囲わない戦法

 

 

囲わない戦法(フルチン戦法)

これは今これからの時代にとてもあってると思うんです。

 

人脈でも(顧客含む)お金でも何でもそう

自分の技術や能力、得てきたノウハウに関しても

 

どんどんシェア、つまり隣人に惜しみなく共有していくことが繁栄、末広がりに繋がり、囲い込んだり守りに入るとそれは停滞や衰退、尻すぼみに繋がるのではないかと思います。

 

 

今まで培ってきたものをタダで他人に明け渡すことは、その時は「損している」「失う」と感じるかもしれません。いろんな感情が湧いてくることも感じながら、それでも次へバトンを渡していく。

 

私の話になりますが、

ウチの団員は私が誇る、どのステージに立っても恥ずかしくない素晴らしいプロのダンサーだと思ってます。本当にみんなが大好きです。だからこそ、このメンバーを解散させてダンスカンパニーUzmeはまた団員は私一人に戻します。

 

次期開催の公演はまた新たにメンバーを募ります。前回Maoに参加したからとて、情を挟まずにオーディションで審査をしたいです。今回のMaoの成功から何を学びどうするのかは、それぞれの問題であり、ぬるま湯に浸かり続けて欲しくない。これは私自身への愛と鞭でもあります。

 

こんなに素晴らしい大好きな仲間がいるからこそ、信じて次へ進みたい。

 

個人がキャラ立ちした、どこを見ても誰を見ても面白いステージや作品にしていきたいからこその解散。

 

私自身がもっと加速して成長していきたいから、切って捨てていく。それは自分が団員よりも崇高な存在とか、上から目線的なことではなくて、Uzmeという組織は私大瀧冬佳ではなくてUzmeの思想にあると思うからです。私がいてもいなくてもアメノウズメという思想に基づいて、いつどこにいても何があっても行動していくことだと思います。

 

(んー何言ってんだろ笑)

 

 

Uzmeの理念は

「踊りへの情熱が運命を変える」

「あなたを動かすものは何ですか、動かさなければならないものは何ですか」

です。

 

そしてダンスカンパニーUzmeの由来は日本神話の天の岩戸開き伝説に由来します。アマテラスが何をしても出てこなかった天の岩戸を開いたのはアメノウズメの舞です。人が閉ざした心の扉を開かせるそんな作品を作り続け、観た人が伝染し、その人もまたアメノウズメとしてどこかの誰かの心の扉を開かせるような幸せに満ちた生き様を見せていくよう。そんな意味合いがあります。

 

その思想を生かし続けること

 

 

そこにいろいろな物事に関して執着はいらないのかなーなんて思ったりします。

 

「もう大瀧冬佳激しすぎてこりごり!」って思うのもまた致し方ないし、「やばい、何このアトラクション!」って言って終園前のビックサンダーマウンテンに乗りまくるのもアリだと思います笑

 

Uzmeのステージに立つのは、ほんとビックサンダーマウンテンのキャーって何度も落ちるくらいには心臓いろいろやられますが、乗り終わったあとの爽快感はやっぱりいい。

 

でも、イッツスモールワールドが好きな人もいるし、それは何に乗ろうが自由に決まってます。だって入園料払ってるし。

 

(んー何言ってんだろ笑)←2回目

 

ってことで、どんどん共有!その方が面白い。

 

舞台をつくる感覚やセンス

 

 

空間を作るときに

すんごい気持ちいいなぁー!と思う瞬間がある

 

快感とはこのこと

呼吸が合うとかそんな表現もあると思う

 

先日の公演で異例のハプニングが起きた

なんと照明さんが

小屋入り(劇場に劇団が入ること)した日の

夜0:00すぎに変わった…というか私が変えた

諸事情は今回の記事には関係がないので

記しませんが…それって相当あり得ないこと

 

それも照明をやったことがある人でなく

音響のアシスタントで来ていた初めましての方に

Maoがどういう作品か一度も見たことも聞いたこともない

その方に私は阿佐ヶ谷の飲み屋でお願いした

 

舞台では照明って空間づくりに

ものすごく重要なものだ

ただ照明を「つけるけす」にしても

・パン!とつけるけす

・ゆっくりじわーっとつけるけす

つけるタイミングの間

けすタイミングの間

 

シンプルだけど

私にも演出家さんにも

「ここ!!!」「このタイミング!!!」

「この感覚!!!」「この感じ!!!」

というのが明確にあるのです

 

一本一本の糸を紡ぐように細かく

これ!というものが

音、光、動きで織り成されている

 

私がお願いした午前0:00から

そのまま一緒に私の家にみんなで帰り

朝まで一気に作品の内容を伝え

照明プランを作った

 

綺麗にパズルがパチパチとハマっていくように

私のやりたいことを汲み取ってくれる

「あぁ、この感じね!」と伝わる

「そう!それ!!!それです!!!」となる

 

Maoの世界の住人の心情

描きたい世界観

お客様にどう伝えるか

 

それが見事に噛み合って

進化していく気持ち良さ

これ、なんなんでしょうね

 

女の化身役のMioさんや

singsingsingの華練さんと

シーンを作っていくときも同じ感覚

 

演出家の金房実加さんが提案してくれる演出も

書いてくださった脚本も鳥肌が立つほど

それーーー!!!!(泣)って

私の描きたい世界を形にしてくださる

それがプロの仕事ということなのは

百も承知なんですけど

でも、なんというんでしょう

 

プロの演出家だからーとか

プロの照明だからーとか

プロのダンサーだからとかの域を超えて

その人だからなんだと思ったんです

 

感覚、センス。

 

気持ちの良い間。

 

ワンシーンを何パターンもやってみて

あ!これ違うね

あ!!!こっちだね!!!!

