好きを貫きたい人へ

 

 

「好き」

をどうしたら貫けるかのお話

 

当たり前だけど

「好き」なだけでは

たくさんのシガラミや

時の流れ、環境の変化で

いつの間にか「好き」は遠い彼方へ

 

そんな人は多い

 

でも、現実に「好き」を貫いている人がいて

そういった人と何が違うのか考えてみた

 

自分のやりたいこと。

「〜せねばならない」に

どうやって風穴をあけ

縫うように這うように

くぐり抜けているのか

 

一つに「執念」だと思う

これは目先の結果に対してではなく

もっと壮大なものであるかもしれない

自分だけの約束の場所に辿り着く

そんな執念。

 

そして、今の時代、

発信」が欠かせない。

情報やモノを消費するだけの立場から

意志さえあれば誰でも簡単に

一抜けできる時代に生まれて

その可能性をくだらないプライドでつぶすのは

「好き」という気持ち

「執念」に欠けるんだろう

 

ブログやSNSで情報を垂れ流すのは恐い??

私のこのブログは始めて3ヶ月

一日に1000人の人が見るまでになったけれど

今のところ危険な目に遭うどころか

思いもよらないチャンスしかいただいていない

 

そして、こんな風に毎日発信していても

人は全く他人に興味をもたない

みんな自分がどうなるか

自分にとってどんな利益があるか

でしか

時間をさいてまで人のブログは読まない

 

だから書けば書くほど

私の「好き」がどんどん

自分だけのものでなく

他と共有するものになっていっている

お陰で自が、より一層輪郭をもってくる

 

基本的には自分の物差しでしか

物事をはかれないのが人間

 

あなたの「好き」が

いつまでたっても

あなただけの「好き」だから

貫くためにたくさんの壁が現れるんだ

それは「財力」だったり

「時間」だったり

「環境」だったり

自分で全て賄えない人間は

「好き」なことをする資格がない

という偏った考えが構築されてしまう

 

いや、だって!!

逆に考えてみてもいい。

私のいうような

『「好き」に対しての「執念」っていうほど

私にはない』とあなたは言うかもしれない

 

だけど、そんな人はまず

この記事をここまで読むことはありえないと思う

 

どこかしら心の奥底ででも

自分にも風穴が開けられないかと

そういう隠れた「執念」を

あなたは捨てきれていないから

だからあなたはこの記事を開き

ここまで読んでいる

 

斜に構えてないで認めちゃえば?

執念という言葉は

「執着して離れない心」

「物事にとらわれた心」

という意味をもつ。

 

囚われてて悪いですか??

仏様になるために

お坊さんになるために

生まれてきたんじゃない

悟った顔して歩いてたまるものか

欲の塊だろうが、煩悩の塊だろうが

何が悪い。

 

 

 

と、一度突っ走ってみたらいい

するといつか気付くんだ

 

純粋な「好き」と

頑固な「執念」の境界線上を

丁寧に歩くのがいい

 

 


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