ダンサーオーディションを終えて

 

 

私は実は昨日のオーディションで

パフォーマンスを見て

涙を流してしまった

その方のというよりもみなさんを見て

 

 

心が震え、感動の涙を流したのではなかった

この世界の残酷さに

自分の嫌になるほどの正直な気持ちに

辛くて辛くてどうしたらいいかわからなくなってしまった

 

 

みなさんが必死だった

真剣だった、でもね現実なんです

パフォーマンスが全てだという現実

 

 

私だって悔しい思いなんて

いくらでもしてきた

 

あんなに練習したのに実力を出し切れなかった自分に腹が立ち

心の弱さに力の無さに、嫌気がさして

下手くそなクソな踊りに泣きながら稽古してたし

人知れず涙を流した日もあったし

今だってまた別の悔しさは毎日ある

 

でも全ては自分が決めたこと

全てはその日その瞬間私を見てくれる観客の皆様のため

 

 

今日だって、オーディション終了し帰宅後

朝までNYの予算計画書を立てて

パンフレットの原稿を書いて

スタッフの手配から全ての連絡やら諸々…

衣装を直して、

そんな事務作業をしながら

朝になるまで作品が降りてくるのを待った

けどなんも出てこなくてゲロ吐きそう

 

私は主役としてあの舞台に立っていたけれども

全体の1%にも満たない時間なんだよね

数え切れないダンスとは関係もないような手数が鬼のようにある

だからってそんなの1ミリも観客には関係ない

いつ何をどう過ごしていようが

その場で圧倒的なパフォーマンスができればそれでいいんだ

 

登場しただけでその場の空気を変える存在感があるとか

自分で言うなよ、じゃあやって見せてよ

感じさせてよ、その存在感

って言うそういう世界

 

すっげえ練習してもさ

届かない時があるんですよね、何かが

と言うより思うより何も届いていなくて自分だけの世界だったりして

表現って表に現すと書くので自分の中だけのものじゃダメなの

何が足りないのか

才能なのか、練習量なのか、答えはいつになってもわからないけど

ただ圧倒的にかなわないと思わせられてしまう人は存在して

 

 

今回のオーディション

私は観客として純粋に楽しめなかった

目の前のこの人たちがどれだけここにかけて

練習を積んで、考えられるだけのこと全て手は打って

それはわかるんだけど

それだけやってきてくれて、でも惹かれなかった

 

そんな客としての目が一番正しい

 

できることならみんな合格にしたいけどね

私自身がそう言う客としての目で

鏡を通して自分に厳しく生きていて

人を背負ってその目に打ち勝って行けるほど

私は自分に奢っていない

そんな傲慢にはなれない

 

私もその厳しさと残酷さを誰よりも知っているから

 

それを思ったら歴然と判断がすぐに降りてくる

素直な自分の心に対して

なんだかいろんな感情が込み上げてしまった

 

情や理性で選ぶのは失礼だしね

 

 

だけども本気で突っ込んできた時点で

全員勝ち得るものは確実にあるはずなんだ

私は落とされて失うことより得ることの方が今まで多かったように思う

 

本当に悔しいって気持ちって

そうそう味わえない

言い訳や退路や逃げ道を用意しておけばね

そう言う想いを味合わずに済むんだけど

その方がもっともっとたくさんのものを失うんだ

 

自分に嘘を平気でつけるようになってしまったり

自分の限界を超えていくような力の出し方を忘れてしまう

その他大勢には染まれるけれど自分ってなんだったのか

なんのために生まれてきたのか

なんで私は踊ってきたのか

さっぱりわからなくなっちゃって

それって本当に悲しいことですよ

 

 

だけど悔しい思いには未来しかない

あなたは逃げなかった

本当の厳しさを知ることで

本当の優しさを手に入れるよ

 

あなたのそのバネは次の壁を越えるのに必要なものなんだ

 

そう、私も信じてきてそれは間違いなかったと今でも思う

 

 

子供にバレエを習わしたいと思った時に読むといいこと

 

 

お嬢さんにバレエを習わせたいなと思った時

こんな先生がベストです!

