それはアドバイスじゃなくて呪いだ

よくもまぁそんな簡単に人の言葉を鵜呑みにできちゃうよね。

私思うんだけど、あなたの人生の最終責任を誰がとってくれるかってあなたは考えたことないんじゃないかって思う。でなければ、「あの人がこう言ってたから」ってそんな小さなことで自分の本音曲げないと思うよ。

また最近聞く。「私、本当はこうしたいんです。でも、人はこうこうこう言うので、そうかなと思って悩んでます。」

おう!一生悩んでろ!!って言いたくなるよ。だってさ、そんなんアドバイスでも何でもなくてただの呪い。で、呪いが悪いって言ってなくて、「ただの」呪いなのよ。取るに足らないことだ。

呪いかけてくる人なんてワンサカいる。何なら自分だって自分に簡単に呪いをかけられるよ。

いつまでたっても、どこまでいっても、何があっても、きっとずっと「それはさておき、そこであなたはどうするか」という問いなのだ。

世界の変え方をあなたはまだ知らない。私があなたに呪いをかけるなら、「世界はあなたにも変えられる」だ。

本気ならもう始めてる。私、これに尽きると思うのだけど、でも、大事なことって何かを成し遂げたり、何か新しいことに挑戦したりっていうことではなくてそこであなたは何を感じるかなんだと思う。

本気ならもう始めてるって言葉、私は好きだけど、ある人にとってはやや暴力的な言葉になるだろう。やればいい、始めればいいってそういうことじゃないからだ。それをやってる自分は何を感じるのか、それを始めた自分は何を感じるのか。

外側に惑わされてるだけだからきっとやらないし、始めないのよ。だから、本当はやりたいといいながらなかなかやれないことにも意味があって、それは自分を知る絶好の機会だ。

人のアドバイスなんて、あなたにとってそんな重要ではないはず。格好の「やらない」を選択する理由だったにすぎない。だからその人がそのアドバイスをしなかったにしても、たぶんまた別のところから「やらない」を選択する理由を見つけてきたんだと思う。

「やらない」ないし「できない」。不可能とか、無謀とか、無理とか、全部嘘だからね。ほぼ100%、不可能と言われることは可能なこと。

というか、不可能だろうが何だろうが、やるんだよ。やりたいんだ、その先にある景色を私は見たいのだ。だって私の人生だから。私が決めること。そういう風には思いませんか。最終責任は自分でとるしかないんだよ。