目標を掲げるタイプと目標がないタイプの人はタッグを組むといい

目標や夢を持たない人たち

私はこうしたタイプの人に結構な数お会いしている。これといって、目標や夢というものがない人たち。彼らにとっては生活や日常の平和が守られていればそれで十分で。特に目標や夢などを描いたり掲げたり、何かに果敢に挑んだりなどということはしない。というか、よくわからないし、あまりピンとこないといった人たちだ。

 

目標に向かってがむしゃらに行動できる人に憧れを持っている

自分はどうしてこう「意欲」とか「関心」とか「興味」といったものが薄いのだろうか。なぜあの人はあんなにも熱く生きられるのだろうか。ときっと彼らは悩んだこともあるだろう。何か一つのことに打ち込める情熱がない。夢中になるという経験をできるものならしてみたい。どこか冷めていて、我を忘れて没頭なんてできる気がしない。情熱的で、大きな目標を持てる人たちに憧れている。

 

目標がないタイプの強み

私の兄弟がまさにそれなのだけども、旗を掲げるタイプばかりだとその船内は衝突ばかりが起こる。実際に冷静に進路を決めたり、私たち「目標を掲げるタイプ」のロマンに溢れたうまくまとめきれない熱い想いを「じゃあ、実際にどうしたらいいの?」にうまく落とし込むことに「目標がないタイプ」の人たちはものすごく長けているのだ。サブ的なポジションがしっくりくる、と、きっとあなた自身も思っているはずだ。そういう自分の特性に早めに気づいて、この人のサブに入ってサポートしたい!と思える人に出会えるといい。

 

 

まとめ

なにせ、掲げるタイプは目立つ。が、実際にはよく見ると掲げるタイプがガンガンと目標を達成しているその陰には必ず優秀なサブが存在している。陰の立役者ってかっこいい。旗を掲げ続けることもそれは責任を全部背負って矢面に立ちリスクを背負いながら、意に介せずに理想を描けるハートと純粋な情熱の持ち主って意味では貴重な存在だが、掲げるだけでは何も成し得ないのだ。掲げないと始まらないので、二つのタイプがタッグを組むことがベストだ。

サブってめっちゃ大変。私はどちらもできるが圧倒的にトップに立つことの方が向いていると自分では思っている。しんどい、苦手だ、面白くないと思ったポジションは他の誰かの得意分野であるので、無理にやる必要はなく、さっさとその席はあけたほうが世のため、人のためだ。目標が描けないなら、無理にやりたいことを探さなくていい。やりたいことで溢れている人がいるので、その人に任せたらいいのだ。やりたいことはあれど、戦略やフォローが苦手ならそれも任せればいい。

 

私の場合、プライベートも仕事もそうした人たちにサポートしてもらって成り立っている。「冬佳さんってなんでもできるんですね」ってよく言われる。これは、得意なことしかやっていないってだけのことだ。私は努力や根性の人に見えて実は全然そうではない。苦手克服なんてする気はさらさらなく、すぐにやらなくていい方法を探す。主婦業も完璧にやっているようになぜか見られるが、私が好きな家事しかしていない。好きでこだわりを持って取り組めることをしている。つまり料理しかしていない。仕事もそんな感じで苦手だったり嫌いな仕事は全部やっていない。そうして、空席を作るから人が集まるのだと思っている。私に魅力を感じて集まってくれるのもそうだけれども、集まってもらっても持続してここに留まるには別の理由が必要になるのだ。それは「役割を担う」だとか「能力を発揮できる」ってことだと私は思っている。私は思いっきり強く大きく掲げるタイプな分、それ以外はほとんどやらないというかできなくてもいいかな〜くらいに思っている。

 

O脚姿勢講座
オンライン完結でなんと自宅にいながらにして、姿勢や美脚のレッスンが受けられます。今だけ、モニター価格でのご受講が可能です。

受講者様のお声
●他の色々な人を見て参考にはできるけれども個人指導的でもある、という環境は非常によいと思いました。実際に現場でレッスンを受けるのではない、ネット越しである、ということも、改めて自分で自分の身体について考えるには良かったと思います。あと、背骨リリースがものすごく効きました。首枕と、手でお尻を送って腰を伸ばすという過程を入れるだけで身体の感覚が全然変わり、そこから身体が変わり始めたように思います。色々とありがとうございました!

●O脚はもう改善しないと諦めていましたが、まだできることがあるのが嬉しく、続けていきたいと思います。相乗効果で歩き方などが改善し、とても嬉しいです。
身体の使い方のプロの方に骨の解説をしていただきながらのレッスンはわかりやすく、とても内容の濃いものでした。レッスンとレッスンの間にもメッセンジャーで質問に答えていただき、それをメンバーで共有できるシステムも良かったです。
事前案内も細やかで有り難かったです。
言葉にするのが難しい身体の動きに関する色んな質問に対して、冬佳さんが何とか伝えようと一所懸命答えてくださるのがとても好印象でした。素晴らしい講座でした。
どうもありがとうございました!