 

【3〜12歳】

・とても優しい先生

・褒めてくれて

・踊りが大好きな先生

・先生のバレエの経歴は無視で良い

バレエは特に幼い頃からやってないとダメなイメージがとても強いと思います。上記上から3つまでは「そうだよね!」とご納得いただけるかと思います。一番下の「先生のバレエの経歴は無視で良い」についてご説明したいと思います。正直、子供の骨がまだ未完成な頃に早い段階からトゥシューズを履いてしまったり、間違った指導をされてる先生、危険なバレエスクールは意外に多いです。が、子供の頃に優先すべきは私はバレエ以外の外遊びを良くすることと、バレエがとにかく好きになること、踊るって楽しい!と子供が思うことだと思います。そして、バレエ界は不思議な世界で経歴重視な先生が必ずしも正しい知識を持っていて、正確に指導できるとも限らず、またとてもプライドが高いこともあります。

 

一概にはもちろん言えません。名門の本格的なバレエスクールに3歳から通うことも悪くはありません。が、必須ではないということです。プロを目指すとしても必須ではないと私は言えると思います。大事なのは子供の心に「好き」を芽生えさせることです。

 

【10〜16歳】

・プロの厳しさを教えてくれる先生

・正確なテクニックをしっかり教えてくれる先生

・業界に詳しい先生

・コネやツテを持っている先生

・舞台に出る機会をたくさん持っている先生

プロを目指すならば、早ければ小学校中学年から、遅くとも中学に上がる頃には本格的なバレエスクールに移った方が良いです。バレエは厳しい世界です。今まで習ってきたバレエとのレベルの違いに最初は血反吐を吐くほど辛いこともありますが、それに耐えうるだけの「好き」という気持ちがあれば大丈夫!むしろ、どんどんとテクニカルなことを吸収し表現の幅が広がることが楽しくなってくるかもしれません。

 

遅れをとってきたバレエのテクニックの部分をハイスピードで獲得していきます。年齢的にもそれが可能な年齢になります。そして、女の子ですと思春期で身体の変化が始まる前に本格的なレッスンをスタートすれば、身体が重くなってとてもバレエが踊れない…という状態を防げます。

 

先生は厳しい先生を。そして、業界に長年根ざしてる方。プロを何人も育て上げてきた先生に、プロとして開花していく才能があるか見定めてもらうことも重要だと思います。この時期に高校入試や大学などおおよその進路を考え出すので、そういった意味でも闇雲にバレエダンサーとしてプロを目指すのか、はたまた劇団四季や宝塚、テーマパークダンサー、他のジャンルのダンサーを目指すのかそういったことの相談もツテもお持ちの先生だと大変心強いです。

 

たくさんの舞台やコンクールに出て、実績を積むことも大切です。踊るだけのテクニックではなく、舞台周りの立ち回り方であったり、専門用語であったり、現場でしか学べないことも多々あり、そういうことをしっかり知っている先生が理想です。

 

【15歳〜】

・現役のバレエダンサー

これは先述した1段階、2段階のステップを踏んできた方にしかオススメできないものです。ただ年齢が達したからということで選ばれない方が良いです。そして、今回のこの記事は大人からバレエを始める方には向いてない内容ですのでご注意ください。

 

さて、現役のバリバリのバレエダンサーに教わるということ。これはものすごく早い方で15歳からシニアの方に向けたものです。すでにプロとしての知識、教養、意識、テクニック、人間性を持っていて、一から丁寧に「教わる」ではなく「見て盗む」ができる方に適してます。レッスン中のみならず、プロのバレエダンサーの一挙手一投足から普段の何気ない立ち振る舞いから学び取れる方は、やはり現役から学ぶのがここからの成長曲線をグンとあげると思います。

 

理想は現役のバレエダンサーのワークショップに参加ではなく、同じ舞台に立つことです。

 

 

 

これら三段構成の先生との付き合い方は一つの案としてご参考になればいいなと思います。

 

私自身が中学1年生からバレエを本格的に習いだしました。小学生の間は、地域の公民館でやっているようなお遊戯のようなバレエを週に1回習ってました。ただし、外遊びが好きでたくさん体を動かしてはいたと思います。そして、当時の先生は一度もバレエをやったことのない先生に教わってました。ただただ楽しかったです。

 

プロになりたいと親を口説き、中学から本格的なバレエスクールへ移ったわけですが、毎レッスン悔し涙を流しながら通ってました。鼻水と汗と涙で床をびちょびちょにしながら、時には倒れて救急車で運ばれるほどの鬼レッスンを受けてました。その甲斐あって17歳でロイヤルバレエに合格しました。

