謝れない大人と空っぽの「すみません」ばかり言う大人

 

未だ、手間暇かけることが愛情の証って宗教のように信じていたり。それは長時間の残業がイコールいい仕事したって思い込んでいるのと似ている。

極端な自然派子育て。界面活性剤がどうちゃらこうちゃら、化学調味料がうんたらかんたらと嫌う人たち。

生産性や効率化とか、お金の話やテクノロジーの話も排他的である。そういったものに恐怖を抱き、変化を嫌う。

 

それってどうなんだろうか。

懐古主義で昔は良かったって昔の中に生きる。クレヨンしんちゃんの映画みたいだ。

 

保育園や小学校はまだまだコストカットできるはずなのに、手間をかけることが愛という解釈なのか、なんなのか…本当に今の時代の波に乗っかって生きているタイプの親からしたら、無駄ばかりでやってられない!と感じることばかり。

 

なのにも関わらず、大事な子供のケアというものはだいぶ置き去りに感じてしまう。基本的に何もかもがポーズなのだ。

子供なためという手作りの壁飾り。

子供のためという大人による喧嘩の仲裁。

本質はどこにあるんだろうか。見るべきものは本当にそこでやるべきこともそれでいいのだろうか。

 

教育機関や先生、保育士を責めているんじゃなくて、このシステムどう考えても時代遅れじゃない?って言いたい。先生や保育士がどれだけ大変な仕事か分かってるのか?と言われてしまいそうだが、それはかなりの的外れ。

 

誰の何のための仕事なのかって子供なのにも関わらず、当然のように子供の喧嘩に介入するのは、保護者の目を気にしているからでしかない。

モンスターペアレントと言われる人たちがいるのも知っているけど、そんな風に親がよく子供の話を聞くこともせずに相手の親にぺこぺこ口だけ謝る姿を子はどんな気持ちで見ていて、そしてそこから何を学ぶのか…そんなことは先生たちは考えないのかな。

 

何の目を恐れてるのか、親や先生がその目を恐れて翻弄されて生きている姿が子供にとっては一番の教科書になってしまっている。

 

口で何が良いことで悪いことなのかをいくら説いても、やはり大人のその背中から子供は一番学んでいる。とってもよく見ている。

 

ちゃんと謝らない大人が意外に多くて、先日もいい年したおばさんに「まず謝罪が先ではないんですか?」と話した。いつまでも自分にいかに非がないかばかり言い訳して、悪いのはウチのマネージャーだと。いや、知らんがなオタクの事情は、こっちはそちらから商品を購入しているお客でしかないんだから。

 

大人でも謝らない人が多い。

謝るべき時にちゃんと謝ること。

それから謝らなくていい時にペコペコ「すみません」とポーズで謝りすぎなこと。中身のないその謝罪が嫌いだ。

 

私に相手の親に謝れと言ってくる担任の先生もやたら「すみません」と言う。何が「すみません」なのか。頭をちゃんと使って言葉を話してほしい。

 

ウチの子供は国語が苦手だけども、テストで10点でもいいから、中身のある言葉を話せる人になってほしい。

 

頭も心もすっからかん。

ギュッギュッと中身を詰めるには、生きるって痛いのだ。

たらればばかり言ってる暇があったら今すぐ着手せよ

 

ダメだ…わかってるのに「たられば」ばかりで何も結局してない…なんてことになってない?

いつになったら動き出すのだ。

〇〇したら…とどんどん先送りにし、〇〇してれば…と過去ばかり嘆いて、結局あなたはいつを生きているのか。今だろ!

バッターボックスに立たずに、試合には出ず、ベンチからあーだこーだと言ってるだけ。いざとなったら闘えると思ってるでしょーけど、みんながすり傷作りながらも闘ってる間サボっていた代償は大きいよ。闘え!試合に出ろ!

 

とはいえ、今は動けるときではないのだよね。休むときなんだよね。あぁ、そうこうしてる間にあの子もその子もどんどん先に進んでいく。と、焦りも感じるよね。だからこそ、口をついて出る、「〇〇したら」という自分への誓いの言葉。

 

いいんだよ、そんな風に予防線張らなくても誰もあなたを見捨てない、見下さない、見限らない。それより何より、あなたがあなた自身を、「〇〇してなければ」「自分を認められない」「自分を許せない」「自分の価値を信じられない」ってことなんだよね。

 

そう思ってしまうのも分からなくもないけど、そんなに頑張りすぎなくてもいいんだよ。肩の力を抜いて、ゆっくり呼吸して、空を見上げて。笑って。

 

やるときはやるときで、やらないときはやらない。シンプルなことなんだ。〇〇したらやるなんて言わないで、やるかやらないかでいいんだよ。

 

闘うのかベンチで休むのかハッキリしろ。ハッキリと自分で納得しないといずれにしろ後悔するんだよ。

 

中途半端に「やれる私」を演出して自分の首を締めるのはサッサとやめてしまえ!たられば言ってるのが一番ダサいし、しんどいよ。

 

スッキリ、はっきり、つまりなく。

 

 

知らなかったから夢をみれた

 

知らなかったから夢をみれたのかもしれない

私は子供の頃から世界一のバレリーナになろうと夢見てきた。でも当時本物のバレエを見る機会はなく、私の子供の頃のバレリーナといえば、同じ教室のお姉さんたちだった。お姉さんたちのように上手になりたいと思っていたけれども、それは世界的な視野でいくと、お遊戯でとてもバレエと言えるものではなかった。けどもいい意味で井の中の蛙大海を知らずで、本気でなりたいなれる!!と信じ込んでいた。

 

20年前はyoutubeはなかった

当時、私が初めて本物のバレエを知ったのはNHKで放映されていたスイスのローザンヌ国際バレエコンクールの様子を見てだ。そもそもコンクールなんてものがあることも知らなかったし、ヴァリエーションってなんですか?レベルだったので、世界との差に驚き、自分がやっているのはバレエじゃないということを知った。

でも、日本人の私の3つ4つ上の人たちも出場していて、そして、入賞すれば海外のバレエ学校にタダで留学できるという道があることを知ったとき、もう今も忘れられないくらい胸が高鳴ったのを覚えている。しかし、待てよ?私とこの人たちとの差…あと3年で私はあそこに立っているだろうか。このままここにいていいのだろうか。

と、この瞬間から私は駆り立てられるように常に何かに追われるようにバレエのことしか考えられなくなった。繰り返し、ローザンヌコンクールを録画したビデオを擦り切れるくらいに何度も見て、振りを覚えて練習した。毎日悔しさで吐きそうになっていたから、人目とかどうでもよくて、どこでも踊っていた。家の廊下は絶対にピケターンかグランジュッテで。学校の廊下でも踊っていたし、掃除の時間も掃除をせずに踊っていた。登下校も一刻も無駄にできないと何かに取り憑かれていたのだと思う。

 

例えばどうだったのだろうか。youtubeで当時の私がもっとバレエ界の現実を早いうちから知っていたらどうなっていただろうか。心折れずにあのまま夢を見て目指せていたのだろうか。あまりの環境の格差に諦めていただろうか。それか、もっと可能性を広げる手を子供でも打つことができたのだろうか。

 