って言って作っていくんです

 

Maoにしても常に発狂し絶望してるんですが

表現の仕方は百万通り

4ステージともすべて違います

照明も音響も楽器隊も日々変わる

演者もその日の朝あった出来事で変わる

だから呼吸が変わり

あ、ここはこう来たらこうかな?って

表現も変化させていく

来てくださるお客様が違うことでも

劇場の色とか温度って変わるので

あ、今日のお客様はもうちょい行っても

付いて来てくれるかな?とか

そんな感じで変わるし

 

作品は作り込んでも作り込んでも

やっぱり本番で仕上がるんですよね

 

舞台は生物と言われる所以はこういうところで

 

形のない、目に見えない状態のところで

それぞれの頭の中で作って共有して行くんです

脳みその中でも

普段使わない特殊な部分を使っている気がする

 

その感覚が近い人とか

いわゆる「あ、うんの呼吸」がとれる人とやるのは

とってもエキサイティング!!

それから自分一人では出てこなかったアイディアが

ある人の言葉一つでポン!と閃いたり

そういうのがものすご〜く好きなんです

楽しいんです。

 

感覚やセンスを私も磨いていきたいと思います。

Uzmeのスペシャルメンバーに置いてかれないように。

意地とプライドと信念と

 

 

あぁ、終わったんだなと今になって

ようやく味わってます

 

あ、公演をしたのです

主宰で主演で

新車が一台買えるくらいのお金がかかるなんて

やってみるまで知りませんでした

 

ダンサーとして復帰して1年ちょっと

その間ブランクは10年弱

子育てをしてました

子供を産んで育てて

離婚をして

その間に母と祖母を看取って

私の人生まだまだこれからだなと思って

やりたいことを思いっきりやってみました

 

途中で再婚して家族が4人になり

新生活がスタートし

団員を抱えて

あらゆるセクションに仕事を頼むとなると

それはもう経営者にいつの間にかなっていて

予算計画だー集客だープロモーションだー

人材育成だーとあれよあれよと

 

たくさんの人のアドバイスや

手を借りながら

肝心の作品づくりも異例の曲作りから

ダンス公演なのに脚本を依頼し

全て完全オリジナルで

とことん自分の作りたいものに妥協なく

途中で100回くらいは心折れた

胃が痛くて吐くこともよくあったし

世間様の風当たりは

一人でなく組織で動き出すと

こんなに強いのかと

世の中の汚いことも素晴らしいことも

人の裏側も素敵なところも

たくさん目の当たりにした

 

人知れず悔し涙も枯れるほどに流したし

ほっぺたが筋肉痛になるほど笑ったし

人生でこんなにキレたことはないってくらいキレたし

歓喜に溺れて恍惚とした感情も味わったし

 

どれもこれもがやりきったなという

10年前、不完全燃焼で終えていた

私の無念は全部綺麗に昇華された

 

で、自己満でやるのは

私のアーティストとしての意地とプライドが許せない

そこは譲れない

どこの団体にも負けない

しっかりとした商品が提供できたと思う

誰がなんと言おうと

 

表現

知的財産というか目に見えないこれらは

価値が蔑ろにされやすい

 

音楽、振り、脚本、私の人生を元にした原作

これらは唯一無二なのだ

ここに対価をしっかり支払いたい

私は大瀧冬佳ワールドを作るなら

ここに革新を起こすと決めていた

金額的に相場の話をされてしまったならば

それは足らないかも知れないけれど

でも、ちゃんと払うし

私がしっかりとUzmeとして

その価値を守っていきたいと思った

 

権威や権利にものすごく脅されてきたが

それらは本来誰かを脅かすものではなく

守るものである

権威や権利を逆手にとり

お金や力を独占するためのものじゃないんだ

 

無から有を生み出す力は

誰かを救うのだ

ユーモアが救い

笑いが救い

美しさが救い

強さが救う

また弱さや怒りや不安や嫉妬も作品になれば

何かを救う

 

そしてそうした作品に転化できるようになるために

その人はどれだけの研鑽を積み重ねてきたか

一朝一夕で生み出されるものではなく

たったの一音にいくつもの夜明けを迎え

苦しみの中から生み出された一音があり

それは振りにしても言葉にしても同じで

私はこのMaoを踊ることに

27年が費やされている

どれだけのお金と時間と熱が積み重なって

そうした何人もの人の積み重なりが

また織り混ざって一つの舞台が作られている

 

そういうのをね

簡単に踏みにじって行くやつは

マジで死んでくれと思う

死ななくていいけど私の前に

現れないでほしい

 

 

感謝と敬意を持たない人って

いくらお金を持っても

いくら自由な時間ができても

本当には豊かにならない悲しいひとだと思う

 

与えることを知らず

抱え込み、独占し、奪うことばかりって寂しくないか

自分、自分、自分!!!