 

現在は自身でカンパニーを立ち上げて、バレエと限定せず自身のオリジナルの振付で舞台を作り公演をしてます。プロを集めた舞台で、踊るのみでなく、今は照明や音響、美術、演出、脚本などと密に関わり総合的に作品を作ることがとても楽しいです。

 

自分自身の名を看板に、知名度や人気、そして信頼を獲得するために自分でプロデューサー的な仕事もしてます。

 

私はもともと世界一のバレエ団でプリンシパルになるのが夢でしたが、17歳の時点で「なって、結局どうしたいのか?何が本当にやりたいのか?」を考えた時、私は自由に踊り続けることが本当の夢だと気付きました。自由に踊り続けるには見たいと思ってくれる人がいないとダメなんだよなーってところから今のような感じになってます。

 

これだけ基礎を積み上げてきたからこそ、いろんな進路に触れるだけの振り幅が生まれているのだと思います。

 

子供の可能性は無限大です。小さいバレリーナの少しでも参考になればと思います。

あなたは私を惚れさせてくれればいい

 

 

雷に打たれたような劇的な出会いを求めてる

 

 

涙が止まらない作品を見たいし聞きたいし触れたい

昨日までの人生を揺らがすような感動を求めてる

 

惚れさせて欲しいし

好きでいさせて欲しいし

なんどもなんども期待を裏切って欲しい

ギャップを見せ続けて欲しい

 

胸が熱くぎゅーっと苦しくなるような

思いを馳せるだけでキュンとするような

会えるその日を指折り数えてしまうような

 

 

アーティストや創作物というものは

そういう存在であって欲しいと願う

 

し、私はアーティストとして創作者として

自分はそうであるべきだと思っている

 

ファンって「狂信者」って意味だから

やっぱりそうなのだと思うよ

 

虜にさせることだよね

 

 

創作物がいいのは、

例えば私は親の愛情とか、家庭環境とか人間性が

ど偉く欠落して欠陥だらけな人間だったからこそ言えることだと思うのだけど

単に欠けているところを補うものとか

渇きを潤すものとか

飢えを癒すとか

人生の不足分を補うにとどまらないものだからいいんだよね

 

とてもポジティブなものだと思うんだ

誰しもがあの作品に出会わなかったら今の自分はいない

というような経験があるはずで

それは…

1本の映画だったり

1冊の本だったり

1曲の音楽だったり

1枚の絵だったり色々あると思う

 

やはりそれって、食う寝る交わるという基礎の生理的欲求に

プラス人間のみに与えられたギフト

 

 

なんか色々たくさん手に人が最後求めるものって

圧倒的な作品や表現なのではないかって思う

 

 

その圧倒的な作品や表現が生まれる背景には

抜きん出たアクションの数に思考の深さがある

 

もっと先を言えば効果のあったアクションを起こせているか

一つのアクションで最大効果を狙える段取りはしたか

などなど…

ゲーム感覚で当たり前にやっている

 

具体性を持って緻密に落とし込んで

そしてそれを楽しんで実践していて

結果や成果をだし続けていること

それがパフォーマンスの質にもしっかり比例する

 

ダンサーが踊れるだけじゃ

やはり人は虜にはならないんだよね

すごいねとは思ってもらえるかもしれないけど

動けるダンサー、踊れるダンサー、その次を期待されてる

求められていることにいち早く気付けたもん勝ちだよね

 

上に行けば行くほど、

そこに到達する人間が減るわけで

それと反比例して需要が高いんだから

そこができれば要は稼げる人だ

 

 

私たちは冒頭に書いたことができればそれでいいんだ

1万の言葉より1分の表現で惚れさせよう

 

 

私は論より証拠って言葉が大好きです!

 

 

だから、私を口説いてくれ!惚れさせてくれ!と待っていたのに

惚れさせてくれると期待していった舞台で

目の前で自慰行為始められてしまうと

もうね、どうしたらいいの、

苦行か…これは修行なのか…って思うしかないじゃない??

