アーティストの社会的地位向上について、無知ではカモられる

アーティストの社会的地位の向上について

私はフリーで活動するダンサーで、
小さなダンスカンパニーの団長をしている

そんな私でもアーティストの社会における地位の低さに何ができるのかと小さな脳みそでよく考える
それは本当に才能あるアーティストの生み出す創作物に敬意と愛があるからだ。上っ面のアクセサリー的な要素(タイトルや有名なステージに立ったとか、有名な誰かが関わっているとか、どこがスポンサーについているかとか)でなく作品自体が日本の世の中に評価されて愛されていく時代がきて欲しいと願う。魂の込められた作品がいいものはいい!!として、アートがもっと世に浸透していったら大げさに聞こえるかもしれないが、大真面目に平和に繋がると思っている。

まず、アーティストのプロとアマチュアの境界線の曖昧さにより誰でも名乗ればプロシンガーであり、プロダンサーになれてしまう。(クオリティや対価をいただいて仕事受けているかは別として)パフォーマンスの質の低さ、アーティスト側のプロ意識の低さも問題だと思っているが、今回小さいなりに自身で公演を打ってみた結果、他にも大きな問題が内包されているなと感じた。

それは、法は国民を守るものであるが、私たちアーティストは創作に力を注ぐあまり、あまりに無知であるということ。作者の創作物の権利の主張、自身のプローモーションもそうだが、創作にエネルギーも時間も全力で注ぎ100%の作品に仕上げるためにそうした事務作業的なことは外部に任せたり、事務所であったり、他の者に任せるだろう。でも、無から有を生み出すそれらに何よりも価値があるのに、うまいことカモられているのが現実なのかもしれない。私も作品や自分のブランドの守り方がわからなかった。

楽曲の著作権に関しても、JASRACの仕組みなんて全く無知だった。使用料はどれくらい支払えばいいのか、支払った使用料は誰の手に渡るのか。ネット上では、悪の組織のように叩かれているが、それが実際どうなのかについては自分で確かめた訳でもなく。全くわからない…というままアーティストの誰もが放置しているのではないか。こういうものらしいよ?といった曖昧なところで。

ファンへの対応や、プライバシーの問題や、その距離の取り方など、私たちは作品を作るだけでなく個人で仕事をしていくならばその辺りもコントロールしていく必要がある。問題が起きた時の適切な対処の仕方を全く知らないアーティストが多いのが現状ではないか。私はアートはムーブメントを起こすのに何よりもパワーのあるものだと思っているのだけど、それを賢い人に利用されすぎである。

今回は穿った見方であえて書いています。本当はいい人もいます。でも、総合的にみたら、やはり厳しいんじゃないかな。アイドルも使い捨てのようで。ビジネスの本当に商品として使い捨てられている。

私は今、ここがよければそれでいいとは思わない。生涯現役でアーティスト活動を続けたいと思うし、繁栄させていきたいと思うからこそ、無知であるのは問題だ。なんてことをここ最近考えていたのですが、今日は私の思っていること、考えていることを同じように(いや遥かにその先のことを)考え行動されている方からお話を聞かせていただいた。

芸能人らの権利を守る「日本エンターテイナーライツ協会」

↑こちらのお話を聞いて、深く頷いた。私たちの売り物は水物で、形のないものであったりもすると思う。正当に権利を主張することや、自分の守ることができるのだから、それも同時並行で行なっていくべきことだと思う。無知ではいけない。


大瀧冬佳keypageさんにご紹介いただきました
http://keypage.jp/interview/otakifuyuka/

 

ダンスカンパニーUzme公式サイト
http://uzme.dance/

革鞄ブランドHIKARU HASHIKAWA

大瀧冬佳ダンスWS
6/18 ダンスWS詳細
7/16 ダンスWS詳細

 

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