見えない世界と見えてると思っている世界

見えない世界側から見えていると思っている世界を眺めると、全てに合点がいく。

全てに合点がいくだけでなく、見えていると思っている世界、つまり現実に実際に現象として現れるのだ。思考を現実化というのは言葉を言葉として、見えていると思っている世界からの概念で捉えるとご都合主義なまるでかすりもしない違うことになってしまうのだが、見えない世界から見ると、ほんとそれでしかない

見えない世界側からの観測をすることで、縁や出逢いは偶然ではなく選択になる。奇跡も事件も運ではなく、「選択」に近づく。

その精度を左右させるのは、自分の美学にそっているかどうかなのだ。

だから私はどこまでも生粋のアーティストでいるのが私の正解なのだなとこの歳で気付けたのは本当に幸福なことだと思う。

毎日が楽しい。

アイキャッチ画像:photo by bozzo



【出演情報】

DANPARAカンパニー公演
『ALICE~Dreams do come true~』
場所:シアターグリーンBOX in BOX THEATER
チケット4000円

11月3日(土)14:00〜・18:00〜
11月4日(日)13:00〜

チケット購入希望の方はfuyuka@uzme.danceに「お名前」「希望日・希望時間」「枚数」「メールアドレス」「電話番号」をお知らせくださいませ。


この服は今の私にあっているか?

この服、このメイク、この髪型、この部屋…

毎日自分に触れるもの、触れている時間の多いものを見直す。思い込みやセルフイメージの力は非常に大きい。

外見より中身よ!と思ってみても、外見は中身の一番外側だ。だからやっぱり表面に中身が現れる。外見よりも気位の高い精神や頭脳を併せ持つ人は、自分と外側の乖離から、自分以外の人間だんだんと見下しがちになる。

精神や頭脳の割に周りからそれに応じた対応を受けていない、きっと周りの理解が自分に追いつかないのだという独特の解釈をしがち。

もっと素直になって、中身に外見を釣り合わせたら良いじゃないか。あなたの中身は素晴らしい。外見をわざわざ中身よりも落とさなくても、あなたの中身の素晴らしさはわかる。

「そういうのは興味ないから」と言うだろう。いやいやいやいや、やってみても居ないのに、自分にどんな変化が起きるか想像もしていないのに、やっぱりそれはこじらせちゃっているよ。

もっと肩の力を抜いて、今の自分に合った服、メイク、髪型、部屋を選ぼう。

最初はこそばゆいかもしらないけれど、人からも自分の中でも私にはコレだというものを身につけたり、そういう空間にいると、自分が自分らしく楽になる。

自分らしく生きていい。

あなたは自分らしく生きていい。

人には人生のうちに何度か転機というものが訪れるだろう。これからまだまだ転機が訪れる可能性も大いにある。過去から現在、未来と時間が続いていく中で、過去の自分をいつまでも引きずっていなきゃいけない法律なんてないんだよ。

中身が変わったのなら、外見も変えていい。今の自分に合った服を着よう。今の自分に合ったメイクをしよう。今の自分に合った髪型に。今の自分に合った部屋にいよう。

その転機を迎えて、過去の自分と今の自分はどう印象が変わっただろう。

前よりもかっこよくなった。

前よりも輝いている。

前よりもイキイキしてる。

前よりも可愛くなった。

前よりも明るくなった。

前よりも綺麗になった。

いろいろあると思うんだけど、そんな風に自分の中の変化を改めて感じてあげると、まぁるく何かに包まれるような温かい気持ちになる。

その変わった今の自分と環境合ってる?環境だけバージョンアップが遅れてないですか。そんな風に外見を変えたら、周りが動揺したり、調子に乗ってるとか思われるんじゃないかとか、頑張っちゃってる(笑)って嘲笑されそうとか。

