大人も知らない本当の食育ーキジをさばいてみたー

 

隣のおじさんからキジをもらった

いろんなおすそ分けがあるけれども、「キジ」ってあんまり聞いたことないよね。

「ほら、やるよ」と一言。

お、お、おう…。….え!?鳥!?え!キジ!?みたいになるよね。

でもね、その辺でとってきた玉ねぎでも渡すかのような感じでおじさん、キジを私たちに持たせてきた。

(↑おじさんにキジを渡されるの図)

めっちゃふつうにキジ。

え、これどうしたらいいの?

食べればいいんだよ(ふつう)

ど、ど、ど、どうやって?

羽むしってさ〜、足持って引き裂いて。

はい、なるほど(雑か!!笑 説明、雑か!!!)

 

このキョトン顔

 

とりあえずやるしかない

早めにさばかないと、まずいよねってことで。覚悟を決めてやってみることに。今の時代、本当にすごい。キジのさばき方もネットで調べるとふつうに出てくる。

初めて見る、というか初めて触るキジに私も子供も大騒ぎ。半ばこの非日常の事態に、ふざけているわけじゃないけど、ちょっと楽しんでいたし、面白いことだと思っていた。この時は。

死んでいるのに生きている感じ

羽根はあったかかった。目は閉じて、寝ているようで、不思議と恐怖は感じず、可愛いと思った。最初はネタのように盛り上がっていた私たちだったけど…思いもよらぬ展開に…

手で感じてみる大切さ

まず、羽をむしるところからのスタート。どこからむしればいいのか、どんな風に??その方法ばかりに気が取られていたけれども、方法がわかって、いざやってみるとそれは初めての体験で知っているのとわかったのは全然違うものだと痛感させられた。

手に伝わる、ブチっとした抜く感覚。「あ〜ああぁあぁ…」とたじろぎ、迷うと、羽に皮が引っ張られてちぎれてしまうので、手にスナップをきかせてピッピッピッピと引き抜かなきゃいけない。

次男5歳にもやってもらう。意外にも怖がらず、可愛いね綺麗だねと言いながら果敢に羽をむしっていた。ペットが死んだ時の悼む感覚に非常に近くて。でもこのキジさんに会ったのはつい先ほどのことで、しかも死んでいる状態で出会ったにもかかわらず、なんだかこのキジさんの一生をぼんやりと考えてしまった。悲しい感じでもなく、とても言葉では言い表せない感情になった。

長男7歳はビビりながら、1本だけ羽をむしった。でも怖いのか可哀想なのか、生々しすぎるのかで勢いよく引き抜くのに手こずっていた。その気持ちもすごくよくわかる。だけど、こういうのは一度経験しておくべきだよねってことで、二人ともキジさんに命のことを教えてもらった。

 

残酷な人間だけども

ファーのコートや、動物の皮をつかったカバンや靴がある。残酷だと、そういう考えもあるけれども、私はちょっと感覚が変わった。

キジの羽根はとても美しかった。なんとも言えないグリーンで、人間の創造物なんかより自然の美しさは圧倒的だと感じた。羽の内側は柔らかくて細い毛が生えていて、とっても温かい。外側にかけて、ブルーやグリーン、真紅や漆黒の色をした羽。

なんか、なんだろう、せっかく死んでくれた。だからこの命捨てることなく余すところなく使わなければ!とそんな風に自然と思った。これを衣装にしようと思った。

もしかしたら、私たちの祖先、人類は最初はそうだったのかもしれない。最初から、命を粗末に商業として儲かるからという理由だけで、殺して、自分たちが着飾るため毛皮を作ったのではなかったのかもなぁなんて思った。わからないけれども。

 

私たちもキジと変わらぬ一つの命。生きる力を分けてもらっている。人間が地球上の生物の頂点に君臨しているわけじゃ全然ないんだ。こんなに尊く、気高いものなんだ、命って。

生き物から食べ物へ

私たちはだんだんとそれぞれ自然と口数が減り黙々と命に向き合わされていきました。シンと心の中が静まり返って、ただ目の前のキジに向き合った。

 

さばくのは、もっとオエ〜っとなりながらかと思ったけど、スーパーでパックに入っている鶏モモ肉にオエーッとならないのと同じように、ある瞬間からキジの魂が抜けて生き物から食べ物になったようだった。すでに死んでいるのに不思議な感じで。命と魂は違うのだなと感じた。そこにあるお肉はただの魂の入れ物になっていた。

 

生き物だった頃のキジの顔と、食べ物になったキジの顔は表情が全然違かった。物になった感じ。作業をする中で、一瞬こみ上げるペットがなくなった時のような猛烈な悲しさのような泣き出しそうになる感じもあるんだけど、でも自分たちの手で食べ物にしていて、もう死んでいるのだからせめてちゃんと戴かなくちゃという気持ちと。

私たちが本当に知らなきゃいけないこと

私たち夫婦は子供達に今までも特に食事に関してのしつけは厳しく行ってきた。子供が理解しやすいように、その意味もちゃんと話してきたつもりだった。ただ表面上、残さず食べるではなく、ただ言葉だけの「いただきます」や「ごちそうさま」ではなく、どうしてそういうのかってことをなるべく資料を用いたりしながら聞かせてきた。

だけど、私たち自身も30歳を間近にするまで、このことについて1ミリもわかっていなかったんだなと知った。

「命」ってなんなのか。「生きる」ってなんなのか。「死ぬ」ってなんなのか。

私は母や祖母と身近に人を亡くしてその去り際までちゃんと見て知っている。そういった「死」とはまた別物で。日々、私たちが今日まで生きているっていうのはこういう数え切れない命のバトンのお陰だったのだと知った衝撃はかなり大きかった。

 

ただ生かされているだけで文句なし

やれ「幸せになりたい!」だの

やれ「金持ちになりたい」「モテたい」「売れたい」と、人は傲慢だ。あぁ、そんなことで悩んでいるくらいなら、それを手にしていないごときで自分の価値を感じられないくらいなら、キジをさばいたらいい。そんなことはどうでもよくなるよ。

生きているってことの基礎中の基礎。逃れられない、ベース。この上にどうしたって私たちは存在させてもらっている。そこを本当の意味で知らないのに、頭では知った気になって何も知らない。ここを抑えていないのに、人の幸せを人に偉そうに説くなんてどうかしているなと思った。

世の中くだらないことばかりである。99%どうでもいいことに踊らされ、振り回され、右往左往している人間はなんて滑稽なのか。

私は何も知らなかったことがとてつもなくショックだった

こんなに無知だったなんて、なんか本当にショック。やっぱり、ちゃんと自分の目と耳と手と足と心で感じなきゃなと思った。

それから来年の作品はこれが最後のピースだったみたいで、私はきっと「生きる」を伝えるために踊っているのだと知った。

 

もしよかったら、「食について」「生きること」「命について」を伝えているお母さん、お父さん、先生、アーティストのみなさま、この記事を読んで何か感じたことがあればその想いとともにシェアしてください。その感想ぜひ読んでみたいです。


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