大人に守られているはずの幼い頃に自分を見捨ててしまっても

周囲に迷惑をかけて絶望をわかりやすく表現できる人は、自分には価値があると教えられて育った人だ。そうでない人は絶望なんかを表現しない。誰にも最善の奉仕をして、そして誰にも助けを求めないし、決して泣かないし泣き言も言わない。

もうすでに高層ビルからなり、線路なりに飛び降りていて、あとは手を突かずに地面に顔面から激突するのをスローな時間の流れの中でただひたすら淡々と待っているだけだ。無論、間違っても身なんか投げない。そんな風に他者に迷惑をかける考えなんか最初から持ち合わせていないからだ。

そんな時間の流れの中で生まれてからずっと生きていたみたいだ。

ハッとした。

助けは求めてもいいもので、一人で全部背負うことを叱られるなんて思ってもみなかった。助けなんか求めたことが今までに一度もなくて、こんなことを人に相談することすらしたことがなかったというのに、「娘じゃないか」と言われたとき私の何かが決壊して温かいものがドクドクと流れ込んできたのがわかった。

父というのはこんなにも大きくて強くてあったかい存在なのか。私はこの偉大な人に育てられたこの人と結婚してよかったと心の底から思った。私が結婚した人のこの男らしさというか、器の大きさというか、威厳は、この父をみて受け継がれたものなのだと知って、何かに大きく包まれたような安心感をなんか生まれて初めて感じたのかも。

私はもう顔面から激突するのを待つだけの人生は送らない。転んでしまった時はちゃんと手をついて自分を守ろうと思う。

アイキャッチ画像:photo by bozzo