そろそろ悲劇を感動話として消費する世の中が変わればいいと思う

 

 

何か大きな成功を収める人の過去には

辛い努力の積み重ねや葛藤がないとダメ

 

そういう目に見えない圧力を感じる

 

なんか、

下積み時代とか

苦労話とか

幾多の困難を乗り越えてきた話とか

そういうのがあるなら

特別に成功を手に入れること許しますよ的な

 

周りは手放しでは

あなたの幸福や成功や栄光を

手にすることを

共に喜んではくれないのです

 

それは親であっても…親友であっても…

 

みな、世の中はそんなに甘くないって

それを頑なに信じてる

ただでは幸せになっちゃいけない

表面張力のように足を引っ張りあってるのよね

みんな気がついてないし、

それが相手のためだなんて言っちゃってるけど

 

 

テレビのドキュメンタリーの取材依頼が来たとき

私を型にはめ込むような構成にびっくりした

 

 

過酷な生い立ちであればあるほど

可哀想だと同情し涙を流し

そこから這い上がる姿に感動する

「その過去があったから今がある」

って人は勝手に美談に持っていくし、

私もそうでないと出逢えなかった人とか

この世に誕生しなかった命とかあるから

何とも言えないけれども

 

いや、私から言わせると

そんな過去、

通らずに済むんだったら

通りたくなかったよ

 

けど人は悲劇や困難や不幸を求める

 

今、私は、

10年前からは考えられないような環境にいる

 

私のことをすごく大事にしてくれる夫がいて

愛されてる、そして私も愛している

子供がいて二人とも健康で

一軒家に住んでいてほとんど働いてない

好きな仕事しかしていない

好きなことしかしていない

オフブロードウェイの公演が決まってる

それも私主演で私作で作る作品で

そのあとも凱旋公演で全国をまわる

 

私を知ったばかりの初めましての人は

このプロフィールでは

ふぅ〜んって興味を持たないだろう

面白くないからね笑

 

この過去にドラマより激しい悲劇があることを知ると

不思議と人は変わる

 

 

別にそれを悪いとか言いたいわけじゃない

 

 

あなたが何か素敵なものを手にするとき

こういう多勢の力が働くことを知ってると

チャンスを掴みやすいと知っていて欲しい

 

あなたが、まだ私がその成功を手に入れるには

努力が足りないとか

不幸が足りないとか

そう言うのを無意識のうちに感じて

掴む手を緩めるのは違うと言いたい

 

欲しいものを得るのに

苦労も努力も汗も涙もなきゃいけないわけじゃない

あると人は喜ぶし興味を持ってくれたり

嫉妬されたりしないし

許してくれるけど

 

あなたはその人のために生きてるの?

好きなように生きようよ!って私は思う

 

valuを始めてその辺ちょっと考えてたんです

新しいところに入ってくのに

今の私はドリーマーすぎて

本当に相手が一瞬怯むくらいな状況かもしれないから

控えめにした方がいいのかなって

 

 

この感情、どこからきてるのか不思議に思った

私なのに誰に遠慮してるのか

 

私は変わらずどストレートに

満面の笑みで突き進んでいこうと思う

怯むことなく

表面張力は突き抜けちゃうと全然かかってること気付かないから

 

だって所詮、水!!!

 

ごめんだけど

私は毎日が楽しすぎる

(つわりでしんどいことを除けば)

 

人は私を何かと不幸にしたがるが

ごめんだけどそう言うのを要らない

こう言ったら何人かは傷付くかもしれないけど

それをお節介っていうよ

あなたは私のお母さんじゃない

私はあなたの娘じゃない

 

私はそんなに自分が倒れるほど動かない

コントロールできますよ

27の大人で二人の子供の母だ

私だけが本当の冬佳をわかってるみたいなのは

ちょっと気持ちが悪いと思ってる

ウチの母でさえ私のことは宇宙人か病気だと思ってたので

 

ましてや私の死んだママから頼まれてるとか

死者を冒涜しているからね

 

 

心配って呪いだと思うんです

本当にあなたのことを思う人は

信じて待ってます

本当にあなたのことを思う人は

自分の幸せに夢中になっててくれてます

 

そろそろ可哀想なのどうでもいいから

本気でみんなが幸せになることを

素直に喜びあえる世の中にしませんか

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP