生産性があがると社会がよくなるー生産性があがりつづけると仕事がなくなるのはいいことだー

 

 

 

忙しい人の根本的解決は「生産性」という概念を持つ人とだけ付き合う

「まずはご挨拶させていただきたい」

「会ってお話したい」

とだけメッセージを送られてくる人に

私は絶対に会いません。

 

何故かというと

このメッセージには

「生産性」という概念が抜け落ちているからで

会って話したところで

何かが生まれるとは思えないからです

 

「生産性」とは

時間やお金、能力、労力あらゆる資源を投下して

それによって得られる成果、結果との比率です

 

相手の資源を投下してもらって

何が生まれるのか得られるのか

それを示す努力をひとつもしない

…と、いうか「相手が投下」している

ということに無頓着なのです

 

それはご自分の資源の行き先に対しても

「無頓着です!」と言っているのと同じこと

だというのがたった一通の

「会って話したい」だけのメッセージから

読みとれてしまうのです

 

生産性の概念がない人はほぼいない

 

生産性!?そんなの誰だって考えてるわ!

今さら何を言っとるのか!と思いますよね?

 

生産性についての考えは持ってない人って

実はあまりいないです。

 

だけども、

私が思う考えてると勘違いしちゃう落とし穴は

 

「生産性を最大化させる視点を持ってる人」

「生産性が0よりかは上という視点の人」

 

両者のこの大きな差です。

 

みんながハッピーになる社会とは

 

でも、私あまり「生産性」という

言葉も概念も好きじゃありませんでした。

 

人間的な泥臭さや体温がなくなり

冷たい印象があると感じていたからです

 

もっとも私たち表現者からは遠い概念

創作活動に生産性もクソもないと思っていたからです。

 

しかしこれが最近、私の中で覆りました。

 

 

人力車からハイブリットカーへ

瓦版がスマホへ

あげればキリがないほど効率化されていっています

この先どれほどのスピードであらゆる仕事が自動化されていくのか

 

この先なくなる仕事がたくさんある

という仕事なくなる論もよく見かけます

 

そしてそれに続くのはだいたいが危機意識です

しかし私はこれはむしろ社会はハッピーな方向へ向かっているのだと思います

 

生産性があがり

どんどんと自動化されて働かなくてよくなる

働かなくてよくなることでの問題は

「仕事がなくなる=お金がなくなる」です

 

もしこれが必ずしもイコールでないとしたらどうだろう?

今ある常識を疑ってみる

「働かなくてもお金がある」

 

ベーシックインカム

毎月何もしなくても全国民に生活費が支給される制度

これが始まったら危機はなくなります

仕事がなくなるのが困るのではなく

生活の保証がなくなり困窮する不安

に危機を覚えているのです。

 

不安がなくなり守る人がいなくなれば社会はもっとよくなる

 

「不安」

からの言動は生産性が低く

社会を良くない方向へ回していきます

 

 

自分のお金を守る為に

お金がはいってこなくなると困るから

いい制度や、いい政策、いい商品、いいサービスを

行なえないように潰しつづける

社会にとってマイナスの価値を

生み出している層がいます

 

これらの方にあなたの不安はこれで解消されますから

大丈夫ですよ!といえる政策がベーシックインカムなのではないか

 

不安から仕事をしている人が激減する政策

そして生産性を最大化する視点をもっている人は

不安があるなし関係なくその仕事に従事するでしょう

 

働きたい人は働き

働きたくない人は働かない

年金も定年という概念もなくなる

 

そして私たち表現者は

もちろん不安からモノをつくっているわけではありませんから

社会をよりよく!に貢献できるのではないかと

そんな風に思いました

 

生産性がどんどん上がっていくのは

冷たいこともでも何でもなく

人をハッピーにする流れかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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