この服は今の私にあっているか?

この服、このメイク、この髪型、この部屋…

毎日自分に触れるもの、触れている時間の多いものを見直す。思い込みやセルフイメージの力は非常に大きい。

外見より中身よ!と思ってみても、外見は中身の一番外側だ。だからやっぱり表面に中身が現れる。外見よりも気位の高い精神や頭脳を併せ持つ人は、自分と外側の乖離から、自分以外の人間だんだんと見下しがちになる。

精神や頭脳の割に周りからそれに応じた対応を受けていない、きっと周りの理解が自分に追いつかないのだという独特の解釈をしがち。

もっと素直になって、中身に外見を釣り合わせたら良いじゃないか。あなたの中身は素晴らしい。外見をわざわざ中身よりも落とさなくても、あなたの中身の素晴らしさはわかる。

「そういうのは興味ないから」と言うだろう。いやいやいやいや、やってみても居ないのに、自分にどんな変化が起きるか想像もしていないのに、やっぱりそれはこじらせちゃっているよ。

もっと肩の力を抜いて、今の自分に合った服、メイク、髪型、部屋を選ぼう。

最初はこそばゆいかもしらないけれど、人からも自分の中でも私にはコレだというものを身につけたり、そういう空間にいると、自分が自分らしく楽になる。

自分らしく生きていい。

あなたは自分らしく生きていい。

人には人生のうちに何度か転機というものが訪れるだろう。これからまだまだ転機が訪れる可能性も大いにある。過去から現在、未来と時間が続いていく中で、過去の自分をいつまでも引きずっていなきゃいけない法律なんてないんだよ。

中身が変わったのなら、外見も変えていい。今の自分に合った服を着よう。今の自分に合ったメイクをしよう。今の自分に合った髪型に。今の自分に合った部屋にいよう。

その転機を迎えて、過去の自分と今の自分はどう印象が変わっただろう。

前よりもかっこよくなった。

前よりも輝いている。

前よりもイキイキしてる。

前よりも可愛くなった。

前よりも明るくなった。

前よりも綺麗になった。

いろいろあると思うんだけど、そんな風に自分の中の変化を改めて感じてあげると、まぁるく何かに包まれるような温かい気持ちになる。

その変わった今の自分と環境合ってる?環境だけバージョンアップが遅れてないですか。そんな風に外見を変えたら、周りが動揺したり、調子に乗ってるとか思われるんじゃないかとか、頑張っちゃってる(笑)って嘲笑されそうとか。

誰もそんなこと言ったりやったりまだしてきていないけれども、私たちは変化を怖れ、変化していくものに対して怖れが強い人ほどブレーキをかけてくる。

慣性の法則というのを物理で習ったと思う。「動いているものは動き続け、止まっているものは止まり続ける」という法則だ。

これが人間にも働いている。

内面が変わったのなら、外見も変えていい。外見を変えたら、変化が目に見える形になるので変化を怖れる人達からのブレーキはかかると思う。もしかしたら人も離れていくかもしれない。

どちらを選ぶかはあなた次第なのだ。

あなたも変化を怖れる一人であるのなら、今の自分に合ってない物を身につけ、とどまり、中と外のズレにそっと目を閉じ、周りに合わせていくという選択もありだ。

でも、ほんと、怖れなんて、「まだ知らないから」ってだけのこと。恐怖や不安の正体は未知。

あなたはもう自分が選ぶ答えをわかってる。

第三回公演アンサンブルダンサー募集
【出演情報】11/3・4 ALICE~Dreams do come true~

人にはたらく慣性の法則〜動き出せないとき、立ち止まれなくなってしまったとき〜

 

 

何やってんだよ。傍若無人に一心不乱につきすすむのが、あんたのいいところだったじゃないか。なにをバランスくずしてるんだよ。だから、あんたといて面白いんだよ。次はどんな世界をみせてくれるんだろうってワクワクするんじゃないか。人の想像できることの中でその枠で応えようとしたら面白くも何ともない。そこを軽やかに越えていくのがあんたがあんただってことなんじゃないか。