なんでも知りすぎて自分では何もできなくなっていく

先になんでも知ってしまうこと。どうしても知ることができてしまう。先に保険をかけ、予防線を張れてしまう。たくさんの可能性が目の前に見えすぎている。どっちがいいのかわからなくなる。ローザンヌの様子がfacebookでライブ配信されていることをつい先ほど知って、なんていい時代なのかと思った。私が子供の頃は新聞を取っていなかったので、いつNHKでローザンヌが放映されるかわからなかった。それに私は親に何か物申すことが怖くてできなかったので、ビデオでローザンヌを録画してほしいことさえお願いできなかった。だいたいいつ頃放映されているのか検討もつかず、なんとかして録画したビデオをゲットすべく相当四苦八苦していたのを覚えている。

ものすごく頭を使ってゲットして、家族がいない時はローザンヌを見ることだけが楽しみで楽しみで、私だけよく家に留守番させられていたのだけどもちっとも寂しくなんかなく、千載一遇のチャンスだとしか思っていなかった。

それが今は、ジャンジャン世界中の情報が簡単に見ることができる。それってものっすごく価値あることなんだけど、当たり前になっているのが不思議だ。今からバレリーナを目指す子供たちと、私とではまるで世界が違うのだろうなと思う。スクールに行かなければ、テクニックやパを知ることはできなかったけども、今はYouTubeで知れちゃうんだもんね。独学でできるできないというのは置いておいて。

どうなんだろうか。私には可能性がひろく広がっていた訳ではなく、これしかないって道しか見えていなかったので一極集中。迷いがなかった。できない、ない、が前提だから作る、生み出す、搾り取る、盗むということが当たり前の方法だった。欲しがらなければ与えられない。賭けていかなければ得られない。そんな感じだったので、目の前になんでもできるよ〜!っていう選択肢がいっぱいあるのはある意味で難しいことだと思ってしまった。

きっと今の時代には今の時代の良さがあるから、昔はよかったなんて言うつもりはサラサラないのだけれども。多分その人次第で、情報がこれだけ手に入ると言うことは、圧倒的な差が簡単に生まれやすいってことだよね。当時の貪欲な私がこれだけのツールを手にしていたら、どれだけ近道ができていただろうかとも思う。

 

言えるのはどの時代でも意志ありきだ。

私たちは元々依存しながら生きる人種なのではないか

 

日本とアメリカの性格の差とビジネスへの影響

私はアメリカ人の完全実力社会に憧れてた。コネとか権力とかそういったものでなく純粋なる実力だけの正々堂々とした社会の方が私自身は馴染みやすいのだろうなと。燃えるし、やり甲斐がある。潔くないのが嫌いなのだ。ガツガツ、バリバリ進んでいけるタイプなのだ。

それから、アメリカの個人主義な感じも好きだ。多民族国家で国としての歴史も浅く、日本のように土地に執着し根付くような性質はない。「私は私、あなたはあなた」といった感じで、たとえ親子であろうと個は依存せず自立している印象。生まれたての赤ちゃんでも一人ベッドで寝かせられる子育てから見ても、日本とは違う。親子川の字になって寝るなんて、アメリカ人には考えられないのだろう。

私はNYで公演がしたい。仕事をしてみたい。それはNYがエンタメの聖地であることと、実際にNYで踊ったり留学したり移住したりした人の話を聞いて、日本の舞台制作の仕組みとビジネスの仕方が全然違うことに興味を持ったからだ。

私の目的はもっと日本もアートやエンタメが普通の人にとっても今よりもっと身近なものになったらいい!と言うこと。

それは、単純にクオリティが低いこともある。でも、それって日本人のスキルが劣っているとか、クリエイティブでないとか解決しようもない話ではなくて、アメリカのアーティストやエンタテイナーを取り囲む仕組みがいいからなんじゃないかと思うようになったのだ。自分の持ち場に専念できる環境がアメリカにはあるけれども、日本って結構何でも屋さんになりがち。大した対価も得られず、義理と人情で譲り合ってやってしまうわけだ。

だから私はその日本の精神が嫌いだな、アメリカっていいなって憧れたのだ。

 

東洋人と西洋人

NYすごい!NYかっこいい!!NY絶対にいつか行きたい!!!

そう思い続けて早10年。

そして、ヨーロッパもバレエをやっていたので、国家公務員として重宝してもらえるその社会のアートへの寛容さが好き。

とにかく、「なんで日本は…」と私はいつも日本を嘆いていた。願って10年、実際にNYへ向けて動きだしたのが昨年の6月から。急に現実味を帯びていくNY。調べれば調べるほど、NYのことを考えれば考えるほど。ここへきて、日本の美しさや良さがぼんやりと見えだして、今に至っては東洋人としての誇りを感じるようになった。

当初持って行きたいと思っていた作品はNYリスペクトすぎて、日本人のレベルの低い私が果たしてNYで勝てるのか…みたいな変なコンプレックスが働いていた。ややNYに迎合する形についついなってしまう。ビックバンドに憧れたりして、でもね、なんやかんやと行けない時間、壁にぶち当たり続けるこの時間に考えが自然と反転した。

私たち東洋人、特に日本人は西洋に憧れすぎやしないか。デフォルトで何となく日本人よりも海外の方がすごい!と思いがち。かと思えば、日本人が自ら日本を誇るようなテレビ番組は多い。それって劣等感の裏返しなのでは。実際には日本が豊かだったのはとっくの昔の話で、今はもう先進国の中では色々と安い国になっている。なので、変なところに力が入っていて、ちょっとかっこ悪い。

もっと芯のところで自分に流れている血に誇りを持ってからNYに行きたいなと思うようになった。

 

夢を持て!目標を掲げろ!自分で考えろ!に疲れてしまったなら

日本人の劣等感。もともと、明治より前は「幸せ」「愛」「夢」「会社」そういった言葉はなかったらしい。福沢諭吉大先生が翻訳して作った言葉だったり、敗戦後GHQほ方針で日本は西洋化が進んだ。

欧米と言う言葉は実は日本しか使ってないらしく、しかも欧米なんてものは実際にはない。欧州と米国は全く違うもので、仕組みをツギハギのように日本は取り入れたのでその歪みが今の社会におきているのかもしれない。

田畑を耕し、村とか家族単位の小さなコミュニティで慎ましく生きてきた日本人。江戸時代でさえ、藩と言う規模で人と人は繋がっていた。確かに現代の人たちの多くの悩みは「幸せ」「愛」「夢」「会社」なのだ。血的にその考えが合わないんじゃないの???それは海外から輸入したものであり、持っている性質にはどうしても馴染まない…だから疲れてしまうのではないか。

もしかして、もっと大切にすべきことがあるのかな。そんな風に思うのだ。

私は今、近所のおじさんたちにキジをもらったり野菜をもらったり、そんな地域で暮らしている。もうじき、出産か〜なんて会話したり、挨拶したり、うちの子たちも困ったら隣のうちの人のとこに行ったり。日本人ってそう言うある意味依存し合いながら生きてきた人種なのかなって。

「生まれてきたからには何かを成し遂げるぜ!!!」

「主体的に生きろ!!!」みたいなそれができる精神がマッチョな人たちもいてもいいけど、日本の良さも捨てたもんじゃないって言うか。声が大きかったり、主張が上手なアメリカ人や日本人でも声の大きめな人たちの声にそこまで影響受けなくていいんだろうなと思うのだ。

その静けさの中に、東洋の美しさが光るって思う。

 

次にやりたい作品はそんなもの

東洋の光を表現したいなと。また、今の時代だからってところと。投げかけたいのは「幸せ」「愛」「夢」「会社」このあたりの成功とかより大切なものって何なんだろうってところ。

 