誰もそんなこと言ったりやったりまだしてきていないけれども、私たちは変化を怖れ、変化していくものに対して怖れが強い人ほどブレーキをかけてくる。

慣性の法則というのを物理で習ったと思う。「動いているものは動き続け、止まっているものは止まり続ける」という法則だ。

これが人間にも働いている。

内面が変わったのなら、外見も変えていい。外見を変えたら、変化が目に見える形になるので変化を怖れる人達からのブレーキはかかると思う。もしかしたら人も離れていくかもしれない。

どちらを選ぶかはあなた次第なのだ。

あなたも変化を怖れる一人であるのなら、今の自分に合ってない物を身につけ、とどまり、中と外のズレにそっと目を閉じ、周りに合わせていくという選択もありだ。

でも、ほんと、怖れなんて、「まだ知らないから」ってだけのこと。恐怖や不安の正体は未知。

あなたはもう自分が選ぶ答えをわかってる。

第三回公演アンサンブルダンサー募集
【出演情報】11/3・4 ALICE~Dreams do come true~

ギュンギュン、エネルギーがめぐる体づくり

天才はトレーニングで作られるそうだ。今、私は絶賛体改造中で。今まで入会していたダンススクールを全てやめ、渋谷にあるとあるスタジオ一本に絞っている。

通い始めてわずか2ヶ月。体重は6㎏落ちて、脚の形や腰の高さ、脚の長さ、顔の形、骨盤の幅がゴロッと変わった。さらに舞台上で本番だけのマグレあたりの神懸かる体の再現率がグンと上昇している。

自分の中のエネルギーを掴んで繋げて巡らせてということをすこーしずつコントロールできるようになってきたことが何よりも嬉しいと同時に、この先かなり探究の道は長いので悔しかったりしんどかったり、でも総じてめちゃめちゃ楽しい!!!!

基礎が大事!!!とバーレッスンを続けていたけど、もっとちゃんと体を確実に動かすことを今28歳の時点から始められてるのが本当嬉しい。

私、これからどんなダンサーになるんだろうーーー。ワクワクする。ずっと諦めていた部分に光がピカーっとさした感じで、変態のツボがビシバシ押せて楽しい以外の何者でもない。

なので、だからこそ、次の公演は春の祭典をやりたいのだ。やりたい振りはもっとずっとブワッと旋風を巻き起こすやつがやりたい。

今の私はまだまだまだまだで。鬼トレーニング後はおばあちゃんのようにぷるぷる震えた脚になってしまうし、次の日も筋肉痛で泣きたいほど痛いけど嬉しい。

よし。もう、この公演、次元を超えたものになる。磁場が変わるくらいのハイエナジーな空間でその振動をみなさんに共鳴させたい。




第三回公演アンサンブルダンサー募集


遠くの1,000人が理解してくれても近くの10人が無理解な場合

自分には理解者がいないと思ったのなら

もっと遠くへ伝えたらいい。一番近くの一番理解して欲しい人にはどうしても理解できないことってあるのだ。理解共感を得られたら、立ち上がり立ち向かう勇気が持てるのに。ほんの少しでいいから、理解を示してくれるだけでいいのに…そんな風に思い傷ついているのなら、近くの10人を変えようとはせず、遠くの人へあなたのことを伝えたら良い。

遠くには1,000人の理解者がいる

最初は怖いだろう。近くの10人の理解さえ得られないのだから、遠くの見ず知らずの人間が自分を理解してくれるなんて想像できない。近くの10人以上に自分を傷つけるのではないかと不安でいっぱいになると思う。しかし、真実は、「見ず知らず」だから理解を示し、共感し、支持してくれたりするのだ。

人はそんなに強くなくていい

一人でそんなに抱えて、必死に耐えなくていい。重荷は誰かに一緒に持ってもらっていい。自分を責めるのはもう終わりにしていい。全力で逃げていい。我慢しなくていい。泣いていい。笑っていい。幸せになっていい。だから、私を理解して欲しい、わかって欲しい、って思ってもいいのだ。

