人の伸び代は謝り方で決まる

 

 

 

あなたは素直ですか?

 

すぐに素直な人かどうかなんてわからないけど

ミスをしたときってわかりやすいなと思う

ミスをした時というより、その後

 

「○○したつもりはなかったのですが、そのように感じられたのならすみません」とか

ちょいちょい自己弁護を挟みながら謝られるとか。

謝罪、その事態の受け止め方で

大げさだけどその人(または自分)の未来は決まる

伸び代が決まると言えると思う

 

 

「自分、悪くない」という主張は

私は今後一切しないと決めている

 

自分だけが悪いときや

その人だけが悪いときって

あんまりないですよね

 

口では謝っていても

心の中では「でもあいつが…」とか

「お前がこう言ったんじゃないか」とか

そういう理不尽なことってあるじゃないですか

その場納めるために謝るというのが大人

…私、これにとても反発してきた人間なんだけど

 

真意はそこじゃなかったなと気付いてから

普通に謝ることができるようになりました

 

 

冷静になってその怒られているミスを細かく見ていくと

たしかに自分の判断(選択)で防げた瞬間はあったはずで

だけどそれをなぁなぁにしたのも自分

「誰かがどうにかしてくれるだろう」

「私が言わなくても(決めなくても)いいだろう」

「今じゃなくていいだろう」

上記のことをなぁなぁにしたのは

私だけの責任じゃないし!!!他にもいたでしょう?

って逃げ続けることも可能

 

でもそれじゃあ、

あなたに成長はないし

謝る意味もそりゃないよね

 

 

誰かの人生じゃなく私の人生だし

あなたの人生、誰が最終的に責任とるかってあなたしかいないのだから

 

改めたもん勝ちではないか

如何なる時も100%自分の責任だと素直に非を認めてしまった方が絶対に自分の人生をより良くするにはいいに決まってるよねと私は思った

 

図にのる輩がいたり

色々言う人のことは無視

 

それでやっぱりその場納めるためだけに謝る人は

バレてるから今すぐやめた方がいい

こう言う人が一番厄介だと私は思う

 

 

謝ると言うこと深く考えて

自分の反省の仕方、省みてみてはいかがでしょ

 

 

 

講師が人間である必要性ってたった一つしかない

 

 

時間とお金をかけてきた

やってみないとわからないことだからと

続けてみないとわからないことだからと

ある程度覚悟してついていったこの講師

 

ほんとは薄々気づいていたけど

何の効果も出てなくないか…

何だか最近馴れ合いみたいな接し方されてない?

あなたのさらにもっと上手くなりたい!

よくなりたい!って気持ち雑に扱われてない?

そもそも能力があんまりない先生だったのかな?

 

割とすぐに講師と名乗れる世の中になった

星の数ほどいる講師の中から

この人って講師が見つからないから

色々な講座やレッスンを転々とする

 

私が思うに、

講師が人である必要性って

たったの一つしかないと思う

 

ネットや本、テレビ…あらゆる媒体から

ノウハウ、ハウトゥーに触れられる世の中だ

実際私も着物の着付けは着付け教室には行っておらず

YouTubeを見て自分で着付けできるようになった

着付け教室の先生の必要性は?

 

料理のレシピが知りたければ

クックパッドを検索すると

大量のレシピが無料で見られる

料理の講師の存在意義は?

 

ダンス、ヨガ、あらゆるフィットネス系も

DVDや本、ネットたくさん溢れている

それでもなぜ時間もお金も4倍以上かかる

ヨガインストラクターのいるスタジオで習うんですか?

 

方法だけ教える講師は必要ない

ノウハウだけ教える講師も要らない

 

 

私はバレエ講師として

目の前の生徒さんの身体のクセや

的確な改善法をその人にあった

わかりやすい言葉で伝える…それが仕事だと思う

 

目の前の生徒さんが一人だろうが多数であろうが

瞬間的にどの筋肉をどのように使っているのか、

関節、骨、連動する動きを捉える力がなければ

講師と名乗ってはいけないと思っている

捉え、正確に伝え、良き方向に軌道修正すること

 

「捉える」

…これは私が長年苦労してきた努力の結晶だ

「なぜできないのか?」

一つ一つ細かく研究して

正しくないやり方をあるだけ全部学んだ勢いだから

間違ったやり方ほとんど知ってる

で、それを一つずつ軌道修正してきたからわかるんだ

 