・舞台制作志望の方を探してます
早速2月から私の代わりに動いていただきたいです。未経験者でもやる気があれば採用させていただきたいです。長期のお仕事になりますが、その分ギャラも多くお渡しいたします。できればUzmeの専属で長くお付き合いいただけるような方を育てたいと思ってます。専属とはいえ、Uzmeが独占するわけではないので兼業などご自身の活動と自由に折り合いをつけていただいて構いません。NYの舞台制作を学びに行く時、私のみではなく一緒に学ぶ意欲がある方と実際に現場で触れて新しい道を開拓していってくれる人を探してます。自薦他薦問いません。

下記アドレスへのご連絡お待ちしてます。

uzme.thedancecompany@gmail.com (大瀧)

 

————————————–

朝活FBオンラインヨガクラス【月額300円】
dancer’s anatomy(プライベートレッスン)

大瀧冬佳FBメッセンジャー直通で予約できます。

—————————————

2018年4月以降の出演オファーお待ちしてます。
出演料はお気持ちで+東京からの交通費(と場所により宿泊費)のみでお受けさせていただきます。
・場所の指定特にございません(どこでも踊ります)
・特別な機材の準備もなしで大丈夫です
まずはお気軽にご相談ください。

——————————————————–

■大瀧冬佳監修 「カラダの教科書vol.1~2」販売中

        

・1冊 ¥3,160-.(税、送料込み)
・PDF版 ¥1,360-.(税込)

https://onlineballet.thebase.in/

大瀧冬佳 SNS

   

ダンスカンパニーUzme SNS

    

 

 

評論家になっている場合ではない

 

評論家になっている場合ではない

私、もうやめようと思うことがある。ブログやSNSなどでも日常でも、身の回りの事象についてそれを題材に自分はどう思うかどう考えるかを論じてしまう。そこまで口だけ人間でもないとは思っているが、これは癖になりやすい。自分の考えに賛同してくれる人がいてくれてしまったりすると、やはりどうしても気持ち良さを感じてしまい、自分に勘違いを起こしやすくなる。私は弱いからそういうのにとてもハマりやすいんだよね。

それは現役でいたいから。まだ止まりたくないから。

人のことをとやかく言えているうちはまだまだなんだよね。比較して考えることは大切というのも一理あるけれども、やはり、それよりも圧倒的な行動量には勝てないんだ。どんだけ考えても。

 

言うのはやめられても思ってしまうのはやめられない時

口を閉ざすだけじゃあんまり意味がない。それは思ったことを言わないってだけで、肚の中ではあいつはあーだこーだと結局視点は外を向いたまま。そう言う人たくさんいる。それは本質的には評論家と同じで、私がやめようと思っているよそ見をしないは全くもって解決できていない。

暇なんだよね。自分に飽きているんだよね。興味が自分から外れちゃっているんだよね。

 

もっと自分に興味を持てよ!!!

意図的に興味を持たざるを得ない環境を作っていく。

3月末にダンスの全国コンクールにエントリーすることにした。自分に手間暇かけてあげないとどうにも誤魔化しようもない場所に自分の身を置く。言い訳や嘘偽り、ハリボテ、誇張、そういったものが通用しないところに行こうと思った。フェアに向き合え!と落合さんが言っていたのでね。

余裕は大事だけど、暇はいらないと思うのだ。倦まず弛まず。

 

周りの人間も変わる

類は友を呼ぶと言うことで、まぁ、同じような人が集まる、結局は。居心地悪いなと感じるなら、自分が変わっていけばいいのだ。なんか面白くないなって思うのは、あなたがつまらん人間なんだ。あなたがどうでもいいことばかり話して、思って、感じて、考えて、見て、聞いている。それを変えていけば、周りも変わる。

自分の弱さに負けないこと

 

最後の最後、私を踏みとどまらせる何か

それは私にとっての美学。

世の中、正しくても美しくないものがあったり、万人が避けるようなやり方でも美しいものはある。

 

いいことをした人はシールがもらえる制度

小学校3年生の時に、「いいことをした人はシールがもらえる」という制度がクラスで始まった。帰りの会の時にみんな手をあげて今日自分がしたいいことを発表する。すると、先生からシールがもらえて、クラスメートの名前が書かれた大きな模造紙に、その横にシールが溜まっていくというものだ。その模造紙は教室の目立つところに掲示させていて、誰がいいことをたくさんしていて、誰がいいことを全くしていないか一目瞭然になる。

その制度が始まり、最初は乗り気でなかった生徒も、みんな、いいことを発表するのが当たり前になり、教室にゴミは落ちていないし、みんな率先して友達や先生の手助けをするようになった。しかし、意気揚々と手をあげて自分がしたいいことを発表するという行為が私にはどうしてもできなかった。

シールの枚数を稼ぐために、頼んでもいないのに物を持とうとしてきたり、教科書を忘れた子に誰が見せてあげるのかと争っていたりして、違和感でしかなかった。

私以外の生徒はシールが伸びていき、私だけがいつまでたってもシールが0枚のままだった。周りの友達からも言われるし、最終的に先生にみんなの前で問い詰められた。私は周囲からの刺さるような視線に泣きそうだったけれども、毅然と答えた。

「シールが欲しくていいことをするのはいいことだとは思いません。私にはできません。なら、悪い子でいいです。」

先生から親にも連絡が行き、私の学生時代は大人からしたら本当に厄介な子供だったのだと思う。

 

大人になった今でも、私は変わらない。

 

行動としては正しくても美しくない

私は「美しさ」が一番重要な人間なのだ。それは、どうしても曲げられない。小学校三年生の時の、たくさんの目が向けられ、先生にも「冬佳ちゃんは一度もいいことをしていないのかな?なんで手をあげられないのかな?」というたったそれだけの問いかけが、もう吊し上げられて拷問のように辛かったけど、それでも曲げられなかったくらいのこだわりなのだ。

形や表面や事象で私は物を見ていない。中身しか見えないから、そのいいと言われる行動に意味が見出せない。

 

しかし、裏返すとこうなる

よくグレなかったね。よく真っ直ぐ育ったね。そんな風に言われることが多い。

私自身もそう思う。

私、でも毎晩、この手で父を殺す夢を見ていた。実際にこの手で殺めても誰も私を責めることはできなかったと思う。そうでなくても、逃げたいな、やめたいな、消えたいな…そう思う瞬間はなんども訪れた。でも最後の最後で私を踏みとどまらせる言葉は「それって美しい?」ってことだった。

多分、この自問する言葉が「それって正しい?」では弱かった。正しさなんて結構脆いものなんだよね。コロコロ変わるものだし。

最後に私を引き止めるものは自分への誇りだったみたいだ。私は美しくありたい。お金はなく地を這いつくばって小銭を拾うような貧乏人に落ちても、アルバイトさえ採用してもらえないほどの社会的な信用度の低さに落ちていっても、それでも最後まで心だけは美しいままで、下等な人間に落ちていってしまいたくない。そこで踏ん張っていたところがある。

あいつと同じレベルの人間になってたまるかと、自分の弱さに負けないように、それだけだった。

 

美しさっていうのは、人間にとって結構重要なのかなと私は考える。人によってそれも変わるのかもしれないけれども。

 

腐木は柱と為すべからず卑人は主と為すべからず

 

なぜなら、徳のない品性の卑しい人は、困窮すると自暴自棄になってすっかり裏返っちゃうからね。

新年の目標や一年の振り返りって何のためにするの?

 

 

毎年、新年の目標立ててませんか?

