初のソロ公演を終えて今後の展望

ご来場くださったみなさまありがとうございました。無事終演することができました。大変高額なチケットにも関わらず日本全国から22名のお客様にお越しいただきました。

私的には自分の頭の中が世の中にどこまで受け入れてもらえるのかなという実験のような公演でもありました。実験というと誤解を招きそうですが、言い方を変えれば大瀧冬佳をもっとも濃く抽出したディープな場づくりということになります。

ですので、広く公向きなソフトな作品にはなり得なかったので、本当にどうしても観たい人だけにお越しいただきたいと願いました。

言語化できるような感想を持たれては、この作品に至っては失敗だと思っていました。私の中のどうしても言語化できないものを伝える術として、舞台を選んでいるのです。もし言語化できるのであれば、私はブログに書きます。しかし、言葉を超越したところにある世界観、ビジョンを見せたい。さらに頭で理解することを放棄せざるを得ない情報量をおとすのが今回の作品の目的でした。

よく言われる、考えるな感じろなのですが、別に私は作中のキャラクターの人生に感動して涙する程度のものでは飽き足らないと思っていまして、それって結局は他人の人生を眺めているだけの傍観者であり、その人に深く影響を及ぼすに至らないのです。

今回の作品はあながちフィクションではないです。私には恐竜は並行した他の世界で今も生きていると伝えられています。何をいうのか、と大多数の方が思うのも当然です。ほら、言葉では全く伝わらないのです。だから舞台での表現を試みてみました。

正直、共演者やスタッフさえも今回の作品の根本的な理解は不可能だったのかと思います。でもこれでいいんだと思っています。今回のソロ公演を終えてその結果は私の予想とは全然違かったのでやるべきことがすごくはっきりしたように思います。

 

そんなこともあり、私は私にしかできないことをしないとならないので、今やっているほとんどの活動を終了させて、Uzmeの公演のみに絞っていくことにしました。同時に人もたくさん離れていく予感もあります。それは今まで私が私として生きていなかった甘さのせいだと受け止めようと覚悟しています。

できることってとてもたくさんある。やって人に喜んでもらえることもたくさんありすぎる。あれもこれもやってみたからわかることだけども、私が私である唯一無二のことをしようと思うのです。

SNSの友達の受け入れに関しても、今までは頭で選び過ぎていました。でももう本当に耐えられないものがあるので、理屈抜きにダメなものはダメというところで、「感じ」でかなりシビアに選ぼうと思います。

レッスンやWS、講座等も完全終了させて、自分自身の研鑽の時間に費やしたいと思います。なんというか、イチローが資格取ったり、教えたりしていないよね?その分自分に費やしているよね?という感覚が私には強くて、「教え始める=引退」という感じなのでもっと先でいいかなと思っています。

本を出版したいと動いていた時にはお話全く来なかったのに、今になって出版のお話が来ます。でも私はもともと言語で伝えるものではなく、非言語で伝える者なのでこの先も本の出版はしないことにしました。

メディアにも出ないことにしました。出るとしたら私の手の中でコントロールできるところにのみ出ていきたいと思います。大概、私が纏っているエネルギーが傷付いてしまうのであんまり好きじゃないんだと思います。

そんな感じでやらないことが明確になってくると、サイトのメニューやカテゴリやコンセプトなどもすごく明確に設定しやすくなります。誰に向けて何を発信するか、今一度仕切り直していきます。

photo by bozzo

私の中の深部が震える階層だけを集めた作品「靈」

私の体の中にも階層がある。そしてあなたの体の中にも。

どこが振動するのか、打ち震えているのか。が私の中のコンパスみたいなものなのだけども。今回ソロ公演用のストーリーを書いたり、曲を選んだり、振付をしたり、衣装を決めたり、会場を選んだり、そこに関わる人を決めたり、お客さんを選んだり。そういうことをしているときに、これしか選べないっていう感覚に何度も陥ったし、もうどういう空間が舞い降りるのか見えているからそれしかやっぱり選べないのだ。

頭でこれ良い!と思ったものは、ことごとく却下されて、心で良い!と思ったものも、今まで集めてきた作品のカケラの中に並べると全然違くて悪目立ちするし、単体で見たときは良いな〜!と思ったものが、全部と繋がるピースとして考えたら一ミリもときめかなくなる。

