無理が通れば道理ひっこむ、無理を通す人への対処法

 

 

無理が通れば道理がひっこむ

という諺があって

 

でもこれってマジなんだなと

そういう無理を押し通してくる人

で、こちらをもういいよご自由にどうぞと

疲れさせ降参させることが目的な人たち

 

とにかくその場

こちらを折れさせて降伏させること

勝つこと

そのためには人として大人としてどうなの?

全然筋が通ってないけど!

みたいなことも平気で押し進めてくる人たち

この人たちは自分の弱さを直視できないわけだ

キャンキャン吠えていないと自分が守られないと思っている

 

つまり本当に力を持っている人が

(言い方が難しいけれども、強い弱いっていうか、肝が座っていて器の大きい人)

本気で怖いんだろうなと思うんです

 

そういう非生産なことが

本当にアホらしい

どうだってよくないか

弱かろうが、強かろうが

力を持っていようがいまいが

誰からも認められなかろうが認められようが

どっちだっていいじゃないか

 

不毛だ

 

 

そういう人に対してしまうと

一刻も早く

その人の目的を共に達成して

おさらばしたくなる

できる限り接点を断ち切りたくなる

 

辛いのだ

 

 

UzmeのMaoを初志貫徹するにあたり

無理や無茶を何が何でも通してくる人に

たくさん出くわした

やることが大きければ大きいほど

そういうことが起きるのは致し方ないのかもしれない

 

私のことが眩しいという人がいるけれども

私は私でたくさんの代償を払ってきた

 

無理や無茶を通すためには

非人道的なことを要求してくる訳で

そこを一時的に飲まなければ先に進めないような

そんな選択肢を与えられる

 

それを聞いて私から離れていく人もいて

直接の自分で見て聞いた話ではなく

私そのものではなく

そちらに流されていく人と

ちゃんと私を信用してくれている人との

いいフルイだったなと今になってみれば思う

 

どんなに無理や無茶を突きつけられても

戦う必要はない

 

鋭い刃をこちらに突きつけてきても

私は守らず無防備に刺さりにいく

刺してもいいよ

それで気がすむのならば

 

その刃をもつ人間の中には

赤ちゃんのような小さな小さな人がいて

震えながらこちらを睨んでいる

怯えている、社会に、人に

そんな風に私には見える

 

大丈夫だよ

怖がらなくてもいいよって思うけど

それが私より20も30も40も上の方々なので

知ったこっちゃない笑

 

攻撃的に向かって来られると

ついついこちらも同じ土俵に上がり

まんまと術中にハマりそうなるかもしれないが

それがあなたにとって、

あなたの人生にとって戦わなければならない戦いなのかということを

よく考えたほうがいい

 

無駄な争いよりも

私は自分に負けたくない

他者よりもずっと対自分の方が価値ある闘いだと思う

 

そして、私はほんと、

言ったもん勝ち

やったもん勝ち

を振りかざして強行突破して

人を傷つける人が苦手だ

その場その人は勝った気になるかもしれない

 

そして、こちらはすごく損害が出るかもしれない

でも今、わかったことは

私が築いてきた信用はそんなことでは揺るがない

 

誰かが何かを守ろうとするとき

争いは起こる

好きを守るときも

大切を守るときも

正義を守るときも

それは争いなのだ

争いを起こす正義は果たして本当に正義なのか?

 

私は守らなくても揺るがないものを築いているという自負で

一生、無防備に生きていこうと思う

 

その名も「フルチン戦法」

裸族の曹長なので笑

 

 

 

女のジレンマ、少しくらい危機感を覚えさせたくなるとき

 

 

こんちくしょう!!!