私の不器用さで獲得した

この「捉える目」は今となっては私の強みになっている

 

しかしだからと言って人の性質は変わらない

今でも私は不器用で筋が悪いと言われる方だ

だからこそ、今でも、これからも

まだまだ短所を長所に変えていけるチャンスがある

どうしたら失敗するか、どうしたら間違うかを

アホほど知っていけるだろう

その都度私は軌道修正していこうと思う

これは人間である私だからできること

 

 

「正確に伝える」

これも私の不器用さという短所が長所に変わったものだ

文章を書くのが苦手だった

人に自分のことを伝えるのが苦手だった

言葉を話すことが全くできない子供で

母には病気を疑われたほど…

(今は大変騒がしい奴になったけど)

いつも誤解されてしまう

ちゃんと伝えられないことで

人を不安にさせたり、怒らせたり、傷付けたり、焦らせたり、疑わせたり…これはいけない!と思った

 

それに正確に伝わらないバレエの先生の注意は

私には意味を成しておらず…

「頭のてっぺんを糸でつったように」って

いろんなやり方があるけどどれなのか

私にはわからなかった

 

 

だから、私は生徒さんに伝わるまで

いろんな言い方を試す

講師の注意が理解できない生徒さんが悪いのではなく

講師の伝え方が悪いのだ

理解してるけどできないのと

理解してないからできないのでは

全く意味が違う

 

理解してるけどできないのならば

練習すればいいだけの話だ

でも理解してないのに反復練習させたところで

意図のない行動は無駄でしかない

 

理屈で伝えるのがわかりやすい人

イメージで伝えるのがわかりやすい人

いろんな人がいる

だから私はできるだけたくさんの切り口で

教えられる講師になろうと努力する

たくさんの引出しを持っておきたい

たくさんの例え話でイメージを

多角的に広げてもらえた方が

より正確にそして速く上達するに決まってる

 

一発で理解できない頭の悪さのおかげで

生徒さんに考えてもらいながら

でも良きタイミングで良いヒントを繰り出せる

そんな講師にしてもらえたのだと思う

今後ももっともっとわかりやすいレッスンを提供するためにも、こうしてブログを書いて言語で表現する力を養おうと取り組んでいるし、例えばブログへのコメントからいろんな人がいろんな感じ方をすることを知れる。そうした観察も私にとってはバレエ講師大瀧冬佳を育てる大事な要素となっている。

 

もし、あなたが何らかの講師ならば自身の強みを、。

もし、あなたがどなたかの講師の生徒さんであるならその講師についている唯一無二のメリットを

 

そうしたものを考えるきっかけになってくれたらいいと思う!

 

 

大瀧冬佳は個人レッスンから少人数レッスン、グループレッスンまで依頼主の方とご相談の上、

・レッスンのレベル感(初心者〜プロ)

・ゴール(健康、美容、表現力アップetc)

・金額や場所や期間etc

フルオーダーメイドのレッスンを行なっております。

 

内容は

・ダンス

・バレエ

・ヨガ

・ストレッチ

組み合わせも可能ですし、これ以外にもご要望に合わせてレッスンのカリキュラム、メニューを事前に企画提案させていただきます。

 

お問合せ・ご依頼はこちらから

お問い合わせ

 

抗がん剤治療がどうとかどうでもいい、そんな話今してるお前が癌よりタチが悪い

 

闘病生活って家族も本人も

ほんとに本気で闘ってるんだ

 

それは外野が計り知れるもんじゃない

24時間ずっとずっと

大切な人が苦しみ続ける

できるなら変わってあげたい

そう何度も思うことなんだ

そればっかりじゃない

だからこそ気付く健康であることの有り難みとか

そんなのも含めて…

 

ずっとずっと闘ってきてて

それで果てた命の灯火

 

 

あんたら外野が

何を知ったことか

「ブロックがあったのかな」

「抗がん剤のせいだ」

「なぜ誰も治療法について教えてあげなかったのか」

「癌治療とはウンタラカンタラ」

などなど本当に胸糞悪い投稿が目につく

 

あんたらに人の心はないのか

今はあんたの知ってる高尚な知識

ひけらかす時じゃないだろう

 