タイトルに関してもラストシーンも本当に何度も何度も私は抵抗して、違うものをつけてはしっくりこない感じを味わって、渋々「靈」にしたらやっぱり作品のピース一つ一つが共振共鳴するようになって、より一層の骨太感が増した。

階層っていうのを、言語化してみると。階層が深いところは自己から遠くなっていく。でもそこは本来の自分であり、かつ、融解されてもっと根源的な魂のルーツに近く感じ。つまり、本来の自分に近くっていうのは同時に自分を失うに近いのかも。難しいなぁ、言葉にするのは。意識がある世界と無意識の世界があって、実は無意識の世界の方がずっと深く広く大きくて、世界のほとんどはそちら側にある。

欲しい商品をAmazonとかで検索するときにまず「キーワード」を打って、さらにそれでも膨大な数ヒットしてしまうときは条件検索をするじゃん?(あ、Amazonよりも仕事探しや、家探しの方がしっくりくるかも)階層ってそれに近いかも!私たちが見たい世界は「現実」「物質」「思考」「感動」などの階層のものしか検索しない。だからヒットするものも、もちろんそれしかないんだけど。実はあるんだよね、感知していないだけで。私はこの打ち震えるものは何なんだろうっていう好奇心から、その条件のタグを全解除して検索してしまったら膨大な情報が出てきてしまったって感じ。

するとそこに、私の中の深いところで振動していたものに共鳴するようなピースがたくさん埋まっていて、それを集めたら、一つ一つは青いタイルでしかなったものが、パチパチパチパチ繋がって高いところから俯瞰したら、一枚の大きなモザイク画になっていたって感じ。

この世界は一体どうなっているんだろう?って本当に思う。これは思考してしまったり、自分が混じってしまうと解読できないもので、とにかく私はそれの意味はわからないから表に現すことだけをしてれば良いみたい。きっとそれを解読してくれる人が現れるんだと思う。

靈という字の三つの口はそこに繋がるための入り口で、雨と巫女がその入り口を通して繋がるってそんな作品をやらなきゃいけないんだ。当日はもしかしたら雨かもしれないなぁ。でもあの工場のシャッターの外で雨音が聞こえるってそれは素敵だろうな。

エネルギーは高けりゃ高いほど言い訳じゃないし、周波数も上げれば上げるほど言い訳じゃない。だって、イルカの声とか聞こえないじゃん。人間の中でも低いところから憑依させて上げていくから、伝わる作品になるんじゃないかっていう自論。だから、メンタルもフィジカルも今回の作品もすごく鍛えられる感じだ。

 

2018年7月7・8日 大瀧冬佳ソロ公演予告

再現というよりもお告げ

靈というタイトルに変更した。より直接的なものに。

私のいろいろが割とキャパオーバーなんだ。困ったことに繋がってしまったからこれを表現するしかないわけだけど、今の私じゃ足りない。

まず、この一月で今までやってきた「表現」の概念が変わった。今まで私は23年間も表現をしてきたそれがひっくり返るという大事件。

表現って、(言い方難しいのだけど…)「仮の姿」というか、「創作物」というか、「極めて本物に近い真似事」という所詮娯楽の範疇から抜け出ないものだと私もどこかで思っていた。

(Maoをやったときに、あれ?私では全くないというその兆候はあった)

だから演る側としては動作の類で。BeではなくDo。演る、踊る、歌うという能動的なこととしか思ってなかったのだ。

だけどそれは表現の本質ではなかったんだなと。とても受動的なもの。自らが「しよう」と思ってやるものではなくて、自分は出力する媒体といった感じ。なので、ギリギリでそこに居るっていうのが表現かなと。

自分はパイプで、筒で、繋ぐもの。

 

そういうことがどういう経緯でわかったかというのを書いてみよう。

三番目の子を産んだときから、異様な哀しみがあった。それは私の哀しみではなくて、自然の哀しみだと感じた。もしくは未来の私。そして、未来の私というのは人間の私ではないはずで。個だけど全てでもある。

この潜在的に繋がってる意識はこのまま変わらず、目に見えるものは全体の1%なのにも関わらず、それしか信じられないことに哀しみを覚えて、今世は諦めて背を向けることにした。

けれど、生まれてくる命は尊く、振り返らずとも背を向けたまま待っているその優しさに涙がこぼれた。

今まで感じたことないもので、これって人間の「感情」というものとは全く別物だった。

なんだろう…感情って、脳からの化学物質で作られるものだけども。もっと深いところにあるそれこそ魂、靈を揺さぶって目覚めさせるのやらなきゃいけない、けど、マジか!って私思ってる笑

なので私は今から本番まで私というもののをシャットダウンさせなきゃ、たぶんできない。

過去ではなく未来の話だ。この公演は私なんかどうだってよくて、それよりあなた自身の話。私たち自身の話。啓示なのかな。よく何言ってるかわたしにもわからないから解読しようとするのはやめたのだ。ただそれを表現することに徹します。

縮こまっていてもいいことない!