 

 

どうせ冬佳は俺のこと大好きやから

絶対俺の側で寝るんやから

 

そやって安心されていることに

言い方を変えれば

私がどんなに外を出歩いて

終電帰りとか

朝帰りとかでも

信頼してくれてるってことだけども

 

 

安心されすぎて

ほんの少しだけ

不安にさせたくなる気持ち

なんなんでしょう

 

ちょっとくらい向こうから

めっちゃ欲しがる感じを誘ってしまう

なんかそういうの欲しいなって

無駄な抵抗してみるけど

全て読まれているっていう

 

 

で、こういうことしているのは

私はこれでも二児の母で

結婚は二回目なのでね

アホくさいなと思うわけだ

 

だけど

そこ込みでなんだか楽しい

結婚って恐ろしく現実だって知っていて

そしてただの結婚よりも

子持ち再婚なので

前より現実を突きつけられるわけだが

だからこその遊びみたいなのが

とっても楽しい

 

 

 

知っているんだ

どこがどうなったら男女の関係が崩れるか

どこのラインを行き過ぎたら

男の人がいい加減にしろって

逃げていくか

私がどこをどうされたら

もうやめてよ!って

泣き崩れてヒステリー起こすか

 

だから私はすごく大切にしている

でも、我慢したり自分を殺したりするのではなく

伝える努力だと思うんです

 

伝わらないことを前提に

そもそも男女間では前提が違うことを

頭においておいて

そこから考えや思いを伝えること

コミュニケーションの基礎だけど。

 

 

私はこうしてくれたら嬉しい

私はこれができるのが幸せ

私はこうされたら悲しい

そもそもここが男と女では

相当に違うのですな。

 

察して!というのは不可能です

どんなに仲の良い夫婦でも

それはあり得ないと思うんです

あるとしたら積み重ねてきた日々の賜物

 

私たち夫婦の始まりは

ブログだったので

わりかし面と向かった意思の疎通をするよりも

ブログを介して

あぁ、この人はこういう考えなんだなと知ることが多かった

(あ、私は彼のブログの情報量からはなかなか難しかったけど)

 

面と向かっては本当に難しい

でもだったら他にもいろんな方法がある

ノートとか

ブログとか

家庭内掲示板とか(?)

メールとか

LINEとか

どんな方法を使ってでも

夫婦は仲が良い方がいいなと思うんだ

 

 

お母さんが笑っていると

家庭は平和じゃないですか

 

 

愛し合ってる夫婦の元に生まれた子供は

何があっても幸せだと思うんです

 

 

意思の疎通を

私も不器用ながらしていきたいと思う

 

小学校の芸術鑑賞会に呼んで欲しい

 

私がUzmeをわざわざ立ち上げたのには理由があります。

その第一段階として旗揚げ公演をしました。

 

その旗揚げ公演の題材が酷く重いテーマから

希望を見せるという内容だったことにも意図があります。

 

 

世の中には崩壊している家庭がたくさんあります

見えないところで、

小さな子供たちはそれが異常だともわからず

ただひたすら親の愛を受けられるよう健気に生きています

 

Maoもその一人として

 

しかしMaoは希望を見出し

冥界の者たちに見送られ

現実世界に戻り凛と強く生きる道を選びました

 

何がMaoに希望を見い出させたのか

生まれ落ちた家庭環境を変えることは

なかなか難しいことです

 

でも、私は親は選べないし

環境も子供の力では変えられないけれども

一生、親の元で生きるわけではないこと

大人になるにつれ

自分の意志で自分の好きなように

自分の望みを叶え幸せに生きられるということを

子供たちに知らせてあげたい

 

子供の頃の私やMaoのように

生きづらさを感じている子供たちに

その子たちは小学校、中学校、高校、大学、社会人と

成長するにつれ私たちには届かない

とても暗く見えないところへ埋没していってしまい

また本人も救いようのない深い闇に落ちていってしまいます

 

私が公立の小学校に呼んで欲しい理由はそこにあります

 

 

環境は変えられないけれども

自分に負けないこと

くじけないこと

辛かったらどこにでも逃げられること

逃げたかったら覚悟して

ちゃんと助けを求めること

愛されているってどういうことか

安心ってどういうことか

それさえ知らない子供たちに

何かを感じてもらいたい

 

私が救うとかそこまで大それたことは

思っていないけれども

ほんの少し接したあの人の言葉が温かさが

私の支えになっていたこともありましたので

そんな通りすがりの人間として

私にできることがあるのではないかと思うんです

 