片っ端からさようならですよ

ふだんどんなにご立派で役に立つ情報を

投稿されていても

私には理解できない

 

人の気持ちを考えていないその言動が

 

なんて立派なんだろう

海老蔵さんは舞台に立ち記者会見をする

「お察しください」の一言に息をのんだ

 

なぜ察せられない人間が

こんなにたくさんいるのかと

 

私、今になってあの時辛かったんだなー

悲しかったんだなと母を闘病生活2年の末

乳癌、39歳で亡くしたその日を思い出す

頭の芯と胸の奥がかじかむように

感覚がなくなっていくような

そんな気持ち悪さを思い出したよね

 

人を亡くすってどういうことかわかってないのかな

どーでもいいよね

抗がん剤がどうとかこうとかって話

今、必要?

 

人のことはいいから

お前こそ本気で生きてきてるのかと

首根っこ捕まえて問いたくなる

 

 

 

 

 

今日が最期だろうが、まだ続こうがやることは変わらない

 

 

Maoのときもそうだったのですが

とても不思議だけども

私にはどんな作品でどんな場所で

どんな風に上演されて

その時のお客さんの反応とかも

実は映像としてやる前から見えていた

撮ってもらった写真を

私はすでに何度も見たことがある

 

今、次のものが見えていたことに気づいたんだけど

それはMaoを作り出した頃に

すでにそんなイメージを見たことがあった

そして今も何度もふとした時に降りてくる

あぁ、このことだったんだなって合点がいく

 

 

パーツが見えても

やはり私の感情がそこに触れないと

意味を成さないから

何のことかわからないものなんだ

 

 

話変わって

私は旦那がとても好きだ

作品を作り踊ることを叶えた今

私の人生で大事にしたいものって何だろう

今日が最期の日ならば

私は間違いなく旦那と子どもたちと過ごしたい

人を愛せることって幸せだよね

私は本当に心からそう思う

 

虐待を受けて育った者は繰り返すというけど

子どもを愛せてよかった

 

両親が不仲だと良好な夫婦関係が築けないというけど

今のところ仲の良い夫婦でいられて嬉しい

 

唐突にじーーーーんと心が温かくなることがあって

で、これは永遠に続くものではない尊いものだと思うと

涙が溢れる…という若干情緒不安定な人

、みたいになる時がある

 

ささやかなこの瞬間が嬉しくて

安心してる安らいでる癒されてる

笑ってるドキドキしてるキュンとしてる

そんな今が愛おしいなって思うんだ

 

 

たぶん私、次はそんな作品を作るんだろうな

「Birth」という作品名な気がするけど

違うかも笑

 

なんだか、帆を上げれば

また自然に進み出しそうだな

 

 

 

言葉より行動より、結果

 

 

言葉より行動

 

行動より結果、成果、評価

 

結果、成果、評価って不思議なもので

何も伴ってないのにそこ目指してる人は

全くついてこないものなんだ

一瞬ついてきたとしても

長くは続いていかない

 

結果、成果、評価が出てる人って

出ないわけないよね?ってくらいに

言葉も行動もちゃんと伴っていて

そして結果に執着してない

 

 

やっぱり

「こういうことなんだぜ!」

って口だけ説かれても

できてない奴の言葉に何も動かされないし

 

「こんなにやってるんだぜ!」

ってやってること見せつけられても

何の結果も出てなかったら

あ…そういう趣味なんですね!って思うし

 

あれだけのこと言って

これだけのことして

この結果を出すから信用できる

 

 

だって

ライザップが結果にコミットしなかったら

誰が行きますか?

過酷なトレーニングさせられて

食事制限して1㎏しか変わらなかったら?

 

でもね、私はこう思う。

私が伝えてるのは10㎏落とせるから

過酷なトレーニング頑張りましょう!

食事制限しましょう!じゃなくて

トレーニング自体を好きになってもらう

食事制限することで得られる

体の快適さに夢中になってもらう

 

人参吊るされて進むっていうのは

その人の言動の核は安定してないから

すぐ諦めちゃうんだよね

 

根っこが決まってれば

一事が万事その方向に進み出す

無敵!!!!!

 

と、私は思うし

基本、自分自身がその定まり方してないことに対しては何も言わないし、全く動かない。言動に責任取れないもん!

