なんだかんだ言ってキレイな人を選ぶ

 

 

人は無意識に顔で選んでいる

AさんとBさんがいて、キレイなAさんと、雰囲気なんとなく暗いBさんが同じ1万円のアクセサリーを売っていたら多分Aさんから買うんじゃないかと思う。さまざな職業があるけれども、顔、形の持って生まれた造形抜きにしてもキレイな人はいるもので、そちらに好感を抱き無意識にそちらの方が選ばれるのは致し方ないことなんだ。

やはり、私も最終決断を下す時、例えば「この人に大事な自分のチームに入ってもらって仕事を任せるかどうか」とか「この人を信用していいかどうか」「この人を切るかどうか」も究極、顔で決めている。損得勘定でこの人を入れたらこんなメリットがあるよね〜って言うのに流されそうになるけれども、でもやっぱり打算で決めたものは後になってしわ寄せがやってくる。顔から醸し出される輝きってどんなに隠しても輝きを放つし、逆に顔のくすみはどんなに塗りたくって、着飾ってデコレーションしてみても嘘はつけないものなんだ。心の鏡だと思う。誰もがそれを無意識に感じ取っているはずだ。ただ、打算に流されるかどうかだけ。

キレイにも色々あるが…

キレイと一口に言っても、その定義は難しい。

綺麗の意味は…

 色・形などが華やかな美しさをもっているさま。「―な花」「―に着飾る」

 姿・顔かたちが整っていて美しいさま。「―な脚」「―な女性」

 声などが快く聞こえるさま。「―な発音」

 よごれがなく清潔なさま。「手を―に洗う」「―な空気」「―な選挙」

 男女間に肉体的な交渉がないさま。清純。「―な関係」

 乱れたところがないさま。整然としているさま。「机の上を―に片づける」

 (「きれいに」の形で)残りなく物事が行われるさま。すっかり。「―に忘れる」「―にたいらげる」

美人の意味は…

 容姿の美しい女性。美女。

 容姿の美しい男子。

美しいの意味は…

 色・形・音などの調和がとれていて快く感じられるさま。人の心や態度の好ましく理想的であるさまにもいう。

 妻子など、肉親をいとしく思うさま。また、小さなものを可憐に思うさま。かわいい。いとしい。愛すべきである。

 りっぱである。見事だ。

 (連用形を副詞的に用いる)きれいさっぱりとしている。

綺麗な人とは「調和がとれている人」のことだった!?

さして容姿端麗に生まれなかったみなさんに朗報だ。どうやら、先天的な要素だけでなく、「調和がとれている」ということが美人に不可欠な要素であることが判明。

確かに、北川景子くらい美人でも文句や愚痴しか言わないでいつも精神が不安定で病的に痩せていたりしたら、美しいとは決して思えないだろう。それよか、美味しそうにご飯を食べて、ニコニコ笑って、精神が大人で安定して一緒にいて心地が良い普通の顔の人の方が遥かに美しく思える。

「健康」というだけで、かなり美人に近づくのではないかと。

ちなみに健康というのは、ただ「病気でない状態」や「弱っていない状態」のことを言うのではなくWHOによると「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と、思うよりハードルが高い。

健康はどうしたって日々の積み重ねからしか磨かれない

美しい人にはワケがあるな〜と近くで見ていると思う。周りを観察してみてほしい。肉体的にも精神的にも社会的にも満たされた状態にあるな〜って思える人ってどれくらいいるか。そして自分自身はどうなのか。そうした美人さんは、何と言うか一事が万事美しい。ブスは一事が万事ブス。普通の人は一事が万事普通。全ての行動や、その人の言葉、食べている物、振る舞い、態度、生活習慣、全部がやっぱり顔に繋がっているのが観察するとよく見えてくるはずだ。

だから、私は人に見られているかどうかって全く関係なくて、自分が美しくあることが自分にとっての譲れない美学だ。人に見られていなくても自分に恥ずかしくない行動を取りたい。なんかそこは自分の弱い心に負けたくないなって思って生きてきた。

日々の積み重ねなのでね、とりあえず明日は早起き頑張ろう。明日11/2から朝ヨガ始めます。

そろそろなんとかしなきゃ!この腹、この体力

 

一流に触れる前に「いまいち」とジャッジする人は三流

 

いつか行きたいところは計画を先に立ててしまう

やりたいことや、行きたいところなどの願望がある時はそれの具体的な計画を立てると結構な確率で実現する。行けるかどうかとか、やれるかどうかを思い悩むよりも、行くとしたら「いつ?」「どうやって?」「いくら?」「必要なものは?」「何は外せない?」「誰と?」なんてもう行くと決まった前提で計画を立ててしまおう。よく聞くことだけれども、「いつか行きたいな」「いつかやりたいな」の『いつか』はやってこないんだよね。現実的に今は無理な状況だよねってこと多いから、『いつか』と考えるんだと思う。でも、妄想はタダなので、考えてみたらいい。

 

突然ですがNYに行きたくないですか?

ニューヨーク??