表現の素晴らしさは

魂を揺さぶることができること

魂は魂でしか揺さぶれない

 

私はそんなカンパニーを育てています

そんな作品を作りたかった

そんな踊りを踊りたかった

それがようやくスタート地点にたち

400名の方に見て頂くことができました

 

どうか私の望みは自己の承認を満たすことを超えて

子供たちに届けせることです

何かお話がございましたらぜひお知らせいただきたいです

 

uzme.thedancecompany@gmail.com

 

 

自分だけのゴールに辿り着くことを目指して

 

 

私はまだこの先10年

人の期待を裏切り続けると思ってた

ロイヤルバレエ団という名の大きさに

見る影もない私の踊り

子供がいるからと言い訳をしそうになる

 

 

うちに秘めたものを表出仕切れないもどかしさ

私の中の私の最高のパフォーマンスをきめること

それも4ステージ全てにおいて

 

 

私って究極そこだけだった

自分の表現の極みをキメること

 

絶対的に失敗できない極地に自分を追い込んで

ここで決めたら超絶かっこいいっていう舞台を

無意識に作り出して

そこでやっちゃうのがヒーローよねって

 

 

最高にかっこいい自分になるために

ピンチは全て「かっこいい」を際立たせる演出くらいに思って

 

そんな風に自分を自分でけしかけて

誰に言われるよりも自分が自分に一番のプレッシャーをかけてでもしないと

私が私に望む本気の舞は踊れないと思った

 

 

私を誰だと思っているの?

私は大瀧冬佳よ?

くらい言えちゃう私に

 

こんだけ大口叩いて失敗した日には

次はないよね?ってわかっているからこそ言うんです

根っからのギャンブラー

でもね、最悪失敗しても怖くはなかった

それも演出に変えてやる

何度転んでも立ち上がってやる

と言う荒さと勢の中で

Uzme関係者のみなさまは

よく付いてきてくださったなと

感謝が洪水のように溢れて止まらぬ日々です

 

相当大変だったと思う

自分でも自分がこんなにイかれているとは

やってみて初めて気がつきました

どこまでストイックでど変態なのかと

 

Uzmeには最終的に相当な覚悟と意識と変態さを

兼ね備えたものしか残れませんでした

自分の命にどれだけ真摯に向き合っているか

生半可なファッションみたいな本気を携えた人は

それっぽいこと言いながら消えてっちゃった

それから本気で好きでそれをやっている人しか

ここにはいられない

だって大概キツイですもん

 

好きじゃなきゃやってられない

狂おしいほどにそれが好きじゃないとできない

そんな人間だけが集まるUzmeの舞台

もう、なんて言われても怖くないし

お前が何言っている…って感じで痛くも痒くもない

できてない人の戯言ってあんた何目線なの?

って思うわけです

 

それは傲慢さから思うものではなく

あなたに言われなくとも

もう私たちはすでに未来のことしか考えておらず

既出だから聞いている時間が惜しいのです

もうそこは通過点だなんて話、

言われなくともわかっている

終演後、私は泣くと思った

「やったね」

「よかったね」って

それがスタッフキャストから次々に上がる

「団長、再演はいつにしますか?」の言葉

打上げでも未来の話ばかり

待て待て!団長は少し休みたいぞ…なんて思うまもなく

次はどんな作品にしようかと考える

 

もっとクオリティを上げるべく

次の日には有名なダンサーが出演するダンス公演に視察に行く私

日々日常、盗めるものはなんでも盗む

 

それが好きの情熱で

今を生きているなぁと感じる

でも、とりあえず

私は10年は自分の満足いくパフォーマンスはできないと思っていたけれども

人生史上一番満足いくパフォーマンスができました

これは観客のみなさまの反響とか抜きに

自分が感じられればいいもので

だから動員数どれくらいいくかとか

感想の数々によって一切左右されない

自分だけのゴールなんです

 

これはプロとしての

自分の中のポリシーと言うか

なんと言うか譲れないものがあって

それを貫けたことで私は満足

 

新たな大瀧冬佳に向かってまた進める

次はどんなドラマをお見せしようか

ワクワク、ゾクゾクします

とりあえず、金髪ショートにしたい

 

「いつもと違う」に踊らされないメンタルを持て!

