どんなことでもまずは面白がってみると割といい方向に転がっていく

 

そして面白がってくれる人といると人生は楽しい。

あなたに何か悩みがあるとする。それを誰かに打ち明け相談しようと思ったとき、実は相談する前からあの人なら大方こんな反応だろうなって予測ついてたりするよね?

ふと顔を思い浮かべて見て、あの人ならとりあえずふむふむと聞いてくれる人だなとか。あの人は論理的にメリットデメリットでアドバイスくれるだろうなとか。そして、頭から否定してくるなって最初からわかっちゃう人もいるよね。

あなたの悩みがあなたにとって重要で簡単に踏み込まれたくないものほどそういう人は避けると思う。その人が周りからどんなに良い人だって評判だとしても、あなたは結構正直に人を選んでるのではないか。

 

人は案外、あなたの一言や表情に敏感かもしれない。ふだんから愚痴や不満、噂話ばかりしてたり。返事がとりあえず否定から入ったり、口癖が「だって」とか「たら」「れば」な人は人や運を自ら遠ざけている。

陥りがちなのが、正しい話をするのはいいけど何かを否定してから始まる正論ばかり言う人も「あの人は何でも知ってる、賢く、正義感や責任感に溢れる人」て評されつつも人望は薄い人っているよね。正直、その正義感も正論もうぜぇなって思ったりする。もっと適当にふざけていきたい。

 

いつもニコニコして、「喜んで!」とすぐいい返事をしてくれたり。「面白そう!」って人の話に興味持って最後まで聞いてくれる人の方がどうしたって人も運も寄ってくる。

 

私は自分にピンチが訪れたときも、他の人がピンチに直面してもとりあえず「へぇー面白いじゃん!」って言ってから入ることにしてる。頭が「困った困った、最悪だ、終わった、無理だ」とその問題に入るのか。「面白いことになってきたな」と入るのか。その自ら作る先入観の差はその後の問題解決に非常に影響する。

あなたの価値観では理解しがたいことも、人も、世界観も。とりあえず「面白いね」って口に出してみるといい。その方が良い方向に事が運ぶ。運ってそういうことだと思ってる。

批評家とはあんまり私は一緒にいたくない。心が荒んでくるから。鋭い見方に勉強になることもあるけれど、同じように自分を監視するようになってしまうと自らリスクをとりにいけなくなってしまう。気付いたら、自分は安全の島から絶対出ないで、かっこわるい姿晒しながらも挑戦したら人を指差して笑ってるだけのダサい人間になってしまってたら悲惨すぎる。

私はリスクも面白がってとれる人に魅力を感じる。クローズドな感性よりオープンな感性を持っていきたい。

 

人は本当に窮地に追い込まれたときに本性が現れるんだよ。無一文になったときとか、天涯孤独になったときとか、すべてがダメになったとき。壊れて失われて奪われて裏切られたとき。良いときは人は良い人でいられるけど、最悪な日に自分を見失わずその状況を面白がれる人って強い。そういう人が人の痛みに寄り添える、真に強い人である。

 

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