再現というよりもお告げ

靈というタイトルに変更した。より直接的なものに。

私のいろいろが割とキャパオーバーなんだ。困ったことに繋がってしまったからこれを表現するしかないわけだけど、今の私じゃ足りない。

まず、この一月で今までやってきた「表現」の概念が変わった。今まで私は23年間も表現をしてきたそれがひっくり返るという大事件。

表現って、(言い方難しいのだけど…)「仮の姿」というか、「創作物」というか、「極めて本物に近い真似事」という所詮娯楽の範疇から抜け出ないものだと私もどこかで思っていた。

(Maoをやったときに、あれ?私では全くないというその兆候はあった)

だから演る側としては動作の類で。BeではなくDo。演る、踊る、歌うという能動的なこととしか思ってなかったのだ。

だけどそれは表現の本質ではなかったんだなと。とても受動的なもの。自らが「しよう」と思ってやるものではなくて、自分は出力する媒体といった感じ。なので、ギリギリでそこに居るっていうのが表現かなと。

自分はパイプで、筒で、繋ぐもの。

 

そういうことがどういう経緯でわかったかというのを書いてみよう。

三番目の子を産んだときから、異様な哀しみがあった。それは私の哀しみではなくて、自然の哀しみだと感じた。もしくは未来の私。そして、未来の私というのは人間の私ではないはずで。個だけど全てでもある。

この潜在的に繋がってる意識はこのまま変わらず、目に見えるものは全体の1%なのにも関わらず、それしか信じられないことに哀しみを覚えて、今世は諦めて背を向けることにした。

けれど、生まれてくる命は尊く、振り返らずとも背を向けたまま待っているその優しさに涙がこぼれた。

今まで感じたことないもので、これって人間の「感情」というものとは全く別物だった。

なんだろう…感情って、脳からの化学物質で作られるものだけども。もっと深いところにあるそれこそ魂、靈を揺さぶって目覚めさせるのやらなきゃいけない、けど、マジか!って私思ってる笑

なので私は今から本番まで私というもののをシャットダウンさせなきゃ、たぶんできない。

過去ではなく未来の話だ。この公演は私なんかどうだってよくて、それよりあなた自身の話。私たち自身の話。啓示なのかな。よく何言ってるかわたしにもわからないから解読しようとするのはやめたのだ。ただそれを表現することに徹します。