家族の多様化、そのとき、私は

 

先日、すごい記事を読んだ。ざっくり説明すると…40代くらいの夫婦とその子供たちという家族の話だったかと思うのだけど。夫婦の間でセックスがなくなってしまい、妻の方がそれに耐えられず夫公認で彼氏を作り…とここまでで結構驚きだが。なんと、その彼氏も一緒に住んでいるというのだ。もちろんその家には夫も子供たちもいる。

夫婦でよくよく話し合った結果、この形に落ち着いているというのだ。

もう一つはドラマの話だけど、Amazon primeで最近見たドラマの中でかなり面白かったので時間のある方はぜひ見てほしい。「僕のヤバイ妻」というドラマ。設定はかなりあり得ない感じだけど、夫婦ってリアルにこんな関係性なんではないかって見終わったあと思ってしまった。嘘がホントになり、ホントが嘘になる。

 

理想の温かい家庭ってなんなのだろう。私の育った家庭は機能不全家庭だったし、父という存在は一体どんなものかよくわかっていない。温かい家庭ってなんなの??私はそれが欲しいなぁとずっと追い求めてきたけど…実のところ何が正解かは分かっていない。だから悩む。

家族みんなが食卓につき、今日の出来事を和気藹々と話したりするのが温かい家庭??

私は理想の家庭という絵に描いたようなものを求めすぎていたようだ。人はそれぞれ違う。形もさまざま。父と息子、父と娘、母と娘、母と息子、父と母。その関係性がイレギュラーなことだってすごくたくさんあるわけで、そのどれもを理想のお父さん、お母さん、子という形に押し込めたらやっぱり歪みやしわ寄せが生まれる。

たぶん、温かい理想の家庭を目指すことがそもそもの間違いなのだ。私たちの形を作っていくのだろう。柔軟性が必要で、どこかのみんなにいい家庭だねっていわれる…そういう形を目指すんじゃなくて、誰にも理解されなくても私たちだけの形を目指していくことが家庭を築くってことなんじゃないだろうか。

 

私たち家族も模索中だ。また新しい家族を迎えて変化が訪れ試行錯誤が始まった。私はとっても大きな幸せを夫からもらいつつ、でも私にこんな寂しい想いをさせられるのも夫だけだ。だって誰より好きで誰より一緒に居たいって思う人だから。自分が生んだ子供なら、自分が腹を痛めた子なので大概のことでは切れることのない絆があると思うのだ。ただ、夫は違う。他人だから誰よりも離れたくないと強く願うのだ。子供には願う必要がそもそもあまりない。

いろいろなことがあるけど、ちゃんと向き合って乗り越えたいなと思う。理屈じゃない、頭でどうにかできるようなことじゃない。だからこそ答えがなく、難しい問題なのだけど、でも私を何があっても離さないで欲しいって思う。

彼氏を作って一緒に住んでるような家庭もあるのだ。その柔軟性を見習いたい。いや、問題が全然違うので私は彼氏を作ったりはしないけど笑

結婚の形もずっともっと人の数だけあってもおかしくないのかもしれない。自分たちの形を見つけるのだ。

 

愛されるばかりが能じゃないだろう。

さあ、見つけるんだぼくたちのホーム。