やらないこと、付き合わない人を決めると人生はうまくいく

 

やらないことを決める難しさについて

 

昨年は簡単だった

いや、難しかったけど主にメンタルの問題なのです。だから意識が変わるとスルスルと乗り越えることができました。

どういうことかというと…その頃の選択肢は

「やりたくないことorやりたいこと」だったからです。

 

 

複雑になってる気がするのは気がしてるだけで

・やらなければならない

・やってはならない

という思い込み呪いをかけられてると厄介です。

 

なので呪いが解けるとまぁ世界は変わります。

そして、次、やりたいことをやるようになると

「やりたいことorやりたいこと」

から選ばないと物理的にできないことも多々あり。

 

「やりたいことorとってもやりたいこと」

のどっちかを選べと言われればやりたいことであっても、やらないと決めますよね。すると、もっとやりたいことの幅も質も上がっていくから困っちゃいます。

 

「とってもやりたいことorとってもとってもやりたいこと」と今度はとってもやりたいこともやらないと決めるんですよ。

 

まぁ、それだけでも泣く泣く選ぶ形になりますし、本当に自分がやりたいことってなんだろう?って自問して行くわけです。内観が大切です。

やりたい気持ちの大きさだけで純粋に決められればいいんですけど、いろいろな打算や邪念が滑り込んできます。

 

例えば、

「とてもやりたいことorとてもとてもやりたいけど、できるか分からないこと」

「やりたくて儲かることorとてもとてもやりたいけど儲からないこと」

「人に讃えられるやりたいことor多くの人に反対されるけどとてもとてもやりたいこと」

大概は人生ってこんな選択肢ばかりです。

 

私は思うんですよ、あなたは何を選ぶ?という連続が人生なんじゃないかって。どれを選んでも正解、不正解はないわけで、あなたが後悔しない答えを自分で選べばそれで良いのです。

 

私はどちらかというと劇的な人生を歩んでます。それは偶然というか運命かとも思ってましたが、そうではなく私の選択の傾向はやはり「やりたいこと」の大きさのみで選んできたからかと思います。

 

それをかっこいいと言ってくれる人もいるけど、迷惑に思う人もいるし、目障りに思う人もいるでしょう。もっと器用に生きられた方が本当は良かったのかもしれないですし、それは分からないです。ある程度、無意味で無駄なことも人生には必要かもしれないし。一切の無駄を省いた、一つの道を極めるような選択を続けた者のみが辿りつく境地もあります。

 

話がやや壮大になりましたが、やりたい「事」の選択もあるけど、本当に自分の生き方を極めていくことは付き合う人もまた選ぶことになります。出逢いと別れの激しいここ数年だったなぁと思います。

 

もう総入れ替えといっていいほどに2回3回と変わってる気がします。それを寂しい、孤独だと感じ、やりたくないこと言いたくないこと付き合いたくない人と過ごしていくのもまたその人の人生です。選ばなければ必要以上に傷付きも喜びもありませんからね。でも、これは良い悪いじゃ全然ないです。あなたの好きにしたら良いです!

 

昨日も書いたけど

何のために生まれて何をして生きるのか、なんですよね。

 

一人で生まれて一人で死んでいくわけで、やっぱだからこそ人と人が共感共鳴し合えた時って嬉しいです。

私は私と心の底から共感共鳴しあえる人に出逢うには、やりたいことに妥協なく、好きな人にも妥協なく、選び続けた先に待ってるプレゼントのようなものかなと思っています。

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