ではなくね、

もっとそれらって与えて循環させて

そしたら必ず戻ってくるものだし

人に嫌なことしたら

因果応報で回り回ってくるから

 

もっともっと無限の広がりをもって

ご縁もお金も能力も化学反応が

あちこちで起きて

嬉しい結果になって帰ってくるのを

見ているのが楽しい

 

身分や役職や技術や資産や肩書きや

そんなのUzmeには一切関係なし

その人の器量が試される

窮地に追い込まれた時に

ユーモアが持てるかどうか

打開策を冷静に考えられるかどうか

我を見失い本性露わにして

情けない大人はUzmeには要らない

 

自分探しは自分でやってほしい

なぜなら子供達に未来を夢を希望を見せる団体にしたいので

かっこいい大人のみ受け入れたい

 

究極守りに入って

自分さえよければいい人って

Uzmeの中ではあっという間に浮きます

 

私はその前にしっかり学ぼう

経営者としてもっと高い意識を持とう

 

なぜそこまでストイックに

人間性にこだわるかというと

全てはお客様にご満足いただくためです

 

 

来てくださった皆様、それから来たかったけれど今回はご都合合わなかった皆様。次回はさらにいいものをお見せ致します。今後ともご支援ご声援よろしくお願い申し上げます。

自分だけのゴールに辿り着くことを目指して

 

 

私はまだこの先10年

人の期待を裏切り続けると思ってた

ロイヤルバレエ団という名の大きさに

見る影もない私の踊り

子供がいるからと言い訳をしそうになる

 

 

うちに秘めたものを表出仕切れないもどかしさ

私の中の私の最高のパフォーマンスをきめること

それも4ステージ全てにおいて

 

 

私って究極そこだけだった

自分の表現の極みをキメること

 

絶対的に失敗できない極地に自分を追い込んで

ここで決めたら超絶かっこいいっていう舞台を

無意識に作り出して

そこでやっちゃうのがヒーローよねって

 

 

最高にかっこいい自分になるために

ピンチは全て「かっこいい」を際立たせる演出くらいに思って

 

そんな風に自分を自分でけしかけて

誰に言われるよりも自分が自分に一番のプレッシャーをかけてでもしないと

私が私に望む本気の舞は踊れないと思った

 

 

私を誰だと思っているの?

私は大瀧冬佳よ?

くらい言えちゃう私に

 

こんだけ大口叩いて失敗した日には

次はないよね?ってわかっているからこそ言うんです

根っからのギャンブラー

でもね、最悪失敗しても怖くはなかった

それも演出に変えてやる

何度転んでも立ち上がってやる

と言う荒さと勢の中で

Uzme関係者のみなさまは

よく付いてきてくださったなと

感謝が洪水のように溢れて止まらぬ日々です

 

相当大変だったと思う

自分でも自分がこんなにイかれているとは

やってみて初めて気がつきました

どこまでストイックでど変態なのかと

 

Uzmeには最終的に相当な覚悟と意識と変態さを

兼ね備えたものしか残れませんでした

自分の命にどれだけ真摯に向き合っているか

生半可なファッションみたいな本気を携えた人は

それっぽいこと言いながら消えてっちゃった

それから本気で好きでそれをやっている人しか

ここにはいられない

だって大概キツイですもん

 

好きじゃなきゃやってられない

狂おしいほどにそれが好きじゃないとできない

そんな人間だけが集まるUzmeの舞台

もう、なんて言われても怖くないし

お前が何言っている…って感じで痛くも痒くもない

できてない人の戯言ってあんた何目線なの?

って思うわけです

 

それは傲慢さから思うものではなく

あなたに言われなくとも

もう私たちはすでに未来のことしか考えておらず

既出だから聞いている時間が惜しいのです

もうそこは通過点だなんて話、

言われなくともわかっている

終演後、私は泣くと思った

「やったね」

「よかったね」って

それがスタッフキャストから次々に上がる

「団長、再演はいつにしますか?」の言葉

打上げでも未来の話ばかり

待て待て!団長は少し休みたいぞ…なんて思うまもなく

次はどんな作品にしようかと考える

 

もっとクオリティを上げるべく

次の日には有名なダンサーが出演するダンス公演に視察に行く私

日々日常、盗めるものはなんでも盗む

 

それが好きの情熱で

今を生きているなぁと感じる

でも、とりあえず

私は10年は自分の満足いくパフォーマンスはできないと思っていたけれども

人生史上一番満足いくパフォーマンスができました

これは観客のみなさまの反響とか抜きに

自分が感じられればいいもので

だから動員数どれくらいいくかとか

感想の数々によって一切左右されない

自分だけのゴールなんです

 