日和そうになったとき。特に私は純粋な好きなものに、「お金」と言うものが付いてきてしまったときって、やっぱり自分の「うん!これがいい!!!」って言う選択に無意識で電卓叩いちゃう自分がひょっこり顔を出す。

ダサっ!!!弱っ!!!!

大きな金額を動かしていると、あぁ〜これでこの人のギャラ払えなかったらどうしようとか、あぁ〜借りちゃってるんだよな…レンタル料….って感じで、ここにさらに投資すべし!!!ここやりたい!!!これが絶対にいい!!!!って気持ちを揺るがしてしまうんだよね。

「でも、それでも!!!!これ!!!!!」って選べる自分でいたい。と言うかそこに戻ってくるための、要は修行なんだよね。

そうして、ザラザラしたヤスリで自分をかけて、滑らかにツルッと自分の輝きを放つための道具が私にとってのお金、予算。背水の陣に自分を追い込む。火事場の馬鹿力じゃないけど、「まじでピンチ!!!」って言う状況に追い込まれないと、本当の本当の本当の本気って出てこないのだ。

私は自分の限界を超えたその先を見てみたいので、スリルを自らに課しているのかも知れない。だってそうして本物を魅せたい。

縮こまった自分がちょくちょくまだ顔を出すんだよね。でもこれが本番が近づくにつれ開き直り出し、腹をくくるのだ。やってやろうじゃないかって。

今はまだおどおどビクビクしながらやっているけど、ひとつひとつ着実に完成に向かっていくに従い自我を手放していく。

結局、これって自我があるから、縮こまるのだよね。自我って一番舞台上で見せちゃいけない物。みている方は気持ち悪さしか感じないから。だから、今こうして自分にゲロ吐きそうなエグい試練を課すことは私にとっては「禊」みたいなものだ。舞台って神聖な場所だから。

【公演概要】

DanceCompany Uzme
第二回大瀧冬佳ソロ公演
-nanashi to gus-

演出・振付=大瀧冬佳
出演 大瀧冬佳
———————–
・7/7・8 17:00
開場は開演の30分前から
ギャラリー南製作所(HP: http://2222gmf.blogspot.jp/ )
東京都大田区西糀谷2-22-2
京急空港線糀谷駅から徒歩13分、同大鳥居駅から徒歩12分

*チケット
一般発売は6/1 10:00~ ( https://uzmeticket.thebase.in/ )
【全席自由席】35,000円
◎お問合せ uzme.ticket@gmail.com

FBイベントページ
https://www.facebook.com/events/878219945719960/?ti=icl

企画・主催 ダンスカンパニーUzme

【商品説明】
上記公演のオンラインチケットです。紙のチケットの発送はございません。ご購入時にご登録されましたメールアドレス宛にお客様専用チケット番号を送らせていただきます。

【公演にお越しになる際の注意事項】
・会場にはお手洗いが一つしかございません。最寄駅のお手洗いをご利用になってからお越しいただくことをお勧めします。
・会場内の地面は汚れやすくなっております。お手荷物は少なめでお越しいただくことをお勧めします。
・演出の妨げになりますので、途中入室はなるべくお控えいただくよう時間厳守でお願いいたします。
・上演中の私語や携帯電話など他のお客様のご迷惑になることはお控えいただきますようお願いいたします。
・ご購入前に再度お日にちお間違いないかご確認くださいませ。
・各回20席限定のプレミアチケットとなります。

https://uzmeticket.thebase.in/

自分が自分であるということ

中島みゆきの「宙船」ってめっちゃいい歌詞なの知ってる??