●やはりzoomはいいです。最初、人数が多いのかなと思いましたが、ふゆかさんが他の方の質問に答えている時、自主練が出来たり、自分の姿が映像として見えるのが良かった。
自分の体に関して「問題(原因)」を探すより、シンプルにやる事をやっていく…この事がすっごく納得です。
ものすごく参考になったし、同じく学んでいるメンバーがいたので、自分も頑張ろうというモチベーションが起こりました。
参加して良かったです。
モニター価格とはいえ、破格すぎだと思いました。
餅は餅屋ですね。
体にとことん向き合ってあるプロからの指導は心強かったです。
ありがとうございました。

●今まで内転筋をつかって、と言われてもどこにあるの。それ?みたいな気分だったのが始めて、いたいた、ここに!とわかったのがすごく嬉しかったです。
自分の重心のかけ方や足の疲れなどに対して、敏感になれたことが良かったです。

●反って張っていた腰が伸びました。あと、股関節が内旋気味で膝が内側に落ちていたのがまっすぐになりました。ちょうど数ヶ月引きずった腰痛の治療中で、身体の使い方を変えるべく色々やっていたので相乗効果もあると思うのですが、幼少時から悩んでいたX脚・内股がほとんどわからないまでに消失しました。

●オンライン朝ヨガも受講させていただいているのですが、身体の変化がはっきり出ました。よろよろ歩きだったのがまっすぐ歩けるようになって、お尻のほっぺ がこけたような「お年めした方」状態だったのが、明らかに変わりました。まだ垂れてますが、この動かし方をしていけばこの筋肉がしっかりして整うということも理解できたので、楽しみでしかありません。

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なかなか人との付き合いを切れない人

悪い人じゃないんだけどね〜とわざわざその人との繋がりを弁護するような言葉を吐いてしまう付き合いに意味があるのか考えたことはありますか。会えばどんな話をするのかほとんど予測できちゃう人とばかり会ってませんか。本当の本当の本当にその人といることが楽しいと思えていますか。そういう人との付き合いをやめることって考えられますか。

そう聞かれたら、少し考え込んでしまいますよね。

そして次には「でも」か「だって」が口をついて出てしまう。会うと過去の話しかできない人と会う時間を作ることは本当に互いのためなのであろうか。自分たちはいつの話をしているのか少し意識してみるといい。楽しいは楽しいんだけど…の「けど…」に続く違和感にちゃんと気が付いてあげることが大事だと思う。見なかったことにして「楽しい」と思い込もうとしている。ってことないですか。

そういう付き合いを断ち切れないのは、そんなことをしてしまったら自分に友達なんて一人もいないことに気づいてしまうから、できないのだ。互いにそういう結びつきで繋がっていることにうっすら気が付いているようで気がつかないフリをしている。それは実は自分も相手も大事にしていなくて雑に扱っているってことになる。付き合いをやめる、あなたといるのは本当の本当の本当は楽しくないからって。それって、人でなしみたいな、冷たい人に感じるだろうけども。孤独が怖くて楽しくもないのに繋ぎ止めているその付き合いの方が誠実ではなく、エゴの塊なのである。

馬の合う友達に出会えることは運任せ、奇跡的に、たまたま出会えるものという受け身の姿勢でいることが、こうした事態に陥る原因ではないだろうか。「出会いがない」なんてことはなく、たまたま居合わせた職場や学校の友達のみでなく、自ら繋がりを構築していくそんな友達があなたにはいるだろうか。あなたが選んで、そして相手にもあなたが選ばれて付き合っている友達を持つこと。また、そういう風に友達は作れると知ることで、なぁなぁな関係を断ち切れるようになるのだ。それから一人は孤独かもしれないけれど、孤立ではないと知ることも大事だと思う。

孤独を受け止めらるようになったところから本当に人付き合いが始まるのだと私は思う。

人は感動しないと動かない生き物だから自己紹介ではストーリーを織り交ぜる

 

自分のストーリーを大切に

新年度を迎えてまた新たな環境に身を置き、新しい人々に出会い、新しい生活が始まる人も多いだろう。自己紹介をする機会も増える。自己紹介が苦手な人もいるでしょう、私も自己紹介が苦手だった。

人の興味を惹きつける自己紹介には短くてもその人のストーリーが含まれている。あなたの名前、出身地や趣味を語る中に「どうしてそうなのか」「どういう経緯で」「どう感じているのか」などのストーリーが紹介されると人の印象に残り忘れられにくくなる。