これはプロとしての

自分の中のポリシーと言うか

なんと言うか譲れないものがあって

それを貫けたことで私は満足

 

新たな大瀧冬佳に向かってまた進める

次はどんなドラマをお見せしようか

ワクワク、ゾクゾクします

とりあえず、金髪ショートにしたい

 

経歴もステータスもただのアクセサリー、頼らず裸一貫勝負できる人がかっこいい

 

 

それで本気で生きているとか

それで全力出してるとか

そう言う自分に酔いしれてんなよ

気持ち悪い

それのどこが本気なんだよ

今この瞬間に集中してないくせに

 

頑張ったねぇ、えらいえらい!は

幼稚園児までだバカやろー

 

そんなレベルのひっくい

くだらんことやってんなら

舞台立つなボケ

 

何が俺はダンスのプロを目指すだ

テクニックは関係ないなんて

できてから言えよ、全ダンサーに土下座しろ

ダンス舐めてんじゃねえよ

舞台を何だと思ってんの

ふざけたこといつまでやってんの

 

「降板で」

 

と今度は自然の万物を司る神にキレました

彼は68歳のしかも元世界的なカメラマン

私よりも40も人生の先輩であり

経歴もヤバすぎる

 

だけど。

 

やることできてないなら

私はどんなに世界中に賞賛されている

すごい方だろうがすごいと微塵も思わないし

相手が誰であろうが

Uzmeの舞台に立つ以上

半端な者は除外する

 

 

舞台を降りたところで

どんだけすごい経歴があろうが

お金があろうが何だろうが

そうしたチャラチャラしたアクセサリーを

つけたまんまは舞台に上がれないから

生まれたままの魂むき出しにさせられるのが舞台だと思う

少なくともUzmeの他の団員は

そういう心算で舞台に立つ

 

ほんと、嘘や見栄やハッタリ効かないよ

恥や不安や恐怖まで全部晒されるよ

だから、舐めたことしてると

他の全員がそこに命賭けていたとしても

たった一人の隙で舞台が壊れる

 

いい加減にしろと怒りに震えるわけ

で、何でもっと馬鹿の一つ覚えみたいに

私も吠えること以外になんかこう

手のひらでコロコロしたり

うまく操縦できないのかと

一時期悩んだけど

でもさ、そんなの望んでないからですよね

私は見せかけで誤魔化しで

動いてもらうくらいなら

出なくていいって思うタチだ

 

手のひらの上で〜とか

褒めて伸ばす〜とか

分かるし、たぶんやろうと思えばできるけど

それって相手に敬意がゼロですよね

 

私がキレるのは

相手に敬意と感謝を持ちたいからなんだ

そういう人としか一緒に踊りたくないの

私はそれくらいダンスが好きなの

 

私に敬意と感謝を持たせてみろよ

できるくせに自分でいっぱいいっぱいになって

訳わかんなくなってんなよ

落ち着いていつものあなたに戻ってよ

68なんだろ?40年何やってたんだよ。

裸の王様やん。

 

で、あきらめそうになる

この人に言っても言っても

これだけエネルギーも時間を投下しても

ずっと無駄なまま終わるのかな

得策じゃないよな

こんなところで磨耗してないで

他のやることをやった方がいいに決まってる

 

私はやることがたくさんある

何でこんなじぃさんの相手に

うん十時間も足止め喰らわなきゃいけないんだ

くそったれ!って思うのを溜めて溜めて

どうにか大人的な解決策を模索したけどダメだった

 

 

私を怒らせた、本気で。

ガチギレしてしまった

で、かなーり疲れた

こんなにここにエネルギー使ってしまった

まさにつまらぬ物を斬ってしまった状態だったんだけど

 

動かしたかった二人が動きました

パフォーマンスすごく良くなった

これで私もやっと自分のことができる

これでやっと進める

 

こんなキレ方で何でか?

とかもはやわからないけど

男性の中でもより一層動物的な二人には

方法とか小手先のことでなく

良いとか悪いとかでもなく

常識や概念やマナーとかも完全無視で

とにかくど偉い馬鹿でかい大きさのエネルギーを

ぶつけるのが正解だったようです

 

私がキレながら何を言ったかとか

あんまし関係なくて

相手に本気でむけたエネルギーだったみたい

 

いいんだよ、

別にその人自体を変えようとはしてないし

そんなの一ミリも興味ない

ただただいい作品作りたいんだよ私は

乗っかった船なら

逆に漕ぐな、ちゃんとこっちに漕げよバカタレ!

と体当たりしただけ

 

だけどやっぱり私の選んだキャストだ

彼らはこんな小娘にここまで言われて

ふつうなら(ふつうって何だか知らないけど)

いじけるか

サジ投げるか

逆ギレするか

に、なっても何もおかしくない

そうはならなかったから

そんなことで褒めたくもないけど

さぁ、ここからまたやっていきたい。

 

無駄なことなんて一つもない

足の一本二本もげても踊るのが大瀧冬佳だ

 

 

 

やっぱり何かがないとできないって

すぐに思っちゃうんですけど

多分そんなことはないんですよ

 

何を奪われても

何を失っても

何が壊れても

それでも私の自由の翼は折れませんって

 

ないならないで

きっとそれはそれでいいものができるんですよ

 

例えば私の耳が聞こえなくなったとしても

例えば私が足の一本二本失ったとしても

問題ないっす踊ります

だって命は持っていかれていないから

 

お金がないなんてつまらん理由で

時間がないなんてつまらん理由で

あなたは命があるのにやりたいことやらないの?