そこまでキューキューに我慢するのがデフォルトになっていて、自分の願いさえもどこにあるのかわからなくなっちゃった時には上の言葉を自分に言ってあげて欲しい。

ほんの少し理解してもらえることで人は優しくなる

遠くだろうが近くだろうが、たった一人でもあなたに理解を示してくれるだけで、人は緩み優しくなれて、余裕を持つことができる。近くの10人は緩んだあなたがそこにいれば、理解するっていう単純なことなのだと思う。

私が実際にそうだった。孤立無援になっていたことがある。いくら将来を考えてこうしようと思うと相談したところで近くの10人というのは反対意見しか言わない。彼女らはきっと無意識だったと思う。忠告ばかりを高い位置から言うだけで、今この瞬間の私の辛さなどに理解を示してはくれなかった。今を打開するための道になんてサラサラ聞く耳持つ気もないと言った具合に。

そして、私は自分の生い立ちなどを近しい人間には話したことがなかった。理解してもらえるとは到底思えなかったからで、微妙な距離だけが生まれ、腫れ物のように扱われるくらいなら普通の人としてそこにいた方がずっと楽だった。だから、結果、いつも孤独を感じていたと言う微妙な時代があった。

近くの人はダメで遠くの人は良いと言う話をしているのではないけれども、私の場合、遠くの名も知らない人たちに向けて自分の想いを伝え始めたことで、頑なだった私自身にも変化が起きた。言い方悪いけれども、遠くの人って弱いつながり故、無責任に感動したり共感したり応援できるのだ。近いとそれなりに責任が伴うし、どうしても情が邪魔して「心配」「あなたことを思って」と言う考えが顔を出してしまうのだと思う。

遠くの誰かが私を理解してくれたことで、カラクリが解けた。生き辛くしていたのは、他でもない自分。誰にも理解されない自分にしていたのも自分。そう言う風に考えが変わることで、近くの10人も気付いたら私を理解し応援してくれていたのだと知る。

孤独を感じるなら遠くへ向けて伝えよう

遠くの誰かに向けて、あなたの思いを伝えてみよう。きっといるんだよ。世界は優しいと気づくから!

冬佳シェア会
8/10 10:15~12:15
@リラクゼーションサロン ラ・シャンス
東武アーバンパークライン初石駅徒歩16分

9/1 11:30~13:00
@アマン東京ラウンジ
大手町駅徒歩3分

参加費 投げ銭制(飲食代は自己負担)

【出演情報】

DANPARAカンパニー公演
『ALICE~Dreams do come true~』
場所:シアターグリーンBOX in BOX THEATER
チケット4000円
全6回公演

2018年
11月3日(土)14:00〜・18:00〜
11月4日(日)13:00〜

 

勇気を出して話してみる

私は元々3ヶ月前までスピリチュアルなんてもの信じてなかったし、そんな特殊能力は私にはないし、地球で人間らしくコツコツとやっていくのが正しいと思ってきた。

ここは地球、私は宇宙人と言われ育ち、大人になっても魔女だの、巫女だの、未来人だの、神の生まれ変わりだのと言われることが非常に多く。

お役目があるとか、カルマだ、使命だ、魂のなんちゃらだと言われすぎてうんざりしてきたのもあり、スピリチュアルが嫌いだった。

私は地球人の日本人の大瀧冬佳だと。運命か何か知らないけれども、私は私の手で人生を決めていきたい。神さまがいるなら、なぜ私ばかりこんな波乱に満ちた人生にするんだと、怒っていたわけだ。