ベタな少女漫画に学ぶ

昨日、漫画をみてて思ったのだ。ベタな少女漫画で、もはや酸いも甘いも経験してしまった私には高校生の恋愛模様をエンタメとして純粋に楽しめない。自動的に「学び」として読んでしまった。なんか地味目な冴えない女子がクラスで人気のある男子に好意を持たれるやつね。それでクラスで目立っている女子に嫉妬されていじわるされ仲が引き裂かれそうになるパターン。そうなった時、100%ちゃんとお互い伝えていれば引き裂かれないわけ。少女漫画は「ミスコミュニケーション」で成り立っているんだな!っていうのが今日の学びだ。

吹き出しでは「う、うん…大丈夫!」とか言っていながら、吹き出しじゃないところに「心配させたくない…私は大丈夫だけど、ちょっとさみしい…離れたくない」とかかいてある。っていうか、むしろ吹き出しじゃない方を絶対に伝えるべきなんだよ。何事もそうだと思っている。仕事でも恋愛でも、むしろ本音の方を伝えればリスク回避になる。

なぜなら人は感動して動く生き物だから

自己紹介をストーリーを混ぜて話すのも、吹き出しじゃない胸の内だけの本音で話すのも、人はやっぱり何を言ったって感動しないと動かない生き物だからだ。胸を打たねば動かない。上辺の耳障りのいい、いい子ちゃんな言葉では胸を打つことはできないのだ。あなたの心が動いた現実を伝えることで、人はそれに共感し動く。

もしあなたが主役の漫画があったなら

「私が漫画の主役だったら」と俯瞰しながら新しい環境に飛び込んでみよう。吹き出しじゃない方の言葉を紡いで、ストーリーを楽しんでいこう。

私は新しい環境って言っても、春に限らず常に変化の絶えない環境にいるので今に始まったことではないけれども。今年の春はワクワクする企画をいくつかスタートさせている!!一つはソロ公演。二つ目はNYプロジェクト。三つ目はオンライン講座。プライベートでは沼を作ったり、野菜を作ったり、壁を作ったり。劇的な何かを投入するなら、夏にコンクールに出てみるのもいいかなと考えている。

受け身ではなくて、自分で素敵な漫画を描いていこう。

 

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どんなことでもまずは面白がってみると割といい方向に転がっていく

 

そして面白がってくれる人といると人生は楽しい。

あなたに何か悩みがあるとする。それを誰かに打ち明け相談しようと思ったとき、実は相談する前からあの人なら大方こんな反応だろうなって予測ついてたりするよね?

ふと顔を思い浮かべて見て、あの人ならとりあえずふむふむと聞いてくれる人だなとか。あの人は論理的にメリットデメリットでアドバイスくれるだろうなとか。そして、頭から否定してくるなって最初からわかっちゃう人もいるよね。

あなたの悩みがあなたにとって重要で簡単に踏み込まれたくないものほどそういう人は避けると思う。その人が周りからどんなに良い人だって評判だとしても、あなたは結構正直に人を選んでるのではないか。

 

人は案外、あなたの一言や表情に敏感かもしれない。ふだんから愚痴や不満、噂話ばかりしてたり。返事がとりあえず否定から入ったり、口癖が「だって」とか「たら」「れば」な人は人や運を自ら遠ざけている。

陥りがちなのが、正しい話をするのはいいけど何かを否定してから始まる正論ばかり言う人も「あの人は何でも知ってる、賢く、正義感や責任感に溢れる人」て評されつつも人望は薄い人っているよね。正直、その正義感も正論もうぜぇなって思ったりする。もっと適当にふざけていきたい。

 

いつもニコニコして、「喜んで!」とすぐいい返事をしてくれたり。「面白そう!」って人の話に興味持って最後まで聞いてくれる人の方がどうしたって人も運も寄ってくる。

 

私は自分にピンチが訪れたときも、他の人がピンチに直面してもとりあえず「へぇー面白いじゃん!」って言ってから入ることにしてる。頭が「困った困った、最悪だ、終わった、無理だ」とその問題に入るのか。「面白いことになってきたな」と入るのか。その自ら作る先入観の差はその後の問題解決に非常に影響する。

あなたの価値観では理解しがたいことも、人も、世界観も。とりあえず「面白いね」って口に出してみるといい。その方が良い方向に事が運ぶ。運ってそういうことだと思ってる。

批評家とはあんまり私は一緒にいたくない。心が荒んでくるから。鋭い見方に勉強になることもあるけれど、同じように自分を監視するようになってしまうと自らリスクをとりにいけなくなってしまう。気付いたら、自分は安全の島から絶対出ないで、かっこわるい姿晒しながらも挑戦したら人を指差して笑ってるだけのダサい人間になってしまってたら悲惨すぎる。

私はリスクも面白がってとれる人に魅力を感じる。クローズドな感性よりオープンな感性を持っていきたい。

 

