コンマ1秒にこだわる

 

針の穴に一瞬で通すような踊りを

踊っていて、気持ちいいな〜と昇天してしまいそうになる瞬間。それは、コンマ1秒のココ!!っていうタイミングに針の穴ほどのポイントに振りを通せたとき。どこまでその音を伸ばせたかや、音を切れたかっていうのも、私の中では重要で。そして、劇場内を埋める空気を粒単位で感じて、どういう風に動かせるかっていうこともポイントだ。

何というか、これが成功すると時空を自在に操ることができる。伸ばしたり、縮めたり、その一瞬だけ、劇場内にいる観客の皆さんに私は魔法がかけられると思っている。

私の脳内に劇場を収めることができると、視点は舞台上からだけでなく、壁からも天井からも全てを見ているようなそんな感覚になる。

そういう感覚になるまでには、針の穴を通すほどの集中力が必要なので、それを稽古中からやることが大切。私は究極、これを味わうために踊っているのかもしれない。観客の脳幹にアクセスしてどこまでも連れて行けるような気がするときがある。ダイレクトに伝えたいことを伝えるのだ。

 

第六感とは空間把握能力

第六感というと、霊感のことと一般的には思われていると思うのだけども、私はきっとこれは誰でも鍛えることができて、霊感という使い方もあるけれどもトップアスリートがプレー中に使う能力でもあるのだと思っている。

バレエダンサーの一糸乱れぬ群舞。あそこで踊っている時というのは、自分一人の個としてではなく、群れが一つの生物になったような感覚で、隣り合っているダンサーはもちろん先頭のダンサーから最後部のダンサーの息遣いまで感じ取ることができる。目で見なくても、自分の3人後ろの人の腕の角度が外側にズレていて気持ち悪く感じたりとそれくらい感じ取ることができるようになる。自分もエネルギーを発していて、相手もエネルギーを発していて、それを相互に通信しあって踊っている感覚がある。

私はダンサーとして、第六感を空間の中のどこに自分がいるかを感じ取る能力が異様に発達したのだと思う。なので客席は暗闇でも寝ている人もわかる。

いろんな空間把握の能力の出方があると思うのだけども、例えば一流サッカープレイヤーのスーパープレー集何かを見ていると、ものすごいキラーパスが通って、一瞬でゴールが決まったりする。あれは目で見て、脳で反応して判断して、蹴るっていう普通の運動神経のルートではなく、瞬間で上空から盤上を眺めるかのように俯瞰していてパスを通しているんじゃないかって感じる。感覚や野生の本能に近い、反射って感じで、プレーしているんじゃないかって。

NBAのシュートとかも、「ココだ!」「コレだ!」っていう理屈抜きに感じちゃうプレーに反応しているだけのように見える。

 

けん玉や卓球ならば、手で感じ取るのに優れている。私は自分を包み込む体全体で把握するのは得意だけれども、「手」となると急に難しくなる。まだ足の方が得意。

F1レーサーなんかも、ある一定の集中力を超越した次のゾーンで発揮される感覚分野がきっとあって、そこに突入すると、思考は置き去りでただただセンスに反応するだけの領域がある。そういうの感じたことある人いないかな。私はそこに入った時の自分がすごく気持ちよくて好き。

私はレッスン中や団員にこの話をするときがあるけれども、作品を作るのに、表現者がこの空気で観客を飲み込む舞台はやっぱり上手い下手を超越して、異空間に連れて行けるものだと確信している。それには己というちっちゃな枠組みは早々に捨てておいてもらわないとお話にならない。もっと大きく、というか、大胆に裸にならないと大勢の観客を飲み込むことはできない。身体的な空間把握能力は鍛錬が必要で、ど素人からだとすっごい頑張って10年はかかるかもしれないけれども、メンタル的なものならば、3ヶ月頑張れば一体化できる。と、思う。

 

子供の頃に鍛える方法

きっとコレは子供の頃に鍛えることができて、しかも専門的な英才教育よりも才能を開花させるのにずっと大事な気がする。

この第六感を磨くのは「たくさん遊ぶこと」だと思うのだ。好奇心の赴くままに遊ばせる。「危ない」と制してしまうような遊びにこそ、第六感は磨かれる。大人になると、コレって経験が邪魔をして好奇心だけには体は従えなくなるんだよね。なんかいい大人が自分はまだ童心が残っているアピールなのか、子供のように遊んでます楽しいーきゃーみたいなの時々見るけれども、やはり絶対的に子供の頃には戻れない。ちょっと振りっぽいなってなぜか冷めた目で見てしまう自分がいる。

子供の頃のあんな無謀なこと、少なくとも今の私にはやろうと思えない。ジャングルジムの天辺ど真ん中の四角から真下に向かってヒュンと落ちる遊びとか。ブランコ漕ぎまくって前の柵の先に跳んで降りる遊びとか。二階から飛び降りる遊びとか。一歩間違えば余裕で死ぬ。

山をありえないスピードで駆け下りるとき、あまりの急斜面に足は自動的に前に前に出てしまい、止まることができなくなる。やばいって全神経、全細胞が私に訴えかけるけれども時すでに遅し。地面は切り株や、岩などがゴロゴロしていて、瞬間で回避するしかなく、着地点にこのまま落ちたら挫くなっていう障害物が見えたらその都度体が回避しながら山をおりて行く。

多少命がけな遊びは、野生的な能力をグンと引き上げると思うのだ。私は5歳からバレエをやっているけれども、本格的にやりだしたのは中学に入ってからとかなりのスロースタート。でも、きっと、遊びで培った、体を自在に操る力っていうのはバレエに生きていた。

感知する力、うちの子も例に違わず、「危ない!危ない!」と私たち親が危険を取り除きがち。でも絶対に人間には備わっているはずの力なんだよね。命が危ないとなったら、ちゃんと自分を守ることができる。そして、それはスポーツとか勉強にも生きてくるんだよね。人間関係にも生きているなと私は思う。

才能ってコレなんじゃないのかな。

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