無責任に人の人生や生まれてきた意味とか、いろんなことに意味づけたり、関連付けたりして、おもちゃにしないでほしいと小さい頃から思っていた。

だから、私は非常に現実的に科学的に理論的に生きようと必死だった。元々の性質は完全に感覚的で浮世離れした性分にも関わらず。すげー反発してきたわけ。

自分の本分をわきまえて、自分を内観することをずっとやってきた。人として、凛と佇むその姿勢を追求してきた。

それが満ちたとき、宇宙意識そのものとの一体化があったんだ。繋がったと話したけど、そうではなくて一体化という言葉が近い。

すると、なんだか、「繋がった!」ということに特別感を覚えてる人たちは、その能力の慢心からかすめる止まり。いち早く掴んだことがそれを止めている。

なので、謙虚さ。

外側の変化にとらわれて、きゃー宇宙と繋がっちゃった!!!というのは深く考察するに至らないみたいだ。

数人の方にどういうことが起きたのかと聞かれるけれど、至って変化はなく。ただ捉えやすくなったのは事実。

でも、そこに慢心しちゃいけなくて、より一層、今なんだ。本当は時間なんて軸もないわけだが、だからこそ、ここでは、今が大切。

未来が見えても、聞こえるはずのない声が聞こえても、見えないものが見えても、じゃあどうするのかって結局は自分で選ぶことなんだ。だから何も変わらない。

今までやってきたことを、ただ高い位置からグワっと俯瞰させてもらえて、「ほー」と認識したにすぎない。だけど、それによって外すことができた自分の思い込みもいっぱいあるにはある。

面白くなってきたのは、不思議なことがわかればわかるほど言語や理論というものが面白くなってくる。肉体や重力が面白くなってくる。

今までと同じことをもう一度聞いても、私には全然違うものとして認識される感覚で非常に楽しくなってきた。

何はともあれ、慢心は成長を止めるということですよ!

地味めなことや基礎ってほんと変態的に好きです、私

アイキャッチ画像:photo by bozzo

鋭く磨いて

忘れてた!忘れてた!

私は道を鋭く切り拓いていくのだ。なまぬるいこと言ったりやったりしてた。

なんか、私、ここ数年で丸くなってた。スパンと潔く、美しく、鮮やかに。

正しくなくたっていい。清くなくてもいい。

やってること、言ってること、見た目にはあんまり変わらないかもしれないけど明らかに私の真剣さが変わった。

ちんたらぽんたらしてる時間なんて1秒たりとも要らないのよ。鋭く見据えて、断つ。

みんな来て欲しくない人とか、一緒に居たくない人に関わりすぎ。私含め。断わればいいのだ。「来て欲しくない」という意思を伝えることもしないで、来てしまったそいつに陰で文句言っても仕方ない。

「やりたくない」という意思を伝える努力もしないで、なんで自分の外の人やコトのせいにするのか。

なんでやりたくないことをやるのか。言い訳が無限に出てくるだろうけれども。その固定概念、あなただけのものだから。一歩ほかの世界にいる人には通用しない常識だったりするんだ。

え?やればいいじゃん。

え?やめればいいじゃん。

そう言われるとカチンとくる時、それはあなたがあなたを縛ってるってこと。その状況変えられない場合もあって。問題は変わらない状況ではなくて、やめたいと思ってる自分の感情を押し込めていることなんだ。

それを状況が変わるかどうかはさておき、そう思ってるという意思を伝えるなどのワンアクションをすることでね、自分って癒されると思うし。

仕方のないことと思い込んでいた常識があっさり変わったりもする。

すべては伝えることから。

「断つ」が特にできないわけだけど。それを伝えることは自己中なことじゃないと思うんだ。

みんなと一緒教を盲信してただけ。

誰に何の遠慮をしているんだろう。

そういうことばかりしてるとオーラを傷つける人ばかりに囲まれちゃう。

うん、私はもう誤魔化さない。

アイキャッチ画像:photo by bozzo

私は世界を変えない

今まで私はどこかの誰かのために活動していると話していたけど。それってあくまで回り回っての結果。

そこを目的にしているような物言いは、みなさんに大ウソをついていたなと。体裁を保つためのきれいごとだったと思うのだ。(人間らしくてそんな私も好き!)