人は本当に窮地に追い込まれたときに本性が現れるんだよ。無一文になったときとか、天涯孤独になったときとか、すべてがダメになったとき。壊れて失われて奪われて裏切られたとき。良いときは人は良い人でいられるけど、最悪な日に自分を見失わずその状況を面白がれる人って強い。そういう人が人の痛みに寄り添える、真に強い人である。

 

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三年〇〇を続けるとどう頑張っても取り繕えないハリボテが出来上がる

 

楽な方に逃げたくなるときってよくある。例えば朝起きた瞬間からそれははじまる。

「あぁ、このまま寝てたいな〜」ってまどろみの中自分と葛藤する。でも!私はまた踊れる体になりたい。朝起きて体を動かすのを守ると自分と約束したのだ。習慣化のコツはイレギュラーのときにいかに自分のルーティンを守るかなんだ。

「昨日は〇〇があって疲れてるから今日だけ休もう」

「休むのも体のためになるだろうし」

とか布団の中で葛藤してるときにたくさんの言い訳が思い浮かぶ。でもそれを打ち消す。「お前がやると決めたんだろ!」って。

で、そうやって人間は楽な方に逃げがち。

そして逃げた分ちゃんと自分にすべて返ってくる。あぁあのときやっていれば…って思いたくないから、今やるのだ。

 

協会ビジネスの闇

もちろんすべてがそうってわけじゃない。でも傾向的に〇〇協会と聞いて、筋が通ってたものに出会うことが実に少ない。

最後はみんな自分が可愛くて、やっぱり楽して稼ぎたいだけのシステムだったんだなとがっかりする。カモがカモを量産して、いいときは可愛がってくれるけど都合が悪くなると使い捨てられる…そんな仕組みに見えて仕方ない。(そうじゃない協会ももちろんもちろんある…と二回目だけど書いておこう)

説明を受けたサービスがちゃんと受けられなくて困っている。さらには既読無視。そうしてお金だけとって逃げていく。使い捨てて次の顧客を捕まえてまた同じことを繰り返す。

最初の3年はそれで楽して売上をあげられるだろうけども、必ず終わりはあるよね。しっぺ返しがやってくるよ。嘘を一つつくと、その嘘を貫くためにさらに3つ嘘を上から重ねなきゃならない。

3年そんなことを続けたら、どう頑張ってももはや取り繕えないレベルのハリボテが出来上がる。

アリの穴ほどのほころびから、立派に積み上げた城も堕ちる。そんなような言葉がどの国の歴史を見ても残っているのに。明らかな穴ポコ作りまくって何がしたいのか。

 

基本的にそうして囲い込まないと人がついてこないような組織の世話になること(関わること)は人生の無駄だからやめようと思った。「楽ができるよ」という怠惰な心を刺激、または不安を煽るような煽情的な文句で集まった人たちに生産性はなく創造的でもない。

あえて極端に…ただでさえ私は蓄積の装置はもう使うことをやめて、創造の装置を使っていくことに移行しようと思ってる。

すべてはクォリティなんだと思い知らされる。どんどん自分をアップデートしていかなきゃね。

「私の客をとるな」なんてそんな滞ったことしてると廃れる。そんなら、客にマジックで名前でも書いておけば?

むしろどんどん周りの質の良いサービスや作品を紹介する。もっと素敵なことが広まるように教えてあげる。私のファンはあなたのファンにもなったらいいと思ってる。それが創造の装置だよ。

楽に逃げずに自分をアップデートし続けてたら、怖くないよ。いつか置いていかれる、廃れる、祇園精舎の鐘の声じゃないけど…おごってるから守りに入って停滞してしまうんだよね。

 

自分に正直に真っ当に生きてればいいんだよ。

おごらず、腐らず、逃げず、負けず、気張らず、焦らず、威張らず、怒らず…だよなぁと思う。

 

嘘つきは泥棒の始まりだよ、くそばかやろう。ぷんぷん!笑

 

まぁもういいさ、私が本物なら間違いない。

本当に賢い人は相手の言葉で語る

 

知能が違いすぎると話はほとんど通じていない

知能に差があると何をしてるのが楽しいことで辛いことなのかすら全く理解できないくらい異なる。頭のいい人と残念な人の間には大きな大きな溝があり「生きてる世界が違う」という表現がぴったりなほどに歩み寄れない。

これは良いとか悪いとかの話じゃなくて、そういう事実があるって話。

非難にもならない、本当に理解不能な世界なのだ。

 

残念な人は権力主義で頭のいい人は実力主義の中で生きているし、残念な人は知識の量を頭の良さだと思い、頭のいい人は推論する力を頭の良さだと思っている。残念な人は他人にどう思われるかによって人生が左右され、頭のいい人は自分が何をしないかによって人生を決める。

 