今年の目標は達成しましたか。

私の2017年の目標5つのうち4つ達成しました。

  • 旗揚げ公演の成功
  • 子供を元気いっぱい健康に育てる
  • 何か一つ勝負に出る
  • NYにいく
  • 入籍、家族と楽しく過ごす

NYに行かなかったくらいだ。今年やり残したのは。

皆さんはどんな一年でしたか?ってこの時期よく聞くフレーズだ。私はもうちょっとなんかこの習慣を変えていきたいって思っている。

 

計画は一年スパンでいいのか??

私も何気にアラサー。結構生きているんだなぁと最近実感する。それはやはりティーネイジャーだった、踏み込めば踏み込んだだけエンジン全快で爆進できていた体や心や頭ではなくなっていることから感じるわけ。

いやいや、まだ20代で何言っちゃってんの!って思うでしょ。

私の17才の頃のスケジュールはこんな感じだから↓

バレエのレッスン代を稼ぎながら、稽古を毎日12時間以上していたので、文字通り寝食忘れてな生活だった。玄関に毛布をおいておいて靴も脱がずに倒れこむようにして玄関で寝てアラームなったらそのまま出発するようなそんな生活。稽古以外に時間と労力を費やさないように、極限まで無駄を省くという…。

二度とできないよね。やれない!それは、体力気力的にも、環境的にも。若さって素晴らしいよね。

けど、10代には10代の、20代には20代の、30代には30代の、40代には40代の…闘い方があるように思う。

 

20代までは(つまり今も)臨機応変に路線変更が割と可能。あ、間違った!と思ったらまだ修正可能なのだけども年齢がいくにつれ子供ができたり、適応能力が落ちてきたり、いろんな要素から10代〜20代に比べて迷走もしていられない感は出てくる。それは積み上げる時間に早めに費やしたほうがより遠くの目的地に到達できるってことでもあるし、物理的、現実的に自由が聞きにくくなる。特に女性は妊娠出産とかもうどうにも動けない時期ってのはあるから。

すると、去年までのようにざっくり10年を見通して、そして、毎年一年ごとの計画っていうやり方があまり合わない気がしてくる。逆に、ここまでやってきてみたからこそ、もう少し俯瞰して人生を見通せたり、予測する力が付いてきたからってのもあって、もっと長いスパンで計画を立ててみようと思う!!!

 

気持ち悪いくらい細かい計画を立てる

やるならとことんという意味です。

来年2018年なわけだけど、2068年までの計画を立てよう。

50年計画だ。

私にはもう子供がいて、計画立てるなら子育てと切っても切れない関係なので、家族の年齢も書いてみる。今の生活って100点満点中100点って思えるくらい満足している。だから何をこれ以上望むのかなって、こう見えて野望や欲があまりないのだ。やりたいことを書き出してみると、人の手垢のついた「〇〇に行ってみたい」といった類のものが多くなり、私が十代の頃に思い描いた世界一のバレリーナになりたいってほどの情熱はもう持ち合わせられない。なんだか、生命力が落ちたみたいでこれが老いかと感じる。

でもね、人生この先50年を明確にイメージしてみると、「こんなことしちゃいられない!」って気に案外なってくるものだ。50年後って、今、27才の私ですら、生きてるかどうか結構微妙な年齢である。

19才の時に人生50年計画を立てたことで有名なソフトバンクの経営者孫正義さんは、30数年で年商を8兆円にしている。それは孫さんが天才経営者だからでしょっていう言い分はおいておいて、50年あったらまだまだそれくらいのこと成し遂げられる可能性があるってことだ。

私はただ、ノートの1ページに2068年までの家族の年齢を書き出しただけで、すごく変化が起こった。今まで、頭の悪い残念めな40代以降の大人に物申したり、世の中に対しても割と怒ってきた。世の中の筋の通らないこと、理不尽なこと、どうしても気になっちゃていたのだけども…私の40代なんてたったの10数年で自分がなってしまう。

一秒たりとも他人にお節介焼いている場合じゃないんじゃね?あなた、自分の40代どうなるかも想像ついていないくせに、どこに向かっているかもわかっていないのに、人のこととやかく言っているよりも、他にもっとやることあるでしょーよ!って。それに今のあなたがあーだこーだ言っても何の力もないわい。

大好きな旦那は50年後、81才のおじいちゃんだ。子供達なんて、あと10年ちょっとで家を出てしまう。一緒にいる時間なんて案外とっても短い。

 

そう考えたら、私は欲望や野望ありきで目標を立てるっていうよりも、もっとこうしたい、こうなりたい、こうはなりたくない、これだけはやらないっていうのが、ドバドバ溢れてきた。

 

どんな未来が欲しいのか

 

【母として望まない未来】

  • 子供に寂しい思いをさせたくない
  • 子供の可能性を潰したくない
  • 自分で考えられない子供になってほしくない
  • 夢のない子供になってほしくない
  • 人の顔色を伺ってほしくない
  • 子供にあたりたくない
  • 命を守れないのは嫌
  • 過保護にはしたくない

【妻として望まない未来】

  • 愛されないのは嫌
  • 愛せないのも嫌
  • 尊敬できないのも嫌
  • 尊敬されないのも嫌
  • 助け合えないのは嫌
  • 言いたいことが言えないのは嫌
  • 一緒にいる時間が少ないのは嫌
  • 我慢ばかりさせてしまうのは嫌
  • 俺ばっかり、私ばっかりって想い合うのは嫌
  • 寂しいのは嫌
  • 不倫浮気したくない
  • 不倫浮気されたくない
  • 嘘つかれたくない
  • 嘘つくたくない

【社会人として望まない未来】

  • いつまでも助けられたばかりの自分
  • 求められない自分
  • 社会にとって害でしかない自分
  • 納税できない自分
  • その他大勢

【ダンサーとして望まない未来】

  • 口ばっかりで踊れないダンサー
  • 貧乏なダンサー
  • ダサいダンサー
  • 教えてばかりでステージに立たないダンサー
  • 自己満ダンサー
  • 集客できないダンサー
  • 人の心に何も残せないダンサー
  • 何も伝わらないダンサー
  • 何も表現できてないダンサー

【生活環境の望まない未来】

  • 家事は炊事以外したくない
  • 散らかった家は嫌
  • まずいご飯は食べたくない
  • 毎日のように電車で移動するのは嫌
  • 帰りが終電続きは嫌
  • 加工食品はなるべく食べたくない
  • 手作りのご飯が食べられないのは嫌
  • タバコやお酒で体を壊したくない
  • デブになりたくない
  • 肌荒れも嫌
  • 人に監視されたくない
  • 睡眠時間が少なすぎるのは嫌
  • 無理はしたくない
  • 月に15日以上働きたくない
  • 安っぽいダサい服は着たくない
  • 不潔は嫌
  • お金のことばかり考えたくない

【人間関係の望まない未来】

  • 嘘つかれたくない
  • 思い込みの激しい人と関わりたくない
  • 貧乏人に近づきたくない
  • 被害妄想の激しい人と関わりたくない
  • 口ばっかりの老害の話を聞きたくない
  • なめられたくない
  • バカにされたくない
  • 人をバカにしたくない
  • 尊敬できない人と一緒にいない
  • 褒められてばかりの環境にい続けたくない
  • 宗教やネットワークビジネスの勧誘を受けたくない
  • 時間を無駄に奪われたくない
  • 時間を無駄に奪いたくない
  • 愚痴や言い訳の多い人と一緒に過ごしたくない
  • 騙されたくない
  • 儲け話を聞きたくない
  • 疑いたくない
  • 自慢ばっかりする人の話を聞きたくない

 

って書き出し、その逆が可能になる未来を設定すればいい。

 

「最高!」の瞬間を共有すること

50年って上記のやりたくないこと全部やらない未来を想定して動いても、まだまだ欲張って叶いそうなのだ。何を実現させるのかっていうのは、道具であって、何を感じたくて、何を感じたくないかってところなのだと思う。

 

それから人が「最高!」って思う瞬間ってどんな時だと思う?