どうしたって結果、誰かのためになるのだ。それにそれどうでもいい。本当の本当の本当にそう思ってるかと問えば、「どうでもよい」だと思う。でもその「どうでもよい」になったら問題って解決してるんだ。

なので本当、苦節5秒でよい。

アイキャッチ画像:photo by bozzo

生きている意味がなくなるほど今日を生きるということ

ソロ公演のあの靈という作品ができたり、なんだか急に覚醒して何かと繋がった月間だった、ここ最近の私。

あれは、今考えてみると、生きている意味がなくなるほどに今日を生き抜いてしまったからなのだ。「生きている意味がなくなる=死にたい」ではない。死にたいというのはつくづく「生きたい」なんだなとよくわかった。死にたいとは全く頭をよぎらなかったけれども、どうにも常に地上から3㎜浮いている感覚。

人間が人間らしくあれる理由が私にはなくなってしまった。

人に認められたいだとか、夢を叶えたいだとか、あの人を助けたいだとか。そういうものを心から思えなくなってしまって、やり尽くした感しかなかった。あるのは無だった。

愛する人との間に赤ちゃんが生まれ、日常は今までで一番幸せだ。決して、死にたいとは思っていないのだけど、感情というものを感じる場所が変わってしまい、五感も別のところにあるような嬉しいは嬉しいし、怒りも怒りとして感じるんだけども、もうそれを体感する時期は過ぎてしまって潮時感がすごかった。

一人に一個魂があるわけじゃないってことに気付いてしまったからなのかもしれない。私はなぜ私なのか、思い出してしまったからなのかもしれない。

 

そんな混沌としたところにいた私だけども、これはただただ虚しく哀しい話ではなくて。この混沌を通り過ぎた私は、前より確実に一段高い位置から世界を見渡している感覚になった。色々なものに振り回されなくなったという言葉は近い。

そして、一つ今、思うのは、みんな壮大な暇つぶしをしているのだと思う。毎日ご飯を三食食べるのをやめてみると、本当にやることなくなる。生きている意味がなくなるのが実は正解で。それがなくなると人は生きる糧を失い、どこを目指してい生きていけば良いのか路頭に迷うと不安になるのかもしれない。でも、それくらいアクセル踏んで、今日を生ききったら、あなたがこの地球に生まれてきて本当にみるべきだった景色が見られるのだ。

生きている意味がなくなるほどに、全開で行くべきなんだなと。

この辺でいいかなと、アクセルを、あなた緩めているでしょう?

今。今日。昨日も。そしてきっと明日も、来年も。目標に向かうとか、夢を追いかけるとかそういうひっくい次元の話じゃない。夢とか目標なんてどうでもいいのだ。そんなの他人が介在するもので、あなたのものじゃない。

あなたはあなたを最上級に信じて、そしてそこに突っ込んで行くのだ。誰とか関係なくて。

私は27年間、歯を食いしばって、負けてなるものかと、必ず社会に復帰してやると、生命力や反骨精神ガンガンで生きてきた。今、それ、すっかりなくなっちゃった。幸せになるんだとか願いを叶えるとかそういうの全部叶えてしまった。もう満たされ尽くしたら、私の存在理由はなくなり止まってしまうのではないかと実は怖かったけど。そこからが魂の本当の始まりだった。

私が言いたいのは、あなた、まだ進める。何を中途半端なところで、まぁまぁいい感じのところでおさまってるの。やっぱりそれは幸せの先をみるのが怖いんだよ。でもそこを超えてからが人生は面白い。

私は「生きる」を超えたのだと思う。

アイキャッチ画像:photo by bozzo

▼冬佳シェア会in日本橋

7/25 (水)11:30~14:00

7/30(月)11:30~14:00

8/2 (木)11:30~14:00 残席1名

▼冬佳シェア会in柏

8/10 (金)10:00~12:00 残席9名

こちらは半グループセミナー形式で行います。

参加費は0円からの投げ銭制です。

 