意味がなくてもお金や地位や名誉のために動けるのが残念な人で、お金が動いてもそこに意味がないと動けないのが頭のいい人。人生や仕事の喜びも上記に深く関連する。だから行動の動機や見ている先が全く違う。

一事が万事。

挙げればキリがないほどに、両者がそれぞれ認識する世界と絶対的な価値観に大きな隔たりがあるので互いを理解し合おうとするとフラストレーションがたまる。不毛。

 

そもそも「話し合ってわかり合う」は幻想だ。わかりあえたと思っているならば、それは相手が分からないように折れてくれてるだけだ。

と、距離をとるのがそこそこな人とそこそこ頭のいい人たち。

本当に賢い人は相手の言葉で話す

頭のいい人ができないことは残念な人の言葉で話すことだ。「本当に頭のいい人」はあんまり頭がよさそうに見えない。

あえてリテラシーを低く落とした話をしているからだ。自分が賢く見えることよりも相手を動かすことをあっさり優先できる人たちが本当に賢い人だ。

 

それに何より生きてる世界が違う人たちの脳みその中で話せるって相当頭がよくないと無理。まずもって「まさか」や「ありえない」や「絶対」「当たり前」は存在しないと思える柔らかさが必要。頭の柔らかさと心の柔らかさ。

 

自分の頭で考えず、相手の頭の中で相手の言葉で、自分の伝えたいことを話すってなんて高度なのだろう。

 

そこそこ頭のいい人にはそこそこ頭のいい人たちの好む言葉、好む価値観で。

残念な人には残念な人たちの好む言葉、好む価値観で。

そうして相手に合わせられ、かつそのように「合わせている」と悟られない人が本当に賢い人である。

 

見えてる姿が全てではないという当たり前の事実

あなたの前に映る相手の姿や見聞きする発言がその人そのものではないという当たり前のことを分かってない人は多い。

そう、この「当たり前」があなたには「当たり前」でないことまで含めて世の中のいろいろは発信されているのだ。

カリスマ的なリーダのいる組織が崩壊するよくある理由

 

No,2争い

カリスマ的なリーダーのいる組織が崩壊するよくある理由は「No,2争い」である。

そういった形の組織はNo,2選びには細心の注意を払った方が良い。

 

「自分が一番頼られている」

「リーダーの次に偉いのは自分だ」

「(あわよくばリーダーの座を狙いたい)」

カリスマリーダーの元には人が集まりやすい。が、こうした熱狂的なNo,2狙いの人間も寄せつけやすい。なぜか、こうした人たちは「他人をコントロールできる」と思っている。

カリスマリーダーは人を動かすのが得意だけれども、それは扇動しているわけじゃなく、ましてや支配・洗脳しているわけでもない。でも人はそのリーダーの話を聞き自ら動いてしまう。だからカリスマなのだ。

 

先導者と扇動者

皮肉なのだけど、チヤホヤされたい人間はチヤホヤされず、チヤホヤされるのが苦手な人間はチヤホヤされるという。

人を従えたい人には人は従わない。

リーダーには先導者と扇動者がいると思う。

 

人はどうしたら動くのか…「恐れ」「不安」「欲」を使って煽ることで人を動かすのか。

道を先導していくその姿に惹かれて人が動くのか。

 

カリスマと言われるリーダーって、先導者なことが多いなと思うのだ。先導者に見せかけた扇動者だった場合はそんなに長いこと続かないのと、付いていっている人間が次第についていけなくなるか、ついていかなくなるので長いこと見ていると分かりやすい。ついていく人間の原動力は恐れや不安、欲によるものなのでいつかは底をつくからだ。

 

先導者だったのに組織が崩壊することもよくある。それはリーダーが組織に頓着しなさすぎたことにより扇動者なNo,2に気づいたら荒らされていた場合。

これ、ほんとよくあるなーって思う。

 

リーダーの前でだけ態度が違う人には注意

リーダーの前ではいい顔しか見せない。気に入られようと必死な感じが伝わってきたら少し注意して観察した方がいい。

リーダー以外の組織の人間には偉そうな態度だったり、自分がいかにリーダーに信頼されているかとか、自分と周りとの待遇の差みたいのをつけだしたら…

容赦なく切るべき。組織のために。

 

そこで切ると言う判断をくだせないリーダーはリーダーの度量はない。むしろ、リーダーの大事な仕事ってそれなのではないかと思う。

 

No,2を狙うものが増えて争いだしたら、全員さよならだ。たとえ一人になっても。間引きだと思って。

 

なぜかというと

「人を従えたい」

「優位に立ちたい」

そういった感情を持ってる人はコミュニティにおいてガンなのだ。「悪い人じゃないんだけど」っていくらでも妥協したくなる余地があるけども、そこを断つのがリーダーの仕事。

 

人の上に立つことで、劣等感を埋めるような在り方は自立していない子ども大人のすることだ。他人はそのために存在しているんじゃないでしょ。助け合うため支え合うためなので、そもそもそれができない人が人をまとめるのは大事故になる。

 

みんなを事故に巻き込んでしまうその重大性をリーダーはよく認識すべきだ。断つことは怖い。嫌われるし、冷たい人間だと思われるかもしれない。でも、それをできるのはリーダーだけ。みんなを守れるのはリーダーだけだ。

 

性被害の告発はしなくてもいい、勇気を出すのはどっちだ

 

性被害告発の号砲がなる!?

