勇気を出して話してみる

私は元々3ヶ月前までスピリチュアルなんてもの信じてなかったし、そんな特殊能力は私にはないし、地球で人間らしくコツコツとやっていくのが正しいと思ってきた。

ここは地球、私は宇宙人と言われ育ち、大人になっても魔女だの、巫女だの、未来人だの、神の生まれ変わりだのと言われることが非常に多く。

お役目があるとか、カルマだ、使命だ、魂のなんちゃらだと言われすぎてうんざりしてきたのもあり、スピリチュアルが嫌いだった。

私は地球人の日本人の大瀧冬佳だと。運命か何か知らないけれども、私は私の手で人生を決めていきたい。神さまがいるなら、なぜ私ばかりこんな波乱に満ちた人生にするんだと、怒っていたわけだ。

無責任に人の人生や生まれてきた意味とか、いろんなことに意味づけたり、関連付けたりして、おもちゃにしないでほしいと小さい頃から思っていた。

だから、私は非常に現実的に科学的に理論的に生きようと必死だった。元々の性質は完全に感覚的で浮世離れした性分にも関わらず。すげー反発してきたわけ。

自分の本分をわきまえて、自分を内観することをずっとやってきた。人として、凛と佇むその姿勢を追求してきた。

それが満ちたとき、宇宙意識そのものとの一体化があったんだ。繋がったと話したけど、そうではなくて一体化という言葉が近い。

すると、なんだか、「繋がった!」ということに特別感を覚えてる人たちは、その能力の慢心からかすめる止まり。いち早く掴んだことがそれを止めている。

なので、謙虚さ。

外側の変化にとらわれて、きゃー宇宙と繋がっちゃった!!!というのは深く考察するに至らないみたいだ。

数人の方にどういうことが起きたのかと聞かれるけれど、至って変化はなく。ただ捉えやすくなったのは事実。

でも、そこに慢心しちゃいけなくて、より一層、今なんだ。本当は時間なんて軸もないわけだが、だからこそ、ここでは、今が大切。

未来が見えても、聞こえるはずのない声が聞こえても、見えないものが見えても、じゃあどうするのかって結局は自分で選ぶことなんだ。だから何も変わらない。

今までやってきたことを、ただ高い位置からグワっと俯瞰させてもらえて、「ほー」と認識したにすぎない。だけど、それによって外すことができた自分の思い込みもいっぱいあるにはある。

面白くなってきたのは、不思議なことがわかればわかるほど言語や理論というものが面白くなってくる。肉体や重力が面白くなってくる。

今までと同じことをもう一度聞いても、私には全然違うものとして認識される感覚で非常に楽しくなってきた。

何はともあれ、慢心は成長を止めるということですよ!

地味めなことや基礎ってほんと変態的に好きです、私

アイキャッチ画像:photo by bozzo