 

妻が反対している

夫が反対している

親が反対している

兄弟が反対している

あなたはいつまで誰かの奴隷でいるのかと

 

いつか….

いつかと言う日は

あなたが決めない限り一生やってこないって知っている?

 

今回の旗揚げ公演で私は団員に何度

「今を生きろ」と言っただろうか

 

 

外にばかり答えを探しに行っても

答えは自分の中にしかないからね

いつまで自分から逃げるんだって何度言っただろうか

 

 

何がしたい

何が伝えたい

何が欲しい

何ができる

 

答えはあなたの中にある

誰かがこれじゃないの?って教えてくれるもんじゃないんだよ

甘えるな、自分の命をなめるなと吠えまくってきた

 

私はあなたの答えなんて知るもんかと

そうして接してきて

冷たいなぁ〜とよく自分のことを思った

優しい団長でいる方がたぶん楽

 

でもそんなことしたら

私は私自身のことも信じられなくなる

私は私に自惚れ肝心な時に勝負できなくなる

ガラクタを守っている余裕は

私にはなかったから

大切なもの以外全部切って捨ててきた

 

今、足がなくたって踊れるなと思えるのは

そうやって積み重ねてきたからだと思う

 

ところで、

チケットの購入はお済みでしょうか?

チケット買わないと見られないですからね!

【現金振込みでの購入】
http://stage.corich.jp/stage/80675/ticket_apply

【クレジットでの購入】
https://uzmeticket.thebase.in/

 

 

大瀧冬佳ってこんな人
「KeyPage」に掲載させていただきました↓

http://keypage.jp/interview/otakifuyuka/

※「変わりたくなった!」ボタンを押してください!

 

ダンスカンパニーUzmeについての詳細は

shibuya cross FMに出演させていだきお話しました↓

 

ダンスカンパニーUzme公式サイトはこちら↓

http://uzme.dance/

 

 

 

 

 

 

悲観的な人間のケツを叩く公演がしたい

どれだけの絶望だろうが

そこに陶酔してる場合じゃねーぞ!

 

親に虐待された?

夫が借金作ってくる?

不倫してる?

自分の明日が見えない?

友達が一人もいない?

 

でも、でも、今から

今のあなたからまだ見ぬ明日は創造していけるんだってば

 

幸せになって!

抱えきれないほどの喜びを掴んで!

 

 

悲観するときもある

悲しみにくれる日もある

泣きたい夜もある

しんどくて立ち上げれなかった朝もある

周りはどんどんと明日に向かって進んでゆき

自分一人取り残されていくような

孤独に締め付けられる日もあった

 

頑張っても頑張っても

あがいてももがいても

どうして私だけってそんな風に

思う日もあった

 

でも、でも大丈夫なんだよ

って幸せに向かってケツを叩く作品を作っている

 

Uzmeのメンバーそれぞれに

そういったその人それぞれの体験にリンクさせ

背中をそっとなでてくれる人

肩を叩いてくれる人

抱きしめてくれる人

先頭きって進む人

光を魅せてくれる人

厳しさを教えてくれる人

あなたの言葉を静かに聞いてくれる人

いろんな思いで、

きっとMaoという主人公を介して

メッセージを伝えるだろう

 

自分を動かすものはなんですか

動かさなければならないものはなんですか

それがMaoを見たことで

あなたの何かが動きだすものにします

 

 

どん底少女は幸せを掴みました

めでたし、めでたし!っていうのではなく

私の幸せで終わらない
みんな一人一人の幸せに繋がる舞台にしたいなって
みんなの物語にしたい

 

 

「Mao」/公演詳細

日程

2017年5月19 – 21日

19日(金)
17:00 受付開始 17:30 開場 18:00 開演 20:00 レセプションパーティ(※)

20日(土)
第1回公演 13:00 受付開始 13:30 開場 14:00 開演
第2回公演 18:00 受付開始 18:30 開場 19:00 開演

21日(日)
18:00 受付開始 18:30 開場 19:00 開演

※初日閉演後20時よりレセプションパーティをご用意しております

料金

一般: 5,000円(税込)
ペア: 9,000円(お一人様4500円)(税込)

5月19日 初日限定 レセプションパーティ付き
一般・ペアともに +1,500円(税込)

場所

ザムザ阿佐ヶ谷
〒166-0001 東京都杉並区阿佐谷北1-12-21
ラピュタビル地下
03-5323-7640

JR中央線 阿佐ヶ谷駅北口より徒歩2分

チケット購入はこちらから
http://uzme.dance/stage/

稽古は自分を信じきるためにするもの

 

 

