今を生きてる私たちにできること

 

私には黙祷したり、冥福を祈ることができない。

 

みんなが祈るこの日にそれができない私ができることは唯一、せめて今を精一杯命輝かせて生きることでしかない。

 

おこがましいというか、私の祈りなど大切な方を亡くされた方を目の前にしてはあまりに無力すぎて、その場から消えてなくなりたい気持ちになってしまう。

 

どれだけの深い哀しみなのだろうかと…だから私は今日を楽しく過ごした。忘れないって大事なことなのかもしれない。でも、思い出したくもない今日だという人もたくさんいるのだろう。

 

私が母を亡くした哀しみをどう乗り越えたかって、忘れたからだ。命日がいつだったか忘れてしまった。そのかわり、母の何気ない仕草やどうでもいい他愛もない会話は今も鮮明に覚えている。

 

母の葬儀の日、そこの葬儀のスタッフの方に個人的に語られたことがあって、それが今も深く胸に残っている。

 

「残された者が明日をしっかり自分の足で生きていくことが、お母さんの何よりの供養になるんだよ」ってそう言われた。

 

早すぎたことにはかわりないけど、子よりも親は先に亡くなるのは順当で、でも、例えば母にとって内縁関係にあった方や母の母などは悔やみきれない。私たちにとっても母はたった一人の存在ではあるけれども、彼らが明日を生きるには彼らがちゃんとここでお別れしなきゃならないんだととてもゆっくり私をさとすように葬儀社の人に言われた。

 

葬儀は彼らのために行うものだった。

参列者の代表的なことは彼らが行った。

納得がいかないとかそういう風には思わなかったけど、人が亡くなることについていろいろと考えさせられた。でも、当時まだ中学生や高校生の弟、私も19才である実の子供の私たちにとっては接待をするだけの母の葬式でどう哀しみと向き合っていいのかわからなかった。

 

哀しみきるということが実はとっても大事なんだ。それは外部の人間がいくら冥福を祈ったり、なんだりって入れる隙間は無いような気がするのだ。私は母の人生の中で一番長く濃い時間を過ごした人間なんだなということに後になって気がついた。

 

何を言いたいのかわからなくなってしまったけれども、時々思い出しては今でも泣いている。ママが死んでしまって悲しい。生きていて欲しかったな。8年経つが、やっと、悲しい、寂しいって思えるようになった。

 

だから、きっとたぶん津波で大切な人が流されてしまった方達にとっては忘れたくても忘れられない今日なのだろう。

 

 

じゃあ、今、生きている私は、

 

いい人生だったと笑って死ねるくらいに精一杯生きていくよ

そう母に誓った。

母の分も幸せになると決めた。

 

 

人生長けりゃいいってもんでもないけど、やっぱりなるべく長生きすべきだよ。元気にね、健康でね。

濃くて短い人生なんかよりも、やっぱり生きていて欲しいよ。無茶しすぎないで、自分の命は守って。

 

どんなに濃くてすごいドラマチックな人生だったとしても早死には哀しいよ。命は守ること。攻めた人生、バッチコイ!って思ってるけど命だけは守るのだ。

 

生きててなんぼ。

生きてりゃそれだけで十分だ。

あなたはどんな人生を生きますか。