何も与えないという子育て

 

何でも与える?何も与えない??その弊害とメリット

これって子育てに限らずなので、子供のいない方にも何か考えるきっかけになるかと思うのですが。

与えられてばかりの環境にい続けるのと、自分で取りに行かないと掴めない環境にいるのでは出来上がる人間がものすごく変わるなと思うんです。

 

価値観っていろんな場面で出てくる言葉ですが、大きくこの人とは違うなって感じるのって、私はここじゃないかなと感じます。

 

「意欲と関心と興味」

何に意欲関心興味を持つかはそれぞれとして、どれくらい意欲関心を持って生きているかっていう絶対値が根本的に変わる気がするんです。

 

苦労は買ってでもしろの本当の意味

若いうちは苦労は買ってでもしろって昔の人がよくいうじゃないですか。いや、苦労なんてないならない方がいいわ!って最近よく聞きます。努力なんていらない!好きなこと!ワクワクすることを!って。

 

でもね、何だか素敵な動機の割に意欲が足りないというか、胆力とでもいうのでしょうか…やたら軽く感じます。薄い、浅い、軽い…楽しいことしている割に、見ないふりしてるけど、不完全燃焼感が人生に残りそうな…。

 

あ…まず、今回の話で、大前提にどっちがいいとか悪いとかの話ではないですからね!

 

どこにでも行けすぎると、どこにも人は行けなくなりませんか。

お腹がいっぱいだと本当に食べたいものは何かわからなくなりませんか。

時間がいっぱいあると思うと結局何もしないで一日が終わったりしませんか。

 

…それが苦労は買ってでもしろの本当の意味なのではないかと思います。

 

自分が本当にしたいことを知っていること

苦労は買ってでもしろの本当の意味は、「自分が本当にしたいこと」を知るためではないでしょうか。

他には

「自分が本当にいたい場所」

「自分が本当に会いたい人」

を自分がちゃんとわかっているかどうかって人生の充実度に深く関わります。

 

そして、もう一つ考えられるのは、苦労や困難をくぐり抜けた場数がその人の肥やしになります。そして、「なんとかなる!」を知ることができるんです。

 

人生を楽しく生きるためには

・自分が本当にしたいこと

・なんとかなる

この二つを知っているととても生きやすくなると思うんです。

悩みの99%は解決するのではないでしょうか。

 

苦労はエネルギーの絶対値を増やすドーピングのようなもの

エネルギーという漠然とした言葉を使いましたが、ここでは異常なほどの行動量でどんどん世界を変えていく人をイメージしてください。

例えば、ホリエモンさんや、映画監督の紀里谷さん、ソフトバンクの孫正義さんなどなど。

 

「なんで15才で渡米したの?」の質問に対して紀里谷さんは以下のように答えてます。

僕からすると、逆にどうしてみなさんはそう思わないのか?ってことなんです。

結局、人間というのは、周囲の環境から色々なものを提案されて生きて行く。そのほとんどが同調圧力とか集団的価値観で、本来の野生は失われ、身動きが取れなくなってゆく。

http://www.huffingtonpost.jp/2017/08/22/kiriya%20interview_a_23158043/

 

それから、サッカー選手の本田圭佑選手やスティーブ・ジョブズ、私もなのですが、ホリエモンも…他人からしたら、駆り立てられてる感に近いくらいの尋常じゃないパワーを出力するんですよね。

http://it-rush.com/honda-keisuke-horiemon-stevejobs

 

それは一体、何が彼らを動かしているのか。究極的には何をするかやどうやってそれをするかも大事ではありますが、常軌を逸脱したエネルギー量(行動量)で取り組み続けると確実に質を凌駕するし、結果は出るし、達成や成功をしないわけがないんですよ。むしろ、本人たちは結果よりもずっとその先を見ていたりしますね。

 

「自分を動かすものはなんですか。動かさなければならないものはなんですか。」というのが私の主宰するカンパニーのスローガンなのですが、このエネルギーの絶対値は何かを変えたかったら確実に必要な気がするんです。で、その命の輝きみたいなものに人って集まってくる気がします。

 

そこで、「苦労」や「困難」これらはエネルギーを爆発的に増やすのには劇薬のようなものだと思います。抑圧や不足、不満、などによって、肚の底にエネルギーがパンパンに圧縮されてたまるんですよね。それがもう限界だと圧力鍋が爆発するみたいに動いているのが、上記にあげた方々のような生き方なのではないかと思います。

 

ね?それがいいとか悪いっていう話ではないでしょう??

 

そもそもやるかやらないかっていう悩みが理解できない

私には全く理解できないのが、やるかやらないかっていう悩みです。やる一択で、考えたことがない。どうやるのかを人に聞いたこともない。すでにやっているから。

「意欲・関心・興味」が根本的に違う。もはや宿命、執念、使命とかって言葉の方がずっとしっくりきます。

 

そこまで激しくなくてもいいけれども、何がしたいのか迷走したまま、ぽへ〜ッと生きるのはどうなのか。いまだにわからない。それはその人の人生で、たとえ我が子でも、それはそれなんですよね。

 

うちの子供は、あるのが当たり前の中で生きています。創意工夫して、何かを生み出すという面白さをまだ知りません。

何も与えないという子育てをしてみたらどうなるんだろうね?って昨夜ひかるくんと話し合ってみたけれども、やっぱり全然わからなかったです。

 

答えなんてないのはわかっているけれども、できるならば面白い大人になってほしいよね。その他大勢の自分の考えや意見や感じ方を持っていない大人にはなってほしくないよね!ってことで、私たちも創意工夫です。

 

皆さんは自分自身や、また子供がいるなら、どう思いますか?

I want to dance in NY.
Be sure to watch this dance movie.

My facebook→Fuyuka ohtaki

(Please, give me a massage.)

 

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