解離性障害でよかったなと思うとき

 

私は18のときに解離性障害という、いわゆる多重人格が発症し精神科の閉鎖病棟に隔離入院させられたことがある。幼い頃から自分の意識が浮遊しやすく、どっか行っちゃうことはよくあったのだ。でも、それは不思議ちゃんな個性という認識でいた。

家庭が崩壊して、環境が過酷になるにつれ私の意識が飛ぶ頻度や飛んだときの自分と自分が離れてく感覚が強いものになっていった。その果てに気がついたら病院に入れられていた。

 

今は人格の解離はなくなり、当時は4人もの人が私の中にいたのだけど、みんな出てこなくなった。ほぼ完治しているが、今も人よりも自分の世界に閉じこもりやすいし、人の話や外部の音が耳に全く入ってきてないこともある。かと思えば、必要なものだけどんなに遠くにいたり、騒がしい場所でもキャッチする不思議な耳や目を私は持っている。

 

ストレスがかかる環境に自分をなるべく置かないようにしている。ストレス過多になると、飛びやすくなってしまうからだ。現実を生きているはずなのに、どこだかわからないけど自分の意識が三次元空間みたいなところから現実世界をフィルター一枚、膜越しに眺めているような感覚になってしまうから。

 

だから「今私はここにいる」と自分に強く強く強く言い聞かせないとどっかに飛んで行ってしまう気がするので、飛ばないように風船の紐をしっかりと持つようにしてる。

 

そんな風に自分というものをしっかりと自分が飼い慣らせば、ちょっとふつうと違うことも別に怖いことではない。

 

むしろ、いいこともある。舞台上にいる私、表現する私は、不思議な次元から自分を眺めたり、数人の自分を行ったり来たりしながら表現している。

 

表に現す、というか、表に現れるという感じ。演技ではなくて、ふだんは私の中に成りを潜めている何か達が表に現れるのだ。で、私自身は表にただただ現れるだけの何か達をコントロールするのが私の仕事だと思っている。

 

ただ現れるだけでは、エンターテイメントでもアートでもないと私は思うのですごく俯瞰した座標にいるもう一人の自分が操るようにそこから見ているっていうそんな私の世界です。

 

初めて言葉にしてみました。

私はまったくもって病んでいるわけではないので、ご心配無く。むしろ、世間様が病気というものを最も有効に使える仕事をしているなと自分自身は思ってます。

 

きっとこれは私の武器です。私という人間が表現者を続けていい理由かなと思ってます。

 

公演は7/7・8の2Days

17時開演の今回は2ステージのみ

お席は1ステージにつき立見席入れて100席までとなります。でも、私、初のソロ公演なので蓋を開けてみないとどれくらいの方が来てくださるか全くもって見当付かずです。だから、特に煽るようなことは言わないでおこう。

 

4年前まで現役で実際に稼働していたまだ油の香りが匂い立つ工場跡地を近未来空間に変えて、人の本当の価値を子どもたちに提示するような作品を上演します。

人の価値って考えたことありますか。あなたに価値ってありますか。みんな、自分の価値を真正面から問われることほど怖いことはないと思うんです。あなたの価値は能力ですか、その肉体ですか、富ですか。子どもたちにその答えを私は提示したいのです。

ここまで読んで怖いテイストの作品だろうと感じるのは、やはり、最後の最後にのこる真実を見るのがまだこわいってことなのではないですか。私はそれは完全なネタバレになりますが、答えはとても温かく優しく美しいものだと知っているので、観る人たちに「だから負けないで」と伝えたいのです。

それが私の使命です。