あなたは私を惚れさせてくれればいい

 

 

雷に打たれたような劇的な出会いを求めてる

 

 

涙が止まらない作品を見たいし聞きたいし触れたい

昨日までの人生を揺らがすような感動を求めてる

 

惚れさせて欲しいし

好きでいさせて欲しいし

なんどもなんども期待を裏切って欲しい

ギャップを見せ続けて欲しい

 

胸が熱くぎゅーっと苦しくなるような

思いを馳せるだけでキュンとするような

会えるその日を指折り数えてしまうような

 

 

アーティストや創作物というものは

そういう存在であって欲しいと願う

 

し、私はアーティストとして創作者として

自分はそうであるべきだと思っている

 

ファンって「狂信者」って意味だから

やっぱりそうなのだと思うよ

 

虜にさせることだよね

 

 

創作物がいいのは、

例えば私は親の愛情とか、家庭環境とか人間性が

ど偉く欠落して欠陥だらけな人間だったからこそ言えることだと思うのだけど

単に欠けているところを補うものとか

渇きを潤すものとか

飢えを癒すとか

人生の不足分を補うにとどまらないものだからいいんだよね

 

とてもポジティブなものだと思うんだ

誰しもがあの作品に出会わなかったら今の自分はいない

というような経験があるはずで

それは…

1本の映画だったり

1冊の本だったり

1曲の音楽だったり

1枚の絵だったり色々あると思う

 

やはりそれって、食う寝る交わるという基礎の生理的欲求に

プラス人間のみに与えられたギフト

 

 

なんか色々たくさん手に人が最後求めるものって

圧倒的な作品や表現なのではないかって思う

 

 

その圧倒的な作品や表現が生まれる背景には

抜きん出たアクションの数に思考の深さがある

 

もっと先を言えば効果のあったアクションを起こせているか

一つのアクションで最大効果を狙える段取りはしたか

などなど…

ゲーム感覚で当たり前にやっている

 

具体性を持って緻密に落とし込んで

そしてそれを楽しんで実践していて

結果や成果をだし続けていること

それがパフォーマンスの質にもしっかり比例する

 

ダンサーが踊れるだけじゃ

やはり人は虜にはならないんだよね

すごいねとは思ってもらえるかもしれないけど

動けるダンサー、踊れるダンサー、その次を期待されてる

求められていることにいち早く気付けたもん勝ちだよね

 

上に行けば行くほど、

そこに到達する人間が減るわけで

それと反比例して需要が高いんだから

そこができれば要は稼げる人だ

 

 

私たちは冒頭に書いたことができればそれでいいんだ

1万の言葉より1分の表現で惚れさせよう

 

 

私は論より証拠って言葉が大好きです!

 

 

だから、私を口説いてくれ!惚れさせてくれ!と待っていたのに

惚れさせてくれると期待していった舞台で

目の前で自慰行為始められてしまうと

もうね、どうしたらいいの、

苦行か…これは修行なのか…って思うしかないじゃない??

 

 

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