 

と、いうわけで人参は吊るしたくないけど

結果が出ないわけない話しか私はしない

(というかできない)

そんな意味わからない時間使いたくないから!

 

参加者申込受付開始しましたよ↓

https://www.facebook.com/events/320803581707435/?ti=icl

 

 

 

 

「あなたらしさ」は物事をどういう側面から眺められるか

 

 

セルフマガジンを作るとき

 

に、限らず…

何か作るときや学ぶときに共通すること

「だからあなたはオリジナルじゃない」

「つまらない、面白くない」

「突き抜けてない」

と思われる原因を書いてみよう

 

例にして、マガジンを作るとき

このセルフマガジンというのは

会社案内冊子の個人版のことです

1年前私が作ったときは今より参考にできるものがなかった。セルフマガジン作ってる人がそんなにいなかったから。

 

でも、案内冊子は世の中にたくさん溢れていて

パッと手にとってしまうものに共通するのは何だろうかと研究するし、対象としてる読者別にあらゆる冊子を読み比べてみたし、そして進めていくうちに…これって紙媒体の冊子を参考にする必要もないことに気がついた

 

構成が何より重要だと気付いたとき

映画も本も、CMも、テレビショッピングも、例えば美術館の作品を展示する順番も、雑誌も、レストランのメニューの提示の仕方も全て目に映るもの全て参考になるんですよね。

 

いろんな話の持って行き方がある

何が一番自分のやりたいことに近いかなーって考えて

こうしたらとっても興味が湧いちゃうなとか

これは途中で読むのも見るのもやめるなとか

長いな、うるさいな、しつこいな、だから何?って思うな

内容入ってこないけど妙に気になっちゃうな、最後まで読んじゃったな、かっこいいな、引き込まれるな…っていう

 

自分を他者目線で見るって難しいけど

あなたもしっかり自分以外のものには

しっかり他者目線で見てるはずで

その感覚を自分のものに落とし込めばいいよね

 

セルフマガジンというすごく限定されたものを例に話したけど、何をするにしても、物事をどういう側面から眺められるかっていうその人独自の視点が面白いものを作るし、その人らしさを作るんではないかと思うんです。

 

ある人には座椅子にしか見えないけど、私にはダンスの振付のヒントに見えるわけで…

 

それをそれとしか見ずに、それを参考にして、それをそのまま作るのはつまらない。

 

あなただから生まれた見方、着眼点。

切り抜き方、それがあなたを形作るんじゃないのかな。「あなたらしさ」は占いや血液型で告げられるタイプみたいのではなくて、私は着眼点や独特の感性とかにその人らしさが強く出る気がします。

 

 

 

 

 

囲わない戦法

 

 

囲わない戦法(フルチン戦法)

これは今これからの時代にとてもあってると思うんです。

 

人脈でも(顧客含む)お金でも何でもそう

自分の技術や能力、得てきたノウハウに関しても

 

どんどんシェア、つまり隣人に惜しみなく共有していくことが繁栄、末広がりに繋がり、囲い込んだり守りに入るとそれは停滞や衰退、尻すぼみに繋がるのではないかと思います。

 

 

今まで培ってきたものをタダで他人に明け渡すことは、その時は「損している」「失う」と感じるかもしれません。いろんな感情が湧いてくることも感じながら、それでも次へバトンを渡していく。

 

私の話になりますが、

ウチの団員は私が誇る、どのステージに立っても恥ずかしくない素晴らしいプロのダンサーだと思ってます。本当にみんなが大好きです。だからこそ、このメンバーを解散させてダンスカンパニーUzmeはまた団員は私一人に戻します。

 

次期開催の公演はまた新たにメンバーを募ります。前回Maoに参加したからとて、情を挟まずにオーディションで審査をしたいです。今回のMaoの成功から何を学びどうするのかは、それぞれの問題であり、ぬるま湯に浸かり続けて欲しくない。これは私自身への愛と鞭でもあります。

 

こんなに素晴らしい大好きな仲間がいるからこそ、信じて次へ進みたい。

 

個人がキャラ立ちした、どこを見ても誰を見ても面白いステージや作品にしていきたいからこその解散。

 

