第三子出産しました

 

2018.2.18 pm0:12 3,196gの男の子を出産しました

待ちに待って…三男とようやくご対面できました。やっぱり、とっても嬉しい。本当に幸せだなと思う瞬間だ。生まれて来てよかったって思うし、生まれて来てくれてありがとうって心から思う。

私は貪欲で、向上心と好奇心の塊みたいな人間だけども、赤ちゃんを眺めているともうこの先何も望まなくても今この腕の中に全てを抱いている気がして、満たされているのがわかる。世界で一番大好きな人との間に、これからもこの子たちの一つ一つの成長の喜びを共有していけるのって幸せだ。一時、シングルマザーで子二人を私一人で育てていたから尚のことそう感じる。共有できる相手がいるっていうのは幸せなこと。

 

なんて、言っているけど…実は我が子の誕生でちっとも泣きもしなかった私たち夫婦。

陣痛が始まり病院に駆け込んだ午前5時。ちょうど隣の分娩室では、今生まれる!!という妊婦さんがいらっしゃり、私たちは壁越しに固唾を飲んで見守っていた。1時間くらい息んでようやく生まれた他人の赤ちゃんの誕生に隣室で感極まって二人で号泣してしまった。一時帰宅を促され、私たちは早朝ただただ他人の出産に立ち会うためだけに病院にいった感じになってしまった。

帰ってすぐに本陣痛に発展したので、その5時間後に我が子は誕生したわけだけども、感動よりも安堵の方が大きくて「よかった、無事だ…」と呆然としていた笑

 

もちろん相当に可愛くて、じわじわと喜びが湧き出てくる。でも、第三者として立ち会った他人の出産は本当に感動的だった。

 

三人の母になってみて

一人目の出産のときとは大分気構えも変わった。一人目出産時はまだ私は20才になったばかりだった。8年経った今、色々思うことがあり、それを自分のために書いておきたいなと思う。

長男を産んだとき、私は母を亡くした直後だった。20才までの人生は散々だったから、その若さにしては人生に疲れ果てていた。でも長男を産んで私はあれほど生まれてきてよかったと思ったことはなかったし、こんなに幸せな気持ちになることがあるなんて知らなかった。宝だと思った。可愛くて可愛くて仕方なくて、この子のために私頑張ろうと思えた。あの頃の私は全精力を長男に注ぎ、パーフェクトな子育てを知らず知らずのうちに目指していたのだと思う。もうオキシトシンがブワッと止まらなくて、赤ちゃん命で頑張ってた。

それから、すぐに二人目を身ごもり、怒涛の子育てと離婚とか何やらを嵐のごとくこなしたココ7年。

今回の妊娠出産は自分の経験値が上がっているからか、サポーターがたくさんいるこの環境からか…もう楽でしかない。考えられないくらい自分に余裕があるのがわかる。そして、赤ちゃんが生まれてからもちろん可愛いとは思うけれども、長男の時のような頭がおかしくなりそうなほどの愛情は湧いてこない。冷静に可愛いと思えて、「この子は私が守らなきゃ!!!!」とか「絶対に幸せにしたい!!!」みたいなのがない。そして狂おしいほどに子に愛情を注ぎ続けるとある日疲弊している自分に気がつくんだよね。反動がやってくるというか、全体的にアップダウンが激しくて疲れてくる。

そんなことを長男次男で経験して、三男誕生して病室でボッーっと考えていると…あぁ、今ならもっと自然な愛情が二人にも注げるようになってるのかもなんて思った。あの頃の私は必死でいいお母さんになろうとしていた。若くても、シングルでも、お金がなくてもちゃんと育てるんだ!!!と頑張っていた。あれ以上は無理だったのはわかるけど、今のこの余裕のある私が振り返ると二人には申し訳なかったと後悔もある。もっと抱きしめてあげたかったなとか、赤ちゃんの顔を眺めながら、なぜか上二人のことを考えていた。

まぁ、どうしたって時間は巻き戻らないから今これから二人の接し方を改めればいい。

今もこの余裕は経済的な不安がないのもかなり大きい。男の人にちゃんと守られているっていう感覚が女にとって子育てするにあたり何より大事なのかもしれない。ひかるくん(夫)がちゃんと守ってくれているっていう信頼が私の余裕を作っている。

三人の母になってみて「愛情」とか「愛着」というものをまた違ったものとして感じている。子供が一人増えたことで、母として落ち着いたというか、愛情に激しさがなくなり静かで穏やかに構えられるようになった気がする(今は)これは、生後間もない今だけかもしれないが。間違っても男三兄弟のお母さんが穏やかに見えたことはない。どんな生活が始まるか楽しみだ。