SNSが良いも悪いもその人の使い方次第である

 

SNSは実家を作るために始めた

SNSの使い方は人それぞれ。私は3年前までは限定公開で、友達も学生の頃の友達や親族のみの100人以下だった。年に数回の投稿、ほぼみてない感じ。Twitterに至ってはまるで使い方がわかってなかった。大概の人はそんな感じでリアルとネットのつながりをくっきりと分けているのかと思う。ましてや、会ったこともない人に自分のプライベートを公開することに気持ち悪さや不安を抱く人も多いだろう。3年前の私もそう思っていたし、公開するメリットや意義が全くなかった。

SNSを介して仕事に使っているならいざ知らず、それ以外にプライベートを公開する意味が不明だと思う。

全体公開にして、投稿も毎日、友達承認も会ったことのない人もOKにした私の目的はセーフティネットを設けるためだった。意外??実は仕事目的ではないのだ。結果、仕事にも繋がっているって感じではあるけれども。

セーフティネットというのは、簡単にいうと、帰る家が欲しかったって感じ。実家を作ろうと思った。私には頼る親がいなくなってしまい、何かあった時に何も安全網がない。別に支援してもらったり、生活の面倒をみてくれるようなものは求めていないけど、ちょっと助けてくれたり分けてくれたり可愛がってくれたり、こちらも気にかけて季節の挨拶を交わすような間柄の人たちがいたらなって思っていた。

 

遠くの親戚より近くの他人

とは、よく言ったもので不思議なことに繋がりの薄い他人の方が困った時にフットワーク軽く助けてくれるのだ。なんというか軽さがある。助けには迅速さが肝心だと私は思っている。助けてもらっておいてなんですが、つべこべ言わずに助けてくれって時に、説教から入り、結局何もしてくれずにいなくなる場合も濃すぎる関係だと案外多い。でもそれって仕方がないんだよね。「あなたのことを思うから」って気持ちが働いちゃうんだ。

その点、他人だってわかっているから、諸事情に絡む必要がないという軽さが功をそうしているのだと思う。

でもどんな関係性であろうともその人の人生はその人のもので、自分の人生もまた自分のもの。最終責任は本人が負うのには変わりないのだけどね。

 

SNSの距離感ってそういう意味でとても良いと思うのだ。しかも、名前や肩書きといった記号の部分の発信ではなく、その人が何を考えて何を感じているのかっていうもっと人間性の部分を発信していると、実は「リアルで会っている人間」よりも「SNSを介した実際には会ったことのない人」の方がその人を知っていたりもするんじゃないかって思う。で、リアルで繋がりのある人(PTA繋がりとか、会社の人とか、学校の友達とか)にはなかなか「自分の考え」みたいなパーソナルな部分は見せられないのが普通かと思う。なぜかはわからないけども。でも、SNSだけの繋がりの人たちとはインタラクティブに意見交換ができたりもする。その匿名性を悪い風に使うと誹謗中傷とかネットリンチみたいなことができてしまう。いい面ではそんな風に自分を表現する場になりうるのだ。

(私はリアルだろうがネットだろうが境界線なく子供の頃から自分の意見をいう子供だったので、浮いていたけど)

 

出産祝いが届く不思議

そんな風に発信し続けて3年。よくSNSの怖さや恐ろしさみたいな記事を見かけるけれども、私には良さしか感じられない。本当にみなさん温かい。実家ができたなと思う。私の子供の誕生にたくさんの方が祝福してくださる。ちょっとこんなことに困っていると投稿すれば、たくさんの情報が一気に集まる。みなさん、こんなものがあるよ!だとか、これが良かったよ!とかたくさん教えてくれる。衣装に着物を使いたいと投稿した時には、部屋がダンボール箱でいっぱいになる程着物を送ってくださり、公演をすると言えば全国から観にきてくださる。

昨日、今日は、出産祝いにamazonギフト券や贈り物が次から次へと届く。普通なら考えられないことだ。私に会ったことのない方からも届いている。会ったか会っていないかっていうのはもはや大した問題じゃない。

夫婦二人で、ありがたいありがたいと言い合っております。ほんと、とっても温かい。ネットだから関係が希薄だって言い切っちゃうのはひどく勿体無い。画面の向こう側にはやはり血の通った人間がいるのは変わりないのだ。だから、私は今後もネットだからとかリアルだからとかって区別することなく普通に人付き合いしていきたいなと思う。

