無理が通れば道理ひっこむ、無理を通す人への対処法

 

 

無理が通れば道理がひっこむ

という諺があって

 

でもこれってマジなんだなと

そういう無理を押し通してくる人

で、こちらをもういいよご自由にどうぞと

疲れさせ降参させることが目的な人たち

 

とにかくその場

こちらを折れさせて降伏させること

勝つこと

そのためには人として大人としてどうなの?

全然筋が通ってないけど!

みたいなことも平気で押し進めてくる人たち

この人たちは自分の弱さを直視できないわけだ

キャンキャン吠えていないと自分が守られないと思っている

 

つまり本当に力を持っている人が

(言い方が難しいけれども、強い弱いっていうか、肝が座っていて器の大きい人)

本気で怖いんだろうなと思うんです

 

そういう非生産なことが

本当にアホらしい

どうだってよくないか

弱かろうが、強かろうが

力を持っていようがいまいが

誰からも認められなかろうが認められようが

どっちだっていいじゃないか

 

不毛だ

 

 

そういう人に対してしまうと

一刻も早く

その人の目的を共に達成して

おさらばしたくなる

できる限り接点を断ち切りたくなる

 

辛いのだ

 

 

UzmeのMaoを初志貫徹するにあたり

無理や無茶を何が何でも通してくる人に

たくさん出くわした

やることが大きければ大きいほど

そういうことが起きるのは致し方ないのかもしれない

 

私のことが眩しいという人がいるけれども

私は私でたくさんの代償を払ってきた

 

無理や無茶を通すためには

非人道的なことを要求してくる訳で

そこを一時的に飲まなければ先に進めないような

そんな選択肢を与えられる

 

それを聞いて私から離れていく人もいて

直接の自分で見て聞いた話ではなく

私そのものではなく

そちらに流されていく人と

ちゃんと私を信用してくれている人との

いいフルイだったなと今になってみれば思う

 

どんなに無理や無茶を突きつけられても

戦う必要はない

 

鋭い刃をこちらに突きつけてきても

私は守らず無防備に刺さりにいく

刺してもいいよ

それで気がすむのならば

 

その刃をもつ人間の中には

赤ちゃんのような小さな小さな人がいて

震えながらこちらを睨んでいる

怯えている、社会に、人に

そんな風に私には見える

 

大丈夫だよ

怖がらなくてもいいよって思うけど

それが私より20も30も40も上の方々なので

知ったこっちゃない笑

 

攻撃的に向かって来られると

ついついこちらも同じ土俵に上がり

まんまと術中にハマりそうなるかもしれないが

それがあなたにとって、

あなたの人生にとって戦わなければならない戦いなのかということを

よく考えたほうがいい

 

無駄な争いよりも

私は自分に負けたくない

他者よりもずっと対自分の方が価値ある闘いだと思う

 

そして、私はほんと、

言ったもん勝ち

やったもん勝ち

を振りかざして強行突破して

人を傷つける人が苦手だ

その場その人は勝った気になるかもしれない

 

そして、こちらはすごく損害が出るかもしれない

でも今、わかったことは

私が築いてきた信用はそんなことでは揺るがない

 

誰かが何かを守ろうとするとき

争いは起こる

好きを守るときも

大切を守るときも

正義を守るときも

それは争いなのだ

争いを起こす正義は果たして本当に正義なのか?

 

私は守らなくても揺るがないものを築いているという自負で

一生、無防備に生きていこうと思う

 

その名も「フルチン戦法」

裸族の曹長なので笑

 

 

 

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