お申込みはこちら→https://www.facebook.com/profile.php?id=100004164461261

大瀧冬佳メッセンジャーに「シェア会参加希望」とお送りください。

 

今、目の前にいない人は恐竜と同じ

恐竜って絶滅したと言われてますよね。でもそれは違う。今もどこかにいる。きっと変わらず違う他の地球で生きている。

そんなわけあるかーい!!!って思ったかと思うのですが、でもそれはあなたが観測していないだけの話かもしれないじゃないですか。「真実」って一体どこまで自分の目で同時に観測できるのだろうって思うのです。

 

 

恐竜は一旦置いておいて。

あなたがやりたいことをやれない一番の理由の「あの人の目」ってありますか?いつも引っかかってしまう「あいつ」でもいいですし、どうしても解せないあの人でもいいです。

自分が会っていないだけでどこかで生きているって思うじゃないですか。

違うんです、いないのです。

もしくは恐竜と同じなのです。

 

奇妙な話だと感じると思うんですけど、私は割と本気でこの仮説はありだなと思っています。嫌という程その辺を体感させられてきていて、いい加減「体感至上主義」も卒業したら如何なものかと言われている気さえします。

本当に、「体感しなくても知っている」「体感しなくてもわかっている」

もう知らないふりも、そろそろめんどくさくない?飽きたんじゃない??いい加減自分のこと信じて元に戻ってきてよと言われています。

 

突拍子もない信じられない話を書きましたが、あなたもあながち100%ありえないとは切って捨てられない自分に不思議な感覚を覚えていませんか。

好きな人、憧れな人、尊敬する人の他に同じくらいの熱量で、許せない人、嫌いな人、苦手な人、イラつく人いますよね。それらの人々はあなたの周波数に共鳴して、あなたがその人たちを観測するから存在している。

と、したら??

「好き」とか「嫌い」というのは人間の感情であって、「周波数」とか「エネルギー」という意味では好きも嫌いもないし、上も下もないです。振っている幅で物事は成り立つとした私の仮説では、ベクトルは違えど、同じものです。

なので、もうあの人は私の人生には登場しなくていいとした人物はその世界には現れなくなるのではないかなと思うわけです。

そして、実際にそうなんですよ!!!信じるも信じないも、あなた次第ですけど。

 

面白いなぁ。

【参加者申込み受付中】

冬佳シェア会in日本橋

7/25 11:30~14:00 残席1

7/30 11:30~14:00 残席1

8/2 11:30~14:00 残席2

冬佳シェア会in柏

8/10 10:15~12:45 残席8

 

ダイヤモンドと魂

(出典:冬佳シェア会資料)

冬佳シェア会ではこれをカンペにしてお話させていただこうと思っている。

ざっくり話すと、もう目先とか小手先のことでごちゃごちゃやっていないで、さっさと魂にそったことした方がいい。

上の図は素人ながらパワポで私が作ってみたのだけども、大概の人は、頭で行動したり話したりする。「ワクワク」というワードが流行ったのは、おそらく、頭から一個深めた心で行動することを慣らすため、思い出すためなのではないかと。だから、もともと魂にそっていきている人にとっては「ワクワク」ってめっちゃ違和感だったわけ。

心、感情というものは脳や腸で生成される化学物質(ホルモン)から生まれるものなので、それは人間特有というか、私的にはそこまであんまりあてにしていない。「心変わり」「心うつり」とはいうけれども「魂がわり」「魂うつり」とは言わない。

心は移ろいやすいもので、食べているものや、気温や湿度、音、色などいろんな演出をかければ簡単にコントロールできてしまうものなのだ。

心を揺さぶることは簡単。人間の弱みにつけ込む、欲望を掻き立てる、不安を煽る。小手先のマーケティングが薄いのは、この辺をやって売れればいいという拝金主義を起点にしていることだからだと思うのだ。でももっと楽しく深い本当のマーケティングというのは人に寄り添う。つまり、心ではなく魂に寄り添うもの。