あれに「お前のオールを任せるなー!」って歌詞があるのだけども、これみんな本当、オールを他人に明け渡しすぎだ。私もやってしまう。意識を外じゃなくて自分の真ん中に集めるのはとっても大事なことだ。

他人とか、お金とか、時間とか、いろんなものに自分を明け渡しすぎていて。それらを、皆やむを得ない事情と、何か小さなアクションひとつ起こしもせずにただただ受け入れちゃうんだ。自分の舵を自分以外のものに任せて、なんで自分を蚊帳の外に放り出しちゃっているの!!!って感じ。当然、寂しいとか悲しいとか不満とか不安とかそういう気持ちになるよね。

おかしいよね??人に気を使って譲ったり飲んだはずなのに、なんであなたの心の中は不満でいっぱいなの??さらに譲ってあげた相手には輪かけて文句言われた日にゃ〜どうしたらいいの私!!!みたいに内心ブチギレてたりしないか。

たとえば、オールを渡しちゃいがちなもの…「お金」「親」「子供」「夫」「妻」「時間」「相場」「みんな」たとえば、自分の願望「あいつわがままなんだよね」って影で言われたら嫌。そうして、あなたの本当はこうしたいっていう願望を引っ込める。その時、オールを持っているのは「みんな」なんだよね。あなたじゃなくて。

「小さなアクションひとつ」でいいんだから。自分にちゃんとオールを持たせてあげて、それで「小さなアクションひとつ」やるかやらないかで全然違うのだ、意識が。自分が全く中心にいない空っぽの自分になってしまう。

その願望が叶うかどうかなんてことは、ただの物質という視点で見たときの現象でしかないんだ。大事なのは目に見えないもので、私はそのとき自分のエネルギーを引っ込めてしまったその自分を深刻に思ってしまう。現象はいずれ起こるのだから、期待せずに忘れておけばいいのだ。それよりも敏感になるべきは、自分の意識。どっちを向いているか、誰が(もしくは何が)あなたのオールを持っているのか。

いろんなもので自分って満たすことができると思うが、一番満ちるのは、自分が自分に還れたときなのだ。自分にオールを手渡せたとき。

 

私はピンとチケット代3,500円じゃなくて、35,000円がいいと降ってきた。人間の言葉言うと、「思った」なんだけど、そのときは本当に空から降ってきた、もしくは地中からムクムク湧いてきた。オールを「みんな」や「いつもお世話になっているあの人」に渡していた私は「え、それ、高すぎない??そんな価値あるの??」「調子に乗りすぎじゃない?」って話になり、え、じゃあ、5,000円くらいにしようかな?これならギリギリきてくれるかな….ってぶれぶれになるのだ。

え、違うよね。これ誰のなんのためにどうして公演なんてやっているの??なんで大瀧冬佳がやっているの??「相場」にオールを持たせていていいの??私がこれだけの価値感じてくれる人にだけ見て欲しい。金額の高い安いで金の亡者的な話じゃ全然ないのだ。

え、それ!?って言うところを攻めていける自分でいたいのだ。予想を上回る大瀧冬佳が私は好きだから、35,000円ってめちゃめちゃワクワクするし楽しいのだ。私、外食一回分の価値でなく、1泊二日の旅行分の価値を提供する舞台を作っているし。

あ、そんなことはどうでもいいの。(↑これは人間らしいいい子ちゃんぶった回答をしたときの答え)ここまで書いておいてなんだけども、自分の気持ちの揺らめき。どれだけ心が振動しているかが大事。それから耳を澄ませば、波ひとつ立たない静けさ、ですよねそうですよねの範疇から脱した、ざわめきが周囲から聞こえる。今はまだザワザワしている、「え?どう言うこと?!」「それでこれからどうなるんだろう」って。

これがね、私が自分の振動数をもっともっと自分の内側に入り込んでいって集中したとき現象が後から遅れて現れる。そのとき石ひとつ投げられてゆらゆら騒めいていた周りのみんなは、私に振動数を合わせだし、共振や共鳴が起こる。次第にその共振が共振を呼び、大きな大きな波紋が生まれるのだ。それが舞台だよ!!!だから人生が変わる舞台なのだ。ステージが変わるの。造波プールに入って揺れないでいるなんて無理でしょ??