第三子出産しました

 

2018.2.18 pm0:12 3,196gの男の子を出産しました

待ちに待って…三男とようやくご対面できました。やっぱり、とっても嬉しい。本当に幸せだなと思う瞬間だ。生まれて来てよかったって思うし、生まれて来てくれてありがとうって心から思う。

私は貪欲で、向上心と好奇心の塊みたいな人間だけども、赤ちゃんを眺めているともうこの先何も望まなくても今この腕の中に全てを抱いている気がして、満たされているのがわかる。世界で一番大好きな人との間に、これからもこの子たちの一つ一つの成長の喜びを共有していけるのって幸せだ。一時、シングルマザーで子二人を私一人で育てていたから尚のことそう感じる。共有できる相手がいるっていうのは幸せなこと。

 

なんて、言っているけど…実は我が子の誕生でちっとも泣きもしなかった私たち夫婦。

陣痛が始まり病院に駆け込んだ午前5時。ちょうど隣の分娩室では、今生まれる!!という妊婦さんがいらっしゃり、私たちは壁越しに固唾を飲んで見守っていた。1時間くらい息んでようやく生まれた他人の赤ちゃんの誕生に隣室で感極まって二人で号泣してしまった。一時帰宅を促され、私たちは早朝ただただ他人の出産に立ち会うためだけに病院にいった感じになってしまった。

帰ってすぐに本陣痛に発展したので、その5時間後に我が子は誕生したわけだけども、感動よりも安堵の方が大きくて「よかった、無事だ…」と呆然としていた笑

 

もちろん相当に可愛くて、じわじわと喜びが湧き出てくる。でも、第三者として立ち会った他人の出産は本当に感動的だった。

 

三人の母になってみて

一人目の出産のときとは大分気構えも変わった。一人目出産時はまだ私は20才になったばかりだった。8年経った今、色々思うことがあり、それを自分のために書いておきたいなと思う。

長男を産んだとき、私は母を亡くした直後だった。20才までの人生は散々だったから、その若さにしては人生に疲れ果てていた。でも長男を産んで私はあれほど生まれてきてよかったと思ったことはなかったし、こんなに幸せな気持ちになることがあるなんて知らなかった。宝だと思った。可愛くて可愛くて仕方なくて、この子のために私頑張ろうと思えた。あの頃の私は全精力を長男に注ぎ、パーフェクトな子育てを知らず知らずのうちに目指していたのだと思う。もうオキシトシンがブワッと止まらなくて、赤ちゃん命で頑張ってた。

それから、すぐに二人目を身ごもり、怒涛の子育てと離婚とか何やらを嵐のごとくこなしたココ7年。

今回の妊娠出産は自分の経験値が上がっているからか、サポーターがたくさんいるこの環境からか…もう楽でしかない。考えられないくらい自分に余裕があるのがわかる。そして、赤ちゃんが生まれてからもちろん可愛いとは思うけれども、長男の時のような頭がおかしくなりそうなほどの愛情は湧いてこない。冷静に可愛いと思えて、「この子は私が守らなきゃ!!!!」とか「絶対に幸せにしたい!!!」みたいなのがない。そして狂おしいほどに子に愛情を注ぎ続けるとある日疲弊している自分に気がつくんだよね。反動がやってくるというか、全体的にアップダウンが激しくて疲れてくる。

そんなことを長男次男で経験して、三男誕生して病室でボッーっと考えていると…あぁ、今ならもっと自然な愛情が二人にも注げるようになってるのかもなんて思った。あの頃の私は必死でいいお母さんになろうとしていた。若くても、シングルでも、お金がなくてもちゃんと育てるんだ!!!と頑張っていた。あれ以上は無理だったのはわかるけど、今のこの余裕のある私が振り返ると二人には申し訳なかったと後悔もある。もっと抱きしめてあげたかったなとか、赤ちゃんの顔を眺めながら、なぜか上二人のことを考えていた。

まぁ、どうしたって時間は巻き戻らないから今これから二人の接し方を改めればいい。

今もこの余裕は経済的な不安がないのもかなり大きい。男の人にちゃんと守られているっていう感覚が女にとって子育てするにあたり何より大事なのかもしれない。ひかるくん(夫)がちゃんと守ってくれているっていう信頼が私の余裕を作っている。