あぁ、もうやめちまえ!そんなに嫌ならやめちゃった方がいい。あんたは気にしているんだろう?ここでやめたらどう思われるのか。いくじなし、根性なし、世間知らず、またかという失念…きっと言われたい放題になるのが容易に想像つく。次のことだって決まってない。でもさ、そんなところで牙磨いて何になる?所詮、檻に閉じ込められたまま。飼いならされて、嫌気がさして、日に日に弱気になっていく自分も嫌いになって。堂々巡り。そこでいかに上手くやるかって妥協案に精根使い果たすのも疲れたろうに。対処療法はその場しのぎにしかならなくて、ふとした瞬間に胸がうずく。その感情を何度胸の内で握りつぶしたか。でも、もうそんな環境からはあんたは脱している。ざわざわして、なんかちょっとでも上手くいかないことがあると、そこを格好の言い訳にして自分で逃げ道つくってる。分かってる。やめた方が良い。

 

わたしはわたし、そのまま受け止めてくれるか、さもなければほっといて!

 

じゃないと、生きているだけで楽しいってことを忘れてしまいそうになるでしょ?いい日はいくらでもあるけれど、死ぬその日にいい人生だったと思えるかはわからない。一日、一日を妥協するのはなんてことないかもしれない。だって明日はやってくるから。でも人生を妥協していいの?次の人生なんてあるの?私はそんなの嫌だ。人は思うよりもあっけなく死んでいく。今しかないんだから、ほんとクズだと思われてもやめてしまえ。

 

仕方ない、そんな何でもかんでも上手くいったら面白くないじゃないか。這ってでも、縫ってでも、行ってみたいんでしょ?人間くさく泥臭く、そのハングリーなあなたが私は好き。失敗が予測できてもそれでも挑んでみたり、大事なもの以外平気で捨てられちゃうバカなあなたが私は好き。早く戻ってきて、あなたに。あなただって、戻れなくなってどうしていいか分からなくなって苦しんでいるのかもしれないけれど、私はここでいつだってあなたを見ている。大丈夫、あなたはそうしていつもやってこれたから。

 

思い出して。あなたは3日寝ずに働きつづけてた。帰ってきて家の中まで辿り着けずに、そのまま玄関で3時間寝て次の仕事に向かっていた日々。ある日、祖母が「光熱費払え!」とヒステリーをおこして包丁やイスを持ち出してきたよね。でもあなたは動じず部屋に向かって歩きだし寝た。部屋の外では喚く祖母。部屋の扉に向かって投げつけられる包丁や皿の割れる音、バリバリと響く何かが壊れる音。

 

その行動の裏には

「ふーちゃんは偉い!私の孫だから。」-違う。

「私は私。誰のものでもなく私は私。」

 

そうやって、私の人生を自分のものとして生きないでください。私が頑張れば頑張った分だけ、自分の足で立たなくなる人たち。だから、私がそれに応えられなくなると自分のこと以上に全部を私に責め立ててくる。

 

思い出した?人のために頑張るのはやめなくちゃ。自分のこと以外どうでもいいのに、いい顔するのはやめなさい。ダンスだって、子供だって本当は興味がない。なくなっても私が私でなくなるものではない。だから、いつまでも大事で心の中に置いておける。私からも向こうからも求めず、執着せず。本当に心地がいい。

 

あなたの周りはだんだんそんな人やものが増えてきた。だから戸惑っているだけ。高低差が激しくて耳がキーンなってるだけよ。いい?ここで怖じ気づいちゃだめだよ。人は現状に満足して変化を好まない。もともと満足する機能が搭載されているから。新しいものに抵抗し反発するようにできている。つまり、変化することより現状に満足していると思い込むことの方が簡単なんだよね。でも、そこを乗り越えていくと何が見えるかをあなたは本当は知っている。

 

『止まっているものは止まりつづけ、動いているものは動きつづける』

この法則を理解し、自分のものとしてコントロールするとあなたの人生にコントラストが生まれる。彩り、体温、息づかいそんなモノが感じられる生き様って素敵だと思いませんか?

 


【レッスン情報】

「10年ぶりのストレッチ」「はじめてのバレエ」

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