なので、まずは他人にもお金にも時間にも自分のオールを渡すことなく、自分に繋がっていられるようにしたらいい。

2018年7月7・8日 大瀧冬佳ソロ公演予告

アメノウズメにまつわる不思議な話①

私はダンスカンパニーUzme(ウズメ)というカンパニーを立ち上げた。

このウズメと言うのは、日本神話に出てくる天鈿女(アメノウズメ)さまに由来する。が、先に「ウズメ」と言う音が気に入って濁音が入っているチーム名は続くし人気になりやすいと聞いたことがあった気がしたから、「ウズメ」が良いかなと急に思いついたものだった。(※濁音の入っているグループ:B’z、Mr.Childrenなど)

なるべく何かに被っていない方がいいと思って、ネットで検索したのだ。そしたら、なんと舞の神様の名前だったなんて!!!とかなりびっくりしたのを覚えている。

私がなぜダンスカンパニーを作ろうと思ったかって、人の心や魂、体を開放させようと思ったからだ。閉鎖病棟に隔離された時、何気にそこがとっても居心地がよく(生活環境としてはプライバシーが全くない刑務所のようなところだと思ってくれれば良い)外の世界に戻らなくていいかなと半ば思っていたのだけども、ある日浅田真央ちゃんのフィギュアをテレビで見て、あぁ私外に出て踊らなきゃ!そして、人の閉ざされた扉を開けなきゃ!と思って、そして外に出てこれたのだ。

岩戸開き伝説は私の話だと思った。では、カンパニー名はUzmeで決定だなと、そんな感じで決まった。

そしてね、旗揚げ公演の作品イメージを団員やデザイナーさんに共有するため、言語だけでは限界があったから私は絵を描いたのだ。

家にあったクレヨンで描いたもの。真ん中に渦巻いているのが、天鈿女様のイメージ。

そして、その公演の宣伝で出させてもらったラジオ収録の合間の休憩にたまたまそのラジオパーソナリティの方が寄りたいところがあると銀座に連れていかれた。

連れていかれたのは、陶彩画と言う絵を描く画家さんの展覧会だった。

私は実は子供の頃から自分の中に龍がいた。辛い時や一人で頑張らなきゃいけない時、寂しい時、苦しい時、この龍が私にいつも力をくれたのだった。初めて言語化してみようと思う…それはどんなイメージかと言うと。

私はひどく辛い時、自分の中に閉じこもってグッと耐えることがよくあった。二つの目の奥から入っていって、自分のことを内側に向かって別の目を持って体の中を見る感じ。目で見るのではなくて、心と言うよりも意識の目で見る感じ。すると、外の世界と自分は切り離すことができたし、また外に意識が飛んでいってしまうこともないので安心だった。そうして嵐が過ぎるまでずっと耐えるのだ。

今思えば、時間は自在に歪めることができていた。早く過ぎ去ってほしいあの辛い時間は中で耐えることで一瞬で終わる。どころか、1週間くらいたってしまっていることもあった。

で、そんな風に自分の内側に入っていくと、背骨をゴッーーーーーーーと渦を巻いて立ち上る金色の光がよく見えたのだ。この光は私の生きる力で、命ともまた違うものだろうと思っていた。二十歳を超えてから、その光を見にいくほど切羽詰まる事もなくなっていたのですっかり忘れていた。

それをつい最近、知り合いのバラの魔術師が龍の覚醒とか言うワークをやっていると聞いたので、早速お願いしたのだ。「私には思えば龍がいた気がする。でも眠っちゃったのかもしれない。それか動きたがっているような気もする」とお願いした。で、そのワークが始まるとすぐに目をつぶっているにも関わらず眩しくて目が潰れそうになったのだ。

目の前(といっても、私の内側の中で)を窓ガラス3枚分くらいの大きさの板見たいのが通り抜けていって、何か最初はわからなかったのだけども。しばらくしてそれは一枚の鱗だとわかった。ものすごくバカでかい龍が私の目の前にいた。あまりにでかくてすごく怖かったけど、とっても綺麗だった。白い、と言うより、オーロラみたいに見る角度によって色の変わる白みたいな色をしていた。

話は戻るが、その龍が、個展の一番目立つところに描かれていた。

http://kusaba-kazuhisa.com/gallery/213/

(↑この絵です)

うぉ〜!!!そんな事もあるんだな〜!偶然〜!なんて程度に思っていたのだけど、その展示を見れば見るほど、私が知っているものばかりで「何だろう、この人、私と同じ頭しているのかな」と気持ち悪く思った。

龍の他に、神様の絵も描かれているらしく、アメノウズメももしかしたらあるかな〜?と聞いてみたら、展示はされていなかったのだけど、裏から原画を出してくださったのだ。

こちら。って!!!おいおい!!!待て待て!!!!どえらい驚いた。って、これ、私描いたのと同じじゃんって。

そんな偶然あるかと。この画家さんは草場一壽さんと言うお名前で、私はこの時初めて存じたのですが、とても有名な画家さんだそうだ。

 

