能力を発揮する場所を求めてませんか?

自分の能力を発揮する場所を求めてる

という原則がある

 

 

人を動かしたい

コントロールしたいと思った時

それはほぼ無理だ

 

 

だけど1つ方法があるならば

能力を発揮させる場所をつくる

という方法がある

 

 

助けたいと思った相手を助けるのは逆効果

助けたい、ないし、

成長させたいとかっていう

だいぶお節介なことをしようとするなら

助けるのではなく助けさせる

 

教えるのではなく教えてもらう

やってあげるのではなくやってもらう

救うのではなく救ってもらう

 

 

三人兄弟で全員がグレることって

あまりない

一人は優等生

一人はやんちゃ

一人は要領がいい

大体そんなバランスではないか

 

 

無意識に役割を担うのだ

下が厄介であればあるほど

上はしっかりと立つ

 

 

だから助けたいと思った人に向かって

正論ぶちかまして

悟したところで

どんどん逆の方向へ反発していくよ

 

 

「自分を大切に」がわからない人は

荒治療だけども

とことん自分を犠牲にして

「人のため」をやりきってみるのもアリ

そのうち体感として気づく

本当の意味で「人のため」をやるには

「まず自分」ってことに気づく

いくら頭で理解しようとしても

染み付いた癖や意識って

なかなか変わらない

やりきってみるのは

荒治療だけどもアリだと私は思う。

 

 

暴論と言われたらそれまでだけど

悩んでるなら悩み尽くし

堕ちるなら堕ちきることで

そこまでしないと気づけない人やこともある

だから堕ちてみれば?と思わなくもない

だって堕ちても案外大丈夫!

 

 

孤児や不遇な家庭環境で育った子

のっぴきならない環境の子に

ど正論が通用するだろうか

彼らは「可哀想な子」「不憫な子」

扱いを求めてるのではなく

みんなと同じに

「自分の能力を発揮する場所」

を求めてるはずだと私は思う

 

 

そして、

ティーチよりコーチの方が

人に響くのではないか

ティーチは上から

コーチは横から

 

相手の理解までいったのならば

自分で問題を解き直すことで

やっと「学び」になる

 

問題に対して「わかった!」という段階は

「作業」である

自力で解けて応用できるまで行って「学び」

解き直すという過程に

別の誰かに教えることをすると

さらに理解が深まるだろう

 

 

なのであなたも

知ってること、

わかってることは

どんどん他の人にシェアしていくように

習慣化させるとよいと思う!

 

 

まだまだ知ったばかりだし…とか

まだまだ私なんかが…

という遠慮は無用

 

そして、他の人を率いたり

育てる(というと仰々しいが)

そんな立場にある人は

縦の関係を築くよりも

横の関係で相手が全力で

持ってる能力を発揮する場所を

作ってあげた方が

もしかしたら、いいコミュニティを作れるかも!

 

 

そんなことを長年

しっかり者の良いお姉ちゃんを

やってきた私は思いました。

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