Twitterで「最高」で検索かけてみたら、

  • 仲間と興奮するひとときを共有した時
  • ライブ、公演、スポーツ観戦など

が圧倒的に多かった。家族や恋人、友人、仲間、多くの人と感情を共有できた時が人にとって「最高!生きててよかった!」を痛感する瞬間なのだ。だから、私の人生50年の計画はそこを軸に置いて生きたい。大切な人と素敵な感情を共有する時間を多く作ること。「最高!」という瞬間を多くの人にたくさん提供すること。家族、ファン、コミュニティ、ダンスカンパニー、会社、国、世界そうやって規模を大きくして、感動を共有できたら最高な人生だよね!!!

 

そのために、どんなサプライズがいいかな。どんな人生イベントを起こそうか!そうやって考えていくと人生はもっと豊かに面白くおくれるんじゃないかと思う。

 

 

つくづく「言うは易し」だと思った話

 

結構誰でもイイこと言ってるよね

ある日を境に、自己啓発本やそもそも小説を除いた、本というものに救いを求めなくなった。理由はどれもこれも似たようなことを書いてあるからで、結局は「やるしかない!」ってところに着地する。

いろんな人の意見がSNSなどネットを通せば簡単に読めるようになった。どれもなるほどなと頷く意見である。でも、20代前半のアルバイトをしている男性に子供のしつけについて語られても、それが非の打ち所のない正論であり理想だとしても、なんだか全く入ってこないし、言わんといて欲しい。…と、子育て歴半年になったひかるくんが言っていた。ひかるくんも子供と暮らす前は、世の中の親に対して、思うことは多かったみたいだ。俺なら、もっと自由にさせて子供を育てるのになとか、おおらかに構えられると思っていたらしいが、現実はかけ離れすぎて、自分でも毎日戸惑っているらしい。そんなうまいこと行かへん、だそうだ。何より、自分の感情をこんなにコントロールできないとは想定外だったみたい。

いや、本当にそうなんだ。

イイことって誰でも言える。でもそこに実体験が伴うとその言葉にグッと説得力や重みが増す。子育て論を例にあげたけれども、この子育てはやってみないとわからないことばかりの代表格だと私も思う。

 

論より証拠

私の一番好きな言葉だ。

子宮系女子卒業しますっていうブログを最近読んだけれども、ああ言った高額セミナーを売る系の商売や、ハリボテな自称カリスマになんでみんな騙されてしまうのか私には不思議でならない。

別にその人たちがどうなろうと私には関係ないしどうでもイイので論点はそこではなく…証拠があれなのになんで「そうだったらイイな」の論の方に簡単に逃げられるのかなって。

自己啓発本もセールストークなんかも分解してみるとそうなんだけど、「こうだったらイイと思わない?」「あなたは今それで満足なの?」「今が変わる時!」と言う誰でも言えて、対象も誰にも言える一般論しか並べてないんだよ。

科学的根拠とまでは言わないけれども、医療でよく使われるエビデンスってものが全くないんだよ。医療は、人の命に関わるから全てに根拠が必要。
「命、助かったらイイと思いません?」「今、手術すべきだと思いませんか?」なんてカンファレンス(患者にお医者様が説明してくれるやつ)聞いたことないじゃないですか。誰だった、命助かりたいじゃん。そんなことが知りたいんじゃなくて、本当に助かるのかと、その助かる方法はなんなのか、だよね?助かった人が実際にいルカいないかも重要。

 

論なんていくらでも仕入れてこられる。知りたいのは証拠、根拠。

 

何はともあれやっていく

それは私にももちろん該当する。

私はNYで公演がしたい。

「それは〜だからで、どうしても〜が必要だから。私たちだから〜できるし、〜なんです!!!」ってずっと熱く語り続け行動してきた。

 

でも全く手応えを感じない、あんまり結果がついてきてる感じがしない。

…あれ?これいつかの私もやっていたなぁ。

 

そう、一年半前、私は自分のダンスカンパニーを作って、私が自由に作った作品を上演したい!とそこら中で宣言し協力を仰いでいた。そして、ひたすら「団員募集」を言い続けた。みんな楽しみにしてる!応援してる!って言うは言ってくれていた。だから、最初はイケるって思っていた。でも実際には一人も仲間が集まらず、情報もお金も集まらなかった。物事は進展しなかった。

それがたった一つのアクションで一気に動き出したんだ。団員も、お金も何もないけれど、私の身一つしか資源はない中で、劇場を抑えて一人でもやろうと動き出したんだ。すると一気に13人の団員が集まった。たったの一日で。今までの1年間は一体なんだったのだろうと不思議に思った。

それと、今同じことだとやっと気がついた。NYで公演がしたい!っていくらそれっぽいもっともらしい動機を言っていても言っているだけじゃ人は動かないのだ。人が動かないってことは、物事も進展しないってこと。どんなに素晴らしい動機や想いでも、よーく見ると中身が(行動、証拠)伴っていないと周りの人間ってびっくりするくらいその人の想いには共感しても動かない。本当にみんな正直!笑

まぁ、やりたいことや目指す場所を公言して旗を掲げないと何事も始まらないので、それは無駄では全然ないんだけれども次のステップとして、コツコツとその人自身が何かアクションをわかりやすく行い出す必要があるよね。他力本願じゃダメで、あんた!あんたがやるんだよ!

と、言うわけで、英語で世界に向けて私のことを知ってもらい招致してもらえるようにブログを書き始めました。

http://fuyukaohtaki.com/category/to-the-world/

 

NYで公演がしたいの!だけじゃなくて、できることはやろう。私、行動していないわけじゃ全然なかったけれども、でもできることをやっていなかった。誰かが、どうにかしてくれるかもってそこまで本気で動いていなかったな〜と反省している。

いつだって、初心を忘れず、奢らずに、コツコツと私らしくやっていこう。やっぱりね、いくらNYに行きたいって10000語の言葉を並べていても、事実にはかなわないんだよね。そして、その事実と1万の言葉の両方を持っていたら最強だ。私がNYに呼ばれない理由がない。

 

 

大瀧冬佳プライベートレッスンの受付始めました。
※12・1月の予約申し込み受付してます!!!お日にちお時間ご希望にそえます。場所は東京都あきる野市内です。

はじめての方へ(プライベートレッスン)

・単発なら、1時間3,500円

・週一月4回なら、4回で10,000円

でお受けさせていただきます!(全て税込です)
内容はヨガときっかり限定しておらず、ヨガやバレエ、ピラティス、古武術、などなど混ざったものをプライベートレッスンなのでオーダーメイドでレッスン内容組み立てさせてもらってます!