そんなこんなで、(どんなこんなだ)こんな感じのコインのようなものを現在作り始めた。なんか欲しいなと思って。

(デザイン: 坂巻裕一

ソロ公演ではリアルとバーチャルが溶けていくと言う、やはりまた現実離れしたファンタジーチックなストーリーだが、そこでの葛藤は原始の頃から我々は変わらないと言う話だ。命題はずっと変わらない。それに呆れる神様。そんな話。

 

明日からチケットが発売開始です。観に来ていただきたいです!ぜひ。

解離性障害でよかったなと思うとき

 

私は18のときに解離性障害という、いわゆる多重人格が発症し精神科の閉鎖病棟に隔離入院させられたことがある。幼い頃から自分の意識が浮遊しやすく、どっか行っちゃうことはよくあったのだ。でも、それは不思議ちゃんな個性という認識でいた。

家庭が崩壊して、環境が過酷になるにつれ私の意識が飛ぶ頻度や飛んだときの自分と自分が離れてく感覚が強いものになっていった。その果てに気がついたら病院に入れられていた。

 

今は人格の解離はなくなり、当時は4人もの人が私の中にいたのだけど、みんな出てこなくなった。ほぼ完治しているが、今も人よりも自分の世界に閉じこもりやすいし、人の話や外部の音が耳に全く入ってきてないこともある。かと思えば、必要なものだけどんなに遠くにいたり、騒がしい場所でもキャッチする不思議な耳や目を私は持っている。

 

ストレスがかかる環境に自分をなるべく置かないようにしている。ストレス過多になると、飛びやすくなってしまうからだ。現実を生きているはずなのに、どこだかわからないけど自分の意識が三次元空間みたいなところから現実世界をフィルター一枚、膜越しに眺めているような感覚になってしまうから。

 

だから「今私はここにいる」と自分に強く強く強く言い聞かせないとどっかに飛んで行ってしまう気がするので、飛ばないように風船の紐をしっかりと持つようにしてる。

 

そんな風に自分というものをしっかりと自分が飼い慣らせば、ちょっとふつうと違うことも別に怖いことではない。

 

むしろ、いいこともある。舞台上にいる私、表現する私は、不思議な次元から自分を眺めたり、数人の自分を行ったり来たりしながら表現している。

 

表に現す、というか、表に現れるという感じ。演技ではなくて、ふだんは私の中に成りを潜めている何か達が表に現れるのだ。で、私自身は表にただただ現れるだけの何か達をコントロールするのが私の仕事だと思っている。

 

ただ現れるだけでは、エンターテイメントでもアートでもないと私は思うのですごく俯瞰した座標にいるもう一人の自分が操るようにそこから見ているっていうそんな私の世界です。

 

初めて言葉にしてみました。

私はまったくもって病んでいるわけではないので、ご心配無く。むしろ、世間様が病気というものを最も有効に使える仕事をしているなと自分自身は思ってます。

 

きっとこれは私の武器です。私という人間が表現者を続けていい理由かなと思ってます。

 

公演は7/7・8の2Days

17時開演の今回は2ステージのみ

お席は1ステージにつき立見席入れて100席までとなります。でも、私、初のソロ公演なので蓋を開けてみないとどれくらいの方が来てくださるか全くもって見当付かずです。だから、特に煽るようなことは言わないでおこう。

 

4年前まで現役で実際に稼働していたまだ油の香りが匂い立つ工場跡地を近未来空間に変えて、人の本当の価値を子どもたちに提示するような作品を上演します。

人の価値って考えたことありますか。あなたに価値ってありますか。みんな、自分の価値を真正面から問われることほど怖いことはないと思うんです。あなたの価値は能力ですか、その肉体ですか、富ですか。子どもたちにその答えを私は提示したいのです。

ここまで読んで怖いテイストの作品だろうと感じるのは、やはり、最後の最後にのこる真実を見るのがまだこわいってことなのではないですか。私はそれは完全なネタバレになりますが、答えはとても温かく優しく美しいものだと知っているので、観る人たちに「だから負けないで」と伝えたいのです。

それが私の使命です。

2018年7月7・8日 大瀧冬佳ソロ公演予告

DanceCompany Uzme
第二回大瀧冬佳ソロ公演 -靈-

演出・振付=大瀧冬佳
出演 大瀧冬佳
———————–
・7/7 17:00・7/8 17:00
開場は開演の30分前から
ギャラリー南製作所(HP: http://2222gmf.blogspot.jp/ )
東京都大田区西糀谷2-22-2
京急空港線糀谷駅から徒歩13分、同大鳥居駅から徒歩12分

