ど正論かましたいときは何かを頑なに守っているとき

 

「あたし おかあさんだから」になぜこんなに引っかかりがあるのか考え尽くした結果、予想外のところから、とてもかっこ悪い自分が出てきてしまった。

ど正論を言おう言おうとしてる自分ってやっぱり違和感。何かをギュッと握りしめて守っている時なんだよね。あぁ何だこんなもの守るために、頑張っていたのかと恥ずかしさと同時に緩んだ。

あまりにダサい自分。そんな自分が小ちゃくて可愛らしくもあり、もうそう思ってしまうのは仕方ないので諦めて精進しよう。

 

一言で言えば、表現者としての負け惜しみだったようだ。

そんなクソみたいなもの作って、叩かれたら日本のおかあさんのせいにして逃げて、神様は見ているとかほざくくらいなら、私に変われと。お金と自分の名声のためにものづくりすんな、変われ!っていうやつ。でもそんな風に思っているの認めたくないから、ど正論打ちかましたんだろうな私は。ズルいのは私も一緒だ。そこに辿り着いていない自分への苛立ち。きっと、そんなくだらないものだったんだろう。残念な感じの自分を認めたくなかった。

 

でも、そんな今日までの私を超えていこう。