ママは思ったよりも若く未熟だった

 

ママの歳を追い越すのもそう遠くはない

気づけば私もアラサー。私は母を19才の時に亡くしている。母は39歳でこの世を去った。19才の私からしてもそれはとても若い死だなと思っていたけれども、今、27歳の私の方がなんて若い死なんだろうかとより深くどこにもぶつけようもない哀しみ??なのかな…虚しさのようなものが心の底にじっとりと横たわっている感じがする。

年々そのじっとりしたものの存在感が増してくる。亡くなったのは8年も前のことなので、今はそんなに「会いたいな」とか亡くなったこと自体の哀しみはだいぶ和らいだのだけども、なんだろうか、私も一人の女として、一人の親として、人生やりきれきれなかった無念さを思い巡らせてしまう。人生という時を刻む深さっていうか、重みっていうか、厚み豊かさみたいなものを19才の時よりもずっと感じられるようになったから、やっぱり生きているだけで丸儲けだよね。

母を亡くした哀しみというよりも、大瀧恵という一人の人間の人生を思ってしまう。

それは自分が気づけば母の年齢にどんどんと近づいてきていて、そして39歳を超えたその先にも当たり前に未来を思い描いているから。

周りにいる人も、37才とか40才でもまだこれからイケイケゴーゴーな人が多いからだ。

 

「オトナ」という偶像

今日はちょうど成人の日だった。私の成人式はお腹にすでに長男を身ごもっていて、母はすでに亡くなっていて、一人で地元に帰り美容院で着付けしてもらって普通に式典に出て同級生と会ってそれなりに楽しんで帰ってきた記憶がある。

当時の自分に伝えられることがあるとすれば、20歳から見た30歳や40歳ってずっと大人やおじさんおばさんに見えるけれども、中身は大して変わらないってこと。そのまま何もせず時とともに成熟した大人になっていくわけじゃなくて、私が当時思っていたよりもずっとまだまだ未熟なんだなと感じる。もっとしっかりした大人になっていると思っていたけど、あんまり差はないかもしれない。

19才の頃に見ていた母の背中は、本当はもっと人生に迷いがあったり、寂しさを抱えていたり、誰かに支えて欲しかったり、きっと思ったよりも弱かったのだと思う。そんなに強いものではなかったのでろう。子供を三人残して死んでいくことに私は気丈に振る舞える自信はない。

母もまた19歳で私を産んで、自分も全然子供なのに私を育てたんだろう。私も迷いながら子供を育てている。子供の頃は親って完璧なものだと思っていたけれど、「オトナ」の幻想を抱きすぎていたなと思う。19歳で母になった母も私もずっと「オトナ」という偶像を追いかけてきたのかもしれない。こうあるべきな「オトナ」に必死になろうとしてきた。でも、それっていくつになっても実はなれないし、目指すものではないんだと当時の自分に伝えたい。

 

誰もがずっと追いかけ続ける「オトナ」

小学校一年生の時に見た六年生のお兄さんお姉さんは、ものすごく大人に見えた。かっこよかった。でも自分が中学生になると、六年生なんてガキンチョである。そして中三の先輩はすごく大きな存在に思えた。そんなことがずっと今も続いている。

でも意外に、ずっとそうして、追いかけ続けて、70になっても80になっても案外気持ちは変わらないものなのかな。

そう考えると、今の歳を思いっきり楽しみたいと思う。私はブログでも日常でも、先のことばっかりめっちゃ計画して、野望を叶えよう叶えよう!としているけれども、そういう風に見えて実はそれってどうでもいいことだと思っていたりする。完璧な人生なんて無理だって思っているからだ。どっちかっていうと、暇つぶしのようなもの。どうでもいいから、捧げるのだ、自分の全てを。

ガラクタをギュッと大事に抱えているよりも、両手いっぱい広げて何も持たずに全速力で走っている感じだ。どうでもいいって言ってたって転んだら両手つくようにできている。叶わなくたっていい夢を大きくいっぱい描いているんだ。どうせ叶うと思っているからってのもある。

そうだ、もう一つ20歳の頃の私に伝えたいことがあるとすれば、思ったよりも人生はイージーだってこと。当時の私はすでに色々と疲れきっていて先を考えるのもうんざりで、もうまだこれから60年以上も人生が続くなんて考えたくもなかったんだ。そんな悲観することはなく、ずっと楽しく生きている。とっても楽しいことがたくさんある。辛いことはない。楽しんでいい。あなたがあなたのままなら人生は思うようになる、そう伝えたいなと思う。

 

 

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