私自身がもっと加速して成長していきたいから、切って捨てていく。それは自分が団員よりも崇高な存在とか、上から目線的なことではなくて、Uzmeという組織は私大瀧冬佳ではなくてUzmeの思想にあると思うからです。私がいてもいなくてもアメノウズメという思想に基づいて、いつどこにいても何があっても行動していくことだと思います。

 

(んー何言ってんだろ笑)

 

 

Uzmeの理念は

「踊りへの情熱が運命を変える」

「あなたを動かすものは何ですか、動かさなければならないものは何ですか」

です。

 

そしてダンスカンパニーUzmeの由来は日本神話の天の岩戸開き伝説に由来します。アマテラスが何をしても出てこなかった天の岩戸を開いたのはアメノウズメの舞です。人が閉ざした心の扉を開かせるそんな作品を作り続け、観た人が伝染し、その人もまたアメノウズメとしてどこかの誰かの心の扉を開かせるような幸せに満ちた生き様を見せていくよう。そんな意味合いがあります。

 

その思想を生かし続けること

 

 

そこにいろいろな物事に関して執着はいらないのかなーなんて思ったりします。

 

「もう大瀧冬佳激しすぎてこりごり!」って思うのもまた致し方ないし、「やばい、何このアトラクション!」って言って終園前のビックサンダーマウンテンに乗りまくるのもアリだと思います笑

 

Uzmeのステージに立つのは、ほんとビックサンダーマウンテンのキャーって何度も落ちるくらいには心臓いろいろやられますが、乗り終わったあとの爽快感はやっぱりいい。

 

でも、イッツスモールワールドが好きな人もいるし、それは何に乗ろうが自由に決まってます。だって入園料払ってるし。

 

(んー何言ってんだろ笑)←2回目

 

ってことで、どんどん共有!その方が面白い。

 

アーティストの社会的地位向上について、無知ではカモられる

アーティストの社会的地位の向上について

私はフリーで活動するダンサーで、
小さなダンスカンパニーの団長をしている

そんな私でもアーティストの社会における地位の低さに何ができるのかと小さな脳みそでよく考える
それは本当に才能あるアーティストの生み出す創作物に敬意と愛があるからだ。上っ面のアクセサリー的な要素(タイトルや有名なステージに立ったとか、有名な誰かが関わっているとか、どこがスポンサーについているかとか)でなく作品自体が日本の世の中に評価されて愛されていく時代がきて欲しいと願う。魂の込められた作品がいいものはいい!!として、アートがもっと世に浸透していったら大げさに聞こえるかもしれないが、大真面目に平和に繋がると思っている。

まず、アーティストのプロとアマチュアの境界線の曖昧さにより誰でも名乗ればプロシンガーであり、プロダンサーになれてしまう。(クオリティや対価をいただいて仕事受けているかは別として)パフォーマンスの質の低さ、アーティスト側のプロ意識の低さも問題だと思っているが、今回小さいなりに自身で公演を打ってみた結果、他にも大きな問題が内包されているなと感じた。

それは、法は国民を守るものであるが、私たちアーティストは創作に力を注ぐあまり、あまりに無知であるということ。作者の創作物の権利の主張、自身のプローモーションもそうだが、創作にエネルギーも時間も全力で注ぎ100%の作品に仕上げるためにそうした事務作業的なことは外部に任せたり、事務所であったり、他の者に任せるだろう。でも、無から有を生み出すそれらに何よりも価値があるのに、うまいことカモられているのが現実なのかもしれない。私も作品や自分のブランドの守り方がわからなかった。

楽曲の著作権に関しても、JASRACの仕組みなんて全く無知だった。使用料はどれくらい支払えばいいのか、支払った使用料は誰の手に渡るのか。ネット上では、悪の組織のように叩かれているが、それが実際どうなのかについては自分で確かめた訳でもなく。全くわからない…というままアーティストの誰もが放置しているのではないか。こういうものらしいよ?といった曖昧なところで。

ファンへの対応や、プライバシーの問題や、その距離の取り方など、私たちは作品を作るだけでなく個人で仕事をしていくならばその辺りもコントロールしていく必要がある。問題が起きた時の適切な対処の仕方を全く知らないアーティストが多いのが現状ではないか。私はアートはムーブメントを起こすのに何よりもパワーのあるものだと思っているのだけど、それを賢い人に利用されすぎである。