「舞台に立つ」の同義語は

「信じる」だと思ってます。

 

自分を信じる

仲間を信じる

スタッフを信じる

お客さんを信じる

 

ちょっといや、かなり臭い話になってしまいましたが

「信じる心」なくして舞台に立つことはできない

ただ立つなんてただダンサーと名乗ることは容易いです

 

これはダンサーや舞台人に限った話ではなく、みなさんのお仕事とか何かに置き換えて考えていただきたいのですが…

 

やはり舞台に立つって非常に怖いことで

その人の本質が露わになるという

極めてシンプルなことなので

恐怖以外の何者でもない

 

何も隠せない何も取り繕えない…何も言い訳できない

じゃあ、なんでどうしてそこに向かっていけるのかと言うと稽古をしてきたからです。技術的な練習に加え、自分の中に潜んでいたあらゆる感情がウズウズと蠢き出して、直面せざるを得なくなります。そんなときしっかり自分に向き合おうとしてきた自分がいれば信じることができます。

 

そして、共にそれぞれの課題を乗り越えてきた仲間を信じることができます。

 

これだけ練習してきたという自分がいれば、その恐怖を超えて喜びを掴むことができます。

 

身体的にも精神的にも稽古を積んでいるのです。積み上げた、その日々が私たちの力になります。

 

ですが…、根本的に、ただ恐怖から逃れるためだけに積んできた稽古は脆いです。それは自信とは言えません。自分を信じるために稽古を積むのですが、それは逆で自分を信じているから稽古が積めるのです。

 

あるがままのその命を信じているから、身体的に精神的に向き合う態勢が整うのだと思います。なので、もうあるがままの自分を思えた瞬間からうまくいかないわけがない。向き合う覚悟がついただけで、大丈夫なんです。

 

そこのスタートをすっ飛ばして、稽古をし続けると、何故か怪我をするんですよね。理由はそれだけではもちろんないですけど、絶対に大丈夫!と信じられていると悪い予想はことごとく外れます。絶対に起きない。

 

あなたの決めたあなただけのゴールにたどり着けないわけがない。空回りしていると指摘されたとき、何をやってもうまくいかないとき、このあるがままの自分を信じているからこそ、身を投じられる強さがあるかどうか見てみてください。

 

私はこう思う

あるがままの自分を信じるというのは「命綱がある」と知ってることで、あるなぁーって確認しているだけじゃ、で?だから何?って話なわけです。

 

命綱があるから限界の限界を超えて稽古できるし、未知にダイブできる、結果、舞台に立てるということだと思います。

 

そして、私の舞台観にくるのが怖いという方、

大丈夫、命綱みんなついているから!

未知の世界をどうぞ覗きにきてください。

 

ダンスカンパニーUzme
旗揚げ公演「Mao」/公演詳細

日程–*–*–*–*–*–*–

2017年5月19 – 21日

19日(金)
17:00 受付開始
17:30 開場
18:00 開演
20:00 レセプションパーティ(※)

20日(土)
第1回公演
13:00 受付開始
13:30 開場
14:00 開演

第2回公演
18:00 受付開始
18:30 開場
19:00 開演

21日(日)
18:00 受付開始
18:30 開場
19:00 開演

※初日閉演後20時よりレセプションパーティをご用意しております

料金–*–*–*–*–*–*–

一般: 5,000円(税込)
ペア: 9,000円(お一人様4500円)(税込)

5月19日 初日限定 レセプションパーティ付き
一般・ペアともに +1,500円(税込)

チケット発売中

STAGE


チケットに関する問合せ
ダンスカンパニーUzme
チケット管理事務局
uzme.ticket@gmail.com

 

 

練習なんてない、いつだって本番だと思ってやりたい

 

昨日の稽古帰り、ゲロゲロしながらいろんな感情が渦巻いて、お腹が空いているのか、眠いのか、疲れているのか、ハイなのかわけわかんねーな!なんて思いながら、電車の中で…読み始めてしまって。
 
(こちら↓)
http://ameblo.jp/dringo-c/entry-12271358368.html
涙腺にぐわっと一瞬できてしまってやばいやばいやばい!!と、そっと閉じました、こちらの実加さんのブログ。電車降りて、読んで号泣しながら家に帰り着きました。 
 
この方と一緒に作品を作っているこの今の期間、なんとも贅沢な経験をさせてもらっている。それでいて、このお言葉、私、まだまだやれる!と思った。
 
一緒に踊っているmioさんも私よりすごく先輩でたくさんのアシストをしてくれて、サポートしてくれて、何より、表現というところで彼女の踊りをみているとなんというか解像度が高いというのかな、はっきり伝わってくる。何を表現しているのかが。それは何故なんだろう?ということをたくさん共有してくれて一緒に考えてくれて、見せてもくれる。
 
私の踊りは訴えかけるものはちゃんと出力をあげられて出すべきところでフルで出せるようになってきたのだけど、まだ力押しというかパワーでなんとかしている感が否めない。記事中にも書いてあったのだけど、マクロ的な解釈が今の課題。荒削りと言われてしまえばそれまでだな〜なんて自分を客観視して思う。もっと丁寧に親切に細かく私の中に描写して、それを内にこもらせないように、ダイレクトに出していけたらな。
 
それにしても、ブログの内容の私への有り余るお褒めの言葉の数々。もう完全に身に余り過ぎる!!!
 
