ブログ兼HPは定期的な見直しをするといい

ブログやHPを作る上で考えなければならないこと

それは方向性です。

私はwordpressを使ってますが、サイトを作る専門家にお願いすれば形はかっこいいサイトが出来上がりますが、結局中身なのです。かっこいいコンテンツ(中身)を出し続けるのは大変なことで、だから挫折してしまう人は多いです。それは方向性が定まっていなかったからです。でも誰も最初は自分が何者で、何がしたくて、何を与えられるのかなんてことわかっていません。トライアンドエラーで見つけていくものです。

私は3年前からこのブログを書き、サイトを作りましたが当時は今ほど自分が何をしたいか、このブログの目的なんて定まってはいませんでした。でもわからないなりに、その当時どうしても世の中に伝えたい思いを書き続け、そして実際の行動に移し続けました。現在は3年前よりも生活環境も仕事も家族形態も全てが理想の形へと変わり、当時の書き殴ったような熱いメッセージは書けなくなりました。以前のサイトのデザインや、カテゴリーの分け方、タグ、文章…全てに今の自分との微妙なズレをストレスに感じて、毎日更新していたブログも更新が3日あいてしまう日も出てくるようになってしまいました。

それは以前の私よりもより明確な方向性が見えるようになってきたからです。大雑把に「fuyukaohtaki.com」としかサイトタイトルをつけていませんでしたが、今の私は自分が何を発信していきたいのかが明確になりこの大雑把さでは範囲が広すぎてブログを書くのに迷いが生じるようになっていたのです。ですので、今は「Uzme団長ふゆかの表現箱」とタイトルを改めました。

等身大の自分が無理なく発信できる枠作り

「等身大の自分が無理なく発信できる」これってとても重要なことです。昨今、ブランディングやマーケティングという言葉がメディアの人間のみならず一般人の間でも聞かれるようになりました。私はそれらの専門家ではないですが、自分なりにこれらを解釈するに、「無理してよく見せる」でも「ありのままを見せる」のどちらでもなく「等身大で自然ではあるが」「編集作業」は必要なのだと捉えています。

サイトを作る際に、特にカテゴリーやテーマカラーやタイトルはその編集作業を簡略化させる効果があるなと感じています。私自身は本業はアーティスト、表現者で舞台作家なので、ブログにかける力加減はなるべく簡単な方が良いのです。今の私の等身大。それは見るもの聞くもの、感じるものその全てが舞台や表現に落とし込まれているというところです。私のブログは「人生観」や「自己啓発っぽいこと」が多く書かれていますが、それ自体を伝えたいというよりも自身がそういった美学を持って生きているその姿勢が舞台に立った時に強く影響するので、まぁ稽古の一貫みたいなものだったり。人の心の移ろいを深く観察することは表現する上で不可欠なのです。だから、人生観のブログが多くなっています。体のことも全部、舞台のためなので、このサイトは全くバラバラなことが書いてあるようで、私というフィルターを通した表現箱、作品を作る際の材料庫であり、表現する際の素材庫だということです。
このような一本の軸(一本じゃなくても良い)が何百本とブログを書いてるうちに見えてきました。今度は逆にその見えた軸を通してあげることで、より専門性の高いサイトに育っていくのです。

マガジン、ブログ、プロフィール、名刺もアップデートすればいい

マガジンもブログもプロフィールも名刺もアップデートを繰り返せばそれでいいのです。「これ試しだから!」という気持ちでベータ版を作り続けたもの勝ちだなと思うわけです。正直、過去の自分のブログとか青臭くて恥ずかしいです。YouTubeなんて低い評価とアンチコメントがつけられ、黒歴史ですよね〜と自分でも認めちゃうほどに恥ずかしいものを上げてきました。でも、今はおかげで動画編集もカメラワークも構成も前よりレベルアップしています。やらなかったらできないままです。それにずーっと当時から私のことを追っかけてくれている人はごく僅か。今の私しか知らない人もたくさんいます。だから、そんなに人は他人のことを気にしていないので、アップデートを何食わぬ顔で繰り返していけばいいです。

本当に有益な情報はネットからなくなっていき意識格差、情報格差が広がる未来

 