いや、空耳だ!

性被害を実名で告発できる人はある条件が揃ったごくわずかな人たちだという認識がとても薄い気がする。

絶対条件の一つの「告発しても安全な環境にいること」だけでも確保されていないと二次三次被害と被害が拡大するだけ拡大して辛い目にあうのは被害者なので、それを強調していなと思って、ブログを書くことにした。最悪、人生が狂う。

 

告発内容自体を欲を満たすコンテンツとして消費されている

何も直接手を加えた加害者だけが加害者ではない。告発内容によっては、興味本位で心配を装って状況の詳細を聞いてくる人も少なくはない。

相手はいかにも変態そうなおじさんだけではなく、警察官や精神科医だったこともあった。

人の良さそうなおばさんも親切そうな顔して「話してごらん、楽になるよ」なんて言ってくれていたが、信じて話せば、裏では「あの子は気をつけた方がいいよ、店長ともできてるんじゃないかしら」なんて噂を流して私は消費されていた。

「一瞬でも気持ち良いと感じたことはありますか?」

と、警察官でも聞いてくる。父が私に近づかないよう接近禁止令を出すのに、3時間も今まで父から受けてきた性虐待の内容を警察に話して証明せねばならなかった。当時、私はまだ18や19才で泣きながら話した。精神科の心理カウンセリングでも同じように聞かれ、おかげで私は今までフタをしてきたトリガーが弾かれて解離性障害(多重人格)が発症してしまった。

気づいたら見知らぬ天井が見えて、見知らぬおばあさんに私のまつげを抜かれていた。払いのけようとしたけれども、全身が拘束されていたので、動けなかった。声が出なかった。

誰もきっと、自分が何をしているのかわかっていない。

小さな小さなほんの好奇心から、興味の対象として親切を装って、同情を示しながら近づいてくる。

告発することで、逆にさらなる被害を招くこともある。私は自ら性虐待を受けて育っていることを話すようになったのはここ1年でそれまでは誰にも話してこなかった。

 

祖母でさえ、実はちょっと面白がっていたと思う。ファンタジーの世界というか。

それでも勤め先に「冬佳さんは働いてますか」と非通知で電話がかかってくることもあったので、あらかじめその店の代表の人には訳を話していた。で、その事情を知っている人に襲われることは多かった。バイトをやめる一番多い理由はセクハラだった。

頭も軽い女だと、あいつは大丈夫だと、親もいないし、とそんな風に思われてしまう。それを周りに相談したところで、女性からはなぜか自慢だと思われる。だから、誰にも言わずにこの10年生き抜いてきた。

 

たまたま私のいた環境がど底辺だったので、こういう二次三次被害にまで発展したのかもしれないが。社会的に強い立場にいる女性よりも、声をあげても大して力もない弱い立場にいる人の方が被害にあいやすいのではないか。社会的に強い立場にいる女性に手を出せるのは、さらに強い立場にある男性だ。

 

告発はしなくていい

告発しないことが、私の答えだ。なんのためにするのだろうか。

1加害者へ社会的制裁を与える

2被害者が泣き寝いることのないように一人でも声を上げる例を作る

そんな正義感いらん。復讐や制裁で過去は癒されない。そして、加害者をどうにか変えようとか、私の人生には関係ない。社会をよくするというのなら、もっとこの方法は非常にリスクとコストがかかりすぎる。負担が大きく回収率が絶望的に低い。

「辛いのに話してくれてありがとうございます」じゃねーんだよ!って思うのだ。本心では楽しんでいるくせに。近親相姦って、実際あるんだ。多重人格って本当に人が変わるの?アダルトビデオの世界ですよね。無理やり犯すとか、自分はやらないにしても、本当にあるんだと怖いもの見たさでこっそりじっとり見てくるその視線が私には耐えられなかった。

加害者だけが加害者ではない。

 

幸せになろうよ

いや、もうさ、幸せになりましょうよ。

あなた、本当に大事にしてくれる精神的に成熟した男性に愛されてみなさいよ!

もうそれでいいやって思えるから。

 

自分を傷つけたあいつを野放しにしておくことが許せないですか?

さらなる被害者が増えるのを防ぎたいですか?

