初のソロ公演を終えて今後の展望

ご来場くださったみなさまありがとうございました。無事終演することができました。大変高額なチケットにも関わらず日本全国から22名のお客様にお越しいただきました。

私的には自分の頭の中が世の中にどこまで受け入れてもらえるのかなという実験のような公演でもありました。実験というと誤解を招きそうですが、言い方を変えれば大瀧冬佳をもっとも濃く抽出したディープな場づくりということになります。

ですので、広く公向きなソフトな作品にはなり得なかったので、本当にどうしても観たい人だけにお越しいただきたいと願いました。

言語化できるような感想を持たれては、この作品に至っては失敗だと思っていました。私の中のどうしても言語化できないものを伝える術として、舞台を選んでいるのです。もし言語化できるのであれば、私はブログに書きます。しかし、言葉を超越したところにある世界観、ビジョンを見せたい。さらに頭で理解することを放棄せざるを得ない情報量をおとすのが今回の作品の目的でした。

よく言われる、考えるな感じろなのですが、別に私は作中のキャラクターの人生に感動して涙する程度のものでは飽き足らないと思っていまして、それって結局は他人の人生を眺めているだけの傍観者であり、その人に深く影響を及ぼすに至らないのです。

今回の作品はあながちフィクションではないです。私には恐竜は並行した他の世界で今も生きていると伝えられています。何をいうのか、と大多数の方が思うのも当然です。ほら、言葉では全く伝わらないのです。だから舞台での表現を試みてみました。

正直、共演者やスタッフさえも今回の作品の根本的な理解は不可能だったのかと思います。でもこれでいいんだと思っています。今回のソロ公演を終えてその結果は私の予想とは全然違かったのでやるべきことがすごくはっきりしたように思います。

 

そんなこともあり、私は私にしかできないことをしないとならないので、今やっているほとんどの活動を終了させて、Uzmeの公演のみに絞っていくことにしました。同時に人もたくさん離れていく予感もあります。それは今まで私が私として生きていなかった甘さのせいだと受け止めようと覚悟しています。

できることってとてもたくさんある。やって人に喜んでもらえることもたくさんありすぎる。あれもこれもやってみたからわかることだけども、私が私である唯一無二のことをしようと思うのです。

SNSの友達の受け入れに関しても、今までは頭で選び過ぎていました。でももう本当に耐えられないものがあるので、理屈抜きにダメなものはダメというところで、「感じ」でかなりシビアに選ぼうと思います。

レッスンやWS、講座等も完全終了させて、自分自身の研鑽の時間に費やしたいと思います。なんというか、イチローが資格取ったり、教えたりしていないよね?その分自分に費やしているよね?という感覚が私には強くて、「教え始める=引退」という感じなのでもっと先でいいかなと思っています。

本を出版したいと動いていた時にはお話全く来なかったのに、今になって出版のお話が来ます。でも私はもともと言語で伝えるものではなく、非言語で伝える者なのでこの先も本の出版はしないことにしました。

メディアにも出ないことにしました。出るとしたら私の手の中でコントロールできるところにのみ出ていきたいと思います。大概、私が纏っているエネルギーが傷付いてしまうのであんまり好きじゃないんだと思います。

そんな感じでやらないことが明確になってくると、サイトのメニューやカテゴリやコンセプトなどもすごく明確に設定しやすくなります。誰に向けて何を発信するか、今一度仕切り直していきます。

photo by bozzo

私の中の深部が震える階層だけを集めた作品「靈」

私の体の中にも階層がある。そしてあなたの体の中にも。

どこが振動するのか、打ち震えているのか。が私の中のコンパスみたいなものなのだけども。今回ソロ公演用のストーリーを書いたり、曲を選んだり、振付をしたり、衣装を決めたり、会場を選んだり、そこに関わる人を決めたり、お客さんを選んだり。そういうことをしているときに、これしか選べないっていう感覚に何度も陥ったし、もうどういう空間が舞い降りるのか見えているからそれしかやっぱり選べないのだ。

頭でこれ良い!と思ったものは、ことごとく却下されて、心で良い!と思ったものも、今まで集めてきた作品のカケラの中に並べると全然違くて悪目立ちするし、単体で見たときは良いな〜!と思ったものが、全部と繋がるピースとして考えたら一ミリもときめかなくなる。

タイトルに関してもラストシーンも本当に何度も何度も私は抵抗して、違うものをつけてはしっくりこない感じを味わって、渋々「靈」にしたらやっぱり作品のピース一つ一つが共振共鳴するようになって、より一層の骨太感が増した。

階層っていうのを、言語化してみると。階層が深いところは自己から遠くなっていく。でもそこは本来の自分であり、かつ、融解されてもっと根源的な魂のルーツに近く感じ。つまり、本来の自分に近くっていうのは同時に自分を失うに近いのかも。難しいなぁ、言葉にするのは。意識がある世界と無意識の世界があって、実は無意識の世界の方がずっと深く広く大きくて、世界のほとんどはそちら側にある。

欲しい商品をAmazonとかで検索するときにまず「キーワード」を打って、さらにそれでも膨大な数ヒットしてしまうときは条件検索をするじゃん?(あ、Amazonよりも仕事探しや、家探しの方がしっくりくるかも)階層ってそれに近いかも!私たちが見たい世界は「現実」「物質」「思考」「感動」などの階層のものしか検索しない。だからヒットするものも、もちろんそれしかないんだけど。実はあるんだよね、感知していないだけで。私はこの打ち震えるものは何なんだろうっていう好奇心から、その条件のタグを全解除して検索してしまったら膨大な情報が出てきてしまったって感じ。

するとそこに、私の中の深いところで振動していたものに共鳴するようなピースがたくさん埋まっていて、それを集めたら、一つ一つは青いタイルでしかなったものが、パチパチパチパチ繋がって高いところから俯瞰したら、一枚の大きなモザイク画になっていたって感じ。

この世界は一体どうなっているんだろう?って本当に思う。これは思考してしまったり、自分が混じってしまうと解読できないもので、とにかく私はそれの意味はわからないから表に現すことだけをしてれば良いみたい。きっとそれを解読してくれる人が現れるんだと思う。

靈という字の三つの口はそこに繋がるための入り口で、雨と巫女がその入り口を通して繋がるってそんな作品をやらなきゃいけないんだ。当日はもしかしたら雨かもしれないなぁ。でもあの工場のシャッターの外で雨音が聞こえるってそれは素敵だろうな。

エネルギーは高けりゃ高いほど言い訳じゃないし、周波数も上げれば上げるほど言い訳じゃない。だって、イルカの声とか聞こえないじゃん。人間の中でも低いところから憑依させて上げていくから、伝わる作品になるんじゃないかっていう自論。だから、メンタルもフィジカルも今回の作品もすごく鍛えられる感じだ。

 

2018年7月7・8日 大瀧冬佳ソロ公演予告