目的に合わせて、リフレクソロジーやメディテーションやカウンセリングや座学なども人によっては相談して組みこまさせてもらってますm(_ _)m

初回申込フォーム→https://goo.gl/forms/OzlljhUwq0nUZjTe2

2回目以降のご予約→https://goo.gl/forms/x7ABpwfgoNmSgXOb2

【年末年始のレッスンご予約について】
12/30~1/8年末年始のおやすみいただきます。

【産休について】
2/2までレッスンのご予約承ります。
お産はいつ始まるかわからず、急遽中止になる可能性も1月後半以降なくはないことをご了承ください。


■大瀧冬佳監修 「カラダの教科書vol.1~2」販売中

・1冊 ¥3,160-.(税、送料込み)
・PDF版 ¥1,360-.(税込)

https://onlineballet.thebase.in/

解剖学の知識を実際にダンスに応用できるまで考えておられるすばらしい内容だと思いました。
また積極的に世に発信しておられる活動も素晴らしいと思いました。是非頑張ってください!(アレクサンダーテクニーク講師の方よりご感想)
他、ダンスカンパニーUzmeの旗揚げ公演「Mao」のオリジナルサウンドトラック全11曲を収録したアルバムも残りわずかですが販売しております。

朝活オンラインでヨガができます

こちらは参加費月額300円で毎日受け放題です!

運動難易度は妊婦でもできるレベルの易しめ

日頃の運動不足を解消したい人におすすめです。

また、朝早起きして体を動かし日の出の光を浴びると

一日とてもパワフルにおくれます!!!

エネルギッシュに毎日を過ごしたい人もぜひお気軽にご参加ください。

朝オンラインヨガ


■【大瀧冬佳*来年の公演予定】

2018年5月   大瀧冬佳ソロ公演開催予定(スタッフ募集中)
2018年6月末  UzmeArtFes開催予定(一般参加者募集中
2018年11月 東京公演開催予定

お問合せ、ご質問随時歓迎

 

(27歳が知っておくべき)余裕を醸し出す40歳が10年間していた3つのこと

 

  1. なりたい自分のイメージを明確にもつ

なりたい自分像、10年後の仕事の仕方、環境、付き合う人…そうしたものを今はできるかどうかは全く関係なく、まずは徹底的に想像すること。強く理想をもつこと。そしてさらにどうしてそれをしたいのか、なんでなりたいのか、なってどうするのか?というところまで意識が及んでいる方が多いように感じました。

 

2.地道にコツコツひたすら数稽古で下積みして土台を築く

これはわたしがかっこいいなと思う、余裕を醸し出している40代全ての方に共通してました。その間、周囲からの様々な反対意見や誘惑などが身に降りかかってくるそうですが、1のなりたいイメージを強く持ち未来の自分を信じ見据えることで、振り回されず一心不乱に下積みして土台を築いてきたそうです。

面倒臭い人間関係つまらぬ自意識、現在の残念な環境に嘆いたり、怯んだり、囚われている場合ではなく、当たり前の目の前のことをやり続けることがとっても重要です。10年間を振り返って、「あの経験が今の自分を支えている」と全員が口を揃えておっしゃっていたのには驚きました。

当たり前だけどもなかなかできないことです。でも、みんな、あのすごい人はもっと特別な方法ですごくなったんじゃないかと特効薬を求めます。そんなものはなく、どんな戦略や方法もコツコツと積み上げられたものには叶わないのです。

またもともと才能があったんじゃないか、運が良かったんじゃないかと思う人もいるでしょう。一朝一夕にすごい人になったわけではなく誰にも土台の時代がありました。

 

3.人生は一度きり!!楽しむ!!

最後に、これが結構重要です。「今日よりマシな明日」「今の最善を尽くす」「好きだから続けてこられた」などの言葉を締めに持ってくる方が多く、いつか死ぬ、一度きりの人生自分はどう生きたいのだろう?ってある程度社会に出て一段落経験した27歳〜30歳の人間は今過去未来と一瞬立ち返る時期なのかと思います。私の周りの30歳前後もそんな方が多いです。

理想と現実では途方もなくかけ離れていて、自分を信じきれない日もあるでしょう。

これに何の意味があるのかとすぐに出ない結果に、地道な努力なんて投げ出したくなる日もあるでしょう。

そこを超えるのは、何を成し遂げたかだけではなく周囲の支えや繋がりだったり、一度きりの人生で自分は何を残したいのか、どうしたいのか、何を感じたいのかってところなのかと思います。どうしても好きなこと、夢中になること、情熱なのかなって。生きる情熱を持っている。

 

なんだ、思ったよりふつうなことじゃないか!!!

ここまで意外にも誰でも知っている本当にベーシックなよく聞くことが共通点としてあげられました。私も何か、特別なことがあるんじゃないかと「あなたの27歳は何を考え何をしてましたか?」と質問を投げかけさせていただいたのですが、びっくりするくらい言い方悪いけど「ふつうなこと」でした。拍子抜けするくらい、当たり前に思いつくこと。誰でもよく言うこと。

ただし、その結果がその人の生き様、今現在の姿として、実証されているわけですからその説得力は半端ないです。

「みんな一緒!」と言う学生時代を経て、大学を卒業した段階から「異種格闘技戦」なんでもありの、何が勝ちか負けかもなく(学生時代は点数が勝ち負けだった)、レールもない場所に冒険に出ます。22~26歳までのおよそ4,5年で今までだいたい同じだった人の人生もどんな過ごし方か、何を考えているかで様々なバリエーションを持ち始めると思うんです。

そして27歳の私から見て、ここからの10年の過ごし方でさらに40代って恐ろしく大きな差が生まれるんだろうなって感じます。私には猛烈になりたい40代と猛烈になりたくない40代がいます。

好きなことを仕事にしていて、人生が楽しくて面白くて仕方がないんだろうなって言う40代になりたいです。尊敬でしかない考え方や行動、能力、を持っている40代と、今まで一体何をしていたの?生きていて恥ずかしくないの?って思ってしまう40代…その差はなんなんだろうって思ったんですよね。

それは意外にも当たり前のふつうのことでした。

裏を返せば27歳までバカやっていい

30代は無茶するなって意味ではないです。トップアスリートを別にして、27歳からその道の一流になることは難しくもなんともないと言うデータが取れました。今から大志を全然抱いていい!少年少女だけじゃない!27歳も抱けばいい!と言う朗報が入って参りました。むしろ抱くべき。だってまだまだ狙えるもん。超余裕です。それはたとえ、あなたがシングルマザーであって幼子を預ける先がなくとも夢は追えるんです。今、悲しくなるほどの年収で孤独であっても未来のあなたは豊かにだって全然なれます。

今リストラにあっても全然余裕。大人一人生きていけるだけの衣食住をギリギリ確保さえできればなんでもありだと思います。

それってつまり、ここまで何をしていてもいっくらでも潰しがきくじゃないか!って発見です。0から未経験全然OK。その道20年でプロです。

私は三人の息子を育てているのですが、例えば不登校になった、いじめにあった、引きこもりになった…どんな問題がこの先降りかかってくるかわからないんですけど、この事実を知ることでとってもゆったり構えられそうです。まだまだたくさんやってみたらいい。より多くのことを経験したらいい!って思えます。

私自身が雑草を食べて生きていた日もあるし、借金で首が回らなくなった時期も、隔離された経験が人生で2回もあったり、中卒ですし、ちょっと自分に発達障害の疑いもありますが、なんのハンデも感じません。

三人も子供がいるけれども大きな夢があります。大きく翼を広げてまだ空を飛ぼうと思っていい!って私は思います。

 