 

 

何も書けないな、ブログ

 

今、私の心の中は

スンっとしてる

 

あんまり今から気持ち

アップダウンさせてしまったり

さぁ、やるぞー!と

無理に気合い入れたりすると

空回るのを知っている

 

私の周りが熱を帯び

忙しなく回転しているのを感じて

台風の中心でスンっとしてる感じで

 

お客様からたくさんの期待の声が

メッセージやコメントから届き

団員もスタッフも気合いを入れていて

すごくありがたい

その興奮や期待に飲み込まれていったり

あんまりど正面からその期待を受け入れると

そこに応えなきゃ!と力が入ってしまう

 

最後の最後は

自分のちょうどいいところで

メンタルをコントロールすることにあると思う

私の強みは舞台にたくさん立ってきたこと

自分を出し切れなかず悔し涙を流した舞台

ゾーンにスッコーンと入りきって気持ちよかった舞台

すんごい気持ちよく踊れたと思ったら大したことなかった舞台

 

たくさん経験してきたわけで

やっとその感覚が蘇ってきた

10年ぶりに戻った舞台という場所

感覚が戻らずこの1年だいぶ苦しんだわけだけど

今、しっかり天と地が繋がった感覚を思い出し

大瀧冬佳ここにあり、を感じられている

 

大切なのは

いつもと違うことに一喜一憂しないこと

いい時も悪い時も私は私だ

いつも変わらない

 

 

本番になると急に頑張りだす人がいる

いつもはアップもしないのに

いつもは体を気遣う何かと摂取しないのに

本番になるとそれを急にやりだす

できるなら最初からやっておけよ

 

いつもと違う非日常に踊らされると

自分はそこに酔って気持ちいいかもしれないけど

冷静な目で見たとき最後の日の稽古が

一番高いパフォーマンスができてたり

 

私は非日常に踊らされている場合じゃないし

ちょっと言い方が悪くて誤解を招かないといいのだけど

これだけやってきて応援されないわけがないし

これだけやってきて期待されないわけがないし

これだけやってきて感動させられないわけがない

日本語難しい、そこに感謝や敬意がないってことでなく

私の想定内ということ

 

非日常に踊らされているのではなく

私が非日常を創り出しているから

私が踊るから

 

だから、想像を創造できたこの現状に感謝はすれど、気持ちが浮ついて舞い上がったりはしない。

 

浮かれポンチになると

せっかく練習してきたのがパーになるし

期待に応えようと緊張し上がってしまっても

せっかく練習してきたのがパーになる

 

それはヤダ!

なのでメンタル、メンタル

 

 

スンっとした静けさの中

キラキラした水面にゆっくり波紋が広がる景色を

心の中に描くと落ち着くのでオススメです

 

書くことないとか言って

めっちゃ書けた件

 

経歴もステータスもただのアクセサリー、頼らず裸一貫勝負できる人がかっこいい

 

 

それで本気で生きているとか

それで全力出してるとか

そう言う自分に酔いしれてんなよ

気持ち悪い

それのどこが本気なんだよ

今この瞬間に集中してないくせに

 

頑張ったねぇ、えらいえらい!は

幼稚園児までだバカやろー

 

そんなレベルのひっくい

くだらんことやってんなら

舞台立つなボケ

 

何が俺はダンスのプロを目指すだ

テクニックは関係ないなんて

できてから言えよ、全ダンサーに土下座しろ

ダンス舐めてんじゃねえよ

舞台を何だと思ってんの

ふざけたこといつまでやってんの

 

「降板で」

 

と今度は自然の万物を司る神にキレました

彼は68歳のしかも元世界的なカメラマン

私よりも40も人生の先輩であり

経歴もヤバすぎる

 

だけど。

 

やることできてないなら

私はどんなに世界中に賞賛されている

すごい方だろうがすごいと微塵も思わないし

相手が誰であろうが

Uzmeの舞台に立つ以上

半端な者は除外する

 