心を動かすのは簡単。一番手っ取り早いのは、お金。お金で人の心は買えてしまう。中身のない「これをしたらお金が湧き出る泉のような方法を教えますよ」という商売はそれをもっとも効率よく利用した商売なのだと思う。

しかし、魂を揺さぶるには魂で仕事をしていないと揺さぶれないのだ。

地球で一番硬いダイヤモンドはダイヤモンドで磨くように、魂は魂でしか揺さぶれない。

だから、セールスライティングをどこかで習ったの?と私はよく聞かれるけれども、習ったし、結構勉強したけど、全然活用していない。ガン無視だ。なぜってそれをしたら多分短期的に見ればすぐに結果を得られる(つまりお客さんがすぐに集まり、儲けられるということ)だろうけれども、それは100年先に私の名が残るような活動とは思えない。何を生み出すか簡単に言えてしまう行動はしたくない。

スピチュアルな話はこの辺にとてもよく繋がってくる。なんせ、魂はスピリットっていうじゃない。ガチコンとむしろ何よりも私の哲学にフィットしてしまって、全てが繋がったのでそんな話をシェア会ではしようと思っている。

でも、だからと言って、特別なことはあまり起きていない。達観したり、悟りを開いたり、パッカーンと何かが降りてきたりして、この世の人じゃなくなっていくわけでは全然ないのだ。結構、そういう風に思われているみたいなんだけども、そんなん起きていたら脳みそファンタジーすぎてあっぱれである。

そんなことよりもずっと大事なのは、これ。

(出典:冬佳シェア会資料)

自分を誰がコントロールしているかってこと。

これを訓練するにはこのイメージがかなりいい。自分の中にコントロールセンターがあって、そこに操縦席があるとする。その席に誰がもしくは何が座っているかということ。

自分のことなのに、母親や兄弟、子供、夫が自分の操縦席に座って乗っ取られてる場合がある。自分は操縦席からはじき出されて蚊帳の外。そりゃ悲しいし、さみしいし、虚しいし、やるせないし、ひねくれて、いじけてしまうよね。「どうせ、私は」って。でも、あなたが自分を座らせないで、勝手に子供を座らせてるんだよ。

人の場合もあれば、常識や世間体が鎮座してることも多い。なんか、あなた本当に結婚したいと思っているの?とか。お金や時間を座らせちゃってることもある。

で、これは私も長年やっていたのだけども、何もいかにもなことばかりが鎮座してるだけではなくて、「夢」や「やりたいこと」「目標」に自分がかい殺されていることもあるのだ。最初は純粋に自分が見ていた夢も、いつの間にか「夢」に占領されていて、辛い。とにかく果たさなければならないという、「根性」「努力」「忍耐」の世界に思考停止で没入するしかいられない状況になっていたり。

「やりたいこと」があること、よりも自分だ。

それで冬佳シェア会を一旦休止させていたのには理由があって、ここの操縦席になぜか「大瀧冬佳」を座らせてしまう人がちらほら出てきてしまったのだ。不本意な事態で、でもそれって私にも原因があると思ったので、一旦休止した。今、その原因もわかったし、根本的に私が私の中を変えたので、そういう現実も現れなくなったので、緊急復活を決めた。

まぁそんなわけで、冬佳シェア会、どんだけ席少ないのかって感じですが、気になる方はどうぞお早めにお申込みください。投げ銭制で極端な話、無料から参加できるので。

冬佳シェア会詳細

【日本橋】
・7/25(月)11:30〜14:00 残席2
・7/30(水)11:30〜14:00 残席2
・8/2 (木)11:30〜14:00 残席1
https://www.facebook.com/events/287066685371123/?ti=icl

【千葉 柏】
・8/10(金)10:15〜12:45 残席7
https://www.facebook.com/events/1057101817787700/?ti=icl

【アイキャッチ画像:photo by bozzo】