくれるツールになるんだよ、を広く知ってもらうこと」

 

という二つを叶えたい訳で、そこに『超一流のダンサー』っていう条件は絶対条件ではなかった。

 

なので、いいじゃん!いいじゃん!超一流ぶってかっこつけなくて、私は私でいこう!と思えた。楽しく行こう!あたしはあたしの半径10メートルくらいの人たちの中では、あの天才吉田都よりもバレリーナとして認知されている。知られていなきゃ天才だって、叫んだ人には及ばない。


 

そういう宝の持ち腐れな人たくさんいる。

あなたはどこで咲くつもりなの?そこで咲く意味と、あなたがしたいことは一致しているの?何の意地をはっているの?

 

意地を捨てプライドも捨て、素直に意志を貫き行動する者がどんなに強いか。それを最近まざまざとみせつけられた。どんなに素晴らしいことをしていても「吉田都」ほどの天才でもない限り、大きな声で叫ぶことを怠ってしまえば、武器をもたずに丸腰でやってきた大きな声の人たちに持っていかれる。あんまりじゃないか。

 

 


大きな声で「私はここにいるよ〜」って叫んだとしても、思ったよりも届かないことで、自己満足で終わらせたくないなら天才でないなら叫びつづけることは大切だと私は思う。

 

 


ですから、大きな声で叫びます笑

 

12月19日!!!!!!

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来てくださーーーーーーぁい!!!

 

 

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