これから40代を迎える私たちだから言えること

今の40代とこれから40代になる私たちが大きく違うのは、「時代」

上記3つのことが普遍の原理だとしたら、先人の教えにならいつつ、私たちが新たに考えるべきことは時代が違うと言うことですね。今の40代の方を例にするとそれは「ネットの登場」と言う時代の変化を掴んでいたかが大きな鍵だったようです。コツコツと努力し、3つを同じように行なっていても、その中で結果に差はありました。時代を読んでいたかどうか、努力の方向性はとても重要。

で、私たちの時代は今から20年前よりももっと変化のスピードが速い時代なので、私は特に先見性と正確で最新の情報を速くつかむことを意識して行きたいです。情報を掴んでそれを自分のフィルターを通してしっかり考えること、その高速回転と、巻き込まれ飲まれないようなゆったりした構え、これが大事かなーと思っています。

 

でも、結局自分の答えが一番。どう生きるかやどうあるかに正解なんてないので、好きにしたらいいと思います。

 

 

今回ご協力いただいた素敵な40代の方々

・フォトグラファー白石隆一さん

サラリーマン時代の話ですが、
自分が会社に入った時に、40歳手前の主任の方が、上司や部下からも慕われ、あの人に任せておけば大丈夫。と言われていた人がいました。
その時、自分も、あの人のようになりたいな、と思いました。
その時からやっていたのは、常に10年後の自分の姿を念頭に入れながら、仕事をし、勉強もしてきたことです。
10年後の自分になるためには、何をすれば良いのか、ってことを考えてきました。
まあ、毎日考えていたわけでもなく、地道に現在の仕事をこなしていっただけですけどね。
ただ、そう思うことで、毎日のトラブルや人間関係など、眼中に無かったのは確かです。10年後に関係ないことは、基本的にスルーしてましたから。
収入は、毎年のベースアップ以上に増えましたよ。
お金の使い道は、家族もできましたので、家のローンと養育費に消えましたけどね。今から思えば、かなり贅沢な暮らしをしていたんだなって思います。

 

・ビーンズパソコンサポート代表 後藤成滋さん

自分にとって、27、8とは 20年前の事!
私の業界で言うと、windows98がでた頃。USBの出始め、自作パソコンのPentiumⅡ Clockが400Mhz越えた頃の時代!

その業界の最先端を、おっかけてたな!
子供は3歳と2歳の長男と次男の時代!
その時のベストを思って歩んでた!

メグの笑顔も忘れられない!
自分を応援してくれてたな
感謝!
自分も大事だし、じぶんを応援してくれる人達も感謝しながら、自分も応援してあげる って感じかな。

 

・ライター/カメラマン/編集 かさこさん

「16年前、高円寺の風呂なしアパートで本を出版したいと夢見てブログを毎日更新していた」

http://kasakoblog.exblog.jp/26216421/

 

今井杉子さん

27の時に子連れでフィリピンから帰ってきてシングルマザーになって大学院に社会人入学してもう一度勉強し直しました👍あそこで一度ブロックを積み直して築き直した土台の上に今は立てているのでそのチョイスは正しかったと思えるけど、当時は不安が大きかったなぁ。
あの頃描いていた未来を超えた、もっとしあわせな未来が今私の手の中にあるのはいつも悔いのない今を、最善を尽くしていたからだなぁ、なんて書きながら発見(笑)

 

・東洋医学系研究者/ダンサー/翻訳家 Minao Nanae Takinoharaさん

 研究者としてはアメリカで下積みやってました。翻訳は、今でもそれで仕事してるゲームシリーズの新作が出る度に、物凄い勢いで私家訳を作って友人たちと共有してるBBS(って言ってわかるかなぁ。ネット掲示板というか)に張り付けてました。
総じて寂しくて辛かったけど、ひたすら作業することで力をつけながら作業結果で周囲と繋がりながら、自分を救っていた感じかなぁ。
現時点でも大成功はしてなくて、それでお金貰って食べていけてるけど華々しくはないので、このまんまじゃヤバいなと思いつつ、ひとつのことに集中して生きるにはやりたいことが多すぎるので、一生“今日よりマシなことを達成できる明日”を目指しつつ頑張るんだろうなと思ってます。とはいえこの種の一生学生みたいな何かって贅沢な生き方ではあるので、最後までそれで通せるように資金のストックと生活に浪費をなくすことはしなくちゃと決めたところです。
・恋愛相談士 アモーレ石上さん
15才から合コン行っているから、その道29年(笑)。
・NY在住週末アーティスト Elissa Hishikawaさん
「己にチャレンジを課しない大人は化石になるのよ!」
https://www.elissah.com/blog/2017/12/8
・ダンサー/ダンススタジオ経営者/NPO法人日本ダンス振興会DANPARA 鈴木明美さん
 30年程、ダンスやフィットネス業界にいるし、スタジオも持っているのに、全くもって貧乏なので参考にはならないと思いますが。。
いや、どっちにしろこの業界で大金持ちの人は少ないですよね。
時間とお金ががあったら全てダンスに費やすし。

私が27才の時は広島にいて、『NYで暮らそう』と決心した年です。
NYに行けば何かあるんじゃないか?今のままでは腐る。
と、何の保証も当てもなく。

しかし、それを公表したとたん親友の大反対にあい、諦めて東京に来たのです。だけど当時の東京はバブルの余韻でギャランティが今の倍近くあり、平均月収38万。思えば一番稼いでいましたww

NYに行ってたらどうなってただろう?と考えますが、きっと今の自分と変わらないんじゃないかと思います。

持論としてですが、どこで何をしようが、その人の技量みたいなものがあって、結局そこに収まる。と思っています(^^)

誰も語らなかった思考停止という病

 

思考停止、あぁいるよね、そう言うヤバイやつ

と、思ったあなたが一番ヤバイ。なんて、ちょっとイラっとさせる文章から始めてみたわけだけども。あなたは、本当は、自分が無能だと気づくのが怖くないですか?それよりももっと怖いのはその真実を人に知られると思うといてもたってもいられなくなりませんか?そして、それを知った人たちが自分から離れて独りぼっちになってしまうなんて考えたくもないですよね?

うん、それが今、日本で一番大きなマーケットであり、消費社会でもっともターゲットにしやすい人たちだと私は思う。

「大きな」の具体的な意味とは

・簡単に

・誰でも

・すぐに(確実に)

大きなを具体的に言うとこんな感じ。

 

あれ?こんな感じのキャッチコピーを今日一日の中ですでに一度は見たり聞いたりしてないかな?だいたいその後に「得られるぞ」とつってある餌は「お金」「成功」「愛される」「モテる」「才能」「能力」「若さ」などではないだろうか。

Amazonの書籍売場をのぞいてみよう

そして、本のタイトルを解剖してみる。

簡単に枕詞と固有名詞に解剖してみることに。結論から言うと、「そこにその本のオリジナリティは一ミリもない」ことの方が多い。多くは上記に記した、大きな市場に則っているだけである。

 