なぜかと言うと一定数いる情報イナゴから守るため

発信者だって人間である。本当は画面の向こう側にいる相手に自分の持っている有益な情報や考えをお金関係なく伝え、明るい未来にしたいって思っている。

が!!!集団でブワ〜っととんできて瞬く間に食い尽くしていくイナゴのように、袋叩きにすることで自分の欲を満たす、無意味にただ叩くだけの人たちがいる。この人たちに何か言っても、それぞれその人たち個人では自分には責任を感じない性質を持っていて、個として存在している自覚はないため、発信者は無用な攻撃を受けただただ消耗していくだけである。

クロースドなコミュニティの中で有益な情報を受け取れるようになっていく

そうしたイナゴたちから情報や自分を守る流れになっている。どんどんと情報は専門化し、ジャンルも多岐に渡り、欲しい人が欲しい情報を自ら取りに行くならばどんどん受け取れるが、ただただ消費しているだけの人からはたとえネットでも本当に有益な情報は見えない場所に移行して行くだろう。ググれカスって言われるやつはググっても何もわからなくなっていく。

意識の違いで格差がものすごく開いていくだろう。だって、イナゴに駆逐されているのって本当に不毛。そこに時間は1秒も、エネルギーは1kcalも使いたくない。もっと知的好奇心を満たしたり、創造する喜びを共有し合える人たちと関わっていきたいのだ。要は住み分けがもっとエッジの効いたものになっていく。

無料コンテンツと有料コンテンツによって起こる区分け

残っていく発信者はお金を基準として動いている人は少ないだろう。しかし届ける先に向けてはお金を基準にすることで受け手の区分けができる。自分の届けたい先にピンポイントで狙って、届ける先までもをお金を使ってコントロールしていける。有料だからいいコンテンツだと言うわけでもないし、無料だから役に立たない情報だってことでは全然ない。少数精鋭でこれから先はクローズドな場所に移行して、そして、質がぐんと高まってアップデートされたものが世の中に放たれるようになったらいいなと私は思う。それは芸術にしろ、技術にしろ、すべてのものが。

私自身に起こっている変化

ここ三年でものすごく早い変化を感じる。私自身は三年前はSNSもブログも全くしない、むしろ見てもいなかった人間だ。発信しながら自分自身の生活や生き方、もちろんスキルもその全ての生きがいをそのまま仕事として転換させていこうと、不特定多数の人に発信できるネットを駆使するようになった。

「タダで」「誰でも」発信者側になり得る。これは牽制逆転が狙えるすごくいいものだって思って。中身さえよければ思い通りになるだろうと三年前の私は踏んだ。だからそこからアクセルを思い切り踏み込む形で圧倒的な量を圧倒的なスピードで内容も強いものを全出ししていった訳だ。

そこからいろいたくさんしくじって学んで今は方向性がまた大きく変化している。

それは「何を発信しないか」と言うこと。全出ししてきたからこそ、どこを見せないようにすると効果的なのかがわかるようになってきた。眩しいくらいの光量でピカッーっと照らし続けた三年かんなら、これからはもっと陰影をつけて、よりコントラストを出してよりくっきり見せていくために隠すのだ。

イナゴたちに精神とコンテンツをズタボロにされないための私の策は圧倒的な内容と量とスピードでブルドーザーのように光で蹴散らしてきたものを、今度はクローズドさせていくことでエッジを出していきたい。それは受け取りたい人たちにもっと激しくオープンにするためである。場所を分けて、今よりもっと全公開し共有発展させることが私の喜びなので、受け取るためのハードルをあえて設けていこうと思っている。

Facebookのグループが多用されていく

そう言う意味で、Facebookはオワコンにはならないし、残っていくはずだ。タイムラインよりもグループが多用されるようになっていくと思うし、私も本当に有益なことはFacebookグループで発信する流れに自然となっている。ブログやツイッター、Facebookのタイムラインが全体に届ける案内掲示板で、そこから関心の高い人だけがグループに落とし込まれていくようなイメージだ。

面白いイベントも情報も、ほとんどそんな風に発展していくのではないかなと思う。

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SNSが良いも悪いもその人の使い方次第である

 

SNSは実家を作るために始めた

SNSの使い方は人それぞれ。私は3年前までは限定公開で、友達も学生の頃の友達や親族のみの100人以下だった。年に数回の投稿、ほぼみてない感じ。Twitterに至ってはまるで使い方がわかってなかった。大概の人はそんな感じでリアルとネットのつながりをくっきりと分けているのかと思う。ましてや、会ったこともない人に自分のプライベートを公開することに気持ち悪さや不安を抱く人も多いだろう。3年前の私もそう思っていたし、公開するメリットや意義が全くなかった。