 

 

人が最も高い学びを得るのは〇〇をしたとき

 

 

「教えを乞うという姿勢が既に終わっている」

「見て盗め、毛穴から吸収しろ」

「一秒も無駄にするな!1時間3,250円」

 

という訳のわからないこの標語は
14歳の頃の日記に書いてあった言葉です

 

 

どういうことか解説すると
レッスン中に受け身でいる場合じゃないよと。
レッスンは1時間半ありますが
その時間中ずっと踊っているわけではないし
教えてもらっているわけでもないんですよね
だから自らアンテナ張って時間めいいっぱい吸収しろ!
とそういうこと自分に言い聞かせていたようです(笑)

 

このがめつさを持った人間が
そのまま13年生きるとこうなるようです。

 

今、現在は

本来こちらが生徒としてご教授いただくような方々と

『共に仕事をさせていただく!!!!』

 

 

(ここに書くのも恐れ多いことなのですが)

先生と生徒という間柄だと

やはり自分は先生よりできるわけがないという前提は

そうそう覆ることはないんですよね

 

 

 

ただでさえ、すごい!と思っている方と

仕事を共にさせていただくということ

それは最低でも「対等な」力を発揮せねばならないということです

そして、私が思うすごい人は大抵、

その「凄さの物差し」は相対的な測り方をしないものです

 

 

どういうことかというと

その人を越えようとか

その人と対等であろうとか

そういう考えや努力が超無駄ってこと!

自分の限界を超えたところでやっと合格点が

自分で自分に出せるかなーと言った感じです

 

 

憧れの人とこそ仕事を共にさせて頂くと良いです!

すごいと思って恐れ多くて、

ややの怖さも感じる人とこそ

一緒に仕事をすると良いです!

 

そもそも、だけど…

「格下の自分となんか仕事を一緒にしてくれるわけがなかろう」

そう思いますよね?

私も思いましたもん、常に思いますよ

むしろ仕事を終えきるまでずっと思いますよ

だから本気なんですよね

 

自分の今の能力ではどう考えてもその方にとってメリットがない

一緒に仕事をする上でこちらばかりが与えてもらうだけの立場でいる

それではもちろんダメダメなんですよね

では今の自分の中から何が提供できるのか

そしてそれをどうプレゼンすれば

相手の心を掴むことができるのか

ビジネスなので情では動いてはくれませんから

自分の中から資源がないなら作るしかないんですよね

 

 

そうなると必死に考えるし行動する

それが大事なのではないかと私は思います

その必死さ、本気度

やはりこの上ない敬意を向けている方とだからこそ

失礼のないように、できることは全部やろうと思えるんですよね

 

人って無意識に値踏みしているんではないかと思います

この人にはこのくらいの頑張りでいいやって

敬意と感謝は大事!それがない方と仕事なんてしたくないです

 

 

で、これを私やりきったら想像以上の自分の成長具合に

今日はとても驚きました!!!!!!

めちゃめちゃ嬉しかったです

 

ダンスの振付や構成、演出これらのセンスってなんだ!!!!?

どうしてあの方々はポコポコアイディアが出てくるのか

そんな方と仕事をさせていただいて

まぁ、例のごとく必死について行った訳です

できないのに吐きながら生み出すこと頑張った

無から生み出すってマジ大変

表現って難しいという当たり前のことに気付きながらやらせてもらって

 

で、乗り越えた結果ちゃんと自分でその成長具合が

わかるくらいにグーンと演出というものができるようになりました

 

まぁ、これもその時の私と比べてという話なので

先はまだまだ遠いけれども、

でもそれでも嬉しかったです!!!

 

是非ともね、恐れ多い方とこそ仕事すると良いですよ!

発信力を持つメリット

 

 

発信力を持つと得られる思わぬメリット

それは欲しい時に欲しい情報が

実にスマートに手に入ることです

 

自分で調べることで情報はいくらでも手に入りますが

経験者やその道の方、先輩からの生きた情報は

かなりかなり有益です!!!

ありがたいです。

 

困った時に助け合えることも発信力を持った際のメリットだと言えるでしょう。

 

 

 

先日、愛用していたMacBook Airが壊れてしまったのです。

壊れたかもしれん!!!!ギャーーーーー!!!!と

Facebookで騒いでおりましたら

救世主が現れて….現在はその方から格安で

MacBook Air13インチの前のより新しいバージョンを

譲っていただきました….神!!!!