 

舞台を降りたところで

どんだけすごい経歴があろうが

お金があろうが何だろうが

そうしたチャラチャラしたアクセサリーを

つけたまんまは舞台に上がれないから

生まれたままの魂むき出しにさせられるのが舞台だと思う

少なくともUzmeの他の団員は

そういう心算で舞台に立つ

 

ほんと、嘘や見栄やハッタリ効かないよ

恥や不安や恐怖まで全部晒されるよ

だから、舐めたことしてると

他の全員がそこに命賭けていたとしても

たった一人の隙で舞台が壊れる

 

いい加減にしろと怒りに震えるわけ

で、何でもっと馬鹿の一つ覚えみたいに

私も吠えること以外になんかこう

手のひらでコロコロしたり

うまく操縦できないのかと

一時期悩んだけど

でもさ、そんなの望んでないからですよね

私は見せかけで誤魔化しで

動いてもらうくらいなら

出なくていいって思うタチだ

 

手のひらの上で〜とか

褒めて伸ばす〜とか

分かるし、たぶんやろうと思えばできるけど

それって相手に敬意がゼロですよね

 

私がキレるのは

相手に敬意と感謝を持ちたいからなんだ

そういう人としか一緒に踊りたくないの

私はそれくらいダンスが好きなの

 

私に敬意と感謝を持たせてみろよ

できるくせに自分でいっぱいいっぱいになって

訳わかんなくなってんなよ

落ち着いていつものあなたに戻ってよ

68なんだろ?40年何やってたんだよ。

裸の王様やん。

 

で、あきらめそうになる

この人に言っても言っても

これだけエネルギーも時間を投下しても

ずっと無駄なまま終わるのかな

得策じゃないよな

こんなところで磨耗してないで

他のやることをやった方がいいに決まってる

 

私はやることがたくさんある

何でこんなじぃさんの相手に

うん十時間も足止め喰らわなきゃいけないんだ

くそったれ!って思うのを溜めて溜めて

どうにか大人的な解決策を模索したけどダメだった

 

 

私を怒らせた、本気で。

ガチギレしてしまった

で、かなーり疲れた

こんなにここにエネルギー使ってしまった

まさにつまらぬ物を斬ってしまった状態だったんだけど

 

動かしたかった二人が動きました

パフォーマンスすごく良くなった

これで私もやっと自分のことができる

これでやっと進める

 

こんなキレ方で何でか?

とかもはやわからないけど

男性の中でもより一層動物的な二人には

方法とか小手先のことでなく

良いとか悪いとかでもなく

常識や概念やマナーとかも完全無視で

とにかくど偉い馬鹿でかい大きさのエネルギーを

ぶつけるのが正解だったようです

 

私がキレながら何を言ったかとか

あんまし関係なくて

相手に本気でむけたエネルギーだったみたい

 

いいんだよ、

別にその人自体を変えようとはしてないし

そんなの一ミリも興味ない

ただただいい作品作りたいんだよ私は

乗っかった船なら

逆に漕ぐな、ちゃんとこっちに漕げよバカタレ!

と体当たりしただけ

 

だけどやっぱり私の選んだキャストだ

彼らはこんな小娘にここまで言われて

ふつうなら(ふつうって何だか知らないけど)

いじけるか

サジ投げるか

逆ギレするか

に、なっても何もおかしくない

そうはならなかったから

そんなことで褒めたくもないけど

さぁ、ここからまたやっていきたい。

 

無駄なことなんて一つもない

自分が嫌な思いしたとしても自分に馬鹿正直な方がいい

 

 

人から脅されてもその脅しを無視した自分を「よしよし」したい

 

リーダー論をリーダーでもない人が

よく私に説いてくれていた

 

まだ若いから経験なくてわかんないと思うんだけど…つって。

 

 

「リーダーは人を見る目がなきゃだめ。

リーダーのミスで組織を揺るがす。」

 

みたいなそんなことはよく言われた

で、実際私見る目ねーなー、な

痛い目を見ることも多々あったのです。

 