それなら、告発することでもなく、復讐するでもない方法があるはずだ。

それはあなたが幸せになること。

記憶から消えていくことだと私は思う。

 

私は莫大な資金を稼いで、根本的に社会を変えたいなって思います。機が熟すのを待っています。

 

最後に勇気を出すのはどっちだと問いたい

なぜ、加害者の声は一つも聞こえないんだろうか

「俺は、やってしまった」と声をあげて気持ち改めて生き直す、勇気を出すべきはあんたらだよ。

 

でないと、根本的に何が変わっているのかさっぱりわからない、集団で騒いだだけのただのお祭りで終わるんじゃないのか。

 

 


I want to dance in NY.
Be sure to watch this dance movie.

My facebook→Fuyuka ohtaki

(Please, give me a massage.)

 

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「悪い人じゃないんだけどね」って言葉が出てるならすでに潮時

 

誰に遠慮しているのか

もういい加減、遠慮するのはやめたいと思った。

最大出力で自分を生き抜くってやっぱり難しくないですか。ほんと、ちょっと気を抜くと、優しく綺麗な言葉で自分を取り繕って、泥臭く我武者羅に自分を貫くことに手を抜いてしまっている。

それはもうやめたい。

一体、私は誰に遠慮しているのだろうか。遠慮することによって誰が得するのだろうか。行きたい場所があなたにはあるんじゃないのか。誰に遠慮しているのだ。

 

自分を生きるとは極論「断つと決めること」である

自分を生きるって実際何のことかって、それは極論、断つことだ。

断ち切る、その判断に甘さが出てしまう。

先日、あざみっくすさんが「死ぬこと以外かすり傷ってみんな言うけど、じゃあ、これをやったら失明しますとか耳が聞こえなくなりますってことでもやるのかな?」的なことをつぶやいていた。それから、のんちゃんが「あと一日しか生きられないってなったらどうしますか?」と聞いてきた。

私はいずれも今と変わらないと思っている。

それくらいの気概で生きていたい、そう思っている。

 

「今日死ぬかもしれない」と言う感覚は私は常に背後にあり、それはどうしても、気づいたら忘れてしまうってことがない。それって悲しいことじゃないんだよ。だから、今を生きようって思える。だから生きていることを幸せに思える。

そこまでシビアにやることやらないことは決断できるのに、人が絡むと私は途端にその判断が狂ってしまう。

今更、人によく思われたいとか、嫌われたくないと思っているわけではなくて、この人にもいいところがあるはずだって思ってしまうし、変人狂人の耐性が強くなりすぎてしまって、異常な状態になっていても気付かないのだ。

私には私にとってもいいことをもたらしてくれる人と、私から奪うことしか考えていない落武者か妖怪みたいなとんでもない人が寄ってくる。近寄ってくる人の幅は我ながら極端だなとよく思う。

 

自分が我慢できるかどうかではなく、お互いに気持ちよくいられる関係の人以外は切っていこうと決めた。

 

「悪い人じゃないんだけどね」って言葉が出てるならすでに潮時

ここ!

私はここをボーダーラインに、人付き合いを変えていこうと思う。わかりやすく、もう線を引いてしまおう。

よくこのセリフ聞きませんか?

「悪い人じゃないんだけどね〜」って。それ、結構もう嫌いってことだよ。自分に言い聞かせているもん。本当は一緒になんていたくないけれども、いなきゃいけないから、いい面をみてどうにか自分の気持ちを落ち着かせようとしている。

または本当はクズ人間って思っているけど、それも大らかに受け止められる寛大で大人な私を演出したいだけの言葉だ。

 

もはや私には時間がない。生き急いでいるわけじゃなくてね。(もうこれ以上、流れの速い人生は結構!笑)

信じて騙されたり、裏切られたり、あれは一体何の時間だったのかと虚しく思いたくない。

人の弱さやズルさ、えげつなさ、がめつさ、脆さ、私の位置からはとてもよく見えてしまう。きっとすごく隠して生きているのだと思うし、誰でも弱さは持っている。なぜかその見られた仕打ちに後ろ足で砂かけて逃げていく人が多くて何だか虚しい気持ちになることも少なくはない。

ブロックして、私との接点を根絶させれば二度と会うこともないと、そうして簡単に抹消できるのが切ないなぁと思う。そんなことしても、消えないんだよ。きっとその後ろめたさから、真実を知る私の言動が一生気になって気になって囚われ続けるのだと思う。嘘はよくない。

もしこれを読んでいたら安心してほしい。私はあなたのやったこと言わないから大丈夫だよ。そんな暇じゃない。ただし二度と私の前に現れないでほしい。

 

私の中のメイちゃん

 

ホルモン、それはメイちゃん

生理前や更年期、妊娠出産と女性はホルモンのバランスが大きく変わることが何度もある。感情がコントロールできず、この世の終わりのように寂しくなったり、悲しくなったり、鬼婆のように苛立ちが止められなくなったり…すべてはホルモンの仕業!!!