枕詞一覧

  • ピンチをチャンスに変える〜
  • 人生を変える〜
  • 自分に革命をおこす〜
  • マンガで身につく〜
  • 一流をめざす〜
  • たった一言で人生が変わる〜
  • 自分でできる〜
  • すべてを可能にする〜
  • 人生と世界を変える〜
  • 〇〇医が教える〜
  • 一瞬で〜
  • 本当にやりたいことを見つけ行動するための〜
  • 人生を思い通りにする〜
  • 超一流はやっている〜
  • ○歳からの〜
  • 年収一千万稼ぐ大人になるための〜
  • ビジネスでスポーツで受験で成功してしまう脳をつくる〜
  • 〇〇大〇〇が教える〜
  • 自信がある人に変わる〜
  • あなたにも必ずある〜
  • 〇〇しない〜
  • ○日間で〜
  • 一日○分で〜
  • 望み通りの未来をつくる〜
  • 成功する人の〜
  • 拒絶される恐怖を克服するための〜
  • お金と人に愛される〜
  • あなたの潜在意識を100%引き出す〜
  • バカでもできる〜

固有名詞一覧

  • 成功法則
  • 運命法則
  • 引き寄せの法則
  • 黄金法則
  • メンタル術
  • 怒らない技術
  • 勉強法
  • 速読術
  • 失敗学
  • 質問力
  • 思考力
  • まねる力
  • イマジネーション力
  • 自問力
  • 自信のつくり方
  • 叱り方
  • モーニングメソッド
  • 5つの方法
  • 〇〇方法

などなどだ。

消費者として書店でいい本ないかな〜と探しているうちは何も違和感はないと思う。が、これらを一旦俯瞰してみてほしい。きっと本を買うときは「タイトル」「帯」「推薦人」「装丁」せいぜい「目次」と「数ページ」をペラペラと流し読みして購入するかどうかを決めるかと思う。このタイトルに惹かれる人ってどう言う人か考えるとすごく虚しい気持ちになって来ないだろうか。

現状の自分と人生に不満を持っているから、「人生を変える」と言うタイトルに惹かれるわけだ。自分は成功してないし、この人生は失敗だと思っているし、自信はないし、心はすぐ折れるし、人生が思い通りにいかないし、お金はないし、稼げないし、本当にやりたいことはできていないし、すべて不可能なことばっかりだし、自分に革命は起きないし、拒絶される恐怖に怯えているし、ダメな自分は救いを求めているし、バカだし、人生は大きく飛躍しないし、毎日うまくいかないし、お金にも人にも愛されないし…あぁ、無情….

 

辛すぎるだろう、悲しすぎるだろう…。

 

この後に続く固有名詞が真新しいものであればあるほど、それを提唱している人に権威や地位があればあるほど、その本は売れるのだ。最近よく目にするのは、「ハーバード大」「スタンフォード」とかこの辺りは引きの強い言葉なのだろう。東大名誉教授が教える〜とかあるじゃないですか。そして、よーく分析してみると、枕詞の後に続く言葉は大して大差ないんだよね。どれも似たり寄ったり。

その病に伏したままでいいのか

でも、待って!中身はあるのかな。ねーよ!断言できるけど、成功法則なんかどこを探してもありゃしない。あるとしたらあなたの次の一歩や次の一手だけだよ。だから、人生は面白いんじゃないか。本当に成功が欲しいのか。本当にお金が欲しいのか。本当は何が欲しいのか。それがわからない限り、思考停止のまま一生人生を変えたい病に伏すのではないだろうか。

冒頭に書いたように、あなたが「成功」や「お金」「若さ」「美貌」「名誉」「地位」「権力」「才能」を求める理由は何かと言うと、人が自分から離れていくのが怖いからである。この病を治す特効薬は、なくてもあなたは見捨てられないと気づく、または見捨てられても大丈夫だと知ることだ。

ビジネスの本質

悩みを解決するのがビジネスの本質であるとするなら、そんなもの次世代には残したくない。相手の悩み、つまり「あなたには〇〇がないですよね?ないとやばいですよ?」と言う不安と恐怖を浮き彫りにさせ、その悩みの本質は考えさせない、思考停止にさせるこのビジネスと言う存在。そうでないと、儲からないから、稼げないから。ビジネスをしかける人間もそれに釣られる人間もまた皆が思考停止と言う病に犯されている。言葉はどんどんと巧みになるばかりで、何も中身はなく、「コンテンツ、コンテンツ!」と言いつつ、何も入っていない包装だけ豪奢な商品やサービス。本当にそれでいいんですか?

数量限定、期間限定、などなどそれは客が決めることなのに、自ら希少価値があるように見せるセコさになぜ誰も気がつかないのか。病気になってるからだよね。考えることをやめてしまったんだよね。

本物を見極める目を養いたい

私はそれがビジネスの本質だと言うのならば、ビジネスなんてやらない。なぜなら、人にマイナスなんてないから。マイナスを補ってやろうなんて言う傲慢な気持ちを私には持てない。愛されないことなんてことはなく、どんな絶望にあったとしてもそれはマイナスではないと私なら断言してあげられる。私がやりたい、作りたい、提示したい平成生まれとしてのビジネスは、マイナスを補うビジネスではなく、プラスにプラスをかけるビジネスがしたい。でもね、こうとも言えるのだ。感情で一番強いエネルギーって実は怒りや悔しさなんだ。怒り×見返すと言うマイナスかけるマイナスも大きなプラスになったりするわけで、だから、ポジティブばかりが正解だとは言えないし、なんでもアリって言うのがイケていると思う。これはただの持論ですが。

こんな世の中と嘆くばかりはダサい。見る目を養っていきたい。頭を使っていきたい。そしてそれを下の世代である学生の皆さんに伝えたいと思う。

 
大瀧冬佳プライベートレッスンの受付始めました。
※12・1月の予約申し込み受付してます!!!お日にちお時間ご希望にそえます。場所は東京都あきる野市内です。

・単発なら、1時間3,500円

・週一月4回なら、4回で10,000円

でお受けさせていただきます!(全て税込です)
内容はヨガときっかり限定しておらず、ヨガやバレエ、ピラティス、古武術、などなど混ざったものをプライベートレッスンなのでオーダーメイドでレッスン内容組み立てさせてもらってます!

目的に合わせて、リフレクソロジーやメディテーションやカウンセリングや座学なども人によっては相談して組みこまさせてもらってますm(_ _)m

初回申込フォーム→https://goo.gl/forms/OzlljhUwq0nUZjTe2

2回目以降のご予約→https://goo.gl/forms/x7ABpwfgoNmSgXOb2

 


■大瀧冬佳監修 「カラダの教科書vol.1~2」販売中

・1冊 ¥3,160-.(税、送料込み)
・PDF版 ¥1,360-.(税込)

https://onlineballet.thebase.in/

解剖学の知識を実際にダンスに応用できるまで考えておられるすばらしい内容だと思いました。
また積極的に世に発信しておられる活動も素晴らしいと思いました。是非頑張ってください!(アレクサンダーテクニーク講師の方よりご感想)
他、ダンスカンパニーUzmeの旗揚げ公演「Mao」のオリジナルサウンドトラック全11曲を収録したアルバムも残りわずかですが販売しております。

朝活オンラインでヨガができます

こちらは参加費月額300円で毎日受け放題です!

運動難易度は妊婦でもできるレベルの易しめ

日頃の運動不足を解消したい人におすすめです。

また、朝早起きして体を動かし日の出の光を浴びると

一日とてもパワフルにおくれます!!!

エネルギッシュに毎日を過ごしたい人もぜひお気軽にご参加ください。

朝オンラインヨガ


■【大瀧冬佳*来年の公演予定】

2018年4月   大瀧冬佳ソロ公演開催予定(スタッフ募集中)
2018年6月末  UzmeArtFes開催予定(一般参加者募集中
2018年11月 NY単独公演開催予定
2018年12月 東京凱旋公演開催予定

お問合せ、ご質問随時歓迎