SNSを介して仕事に使っているならいざ知らず、それ以外にプライベートを公開する意味が不明だと思う。

全体公開にして、投稿も毎日、友達承認も会ったことのない人もOKにした私の目的はセーフティネットを設けるためだった。意外??実は仕事目的ではないのだ。結果、仕事にも繋がっているって感じではあるけれども。

セーフティネットというのは、簡単にいうと、帰る家が欲しかったって感じ。実家を作ろうと思った。私には頼る親がいなくなってしまい、何かあった時に何も安全網がない。別に支援してもらったり、生活の面倒をみてくれるようなものは求めていないけど、ちょっと助けてくれたり分けてくれたり可愛がってくれたり、こちらも気にかけて季節の挨拶を交わすような間柄の人たちがいたらなって思っていた。

 

遠くの親戚より近くの他人

とは、よく言ったもので不思議なことに繋がりの薄い他人の方が困った時にフットワーク軽く助けてくれるのだ。なんというか軽さがある。助けには迅速さが肝心だと私は思っている。助けてもらっておいてなんですが、つべこべ言わずに助けてくれって時に、説教から入り、結局何もしてくれずにいなくなる場合も濃すぎる関係だと案外多い。でもそれって仕方がないんだよね。「あなたのことを思うから」って気持ちが働いちゃうんだ。

その点、他人だってわかっているから、諸事情に絡む必要がないという軽さが功をそうしているのだと思う。

でもどんな関係性であろうともその人の人生はその人のもので、自分の人生もまた自分のもの。最終責任は本人が負うのには変わりないのだけどね。

 

SNSの距離感ってそういう意味でとても良いと思うのだ。しかも、名前や肩書きといった記号の部分の発信ではなく、その人が何を考えて何を感じているのかっていうもっと人間性の部分を発信していると、実は「リアルで会っている人間」よりも「SNSを介した実際には会ったことのない人」の方がその人を知っていたりもするんじゃないかって思う。で、リアルで繋がりのある人(PTA繋がりとか、会社の人とか、学校の友達とか)にはなかなか「自分の考え」みたいなパーソナルな部分は見せられないのが普通かと思う。なぜかはわからないけども。でも、SNSだけの繋がりの人たちとはインタラクティブに意見交換ができたりもする。その匿名性を悪い風に使うと誹謗中傷とかネットリンチみたいなことができてしまう。いい面ではそんな風に自分を表現する場になりうるのだ。

(私はリアルだろうがネットだろうが境界線なく子供の頃から自分の意見をいう子供だったので、浮いていたけど)

 

出産祝いが届く不思議

そんな風に発信し続けて3年。よくSNSの怖さや恐ろしさみたいな記事を見かけるけれども、私には良さしか感じられない。本当にみなさん温かい。実家ができたなと思う。私の子供の誕生にたくさんの方が祝福してくださる。ちょっとこんなことに困っていると投稿すれば、たくさんの情報が一気に集まる。みなさん、こんなものがあるよ!だとか、これが良かったよ!とかたくさん教えてくれる。衣装に着物を使いたいと投稿した時には、部屋がダンボール箱でいっぱいになる程着物を送ってくださり、公演をすると言えば全国から観にきてくださる。

昨日、今日は、出産祝いにamazonギフト券や贈り物が次から次へと届く。普通なら考えられないことだ。私に会ったことのない方からも届いている。会ったか会っていないかっていうのはもはや大した問題じゃない。

夫婦二人で、ありがたいありがたいと言い合っております。ほんと、とっても温かい。ネットだから関係が希薄だって言い切っちゃうのはひどく勿体無い。画面の向こう側にはやはり血の通った人間がいるのは変わりないのだ。だから、私は今後もネットだからとかリアルだからとかって区別することなく普通に人付き合いしていきたいなと思う。

wordpressをどうにかしたい

 

fuyukaohtaki.comはwordpressを使ってます

当サイトはwordpressを使っている。私自身はパソコンの操作は疎く、私は「ブログをただただ書くだけの状態」までこのサイトは制作を依頼して作ってもらったものだ。

もう一つのカンパニーの方のオフィシャルサイトも同様。wordpressだ。

↑こちらのサイトはトップに動画がバンと流れる仕様にしてもらっていて超気に入っている。だけど、自ら更新できないことがネックで、更新頻度の高いサイトにしていきたいのでそこが課題だ。かっこよすぎても、自分の手を完全に離れちゃっていると次第に宝のもぐされのようになってしまうのかも。