旅行ってそこに何があるか、ある程度知っていないと行かないって不思議だ。知らないから行くのではなくて、あれがみたいから行くってのが面白い。私が言いたいのは、私も行ったことはないけれども一緒に世界最高のエンタメを観に行こうよ!ということだ。

 

一流に触れる前に判断するのはナンセンスだ

「あーそれ、微妙だったよ」「あんまり好きじゃないな」「それの何がいいの?」「あれはよくないよ」「とってもつまらないよ」と、何かに対してすぐに嫌いとジャッジするのは非常にもったいない。特に中途半端なレベルのものに触れ知っただけなのにそれを否定するのはちょっと恥ずかしい。

「あなたがそれを微妙だと思うのは一流に触れていないからだ」ということは多いと思う。私もやりがちだ。例えば野球はあんまり好きじゃない。でも大きなスタジアムでものすごいゲームを観戦したら一気に好きになるのだろう。うにが好きじゃない。でも北海道の新鮮なうにを食べたら好きになるかもしれない。

何事も極めれば一流だと思う。どんなにつまらなそうなことでも、向き合い方次第で面白くもつまらなくもなると思うのだ。

 

好きなもの、興味をそそるものが多い方が人生は楽しいはず

基本、否定から入る人って生きていて楽しいのかと聞いてみたくなる。(という否定w)とにかく、好きなものは多い方がいい。言い方変えれば、嫌いなものばかり、つまらないものばかりな人生は楽しいのかって話。

 

さて一流のエンタメやアートに触れてみよう!

めっちゃ遠回りな話をしてきたけれども着地点はここ。私がハマりにハマっている「舞台」というものをみなさんにも感じて欲しい。なのでね、ニューヨークのエンタメツアーを組むことにした。ダンスカンパニーUzmeの制作過程をみられて、それからエンタメの聖地と言われるニューヨークのアートを堪能して欲しい。日本でもいろんな舞台がたくさん上演されている。アートやエンタメって生活になくてはならないものではない。日本はこれだけ豊かなのにアート後進国なのだ。他の国の人がどれくらいアートに密着した日常を過ごしているのかとかを体感しに行くのもいい。

私自身も、世界一のバレリーナになろうと心に決めたきっかけはロシアの世界トップのバレリーナをみた時だった。やっぱり世界一に触れるのはいい。

ニューヨークツアーを組もう!!

来年2018年の11月に組むつもりで準備を進めている。前述したようにまず行く前提で計画を立てるのが大事!私たちは3日間4ステージの単独公演をするつもりだ。小屋入り、リハーサル等含めてNY到着からの5日間は自主公演に取り組み、終演後の10日間くらいをNYで何をするか夢を膨らましているところだ。

今って、手の平の中にニューヨークの事情も知った気になれるくらいの情報に簡単に触れられる。でもだからこそ、足使って自分の五感を使って吸収する自らが取りに行った情報の価値ってすごく高まっているんじゃないかと思う。私たちはなんでも知っているようで、何も知らない。体感でしか得られないものをぜひ取りに行きたい。

ここまでめっちゃNY押しで書いてきたけれども、私たちダンスカンパニーUzmeの公演も東京公演と同じ作品を上演しても、NYはNYで全く別のものになるはずだ。NYについたぜー!かましたるぜー!っていうUzmeが乗りに乗った舞台がどんなものかということもこのツアーに参加して、ぜひ体感しにきて欲しいなと思う。

参加してみたくなった方は…

私は来年2018年8月にクラウドファンディングをする予定だ。そのリターンが、公演の先行チケット購入窓口であり、ツアー申込窓口にできたらいいなと考えている。Uzmeの活動の支援もできて、なおかつ個人で行くよりずっとお得な価格プラス内容のツアー参加券というのが私の理想。なので、「いつか行きたいな」と少しでも思った方は、具体的な妄想を始めて欲しい。そして、来年8月までに20〜30万円ほどを用意し始め、来年11月初旬に10日ほど予定を空けることを計画すればほぼ行けると思う。来年の8月までと考えると…今からならまだ10ヶ月もある。単純に月に3万ずつ積立れば行けてしまう。3万円なんてあなたが高校生だとしても、時給1,000円のアルバイトを週二回4時間ずつ働けば稼げてしまう。と言った感じで具体的に行動に落とし込めば高校生でも行けちゃう。

大瀧冬佳の動向をおっていれば、そのうちうるさいくらいの告知が始まるだろう。

 

 

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ストレスを感じていることに麻痺してしまっている

よく言えば、ストレス耐性が強いということなので人間にとって必要なスキルだ。でも!!!もし、もっと高みを目指したいと思っていたり、目指せる余裕が生まれてきたのならば生活の質を向上していくのはとてもいいことだと思う。

 

脱・標準化計画→カスタマイズされた人生を

今、私のテーマは「脱・標準化」なのだ。人生は選択の連続。そして、今は来年からの10年間に向けての準備期間。過去の自分とは違う今の自分に設定を変更している。

 

 