*チケット
一般発売は6/1 10:00~ ( https://uzmeticket.thebase.in/ )

【全席指定席】35,000円
◎お問合せ uzme.ticket@gmail.com

脚本/演出/振付 大瀧冬佳

企画・主催 ダンスカンパニーUzme

イベントページ:https://www.facebook.com/events/878219945719960/

※変更になる場合もございます。

 

登場人物

ナナシ:理想を追う人たち。理想の中だけで生きている人たち。

ガス:人類の7割がバーチャルに逃げてしまった中、現実に残ると決めた人たち。傷んだ地球を嘆くが、ふと、自分たちの信じる現実が何かわからなくなり、何を信じて何を守っているのかを探しに幻のキジに会いにいくことに…。

キジ:「現」を象徴する幻の存在。

子供たち:ナナシの子供たちは生まれてすぐに箱に入れられる。ガスの子供たちは生まれてすぐにガスマスクをつけられる。ガスはナナシの子供たちに夢の中で会い、現実とバーチャルの狭間で出口のない悩みが始まる。

 

第一部 プロローグ 仮想現実ハコの発明

「理想」を追いかける人たち。

盲目的に追いかけるうち狭い箱に入っていく。バーチャル空間で生きる人「ナナシ」ばかりの世界に。ナナシは現実を捨てた人たち。現実とバーチャルの差はないほどに発展した時代に、わざわざ辛さや試練のある現実を好んで生きる人はいなくなった。実際の現実はガスマスクをつけなくては息もできないほど荒廃した世界になっていた。ナナシにはそんな現実は見えていない。自然豊かで誰にも優しい世界しか見えていない。

 

「理想 夢 愛 友 富」 いいことしかない世界。何不自由ない世界。不都合もない。不足はなく全てが満たされている。

そんな世界の住人になれるハコは安物から高級品まで様々だ。理想格差はあれ、過酷な環境にわざわざ身を置く酔狂な奴はガスくらいしかいない。旧時代に起こった二分化は完全に生きている次元まで異なるほどに乖離してしまった。

本当は…ナナシは虚無を抱えている。ナナシに死はなく行き着く果ては虚無の世界。何不自由ない世界で望むものがなくなってしまったナナシにはやることなんて何もない。

それでもハコをお金で買い、理想だけを手にする

 

 

第二部 ガスの世界

ハコから出た時に見える世界は、旧時代から「現実」とされてきた世界だ。「現実」は荒廃し、廃油の匂いが立ちこめていて、人間はほとんど活動していない。ガスマスクをつけなければ数分で肺が潰れる。量産化された安物のバーチャルに脳が犯されて行くナナシを見て、ずっと目を覚ますように反対活動をしてきた。

が、この世界の流れにもはや抗うことはできない。

三世代にわたる脱ハコ運動を行なっているうちに自分たちが守っているものが何かわからなくなってしまっていた。人類は進化しなければならないのか、これは退化なのか進化なのか。滅亡への道ではないのか。

いつまで続くかわからない、変わることのない世界を前に、ガスはそれでも毎日戦いながら生きる。仲間たちはこの終わりのない孤独な戦いに耐えられなくなり一人また一人とナナシになっていった。かつては仲間だったハコに入り微笑みを浮かべるナナシを見ては果てのない迷路にハマる。

そんな唯一のガスの癒しは、愛犬のジョジョ。ジョジョは、ガスの帰りを待ち尻尾を振り近く。その姿に疲れ果てたガスの体も心も救われ、また明日を迎えるために眠りにつく。

 

ガスは夢をみる。ここしばらく見ていなかった夢。夢の中で、子供たちと思いっきり踊った。なんて楽しいんだろう。仲間や仲間の子供たちと前はよく遊んだものだ。懐かしいな。これが夢だったと目覚めたガスは途方も無い絶望感に襲われる。

僕らはロボットではないという証明をしたかったけれど、それには意味がない。人間らしさとは何か。現実とされているものって何なのか。生きているってなんなのか。なんのために生まれてきたのだ。何をして生きるのだ。