三人の母になってみて「愛情」とか「愛着」というものをまた違ったものとして感じている。子供が一人増えたことで、母として落ち着いたというか、愛情に激しさがなくなり静かで穏やかに構えられるようになった気がする(今は)これは、生後間もない今だけかもしれないが。間違っても男三兄弟のお母さんが穏やかに見えたことはない。どんな生活が始まるか楽しみだ。

 

自分の頭で考えることをやめて、新たに始めたいこと

 

自分の頭で考えることをやめてみる

私は考えるのが好きだ。好きというよりも癖になっている。子供の頃は何にも考えていなさすぎて、「自分の頭で考えろ」としか母は私に言わなかった気がするくらいに口酸っぱく「自分の頭で考えろ」と言われて育った。生きているのか死んでいるのかわからないくらいに、クラゲのように漂うようなボーッとした子供だった。

なので、母は私は大人になってもたくさんの人に騙されたり、ボッーとしすぎていてすぐに命を落とすんじゃないかと心配していた。宇宙人だとまで言われていた。

だから小さなこと全てにおいて母はこうしたらいいという方法を全く私に教えなかった。自分で考えさせられた。失敗もあえて全部といっていいほど経験させられた。小学校一年生の頃から朝一人で起きて朝ごはんの準備を自分でして食べて学校へ行っていた。これは偉くも何ともなく、普通に遅刻をしていたし、母が口を出さないおかげでいつまでも鏡でにらめっこをして1時間目が終わる時間になっていたりととんでもない子供だった。

遅れて学校へ行くととっても恥ずかしいわけだ。遅れないようにどうしたらいいのか、自分で考えろとだけ母に言われる。そんなすぐにできるようになるわけでもないし、失敗がトラウマになりすぎて保健室で仮病を使って寝ていることの方が多くなっていたりした。けれども、最終的に、今は何でもかんでも自分の基準で考える癖がついた。

これは母の教育のおかげだ。自分の頭で考える。これは誰でも一度は言われたことがあるし、自分でもやっているつもりなのに、さらに「考えろ」と言われたりするだろう。なぜ言われてしまうのかというと、求められているのは「考えろ」ではなく「考え抜け」だからだ。

そして、自分で思考したと思っている事柄の99.9%は「自分で」ではなく何かの焼き直しなだけである。自分で検証して考察を叩き出したことなんて、生きてきて0.1%も実はないのだ。自分の意見を持つこと、自分の意見を育てることってとっても難しい。そして、それこそ価値あるものだ。

しかし私はこれをやめてみようと思う。

 

考えるのをやめて感じてみる

まず、感じるということが、私はあんまりに浅かったと反省している。「感じ抜く」を目指していきたい。感性を磨くというとアーティストっぽくてかっこいい。

かっこつけで感性を磨くという漠然とした言葉を使うのでは勿体無い。

感性を磨くというと、高尚な「芸術」と言われるものにたくさん触れるみたいな安直なことになるのかと今まで思っていたけれどもそうでないことを知った。

最近私がハマっている落合陽一さん。例として「味覚」。落合さんの言葉で、貝類の味について「複雑性の極み」と表現していた。そして、彼が普段口にするのはつぶグミというお菓子。この二つを味わう、感じる。私が美味しいと最近ハマっているのはタイ料理なのだけども、味わったことのない異国の調味料。大抵、味コピできるのにタイ料理は同じ調味料を揃えても難しかった。

風味や食感、旨味などなど「味覚」を構成する要素はたくさん複雑に絡んでいて、美味とされるものって落合さんの言葉でいうところの「複雑性」が高いものに当たると思う。タイ料理っていうのも食べたことのない刺激というか、感性を開発される感覚があって今私はハマっているのだと思う。

 

で!それを感じること、次なる複雑性を求め続けるだけが感性を磨くだと思っていたのだけども。そこで、つぶグミですよ。どういうことなのかと食べてみたら、あまりの単純さ、シンプルさに「複雑」をより一層感じるための何もなさを感じたんだよね。これは面白い!って思った。

 

感じるの深みに溺れていこう

考えぬくということも大好きだけども、このつぶグミ事件がきっかけで、感じ切るのコツが掴めた。尺度というか、物差しというか、基準というかを、一方向ではなく、多方向に張り巡らせてもいいってこと。それから、いいか悪いか、強いか弱いか、などのような二者択一の感度でだけでなくもっと自由に感じることができるんじゃないかって。