まず、第一関門だと思っていたのです。超えなければいけない最初の関門。本番だけが本番じゃないんですよね。
 
普段の稽古から指導してくださっている先生に、まだ技術的にも経験的にも諸々足りてないとしても「こいつはやってくれるはずだ」と期待させるパフォーマンスをすること。それから共演者に。言葉ではなく、この人がここまでやっている「私、やばい!」「まだまだやりたい!」と思わせること。
 
それから、大きな関門と私が感じるのは、どこの誰よりも目が肥えていらっしゃる舞台スタッフさんたちに「いい仕事しよう!」と思ってもらうこと。支えたいと思わせる演者になれること。舞台スタッフさんが舞台をどれだけの数見てきたか。プロなので、一つの仕事として気持ちが乗らないにしてもきっちりこなすのは当然であります。(こんなこと書くの本当に恐れ多い、ごめんなさい)その中で仕事的には同じことをしていても気持ちが入るか入らないかで、やはり人間だもの大きく違うに決まっていると思うのです。裏側で支えてくれているスタッフさんたちにやはり全力でサポートしてもらった方がいいに決まっている。なんじゃこれ、何がしたいのかわからないなと内心思われながらステージに立つのか、よし!いいぞ!と思われながらステージに立つのか。
 
だから、稽古場で練習だからとマーク(5割の力で確認という意味で踊ること)で踊る人はいまいち好きになれない。いつ何時も手を抜かずに踊っていないと準備万端の時しか完全なパフォーマンスができない使えないダンサーと判断されるからです。そういう人には言い訳上手が多い。とにかく二言目には言い訳。言い訳はいいからやってみせろよ!という世界だというのをわかっちゃいない。そんなのもうダンスとかやめた方がいいよ。
 
で、舞台の上に立っている時だけいいパフォーマンスができてりゃいいってもんじゃないと、挨拶とか礼儀とか礼節とか稽古場の居方とか、そういうことはママに教わってきてよ!みたいなことを平気でやらかしてしまえる人がいるともうハラハラします。だって、組織なので。組織の中のたった一人があららな言動をしていたら、組織全体があららと思われちゃうわけですよね。会社だって学校だってそうでしょ?
 
 
挨拶して!とか、言葉遣い気をつけて!とか、稽古中は人が踊っている時にだらだらした座り方で見てないで!とかそういう細かいこと一つ一つ言いたくないですよね。だってさ、根本的にわかってないから一事が万事言わなければならない。張り付いていてその人を見ている場合じゃないし。
 
裏方さん方が、私たちの舞台を素敵にしようと動いていてくれているその気持ちを汲めてないのか。
 
共演者の熱量が一ミリも感じられないのか。
 
あんたは踊りたくないのか、出たくないのか。
 
だから、些細なことかもしれないよ、稽古場でダラダラ座っているっていうのは。でもそのたった一つのその行動で、その根本に眠るその行動を引き起こすことが見えちゃうわけで、そうするとやはりダンサーとしては先はないなって思っちゃう。どんなにすごいと言われる人であろうが私はその人の踊りに魂揺さぶられることはない。
 
ちなみに上記はうちのカンパニーの話ではないですよ。半分あっているけれど、フィクションも交えています。
 
ノンフィクションなところで話すと、「稽古場のいかた」なんて舞台経験者じゃなきゃわかりっこない、知らないもんという人がいるけれども、うちの団員は未経験者だろうが、もうパーフェクトである。サッと動くとにかく行動が早いし、稽古を進行している者が次は何をしようと思っているのかを察知してササっと動くし、わからないことはどんどん質問してくれるし、指摘されたらその場で直してみせる。自分の限界を毎回更新していくという稽古の姿勢。目が真剣だもの。本当にすごいと思う。彼女たちは、この半年間でプロになった。正直、昨年10月のプレ公演の時は発表会止まりだった。でも、今回はちゃんとプロである。私はとっても嬉しい。びっくりするくらいに踊れなかったのに。しっかりと主役をアンサンブルとして支えて確かに舞台上に存在し輝きを放っている。
 
 
だからね、私は金房実加さんをはじめとするスタッフさんの気持ち、団員のみんなのため、自分のため、遠くからもお越しになる観客の皆様のために残り2週間駆け抜けたい。
 
いい舞台にいい作品に必ずなる。
これをぜひ見届けてほしい。
 
旗揚げは今しかないから。

 

 

 

 

◆第一章 閉鎖病棟の一室~冥界
ベッドの上で目覚める少女。なぜここにいるのか、何があったのか一切の記憶がない。
解っているのは、胸に抱いているリュックの中身が、自分にとってとても大切な物だということ。それなのに、医師もナースもリュックを取り上げようとする。怯えて抵抗する彼女の前に、一人の男性が現れる。医師の手からそれを取り返し、そっと戻してくれる男性の優しい微笑みに釣られて、彼女が自らの手で開けたのは、死の世界、冥界への扉だった。