今回は穿った見方であえて書いています。本当はいい人もいます。でも、総合的にみたら、やはり厳しいんじゃないかな。アイドルも使い捨てのようで。ビジネスの本当に商品として使い捨てられている。

私は今、ここがよければそれでいいとは思わない。生涯現役でアーティスト活動を続けたいと思うし、繁栄させていきたいと思うからこそ、無知であるのは問題だ。なんてことをここ最近考えていたのですが、今日は私の思っていること、考えていることを同じように(いや遥かにその先のことを)考え行動されている方からお話を聞かせていただいた。

芸能人らの権利を守る「日本エンターテイナーライツ協会」

↑こちらのお話を聞いて、深く頷いた。私たちの売り物は水物で、形のないものであったりもすると思う。正当に権利を主張することや、自分の守ることができるのだから、それも同時並行で行なっていくべきことだと思う。無知ではいけない。


大瀧冬佳keypageさんにご紹介いただきました
http://keypage.jp/interview/otakifuyuka/

 

ダンスカンパニーUzme公式サイト
http://uzme.dance/

革鞄ブランドHIKARU HASHIKAWA

大瀧冬佳ダンスWS
6/18 ダンスWS詳細
7/16 ダンスWS詳細

 

ストイック・努力・頑張るが嫌いな人へ

 

効率化や生産性重視とか

もっと上に上に!という行動や思考でも

その人の根っこの在り方によって

それは疲弊し、すり減っていくものか

拡大し繁栄していくものか変わると思う

 

超ポジティブな人と一緒にいると疲れるし

向上心の塊!みたいな人とか

ストイックにすごく努力している方を目の前にすると

自分のだらしなさというか、

怠け者具合に嫌気がさしますよね

 

そう感じてしまうときって

無理に頑張らなくていい!のサインだと思う

ちょっとお前、ひとまず落ち着けのサインかなと

 

それにそう感じているのはあなたの見え方で

その人が本当に超ポジティブで向上心の塊で

ストイックな努力家かどうかは定かではない

本人は適当に手抜くとこ抜いて

遊びの延長線で頑張ってる感覚なんてないかも

 

あなたの中の頑張らなきゃいけない!

あなたの中のもっとやらなきゃいけない!

あなたの中の怠けちゃいけない!

が、そう言う風に捉えてしまってるんじゃないか

 

だから私も周りの人はすごい人ばかり、私だけはダメだなと思うような事態になったら一旦すべてをリセットすることにしている

 

これがつまり、冒頭に書いた

同じ行動目標であっても

根っこの在り方によっては

物事がクローズになってくか

オープンになってくかの違いだと思う

 

頑張って!も

頑張るな!も

頑張ったね!も

頑張りすぎるな!も

意味がわからなくなってきてしまった

 

この地球の人々に合わせて

とりあえず使っている単語…といった感覚である(←お前は宇宙人か!笑)

努力も同じく意味がわからない

 

いや、でも本当に子供の頃から

「普通は」と言うことを

みんながふつうにふつうだと思ってることが

理解できなくて生きづらかったな

 

話が逸れましたが

今日、この話を書いたのは

私がビジネスセミナーをすると言ったら

誤解を受けるんではないかと思ったのです

 

めちゃめちゃ努力家で

めちゃめちゃストイックで

スパルタなセミナーに思うかなと

でも、違うんだ

行動だけガツガツガチガチではダメで

 

 

でも、やることはやる。

だけど私がそれより遥かに大事にしてるのは

それを行う自分自身の意識を感じること

感情でも思考でもないさらに深い部分にあるものの調整

これが整ってると自分の描いた通りに世界は動いていく

そこはストイックかもしれない

 

根っこの在り方にフォーカスして

それに従って行動していく

 

それでその根っこは天とも繋がり巡り

すべてのものとも繋がっているんだよね

 

頑張んなくても廻りますね

むしろ頑張ると廻らないよね

 

そこに程よいテクニックを駆使していくことを

お話ししたいななんて思ってます

 

革鞄ブランド HIKARU HASHIKAWA

https://yurustyle.thebase.in/

 

6/18 danceWSイベントページ

https://www.facebook.com/events/308285479593795/?ti=icl

7/16 danceWSイベントページ

https://www.facebook.com/events/456597878033467/?ti=icl

お店や陳列棚もないのに商品を売ろうなんてどうかしている

 