 

「もっと私に構ってよ!」「もっと私を見てよ!」「もっと私を大切にしてよ!」と現実どうこう関係なしにわがままなもう一人の自分が暴走するわけ。

 

私はその子をとなりのトトロに出てくる「メイちゃん」だと思って可愛がることにしてみた。

 

「メイも!メイも!」と駄々っ子する私に対して、「じゅん、ばんー」というサツキちゃんのように。

 

無邪気でわがままな自分を受け止める

しっかりした女性、責任感のある真面目な女性、規律を守り大人な女性…でもみんな本当はあるときにはメイちゃんが誰の心の中にもいるのではないか。

 

お母さんだって、いい大人だって、たまには素の自分に戻って甘えたい。そこを一生懸命頑張りすぎるよりも時々メイちゃんを出してあげたほうがいいのかもしれないよ。

 

サツキちゃんになって、代わりに伝えてあげる

私も、長女だからか「しっかりしなさい!お姉ちゃんでしょ!」と言われて育ち、本当はポンコツで本当は甘えん坊で泣き虫だけどもそう見えないように一生懸命頑張るのが癖なところがある。

そんな私だけど、徐々に本来の自分らしさを前面に出して生きるようになったからか…そのままのしっかりなんて全然してない私がデフォルトになりつつある。

そして、この間はついに「人を感情で振り回す」という最もやっちゃダメなことと言われてきた、これをやらずにはいられない私が出てきた。

スーパー…じゃないか、トトロなら農道かな。どっちでもいいけど、農道の真ん中で「疲れた!歩けない!」と大の字になるレベルのわがままなメイちゃん。いつも面倒見てくれてるサツキちゃん…じゃないや、ひかるくんには申し訳ないけど嫉妬という感情が溢れて泣いてしまった。

行かないで欲しかった、寂しかった…どうした私!って自分でも戸惑うほどに涙が止まらなくなってしまって、ひかるくんの女友達に嫉妬したわけですが、私は今までかつて嫉妬という感情を味わったことがなかったので本当に自分でも困惑した。

そこには今は私だけを見て欲しいとか、妊娠して体型が変わり女としては見えない自分の自信のなさとか、動けないフラストレーションとか、出産を控える不安や恐怖とか…いろんな私らしくないけどそれも確実に私である感情が私の地下にきっと流れていてのことだと思う。

女性の中にメイちゃんがいるのは自然なことで、それを抑え込むことも我慢することも身体に良くないと思っている。ただし、道端で大の字になったまま暴走させておくのもまた違うと思う。「メイも!メイも!」って言って順番を守らないままOKさせてもらうことを周りに強要してたら、それってやばいじゃないですか。(やってみてもいいとは思うけど)

 

サツキちゃんになったつもりで、メイちゃんどうしちゃったのか、どこに折衷案出せるか聞いてあげて、それを周りに伝えないと、特に男の人って女のこういうところはまるで意味がわからないから、ポカーンとするだけだと思う。最終的にめんどくさいって思われるだけだ。

 

出産前後は女友達と遊びに行かないでくれ

私のメイちゃんの気持ちを汲んで私のサツキちゃんが代弁したことは「出産前後だけは女友達と遊びに行かないで欲しい」ということ。

どんなに好きあっていても、察してもらうのは無理。完全に分かり合うとか、以心伝心なんて幻想。スネてもめんどくさいだけ。同じ仕打ちを相手にも与えて嫉妬させようなんてもってのほか。

自分のどんな感情も一旦受け止めて、相手にわかりやすく伝えること。私も別にわざわざ言うようなことじゃない、くだらないって何度も言いかけてはあきらめて伝えられなかった。でも、そうしてこの小さいメイちゃんを蓄積させ続けてると、ずっーとこの先には「どうせ言ってもわかってもらえない」くらいの距離ができちゃう気がするんだ。で、実際1回目の結婚の失敗の原因はそこにあったんじゃないかって思う。

伝えることをあきらめちゃう。だって嫉妬してたとか、大人なのに女々しくて、こんなに大事にしてもらってるってわかってるのに疑うわけじゃないけど、執着したりなんてかっこ悪くて言いたくない。でも今はそばにいて欲しかったって私は泣いている。

それをちゃんと伝えればいいんだ。

今はどうしても不安になってしまうんだと伝えればいいんだ。そしてこれは出産前後だけで、それ以外の期間なら私は別に全然平気!イレギュラーなんだって言えばいい。

 

伝える難しさ

相手が彼氏や旦那、子供、親、兄弟、上司や部下、同僚、仲間、友達…いろいろあるけど、伝えるって本当に難しいけれど、伝わることが喜びだなと思う。

 

私はこれからもあきらめずに伝えていきたい。