 

でも、“ダンスカンパニー”なので「テキスト」よりも「動画」でアピールしたかったので、これはこれでいいのだ。ただ、運営をどうにかしたい。

 

運営の難しいwordpressを使っている理由

当サイトfuyukaohtaki.comもUzmeの公式サイトも、wordpressを使っているのは、片手間でのブログ発信じゃなくて、本腰入れてやりたかったから。

2015年10月に雇われてお給料をもらっていた働き方から、自分で仕事をすると言う働き方にガラッと変えたのだ。当時私はシングルマザーで、当初は手に職を!安定収入を!と看護師の専門学校を受験したり、造園師をやってみたりと女手一つで子供を育てようと色々やってみた。だけども、世間は甘くなく子供優先になってしまうことで首になった。

自分の生きたい生き方を実現させるためには、この働き方では到底叶いそうもなかったので、ダンサーの仕事を始めたのだ。

そうしてスタートを切るにあたり、まず、「知ってもらう」「興味を持ってもらう」認知されるのが非常に重要だと考えた。

で、ブログは無料で作れるアメブロやはてなブログではなく、商用利用可能なwordpressでと、初期に一番投資した。

書いた文章の権利的なものが私にあることもポイントだった。

ただし、先に書いたようにwordpressは素人が調べてなんとか作れるようなものでは全然ないし、プロに作ってもらうにしても最低20万〜てところで安くはない。一長一短だな〜と思う。

 

痒いところに手が届いていない

どんな媒体を使うにしろ、結局はコンテンツありき。要は中身に力があれば究極的には、何使ったって人は読む。それは真理だな〜と思う。

だけど、3年目にしてちょっと欲が出てきたというか、はじめに作ったものよりもコンセプトやビジョンが自分の中で変化してきたので、サイトと活動のズレに違和感を覚えるのだ。

最初は勝手がわからず、とりあえずできる人にお願いする形で制作してもらったけれども、サイトというのは作っておしまいじゃなくて、むしろその後育てていくほうがずっと大事なようだ。本当はここにこういうバナーを置きたいなとか、イメージこうしたいんだよなとか。色々あるけど、妥協している感じがストレス。

 

素人は何をどうしたいかすら言語化できない

これを自分のレッスンに置き換えて考えてみると、「まずニーズを引き出して〜」と思い生徒さんにどうしたいか、どうなりたいかを聞くわけだけども。実は自分がどうなりたいのかわかっていないのかもしれない。言い方を変えると、どうなれるかの選択肢や可能性がそもそも見えていないし、知らない。

wordpressを一緒にサポートしてもらう形で作ってくれる方はいるのだけども、私はそもそも「ドメイン」とか「バナー」とかそういう言葉からいちいちググって調べないとそれがなんのことかわからないのだ。ただし、普段ネットを見ていてバナーというものは目にしているし、「あの画像をクリックして飛べる奴」って感じでは知っている。でも言葉は知らない。

だから「こうしたい」を伝えるのって初心者にはとってもハードルが高い。全部一から専門的なことを知りたいわけじゃないんだよね。痒いところに手が届けばいいんだ。0か100かみたいなことでなくちょうどいい塩梅のサービスをその人それぞれに提供できる能力ってかなり重宝されるんだろうなと思う。

「こういうのがお望みでしたよね?」ってベストなものを差出せるプロって最強だ。高いスキルを持っていることよりも、私にあった選択肢や可能性を提示してくれる人がいたらいいなと思う。

 

私がフルオーダーメイドのレッスンをしているのもそれが理由

つまり、私はそんなレッスンをしたいがために、フルオーダーメイドでレッスンしている。

 

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フッと浮かんだことをそのまま喋れる相手って誰までですか?