 

表現者のためのファンづくり講座をやってほしいと言われています。

だけど実はなんだか心の中で
モヤモヤと引っかかっているものがあります

だから「冬佳シェア会」と題して
こっそり希望者にだけマンツーマンで行なっていました

このモヤモヤは謙遜からくるものなのかな
自己否定でしょうか、それとも…
世のエセビジネスセミナーをする方と同類に思われるんじゃないかという恐怖か

またはやってみても実行してくる人ってほんのわずかで
セミナージプシーに付き合っているのが面倒なのか

と、いうモヤモヤがありましたが
実際よく考えてみると
私はたったの一年弱
無名のダンサーからスタートして
今年の5月にはちゃんと対価をいただいて400名弱の動員をしている
全公演、満員、立ち見で旗揚げ公演を行なったという実績がたち
舞台の良さを舞台を見たことのない人にちゃんと届けることができた

それも形のない70分を商品として

それを、私はこんだけやったんだぞー!って声をあげるのは
これだけ全て包み隠さず発信している私でも
ちょっと、いやとても苦手なのです

ダサくね!?ってなっちゃう
そういうモヤモヤもあるんだと思うんです

実力ありき
論より証拠がいい!というのは私個人の価値観です

証拠があるから冬佳さんの話を聞きたいといってくださる方がいらっしゃる訳で
また話すことも好きだし
それに私のこの経験や体験、そこから得たこと
それらを共有することで
日本のアート界がもっと活発に経済が動くようになったら嬉しい

私も結果的にとてもダンスの活動がしやすくなる
今の日本ではやはり
どんなに素晴らしいダンスが踊れたとしても
社会的には「フリーター」という枠で括られる
ダンサーは貧乏だ
ギリギリの中でレッスンに通っている
ステージに立っているという現状

ダンサーの地位は恐ろしく低い
ストリートダンサーに限った話ではなく
お堅く、敷居が高いと言われる
クラシックバレエ界でもそれは同じこと
クラシックバレエのダンサーが
そうは見えないのは家がお金持ちだからだ

私は既存のダンス界で活動していくことは
あまりに無謀すぎると判断したので
早々に個人の名でファンを持つことを視野に活動を始めた
だって、私は自分の夢を叶える!というよりも
すこぶる現実的な子供を食わせていく!というゴールなので
既存の業界に従っていくにはあまりに無理ゲーなのは目に見えていた

だって、娘が結婚するの!と連れてきた男性がダンサーだったら
考えてしまいませんか?

いくら夢売る商売、それはとても素晴らしいと頭でわかっていたとしても
現実問題、なかなか厳しいのです

もしも、ダンサーをはじめとしたアーティストが
もっと稼げて、社会的地位も高くなったら
そんな方と娘の結婚、親として歓迎できると思いませんか?

要は、稼ぎと、社会的地位
悲しいかな、そうなんだと思うんです

子供がダンサーになりたい!といったときに
親が反対する理由もそれではないでしょうか?

だから私はそういった道を模索していきたい
その足がかりとして
スポンサーをつけずの自力の旗揚げ公演で
赤字を出さずに行えたことは
ダンス界、いや日本のアート界にとっては一つの光であると思うんです

ダンスに価値はある
だけど稼ぎに繋がらないのは
それはダンスとは全く異なるスキルである
商売にする力が圧倒的に足りていないからではないでしょうか?

ダンスという商品だけ作って
それを売る場所や届ける動線が0

お店がなくて陳列棚もなくて
家にポンと商品が置いてあって
その商品を日々磨きに磨いても
存在を知られていなければ
売れるもんも売れない

抜け道はある
八方塞がりだと思っても必ずあるんです
それどころか、ダンスにおいては
めっちゃ改善点ありまくりだと思います

いつまでもいい大人が夢を語って…
なんて言わせたくないとは思いませんか?

いい歳して何かを志している大人の方に
私でよければ何かヒントがお話できて
私のようにアートの価値を
もっと社会に向けてアピールしていきたい!!
その方法が知りたい、という声があるならば
ダンサーなのにセミナー講師ですか!?という声にも屈せずに
やってみようかなと考えを改めた次第です