 

 

それから、セルフマガジンという会社案内の個人版の小冊子を自作して

それを希望者に全国無料送付するということを昨年行なっていたのですが

普通郵便で送ると送料が馬鹿にならない金額になってしまったんです

その時もギャーーギャーーー!とFacebookで騒ぎましたら

たくさんの方にスマートレターというものがあることや

一緒に送ってあげるよなどのご提案をしていただいたりと

大変、大変、助けられました

 

 

例をあげればキリがないですが

こんな感じでたくさんのメリットを享受しているなぁと思いました

 

 

最大のメリットは夢が叶うことではないかなと思います

自分の思いや願いを100人の人に伝えると

夢は叶うと言われますが

・ダンスカンパニーを作りたい

・自分で作品を作って公演をしたい

・NYに踊りに行きたい

などの私の夢も自分の中に閉じ込めたままでは

きっと叶わなかっただろうなと思います

 

夢を叶えるためには

自分一人の力では絶対に無理だからです

人に話すことで

・協力者が現れたり

・理解者が現れたり

・先行く人に会えたり

・応援してくれる人が現れたり

・一緒に目指してくれる人が現れたり

・夢を託してくれる人が現れたり

・自分に憧れてくれる人が現れたり

 

もう一人で進んで孤独でキツかった

努力の日々とはやはり全く異なるものになります

 

自分一人だけの夢ではなくなった時

夢は叶うのかなぁなんて私は思います

 

だから、夢を叶えたいならば

なぜ、何、どうして、だから、で?ということに

細かくお話しできるようにしておくといいと思います

 

正直言って、夢叶える人間のほとんどは

根拠なんてないところからのスタートですから

(私も例に違わずそうです)

ロジックは後付けでOK

しかし、「やってみなきゃわからない」という

捨て台詞は最後の最後まで取っておいて

なるべく先行く人や成功者の残した名言をパクりつつ

親や先生や知人、友人を突破して行くといいと思います

そして必ず自分を裏切らないように

有言実行してくことで

根拠のなかったものはあなたによって新しい根拠が作られて行くのです

 

とかって、思いながら私も小さな一歩を今日も進めて行きます

 

 

 

 

 

お金と時間のせいで不自由だと思う人に自由はない

 

 

お金と時間に未だに囚われて

それによって自由が奪われてる

 

 

 

そうあなたは思い込んでるから

いつまで経っても不自由なんだ

 

 

お金や時間を手に入れても

一生自由にはならないだろう

 

 

ないなら作る

なくても作ればいいと思えるようになったとき

あなたは自由を手にすると思う

 

 

 

 

アイディアは実現させなきゃ無いも同然

 

 

昨今の「大瀧冬佳急増問題※1」に対し

私は全世界に疑問を投げかけたい

 

なわけないでしょーよ!!!

幼い頃からオンリーワンかつナンバーワンが好きでした

それが行きすぎたのか

周りを見渡せば悲劇度もナンバーワン

喜劇度もナンバーワンというむちゃくちゃところを

身体張って生きてきたのだ

 

 

——————————

※1 2017年7月を境に大瀧冬佳と似ている、自分は大瀧冬佳そのものだと名乗るものが全国で多発している問題。

 

 

まぁ、悲劇が私並みにあっただけでは

私にはなれませんよ、

そんなの一つの演出にすぎない

というか、人は誰にもなれませんよ

なれるのは自分だけ

 

で、「アイディア」だと思ったんです

急増した「俺も私も前からそう思ってた」という方たち

あのね、アイディアは具現化しないと意味ないと思うんです

前からだろーが、昨日思いつこうが、

時期とか関係なく実現することに価値がある

 

 

思ってるだけ、考えてるだけって

結構みんなやってるんです

それを実現させるからすごいんじゃないですか

 

 

私は私の最高の「あったらいいな」を思い描き

大瀧冬佳劇場の最高に面白い脚本を書き

そしてシンプルにただそれを実現させてきた

 

 

せっかく生まれてきたんだもん

面白い方がいいじゃないか!

せっかく私と同じ時代に生きてるんだもん

私の人生面白がってもらった方がいいじゃん!