 

 

昨日、こんな記事を読んだ。すごく長い記事なのだけど、とても内容は面白いので是非読んでみてほしい!!
http://hyogokurumi.hatenablog.com/entry/2017/04/29/204727

私はこれを読んで、日頃感じている「いろんな人がいるもんね」で答えが見つからないので仕方なく片付けてしまっていることが納得いく形となった。仕方なく片付けてしまっている(諦めてしまっている)ことって、こちらが一生懸命伝えても論点のだいぶ手前でギャンギャン騒いで伝えたいことまで辿り着いてくれない人たちを指す。「いや、あなたを誰も責めてないよ!」と優しく諭してみても何しても感情的になってしまっている人たち。大抵はたった一遍の正義を振りかざして、「それは酷すぎる!!!」と喚いている。もっともっと長い目でみたところで話をしているのだけれども、どうして、わかってくれないんだろうか…。とか、よくそんなに怒れるなぁなんて思ってしまう。

 

その考察が上記の記事に記されていて、とても面白かった。

 

 

で、私はまた違ったことを考えてみた。なぜなら、私はこの記事に記されているようなBBS世代では全然なくて、思っきしSNS世代であるし、オフィシャルな文章を書くことには全くもって慣れていない。というかやったことがない。(会社員経験などがないという意味で)だから文体という表面的な問題で「冷たい」という印象や「感情的だ」という印象を与えるっていうことではない気がする。私はかしこまった文章よりも圧倒的に口語体でSNSで発信しているけれども、感情型ではなく対応型である。さらに、SNSでよく見かける感情的になってしまっている人が皆一同に口語体かっていうとそうではなくて、やたら丁寧でビジネス的な文章を書くわりに内容は感情的であることも多々あるので、文体の問題だけではないんじゃないかと思った。

 

で!

 

思ったのが、文章にするときその文章スキルに差はあったとしても、伝えたいことをより伝えやすくするために一旦自分の中で情報の整理整頓をするよね??で、それをしない人がいるんじゃないかと。というのが一点。そして、言葉の出力先が「話す」なのか「書く」なのかのいずれにせよ、私の場合、ダダ漏れにはしていないじゃん!ということに気づいた。つまり、どっちにしろ、自分の中で伝えたいことを練る時間がある。

 

まず「相手は何が言いたいのか」の本質を読み解こうとするでしょ。次にそれを受けて「自分はどう思うのか、感じるのか、考えるのか」を探るでしょ。そして、「伝えるべきことと伝えなくてもいいこと」を区別するでしょ。最後に「最も伝わりやすい形はなんなのか」考えて相手に伝える。と、そういうステップを瞬時に踏むことが当たり前の習慣になっている。私の場合は、社会経験がなさすぎて「最も伝わりやすい形」の引き出し(文章スキル)が少ないのだと思う。だから時々、そのつもりはなくても失言してしまったり、誤解されてしまったりする。だけども感情型の人というのは、第一段階の「相手は何が言いたいのか」の読み解きから条件反射のように過敏にスイッチだ入ってしまって、一度入ったらなかなか収まらない印象を受ける。

 

言葉のキャッチボールっていうけれども、もうなんだか、全然ラリーが続いてくれない….

 

ひかるくん(主人)にも聞いてみた。「フッと浮かんだことを何も考えずにそのままFacebook投稿したりする??」「ないな」と即答だった。あんなにゆるゆるに投稿してるひかるくんでも。いや、どちらかというと真面目なことは投稿しないってところが、考えているからってことなのだ。もう一つ聞いてみた。「じゃあ、普通に友達とか、会社とか、家族とかと話すときは?」「すごい仲の良い友達か冬佳くらいやない?何も考えやんで話すんわ」とのことだそうだ。いや、私もそうだ。なーんも気使わないで話せるのってごくごく限られた人だけ。だから、裏を返せばそれ以外の人に傷つけらることもない。みんなそうだと思っていたけれども、世の中にはネット上でも、無防備にダダ漏れで発信する人がいるのだろう。そして、その人たちは私が私の当たり前を当たり前だと信じているように、その人たちの当たり前はみんなの当たり前だと思っているのかもしれない。

 

すると、ガッテンがいく。「あなたは酷い!」というと気持ちが。親に今日あったことを報告するように、Facebookに投稿していて、他の人もそうだと信じていたら、親に否定されるくらいに傷ついてもおかしくない。反抗期の中学生は大人のソソを鬼の首を取ったかのように叩きまくり、「だから大人はダメなんだ」と反抗する(中学生の私)それに似ているなぁと思う。

 

世界はそんなに厳しかったり、冷たくないと私は思うし、むしろ優しく温かい。

社会にお母さんがわりを求めたら、そりゃ厳しく感じるだろうなと思うけれども。

 

あなたは、親しき仲にも礼儀ありを冷たいと感じますか??誰までなら気を使わず思いのままダダ漏れで話していますか??