これは言葉では言い表せない領域まで行くっていうのが面白い。だから、考えるをやめる。考えて答えが出てしまう領域を超えていきたいと思うから。

 

出産という体験が楽しみすぎる

私は今もう、ここ1週間以内にお産を控えているのだけれども。なんて素敵な体験が目の前に控えているのかと興奮している。出産に向けて、体も心も、ものすごく変化している。それから、これが面白いのは私という人間一人の作業ではなくて、他者である赤ん坊の作用がすごく強いので、今とっても振り回されている感覚がある。私は自分の子供に五感に由来する名前をつけている。長男は「聴覚」、次男は「視覚」、今度生まれてくる三男は「味覚」だ。これは私の経験上、どれだけの挫折や絶望に陥っても「感覚だけは閉ざしちゃいけない」ってことが関係していて、生を受けてこの世に生まれ落ちた瞬間の初めて感じる音、光、味は奇跡だと思うし、あなたが感覚を閉ざさなければ感じられるものだといい続けたいなと、そんな思いで名付けている。この世界は光あるところだと、忘れないで欲しいなと思う。

 

今日もタイ料理を食べました。美味しかったです。

ど正論かましたいときは何かを頑なに守っているとき

 

「あたし おかあさんだから」になぜこんなに引っかかりがあるのか考え尽くした結果、予想外のところから、とてもかっこ悪い自分が出てきてしまった。

ど正論を言おう言おうとしてる自分ってやっぱり違和感。何かをギュッと握りしめて守っている時なんだよね。あぁ何だこんなもの守るために、頑張っていたのかと恥ずかしさと同時に緩んだ。

あまりにダサい自分。そんな自分が小ちゃくて可愛らしくもあり、もうそう思ってしまうのは仕方ないので諦めて精進しよう。

 

一言で言えば、表現者としての負け惜しみだったようだ。

そんなクソみたいなもの作って、叩かれたら日本のおかあさんのせいにして逃げて、神様は見ているとかほざくくらいなら、私に変われと。お金と自分の名声のためにものづくりすんな、変われ!っていうやつ。でもそんな風に思っているの認めたくないから、ど正論打ちかましたんだろうな私は。ズルいのは私も一緒だ。そこに辿り着いていない自分への苛立ち。きっと、そんなくだらないものだったんだろう。残念な感じの自分を認めたくなかった。

 

でも、そんな今日までの私を超えていこう。

 

 

知らなかったから夢をみれた

 

知らなかったから夢をみれたのかもしれない

私は子供の頃から世界一のバレリーナになろうと夢見てきた。でも当時本物のバレエを見る機会はなく、私の子供の頃のバレリーナといえば、同じ教室のお姉さんたちだった。お姉さんたちのように上手になりたいと思っていたけれども、それは世界的な視野でいくと、お遊戯でとてもバレエと言えるものではなかった。けどもいい意味で井の中の蛙大海を知らずで、本気でなりたいなれる!!と信じ込んでいた。

 

20年前はyoutubeはなかった

当時、私が初めて本物のバレエを知ったのはNHKで放映されていたスイスのローザンヌ国際バレエコンクールの様子を見てだ。そもそもコンクールなんてものがあることも知らなかったし、ヴァリエーションってなんですか?レベルだったので、世界との差に驚き、自分がやっているのはバレエじゃないということを知った。

でも、日本人の私の3つ4つ上の人たちも出場していて、そして、入賞すれば海外のバレエ学校にタダで留学できるという道があることを知ったとき、もう今も忘れられないくらい胸が高鳴ったのを覚えている。しかし、待てよ?私とこの人たちとの差…あと3年で私はあそこに立っているだろうか。このままここにいていいのだろうか。

と、この瞬間から私は駆り立てられるように常に何かに追われるようにバレエのことしか考えられなくなった。繰り返し、ローザンヌコンクールを録画したビデオを擦り切れるくらいに何度も見て、振りを覚えて練習した。毎日悔しさで吐きそうになっていたから、人目とかどうでもよくて、どこでも踊っていた。家の廊下は絶対にピケターンかグランジュッテで。学校の廊下でも踊っていたし、掃除の時間も掃除をせずに踊っていた。登下校も一刻も無駄にできないと何かに取り憑かれていたのだと思う。