そんな感じで。

 

 

要は実行しているというところ。

で、大瀧冬佳急増問題はたぶん

今までで一番みんなのあったらいいなを

私は実現できそうに思ってもらえたからなのだろう

 

 

私、ずっとNYに行くのが夢だった

この10年くらい一番の夢だった

でも、行かなかった

 

「私の」夢を叶えることにはあまり興味がなかったから

私には「私の」夢はないのかもしれない

 

どういうことかというと

あんただけの夢には興味ないっていうのが

私は私を冷めた視点で自分を眺める癖があるから

 

行きたいなら行けばいいじゃん

それで終わりだ

 

みんなで悪巧みをするのが好きだ

親や先生や大人たちに内緒で

裏庭にでっかい穴を掘って水道管に穴を開けるとか

そういう無意味な大作戦が好きだ

みんなで悪いことをしているあの妙な一体感

 

私の夢はみんなの悪巧みになったら面白い

たった一人がね俺は穴を掘るのが夢だ!って言って

毎日穴を掘って大きな穴ができたとしても

周りはへぇ〜良かったねって感じだけど

 

私なら「なんかでっかい穴掘ったら面白そうじゃない?」「誰も見たことがないくらいのデカさの穴!」ってみんなをけしかけて、掘るもの準備して、決行日を授業中に手紙で回して…ってするのが好きなのよね

 

まぁ、それを大人になっても

母(三児の)になってもやってるの

 

 

無駄に日本一の方々を集めて

私は私に関わった共犯者とともに

傍観者や大人たちをギャフンと言わせる

 

 

ここまで書けば、

二度と大瀧冬佳に似ているなんて

言いたくなくなるよね?バカだから笑

 

 

はい、この悪巧み仲間になるには

オーディションがあります

厳選された精鋭でやって行きたいので

我こそはと思う方、アイディア実現したい方

こちらからご応募ください↓

(一次〆切は8/5正午、二次〆切は8/10)

ダンスカンパニーUzmeNYメンバーオーディション申込み

夢見る者たちへ

 

多くの人に夢を見せたいという夢を持つ者たちへ

 

 

世に蔓延る大人の事情、しがらみ、抑圧

それからほとんどの人が踊らされまくってる

お金や安定や「みんな」の話

あなたの不安や欲を煽った誘惑

 

 

だけども、

あなたの純粋なコンパスに従って間違いはないから

そのまま進めと私はあなたの背中をそっと押したい

 

幾度となくこれでいいのかと不安になるだろう

こんな子供染みたことをいつまで言ってるんだろうと

だけど、最後はどんな尤もらしいことより

夢を見せたいというその信念、熱意が勝つ

 

間違ってなかったんだと、そう思える日が来る

 

 

プラス、あなたの頭がバカでなければ大丈夫!

バカは夢を叶えられない

考えることを放棄した奴は搾取されていくよ

 

 

あなたが信じる目的に向かって

絶えずあなたの足と手と頭を動かし続けること

だからあなたが描く未来は間違ってない

負の力は恐ろしく大きく

あなたの足を引っ張るけれど

そんなの怖くない

 

 

と、私は過去の自分に言えるところに

27歳になってようやく来たかなと思う

 

一つずつ過去の自分に証明するかのように

…あなたは間違ってないと

 

 

ずっと悔しかったのだ

人を貶めることばかり考えてる奴に

なぜ夢を見せようとしてる私が負けるのかと

なぜ世の中は自分の得ばかり考える奴が

一人勝ちするような仕組みなのかと

 

弱者や敗者が一生上がってこられない世の中で

徹底的に落ち込んだ私が上がれた暁には

そんな仕組みを変えたいと思って

今日までやってきた

 

まだまだ行く先は果てしないけど

ひとつ自分に証明できたことは

圧倒的な想いや実行力ならば

やはりタイミング次第で勝てるということ

 

根拠のない自信が確かな自信に変わった瞬間だ

 

だから、この船に乗りたい方を

私は待っている

あなたは間違ってない

負けそうになるけどね

でもそれでも人と闘っちゃいけないんだよ

闘わないことで負けないから

 

私は闘わずして勝ちたい

圧倒的な結果を出して。

 

 

ダンスカンパニーUzme

NYメンバーオーディション参加受付中

ダンスカンパニーUzmeNYメンバーオーディション申込み

 

一次〆切 2017年8月5日

二次〆切 2017年8月10日