自分の人生くらい主役はれや!!

 

自分の人生くらい主役になろう

いつまでも消費しつづけ

「世の中」や「みんな」という幻に操られてる場合じゃない

 

 

 

わお!

大変、私の体重を500人のどこかの誰かが知るという事態

 

ここで、ブログを書きはじめた理由を書こうかと思います。

ほぼ毎日更新はや半年がすぎました。

 

私の好きな漫画家、百万さんがおっしゃるように

今では私も

「やりたいことある人もない人も全員ブログやればいいのに」

http://hyakumanga.com/15dec04/

そう本気で思っている。

 

私がSNSやブログで発信をはじめた理由は

いつまでも消費ばかりしてる自分に嫌気がさしたから。

 

私には親もいないし、

何か私の自由を奪うような人も居ないし

学生のころのように決まり事に縛られてもいない

 

めっちゃ自由なこの世界で

なぜ私は人様の用意したもので楽しむしか脳がないのか

もっと自由だったはずだ

もっとやりたいことがあったはずだ

何に遠慮しているんだろうか

 

このまま行くと

私は年とったとき

若い頃は〜なんとかかんとかと

思い出話をくり返し話すだけのおばあさんになってしまう

という危機感が急に湧いてきた

 

で、まず、身近な最初の変化はツムツムをやめたこと

今から約一年前、

私は子どもが寝てからの時間を

「家事」と「ツムツム」に費やしていた。

 

なんて暇人なんだろうか。

 

ツムツムっていうのは携帯ゲームのことなんだけど

なんの生産性もないただの暇つぶしです。

 

時間を無駄に消耗してるだけの自分に気付いてしまわぬよう

ふつうに日常を送っていたんだけど

やっぱりあの頃のような熱さが自分の中にない

 

いてもたってもいられない衝動

毎日毎日が楽しくて必死

食らいつくようにチャンスにとびつき

自分に夢中だったあのころ

 

まぁ、そこに戻りたいってころじゃなくて

とにかく今のこの過ごし方は

のちのち絶対後悔することだけはわかっていた

 

そして自分の性分もちゃんと知っていた

誰に何と言われようと

私は頑張っている自分が好きなんだ

もっと肩の力を抜けだの、頑張りすぎだの言われるけれどね

根っからのドMなので

自分を追い込むことが大好きなの

 

いや、ちょっと語弊がある

 

人はどこに喜びや快感を感じるかのゴール地点が様々だと思う。

すぐに手に入る快感は

「ツムツム」をしている時間

私はずっとずっと先の快感を知ってしまった人間だから

そこまで辿り着くためには目先の快感はいくらでも我慢できる

というか、そんなに快感を感じられない。

 

追い込んでいるように人からはうつるだろうけれど

そこ込みで大きな喜びなのです。

 

話しそれたけれども

 

消費していたくなくなった

発信者の側に行きたくなった

自分で楽しみを生み出したくなった

 

ブログやSNSをやってなにが変わるかなんてこれっぽちも

分からなかったんだけれども

「ネットって絶対にすごいよね!」

というアホな見解から邁進しただけです。

 

こんな素晴らしいことはない。

自分を広く知らしめるというよりかは

1億人もいれば私のやってることに

めっちゃ面白い!って賛同者が現れるに違いない

私はひとりではできることに限界があるから

相乗効果を生み出し大きなムーブメントをつくるのに

ネットって最適に決まってる!!!

 

ということで、

実際に発信している方にお会いしご教授いただき

youtubeやWordPressなんかをはじめたのです。

 

そして、たくさんの方とつながりを持って

一年前から比べると見えなかった世界が見えてほんと面白い

確実に言えるのは「ツムツム」より1000000倍楽しいということ。

 

そもそも思考や精神の中にはあった

「私中心に世界がまわってる感覚」を

実際に行動に起こしてみたという感じです。

 

想像できないとはじまらないけど

行動しないとないのと同じだから

あなたの発言は最初からなかったも同然。

 

もっといろんな人が発信できる世の中になればいいと思う。

そうすれば他者との違いにいちいち悩むことなんてなくなる

 

世の中には本当に変な人しか居ない

他者との違いがあることを当たり前だと思えない人とは

ほんと、私は付き合えなくなった

 

そして、自分と世の中とのズレも面白いと楽しめる余裕を手に入れることができた

 

さようなら、ふつうになりたかった私。

 

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