 

例えばどうだったのだろうか。youtubeで当時の私がもっとバレエ界の現実を早いうちから知っていたらどうなっていただろうか。心折れずにあのまま夢を見て目指せていたのだろうか。あまりの環境の格差に諦めていただろうか。それか、もっと可能性を広げる手を子供でも打つことができたのだろうか。

 

なんでも知りすぎて自分では何もできなくなっていく

先になんでも知ってしまうこと。どうしても知ることができてしまう。先に保険をかけ、予防線を張れてしまう。たくさんの可能性が目の前に見えすぎている。どっちがいいのかわからなくなる。ローザンヌの様子がfacebookでライブ配信されていることをつい先ほど知って、なんていい時代なのかと思った。私が子供の頃は新聞を取っていなかったので、いつNHKでローザンヌが放映されるかわからなかった。それに私は親に何か物申すことが怖くてできなかったので、ビデオでローザンヌを録画してほしいことさえお願いできなかった。だいたいいつ頃放映されているのか検討もつかず、なんとかして録画したビデオをゲットすべく相当四苦八苦していたのを覚えている。

ものすごく頭を使ってゲットして、家族がいない時はローザンヌを見ることだけが楽しみで楽しみで、私だけよく家に留守番させられていたのだけどもちっとも寂しくなんかなく、千載一遇のチャンスだとしか思っていなかった。

それが今は、ジャンジャン世界中の情報が簡単に見ることができる。それってものっすごく価値あることなんだけど、当たり前になっているのが不思議だ。今からバレリーナを目指す子供たちと、私とではまるで世界が違うのだろうなと思う。スクールに行かなければ、テクニックやパを知ることはできなかったけども、今はYouTubeで知れちゃうんだもんね。独学でできるできないというのは置いておいて。

どうなんだろうか。私には可能性がひろく広がっていた訳ではなく、これしかないって道しか見えていなかったので一極集中。迷いがなかった。できない、ない、が前提だから作る、生み出す、搾り取る、盗むということが当たり前の方法だった。欲しがらなければ与えられない。賭けていかなければ得られない。そんな感じだったので、目の前になんでもできるよ〜!っていう選択肢がいっぱいあるのはある意味で難しいことだと思ってしまった。

きっと今の時代には今の時代の良さがあるから、昔はよかったなんて言うつもりはサラサラないのだけれども。多分その人次第で、情報がこれだけ手に入ると言うことは、圧倒的な差が簡単に生まれやすいってことだよね。当時の貪欲な私がこれだけのツールを手にしていたら、どれだけ近道ができていただろうかとも思う。

 

言えるのはどの時代でも意志ありきだ。

コンマ1秒にこだわる

 

針の穴に一瞬で通すような踊りを

踊っていて、気持ちいいな〜と昇天してしまいそうになる瞬間。それは、コンマ1秒のココ!!っていうタイミングに針の穴ほどのポイントに振りを通せたとき。どこまでその音を伸ばせたかや、音を切れたかっていうのも、私の中では重要で。そして、劇場内を埋める空気を粒単位で感じて、どういう風に動かせるかっていうこともポイントだ。

何というか、これが成功すると時空を自在に操ることができる。伸ばしたり、縮めたり、その一瞬だけ、劇場内にいる観客の皆さんに私は魔法がかけられると思っている。

私の脳内に劇場を収めることができると、視点は舞台上からだけでなく、壁からも天井からも全てを見ているようなそんな感覚になる。

そういう感覚になるまでには、針の穴を通すほどの集中力が必要なので、それを稽古中からやることが大切。私は究極、これを味わうために踊っているのかもしれない。観客の脳幹にアクセスしてどこまでも連れて行けるような気がするときがある。ダイレクトに伝えたいことを伝えるのだ。

 

第六感とは空間把握能力

第六感というと、霊感のことと一般的には思われていると思うのだけども、私はきっとこれは誰でも鍛えることができて、霊感という使い方もあるけれどもトップアスリートがプレー中に使う能力でもあるのだと思っている。

バレエダンサーの一糸乱れぬ群舞。あそこで踊っている時というのは、自分一人の個としてではなく、群れが一つの生物になったような感覚で、隣り合っているダンサーはもちろん先頭のダンサーから最後部のダンサーの息遣いまで感じ取ることができる。目で見なくても、自分の3人後ろの人の腕の角度が外側にズレていて気持ち悪く感じたりとそれくらい感じ取ることができるようになる。自分もエネルギーを発していて、相手もエネルギーを発していて、それを相互に通信しあって踊っている感覚がある。