ガスは思わずマスクをつけずに外へ飛び出す。自分は果たして生きているのかその答えが欲しかった。飛び出した瞬間に猛烈な苦しさに襲われる。あぁ、自分は生きていた。確かに呼吸をしていた。屍ではなかった。虚像ではなく実態を伴った肉体で、肉体があるから自分は今、苦しんでいる。肺が潰れかけながらも最期の命の光を燦々と輝かすようにガスは踊った。命尽き果てるまで最期の一呼吸まで踊った。

自分の魂が肉体から離れて行く瞬間に本当の価値は命に従ってついているとガスが気が付いた、そのとき荒廃した地に幻の「現実、キジ」が舞い降りた。

 

第三部 エピローグ キジ

木、気。

水、光、然り。

流、龍。

靈。

この星では肉体を器として靈が宿っている。

 

得体の知れぬ恐怖さえ感じる美しさに言葉は無力となる。

存在そのものが証明であり真理。これが現実だ。

 

元は一つの大きなエネルギー体、肉体を離れた靈は還っていくかもう少し靈の旅を続ける。キジは大きな大きな川のような流れ。木に気が流れ、風が流れ、水が流れ、血が流れている。流れには感情は無い。感情が無い流れの悲しみがゆっくりと染み込んでくる。

この流れを断つならば、キジは背を向け去る。流れが不在になった星は無になる。終わりの近いこの星がまだ残っているのは毎日、それでもやってくる小さな命によるものだ。

この星をどうするのかは神が決めることではなく、私たち一人一人が自覚すること。

 

 

 

 

そう決めているのはあなた?もしくはあなたなんてものはなくただの何かのプログラムの一つなのかも知れないが、まぁそれでもいいじゃないか。楽しもう。

 

あなたを動かすものはなんですか。動かさなければならないものはなんですか。

 

あの人やばいという領域まで鋭く極端に

 

一切に言い訳せず愚直に自分のことを

もうよそ見することはやめて、まっすぐに淡々と好きなことを極めていく場を作る。そんな仲間が欲しい。

やればできるとわかっていることはやらない。人に会わない。惰性はやめる。将来のことは考えない。過去は語らない。自分の環境に希望を見出す。人を攻撃しない。褒めてくれる人は無視する。一緒にいてイライラする人をバサバサきる。自分が現場にいないことは語らない。本は読まない。人の話は聞かない

で、何をするかというと、自分の世界をとことん、とことんやる。やれると思いついた瞬間に思いついた順に考えずに全部やる。

極端に振りかぶっていく

やらないリストの極端さに物申したくなったかと思うが、偉業を成し遂げるときというのは、多くの人が物申したくなることをしないとできない。「すごいね」って褒められている状況ってだいぶやばい。あの人やばいという領域まで鋭く極端に。

世界をもっと面白くしたいから

世界をもっと面白くするために、意思を持って自分の世界観で設定し直す。そのために自分でダンスカンパニーUzmeを作ったので、私のわがままをたくさん詰め込もう。一切の妥協なく、最高に興奮するものだけを集めていこう。それには既存のルールは無視して、通俗観念をいちいち疑って、自分の知識や経験も一つずつ洗い直していくことだ。

思い切りが肝心。大胆な舵きりはちょっと怖いことだけども、安心して舵きれる頃にはその他大勢になっているってことだから、もう遅すぎる。今からのスタートで一旦マイナスからのスタートに見えても10年20年30年を見越すならスタートは早ければ早い方がいいのだ。

タイミングとフィーリングとハプニングこの3つのingは人を物語で惹きつける時に非常に重要な要素になるわけで。人が恋に落ちるときがまさにそれだ。この三つの中で自分がわずかに意図してコントロールできるのはタイミングだけだ。だから、「今やるかやらないか」だけが全てなのかもしれない。

あんまり自分が色々考えて意図しても大した意味はなく、机上の空論してるくらいなら、一つでも多く失敗の数を増やした方がいい。一つでも多く、作品を作った方がいい。一曲でも多く踊った方がいい。

仲間を募集

そんな頭のおかしい人を集めたい。表現に全てをかけられてしまう人たちと、圧倒的な作品を作って世界で闘ってみたい。面白い世界に変える力を持ちたい。クリエイティブに生きて生きたい。やらない寂しさはあるけれども、やれる素晴らしさを選びたい。

朝活オンラインヨガ:https://www.facebook.com/groups/1748328892062822/

O脚姿勢講座:https://onlineballet.thebase.in/items/10565134

ソロ公演の会場下見兼ランチミーティングの参加を募集中

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