行きつく果てが冥界だとはつゆ知らず、「死神」に誘われるままに踏み出した死への道。
「あっちへ行こうよ、キレイなものを見せてあげるよ」甘いお菓子に惑わされる幼子のように、不安と期待に胸を膨らませて、歩みを進める主人公。
「現実世界に未練はない。だってわたしはいつだって、ここから消えてしまいたかったのだから」
世界からの消滅を切望していた彼女の魂は、無意識に冥界に引っ張られてゆく。死神に誘われ、戸惑いながら冥界の道を行く主人公と、あの手この手で彼女を奥へ奥へと導いてゆく死神。少しずつ高揚感を感じ始めた主人公。と、そこへ、一陣の風が吹く。

◆第二章 地上の名残~支配する宇宙
冥界の奥へ奥へと進み続ける主人公。彼女の足を止めたのは、強烈な一陣の風だった。気付けば死神の姿はなく、彼女はひとり、雨の降りしきる森の中に佇んでいる。雨や風、雷の音。風にあおられてしなる枝の軋みや、地鳴りのような豪雨を受け入れて悠然と佇む岩々の雄大さが、「地球の化身」である自然神によって表現される。地球という星の美しさ、本来の姿を垣間見て、ほんの一瞬、我に返る主人公。そしてシーンは地球から宇宙へ。創造のゲームを楽しむ「万物を統べるモノ」が、チェスの駒(アンサンブルダンサーたち)を前に遊びに興じている。彼の手ひとつで、体の動きをコントロールされる主人公。あまりに壮大でリアルなゲームが、彼女たちが必死で生きているこの現実世界なのだ。
すべては万物を統べる「神」の手によって、決められていることなのに…
「支配されている」と思い込み、受け入れられない事実から目を背けるようにその場を抜け出した主人公は、現れた死神と共に、再び冥界への道を歩き出す。

◆第三章 冥界~狂気の饗宴
辿り着いた冥界は、狂人たちの終わらない宴の真っ最中。皆に担がれ、輪の中心へと押し出された主人公は、我を忘れて彼らと戯れ、めくるめく狂乱の世界へ身を落としてゆく。が、気を許したその瞬間、楽し気に見えていたその場所が、徐々に色を失い温度を失い、瞬く間に灰色の「死の世界」の片鱗を見せ始める。すべてが凍り付き、荒涼とした氷原に投げ出された主人公が、寒さに震え気を失いかけたその時─。艶やかな着物を身に纏い、悠然と現れた一人の女が、一瞬にして世界に「色」を取り戻す。凍える主人公の手を取り、優しく微笑んだその“女”は、男に愛され男を惑わす為に美しく着飾った、主人公の母親だった。

◆第四章 核心との対峙~冥界からの帰還
続きは劇場にて!

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◆第五章 再び冥界へ~再生
続きは劇場にて!

http://uzme.dance/

沈黙の先にある祈り「Mao」

 

 

 

私は踊るとき

目の前に

目には見えないものがたくさん見えている

それは線だったり

色だったり光だったり

 

線は太さや進む速度を変えて

私に問いかけてくる

それに答えるように身体を操る

 

対話の時間

 

その日入っているお客によっても

線は変わる、色も変わる、質感も変わる

 

それと完璧な対話をするために

私は稽古をするのかもしれない

答えられるのは快感だ

 

その力が研ぎ澄まされて増してくると

人の心の機微にも敏感になる

 

野生動物のように私はなり

鼻をきかせて

耳をそばだてて

足裏の感覚、肌に触れる少しの風

神経を研ぎ澄ませて

何か小さなきっかけを感じ取ろうとする

 

 

すると、それに伴い私は沈黙していく

静かに、ただ静かに

湖畔の水面に水滴が滴る瞬間を

波紋が広がるその光景を

ジッと観察するかのように

 

公演は5月とまだ2ヶ月先ではあるが

私はその日その瞬間の絵がすでに見えている

いや、このUzmeを立ち上げる前から

その日を知っていた

 

 

自分の感性が

日常から非日常にシフトしていく

この感覚がたまらなく好きだ

 

日常に引き戻される事象が

たくさん私に覆いかぶさってくるけれども

事象をすり抜けるように

ただただ静かに私は自分の精神に潜り込み

その日に向けて深化させていく

 

作品の全貌を出演者に伝えると

みな熱を帯び

私と同じ方向同じ速度で進み出すのが嬉しい

 

 

「どうか観客の皆様に伝わりますように」

という願いと祈りはそろそろ終わりがきて

次の段階にシフトしてきた

もう手は尽くしたから

 

あとは私、それからUzmeは深め練っていくだけだ

両極端だから

その人生のコントラストは鮮明で輝く

 

かしこみかしこみもまをす

Uzmeからの祈りは届くことを知っている

 

不安や恐怖から脱するのだ

そして感性を開き人生を楽しむ

鮮やかな色気のある作品がもうじき生まれる

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