まずこの「標準」の意味は…

・一般のあるべき姿を示すものとしてのあり方。

・判断のよりどころや行動の目安となるもの。

・平均的であること

似た言葉では、「常識」「一般」があるのだけどそれらもこんな意味だ。

・社会全体で共有する思い込み

つまり、自分が属する社会が変われば今のあなたが信じている常識なんて常識でなくなってしまうということだ。だから、海外旅行とかへいくと、価値観が変わったり、日本の常識は世界の常識出ないことに気がつく。そして、人生は選択の連続であるにも関わらず、その判断を自分ではなく社会に委ねてしまっているのは大問題でじゃないか!と思った次第。

 

マクロとミクロでものを考える

選択の基準を世間一般という物差しではなく、自分にカスタマイズし直そう!ということだけども。人生の選択と言われると、人生の大きな分かれ道、岐路、そういった一世一代の選択のように思うだろうし、それは誰が考えても大事だとわかるだろう。だけども、そうした選択と同じくらいに「パンツ一枚」の選択は重要なのだと私は考えた。マクロは大きな視野で、ミクロは接近した小さな見方…のような意味だと思うんだけども。つまり、「マクロ→人生、ミクロ→パンツ一枚」この両方向から考えてみたい。

 

早速の見直し

私がやってみた見直し方法を紹介する。

①毎日欠かさず一日一回は使うものをリストアップする

例)歯ブラシ、歯磨き粉、パンツ、下着、枕、敷布団、シーツ、枕カバー、スマホ、トイレ…といった感じで全部。

②二日に一回は使うものをリストアップする

例)箸、茶碗、パソコン….といった感じで全部。

③出かける日に欠かさず使うものをリストアップする

例)カバン、靴、洋服…

④出かける日、場合によっては使うもの(雨の日、寒い日、暑い日、遠出する日、近所に出かける日等)をリストアップする

例)傘、カッパ、長靴、手袋、マフラー、日傘、帽子…等

⑤季節商品をリストアップする

例)掛け布団、コート、靴下、ストーブ、こたつ、こたつ布団、カーペット…等

 

⑥使用時間をアイテムごとに算出する

年間でそのアイテムを何分使っているかをアイテムの隣に書き加えてみる。わからないものはとばして良い。

⑦現在実際に使っているアイテムに関して、デザイン性、機能性、使用感、など総合的な観点から今買い換えられるかどうかとか、買い換えるかどうかは別にして、不快指数を1〜10でアイテムごとにランク付けする。

 

ポイントはあなたの独断でOK!単純に満足しているかどうか。ストレスを感じていないかどうか。何となく気に入らないでもOK

 

↑こんな感じでリストアップ完了!!

 

 

ストレスを排除していく

リストアップすると、自分では気づいていなかったけれども、普段小さな我慢をたくさんしていたことに気がつく。それ一つ一つは取るに足らない大したことじゃないのかもしれないけど、私の場合「すごくお気に入り!」「快!」と思うアイテムを一つも使っていない。どこかに不満を持っている。物によっては、不便なもの、汚いもの、限界なものをだましだまし使っている。それら全てを今まではダンスに投下してきたからなのだ。服なんかどうでもいいから、その分、レッスン代に割きたいとか。ここ削って、その分子供達にご飯を食べさせなくてはとか。

 

一気に生活を変える必要はない。ハードルが高すぎてめげてしまう。小さくステップを刻んでいく方が、実際にはものや人は変わりやすいのだ。なので、私はこのリストから、「使用頻度と不快指数が高いもの順」に月にワンアイテムずつ自分の最高のお気に入りやこだわりを持って、選択していこうと思う。

 

こうして、見直したことで、私はどんだけ不快なものに囲まれて生きていたのかと初めて気がついた。もう私も気がつけばアラサー。思うよりも若くはなくなっていた。今までは多少の犠牲を払っても突進していけた。だけど、抱えるものや守るものも歳と共に増えて、経験値も増えて、冒険がしにくくなってきたのをさすがに感じている。それらを、ただただ悲観したり、根性ややる気といったもので解決しようとするのはちょっとしんどい。自分はダメだなって自信がなくなるだけのような気がする。

 

若い頃は持っていて、歳をとるに従いなくなるもの。若い頃は持っておらず、歳と共に増えていくもの。変えられるものと変えられないものがあるので、それを自分流にカスタマイズすることが大切。服はボロでも、よかった若い頃。でも今はそれより何より、健康が大事だったり。それで若い頃にはそんなこだわれるほどお金もなかった。でも今はある。大切なのは目を背けないこと。

 

17~27歳までの過去10年は「気合い、根性、やる気、気力、体力」でどうにかなったし若さがあったけれども、28~38歳の自分がこのままのギアで突き進めるわけがないんだよね。でもその代わり、「賢さ、経験値、家族、パートナー、仲間、資金」などといったものが10年前に比べたらあるわけで。38歳まで走れる装備に変えて、設定を変えて、新たな冒険に出たいところ。

 

結論「パンツ一枚」と「人生」は同じである。

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