自分が自分であるということ

中島みゆきの「宙船」ってめっちゃいい歌詞なの知ってる??

あれに「お前のオールを任せるなー!」って歌詞があるのだけども、これみんな本当、オールを他人に明け渡しすぎだ。私もやってしまう。意識を外じゃなくて自分の真ん中に集めるのはとっても大事なことだ。

他人とか、お金とか、時間とか、いろんなものに自分を明け渡しすぎていて。それらを、皆やむを得ない事情と、何か小さなアクションひとつ起こしもせずにただただ受け入れちゃうんだ。自分の舵を自分以外のものに任せて、なんで自分を蚊帳の外に放り出しちゃっているの!!!って感じ。当然、寂しいとか悲しいとか不満とか不安とかそういう気持ちになるよね。

おかしいよね??人に気を使って譲ったり飲んだはずなのに、なんであなたの心の中は不満でいっぱいなの??さらに譲ってあげた相手には輪かけて文句言われた日にゃ〜どうしたらいいの私!!!みたいに内心ブチギレてたりしないか。

たとえば、オールを渡しちゃいがちなもの…「お金」「親」「子供」「夫」「妻」「時間」「相場」「みんな」たとえば、自分の願望「あいつわがままなんだよね」って影で言われたら嫌。そうして、あなたの本当はこうしたいっていう願望を引っ込める。その時、オールを持っているのは「みんな」なんだよね。あなたじゃなくて。

「小さなアクションひとつ」でいいんだから。自分にちゃんとオールを持たせてあげて、それで「小さなアクションひとつ」やるかやらないかで全然違うのだ、意識が。自分が全く中心にいない空っぽの自分になってしまう。

その願望が叶うかどうかなんてことは、ただの物質という視点で見たときの現象でしかないんだ。大事なのは目に見えないもので、私はそのとき自分のエネルギーを引っ込めてしまったその自分を深刻に思ってしまう。現象はいずれ起こるのだから、期待せずに忘れておけばいいのだ。それよりも敏感になるべきは、自分の意識。どっちを向いているか、誰が(もしくは何が)あなたのオールを持っているのか。

いろんなもので自分って満たすことができると思うが、一番満ちるのは、自分が自分に還れたときなのだ。自分にオールを手渡せたとき。

 

私はピンとチケット代3,500円じゃなくて、35,000円がいいと降ってきた。人間の言葉言うと、「思った」なんだけど、そのときは本当に空から降ってきた、もしくは地中からムクムク湧いてきた。オールを「みんな」や「いつもお世話になっているあの人」に渡していた私は「え、それ、高すぎない??そんな価値あるの??」「調子に乗りすぎじゃない?」って話になり、え、じゃあ、5,000円くらいにしようかな?これならギリギリきてくれるかな….ってぶれぶれになるのだ。

え、違うよね。これ誰のなんのためにどうして公演なんてやっているの??なんで大瀧冬佳がやっているの??「相場」にオールを持たせていていいの??私がこれだけの価値感じてくれる人にだけ見て欲しい。金額の高い安いで金の亡者的な話じゃ全然ないのだ。

え、それ!?って言うところを攻めていける自分でいたいのだ。予想を上回る大瀧冬佳が私は好きだから、35,000円ってめちゃめちゃワクワクするし楽しいのだ。私、外食一回分の価値でなく、1泊二日の旅行分の価値を提供する舞台を作っているし。

あ、そんなことはどうでもいいの。(↑これは人間らしいいい子ちゃんぶった回答をしたときの答え)ここまで書いておいてなんだけども、自分の気持ちの揺らめき。どれだけ心が振動しているかが大事。それから耳を澄ませば、波ひとつ立たない静けさ、ですよねそうですよねの範疇から脱した、ざわめきが周囲から聞こえる。今はまだザワザワしている、「え?どう言うこと?!」「それでこれからどうなるんだろう」って。

これがね、私が自分の振動数をもっともっと自分の内側に入り込んでいって集中したとき現象が後から遅れて現れる。そのとき石ひとつ投げられてゆらゆら騒めいていた周りのみんなは、私に振動数を合わせだし、共振や共鳴が起こる。次第にその共振が共振を呼び、大きな大きな波紋が生まれるのだ。それが舞台だよ!!!だから人生が変わる舞台なのだ。ステージが変わるの。造波プールに入って揺れないでいるなんて無理でしょ??

なので、まずは他人にもお金にも時間にも自分のオールを渡すことなく、自分に繋がっていられるようにしたらいい。

2018年7月7・8日 大瀧冬佳ソロ公演予告