だけど、見る目がないと組織を潰してしまうからって

誰を見ても疑心暗鬼になって

この人は害になるかも

この人はこんな懸念があるかも

あの人はここがめんどくさいかもって

そんな風に人を見るようになってしまうより

 

痛い目見たり、騙されている方が

私はいいなって思うんだけど

それではダメですか。

いいなって言うか

あんまり人を疑ってかかったり

否定から入りたくないですよね

 

心が荒むから

 

そうすると気付いたら

自分の周りは嫌な奴ばっかりになってるからね

なぜかと言うと

あんたが嫌な奴になっているからであーる!

 

自分が心地よくいるためになら

別に騙されてもよくないか。

ただの現象でしかないことに

あなたの心地よさは左右されるもんじゃないからね

 

って私は思うので。

今日もハッピー。

足の一本二本もげても踊るのが大瀧冬佳だ

 

 

 

やっぱり何かがないとできないって

すぐに思っちゃうんですけど

多分そんなことはないんですよ

 

何を奪われても

何を失っても

何が壊れても

それでも私の自由の翼は折れませんって

 

ないならないで

きっとそれはそれでいいものができるんですよ

 

例えば私の耳が聞こえなくなったとしても

例えば私が足の一本二本失ったとしても

問題ないっす踊ります

だって命は持っていかれていないから

 

お金がないなんてつまらん理由で

時間がないなんてつまらん理由で

あなたは命があるのにやりたいことやらないの?

 

妻が反対している

夫が反対している

親が反対している

兄弟が反対している

あなたはいつまで誰かの奴隷でいるのかと

 

いつか….

いつかと言う日は

あなたが決めない限り一生やってこないって知っている?

 

今回の旗揚げ公演で私は団員に何度

「今を生きろ」と言っただろうか

 

 

外にばかり答えを探しに行っても

答えは自分の中にしかないからね

いつまで自分から逃げるんだって何度言っただろうか

 

 

何がしたい

何が伝えたい

何が欲しい

何ができる

 

答えはあなたの中にある

誰かがこれじゃないの?って教えてくれるもんじゃないんだよ

甘えるな、自分の命をなめるなと吠えまくってきた

 

私はあなたの答えなんて知るもんかと

そうして接してきて

冷たいなぁ〜とよく自分のことを思った

優しい団長でいる方がたぶん楽

 

でもそんなことしたら

私は私自身のことも信じられなくなる

私は私に自惚れ肝心な時に勝負できなくなる

ガラクタを守っている余裕は

私にはなかったから

大切なもの以外全部切って捨ててきた

 

今、足がなくたって踊れるなと思えるのは

そうやって積み重ねてきたからだと思う

 

ところで、

チケットの購入はお済みでしょうか?

チケット買わないと見られないですからね!

【現金振込みでの購入】
http://stage.corich.jp/stage/80675/ticket_apply

【クレジットでの購入】
https://uzmeticket.thebase.in/

 

 

大瀧冬佳ってこんな人
「KeyPage」に掲載させていただきました↓

http://keypage.jp/interview/otakifuyuka/

※「変わりたくなった!」ボタンを押してください!

 

ダンスカンパニーUzmeについての詳細は

shibuya cross FMに出演させていだきお話しました↓

 

ダンスカンパニーUzme公式サイトはこちら↓

http://uzme.dance/

 

 

 

 

 

 

本当に自己最高得点を叩きだそうと思ってますか?

 

 

90点は相当頑張って出せると思うんだ

30点でもいいからやってみたらいいと私は思う

けど、本気で自分に勝負をかけてみても

なかなか自己最高得点の100点満点って

出している人いなくないですか。

 

北島康介選手が

金メダルとったとき

「超気持ちい〜!!!!!!」

って水面飛沫をあげてガッツポーズしたじゃないですか

 

あのイメージがあなたが挑戦するとき

あるのかないのか

そこそこまでは行く、もうあと一歩

必ずどこか足らないまま終わること多いじゃないですか

それって、「超気持ちいい〜!!!!」を

本気で味わえる自分を想像できてないからなんじゃないかって

 

どちらかというと、

今一歩届かずの…

99点はとれたけど、すごくよかったよ、惜しかったよ、十分頑張ったよと

慰めてもらう自分の方を望んでいるじゃないかって思うんです

 

また次があるかな?

