小1男児に学ぶ自由と責任

 

 

ずっと自分の弱さと闘っている

失敗しても恥かいても

次気をつければ良い

次どうしたらいいか考えてやってみること

 

そんなことが小さい頃から大人になってもそれは変わりなくつづくのだなーと思った話

 

今春、小1になったばかりの我が子

保育園の先生と小学校の先生では優しさが全く違う

泣いていれば「どうしたの?〇〇ちゃん?」と

目の高さを同じにして話を聞きにきてくれる保育園の先生とは違い、

 

小学校の先生は一人の人間として接することに

我が子は少々の戸惑いを感じている

 

ある日、忘れ物をしてしまった

それが我が子にとっては

酷く辛い恥だったようで

次の日の朝なかなか起きてこなかった

布団にくるまって出てこない

 

おかげで登校時間をすぎてしまった

「遅刻していくくらいなら休みたい」

そう言う小一の子供の言葉に

以前のバイト先の後輩の欠勤理由を思い出してクスリと笑えてしまった

 

「起きたら出勤時間を過ぎていて、今から行くと怒られる。気まずい思いをするくらいなら休みたい」

そうして休んだ、次の出勤日も彼は来なかった。

 

私は子供に嫌な思いしてまで

無理やり学校に行け!とは言わない

けど、こういった自分からの逃げは許さない

 

行きたくないから行かない

恥ずかしい思いをしたくないから行かない

ふざけるなと思う

 

ママが納得する理由を話してくれないと認められない

 

忘れ物をしないためにどうしたらいいか?

遅刻しないためにどうしたらいいか?

恥ずかしい思いをしないためにどうしたらいいか?

できる努力を一つもしないで

「行きたくない」は

そうは問屋が卸さないってもんですよ

 

世の中には変えられることと

変えられないことがあって

その見極めをする賢い目と頭を持って欲しい

 

こうした小さいことから

練習が始まっているんだなーと

私も子育てをしながら

自身を省みたり考えさせられる

 

大人になったら自由に生きられる訳ではないのだなと大人になって知った

 

大人になっても不自由な人は多い

昨今やりたいことをやってみたらいい!という風潮があり、自由にやりたいことを好き放題やる人も多いが、自由と責任はセットだと思う

 

自由にやってくれるのは大いに構わないが

「気が乗らないからキャンセルで」とか

「重要な仕事が入ったからなしで」とか

そういう方には

「わかりましたー!」と言って

二度と関わらないし頼めない

 

彼らは己の責任を伴わない自由のおかげで自らの自由の範囲を着々と狭めている

 

我が子には学校は絶対に行かなきゃいけないとは言わないし、思っていないけど

 

ただのワガママでは休ませたくない

そう、自由とワガママを履き違えちゃならないし、ワガママを社会で通すよりも自由を通した方が圧倒的に面白いしできることもドンドン増えていくのだ。

 

ワガママは先は行き止まり

自由は可能性を秘めている

 

だから、その違いを子供に示していきたいなと今朝思った

 

最終的に親はいなくなるし

自分の人生どんな選択をしようが最終責任者は自分なんだってことを覚えておいてほしい

 

この先小さなことから大きなことまでたくさんの分かれ道がある。

「あーこのまま休んじゃおうかな」とするのか

「嫌だけど明日の自分のためにも行こうかな」とするのか

はたまた仕事を辞めて起業する!とか

新たに夢を追うことにする!とか

どんな選択をしようが

いろんな人がいろんなことを言う

そうした時に誰が最後責任取ってくれるかを考えるといい

 

その道を選ばなかった後悔はあなたしかしない

その道を選んだ喜びもあなたが味わうもの

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