私はダンサーとして、第六感を空間の中のどこに自分がいるかを感じ取る能力が異様に発達したのだと思う。なので客席は暗闇でも寝ている人もわかる。

いろんな空間把握の能力の出方があると思うのだけども、例えば一流サッカープレイヤーのスーパープレー集何かを見ていると、ものすごいキラーパスが通って、一瞬でゴールが決まったりする。あれは目で見て、脳で反応して判断して、蹴るっていう普通の運動神経のルートではなく、瞬間で上空から盤上を眺めるかのように俯瞰していてパスを通しているんじゃないかって感じる。感覚や野生の本能に近い、反射って感じで、プレーしているんじゃないかって。

NBAのシュートとかも、「ココだ!」「コレだ!」っていう理屈抜きに感じちゃうプレーに反応しているだけのように見える。

 

けん玉や卓球ならば、手で感じ取るのに優れている。私は自分を包み込む体全体で把握するのは得意だけれども、「手」となると急に難しくなる。まだ足の方が得意。

F1レーサーなんかも、ある一定の集中力を超越した次のゾーンで発揮される感覚分野がきっとあって、そこに突入すると、思考は置き去りでただただセンスに反応するだけの領域がある。そういうの感じたことある人いないかな。私はそこに入った時の自分がすごく気持ちよくて好き。

私はレッスン中や団員にこの話をするときがあるけれども、作品を作るのに、表現者がこの空気で観客を飲み込む舞台はやっぱり上手い下手を超越して、異空間に連れて行けるものだと確信している。それには己というちっちゃな枠組みは早々に捨てておいてもらわないとお話にならない。もっと大きく、というか、大胆に裸にならないと大勢の観客を飲み込むことはできない。身体的な空間把握能力は鍛錬が必要で、ど素人からだとすっごい頑張って10年はかかるかもしれないけれども、メンタル的なものならば、3ヶ月頑張れば一体化できる。と、思う。

 

子供の頃に鍛える方法

きっとコレは子供の頃に鍛えることができて、しかも専門的な英才教育よりも才能を開花させるのにずっと大事な気がする。

この第六感を磨くのは「たくさん遊ぶこと」だと思うのだ。好奇心の赴くままに遊ばせる。「危ない」と制してしまうような遊びにこそ、第六感は磨かれる。大人になると、コレって経験が邪魔をして好奇心だけには体は従えなくなるんだよね。なんかいい大人が自分はまだ童心が残っているアピールなのか、子供のように遊んでます楽しいーきゃーみたいなの時々見るけれども、やはり絶対的に子供の頃には戻れない。ちょっと振りっぽいなってなぜか冷めた目で見てしまう自分がいる。

子供の頃のあんな無謀なこと、少なくとも今の私にはやろうと思えない。ジャングルジムの天辺ど真ん中の四角から真下に向かってヒュンと落ちる遊びとか。ブランコ漕ぎまくって前の柵の先に跳んで降りる遊びとか。二階から飛び降りる遊びとか。一歩間違えば余裕で死ぬ。

山をありえないスピードで駆け下りるとき、あまりの急斜面に足は自動的に前に前に出てしまい、止まることができなくなる。やばいって全神経、全細胞が私に訴えかけるけれども時すでに遅し。地面は切り株や、岩などがゴロゴロしていて、瞬間で回避するしかなく、着地点にこのまま落ちたら挫くなっていう障害物が見えたらその都度体が回避しながら山をおりて行く。

多少命がけな遊びは、野生的な能力をグンと引き上げると思うのだ。私は5歳からバレエをやっているけれども、本格的にやりだしたのは中学に入ってからとかなりのスロースタート。でも、きっと、遊びで培った、体を自在に操る力っていうのはバレエに生きていた。

感知する力、うちの子も例に違わず、「危ない!危ない!」と私たち親が危険を取り除きがち。でも絶対に人間には備わっているはずの力なんだよね。命が危ないとなったら、ちゃんと自分を守ることができる。そして、それはスポーツとか勉強にも生きてくるんだよね。人間関係にも生きているなと私は思う。

才能ってコレなんじゃないのかな。