また次の挑戦をしたいからなのかな?

 

いや、堂々と狙って行きましょうよ

自己最高得点、100点満点を

それで「超気持ちいい〜!!!」って言える自分になりましょうよ

 

 

これ、私は高校入試のときに学んだんです

公立の高校入試

あれって100点満点ってとれないとどこかで思ってませんでしたか?

志望校がうかる合格点が

例えば5教科で400点だとして

80点とれるように勉強しませんでしたか?

 

私は全て100点を取れるように勉強しました

だって100点とったら、全問正解したら

どんな高校でも受かるわけでしょ

 

1冊の問題集を10回以上繰り返し繰り返し解いた

解けない問題は一問もない状態で

高校入試に臨んだ

そしたら100点を3教科とり、

他の教科も1問間違いがあっただけでした

だから落ちるわけがなかった

 

勉強すれば100点は誰でもとれる

100点をとれる自分がイメージできないから

100点をとろうとしないわけで

それは全てに言えるんじゃないかと思うんですよ

 

(と、話がここまでなら私頭いいと思われますが、一年で高校はやめて、中卒です)

悲観的な人間のケツを叩く公演がしたい

どれだけの絶望だろうが

そこに陶酔してる場合じゃねーぞ!

 

親に虐待された?

夫が借金作ってくる?

不倫してる?

自分の明日が見えない?

友達が一人もいない?

 

でも、でも、今から

今のあなたからまだ見ぬ明日は創造していけるんだってば

 

幸せになって!

抱えきれないほどの喜びを掴んで!

 

 

悲観するときもある

悲しみにくれる日もある

泣きたい夜もある

しんどくて立ち上げれなかった朝もある

周りはどんどんと明日に向かって進んでゆき

自分一人取り残されていくような

孤独に締め付けられる日もあった

 

頑張っても頑張っても

あがいてももがいても

どうして私だけってそんな風に

思う日もあった

 

でも、でも大丈夫なんだよ

って幸せに向かってケツを叩く作品を作っている

 

Uzmeのメンバーそれぞれに

そういったその人それぞれの体験にリンクさせ

背中をそっとなでてくれる人

肩を叩いてくれる人

抱きしめてくれる人

先頭きって進む人

光を魅せてくれる人

厳しさを教えてくれる人

あなたの言葉を静かに聞いてくれる人

いろんな思いで、

きっとMaoという主人公を介して

メッセージを伝えるだろう

 

自分を動かすものはなんですか

動かさなければならないものはなんですか

それがMaoを見たことで

あなたの何かが動きだすものにします

 

 

どん底少女は幸せを掴みました

めでたし、めでたし!っていうのではなく

私の幸せで終わらない
みんな一人一人の幸せに繋がる舞台にしたいなって
みんなの物語にしたい

 

 

「Mao」/公演詳細

日程

2017年5月19 – 21日

19日(金)
17:00 受付開始 17:30 開場 18:00 開演 20:00 レセプションパーティ(※)

20日(土)
第1回公演 13:00 受付開始 13:30 開場 14:00 開演
第2回公演 18:00 受付開始 18:30 開場 19:00 開演

21日(日)
18:00 受付開始 18:30 開場 19:00 開演

※初日閉演後20時よりレセプションパーティをご用意しております

料金

一般: 5,000円(税込)
ペア: 9,000円(お一人様4500円)(税込)

5月19日 初日限定 レセプションパーティ付き
一般・ペアともに +1,500円(税込)

場所

ザムザ阿佐ヶ谷
〒166-0001 東京都杉並区阿佐谷北1-12-21
ラピュタビル地下
03-5323-7640

JR中央線 阿佐ヶ谷駅北口より徒歩2分

チケット購入はこちらから
http://uzme.dance/stage/