ストレスは悪か?ストレス解消の誤解をといてストレスを見方にしよう!!ありのままより有効な生き方。

 

 

人生の楽園、オアシスを求めている人多すぎ!

ありのままにわがままにやりたい放題に憧れすぎ!

 

砂漠を歩くからオアシスが見つかったとき

お水がこの世のものとは思えないほどに美味しく感じるんだよ

 

抑圧があってこそ

暗い穴ぐらを彷徨ったからこそ

悩んだから

苦しんだから

 

でもだからってあたしは

我慢や忍耐をして、たのしみを先送りにするなんて

ふざけたこと言うのも大概にして!と思っている

 

何が言いたいかって

ありのままにとか言っちゃって

抑圧されてる可哀想な自分を認めてないじゃん

どこがありのままなのか。

今の自分を否定してるではないか。

自分が自分を一番乱暴に扱っている

虐げてる。

信じていない。

 

それでありのままやりたい放題に憧れるのは

ただの逃げではないか。

 

勘違い甚だしい

「ストレスを感じるものを遠ざける」

半分そうで半分そうじゃない。

 

ストレスは悪ではない

だってストレスが完全になくなればそれは幸せだと思う?

何かの事業にとりくんで始発の終電満員電車の出勤かもしれない

でも、きっとそこをストレスに耐えて頑張るのは

自己の成長だったり達成感を味わうためだったりして

成長のためのストレスであると思うわけです。

 

たとえば育児

ストレスのオンパレード

でもそれを全回避したいならば

産まなきゃ言い訳で

産んでも誰かにあずけてしまえばいいわけで

それをすることを私は選びません

なぜならストレスを越えた先に

この子たちの成長を見守ることでしか味わえない幸せがあるから

 

こういう我慢や忍耐、抑圧、制限を全部とっぱらうことをいいとする人もいるんだなと正直驚きだったけれども

私ならこう提案したい

 

私はストレスを回避することよりも

「ストレスとうまく折り合いをつける術を各々もっていること!」

これに尽きると思うんです。

 

表現療法とは?ダンスで生きる力を

この記事は私の一番最初の記事です。

 

ここがとても大きい。

これが私の軸なのだと思う。

 

自分の心のよりどころ

原点に回帰できる場所をもつこと

自助できる術

ストレスのはけ口、ストレス発散という

その場しのぎのものでないものをもつこと

 

お酒で簡単に忘れることはできても

自分に帰ることはできない

 

だからそういった意味で

ダンスを教えたいと思うわけですが

まだまだ試行錯誤の道中です

 

そして、ストレスを選択すること

過酷な状況でも

踏ん張って齧りついて

自分を変えたい、強くなりたい

という先のストレスを選ぶこと

 

ありのままに生きる!と

脳足りんで字のまま思考せずに

都合良くうけとるな

 

それもストレスをむやみやたらに受けつづける生活と変わらないよ

大事なのは選択すること!

 

ストレスと自由を自分でえらびたい!

 

 

もし、抑圧された環境下でもがんばりたいときに

あなたがあるならば

一旦アタマ白紙にして踊りに夢中になる

やってみようとも思わなかった変化球にチャレンジしてみるのもいいかもしれません!

春だし!あったかくなってきたし!笑

 

3ヶ月チャレンジキャンペーンやってます。

かなりお得です。今月限定販売です!

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【レッスン情報】
「はじめてのバレエ」

場所:池袋スタジオBUZZ

レッスン代:4,000円(税込)

 

4/16(土)tea11:15~12:15 lesson12:30~13:45

4/22(金)tea14:15~15:15 lesson15:30~16:45

5/10(火)tea9:15~10:15 lesson10:00~11:15

5/24(火)tea9:15~10:15 lesson10:00~11:15

6/7(火)tea9:15~10:15 lesson10:00~11:15

6/18(土)tea9:15~10:15 lesson10:00~11:15

RESERVA予約システムから予約する

「ダンサー表現者のためのバレエ」

場所:池袋スタジオBUZZ

レッスン代:5,000円

 

4/23(土)tea10:15~11:15 lesson11:30~13:00

4/26(火)tea9:15~10:15 lesson10:00~11:30

5/17(火)tea9:15~10:15 lesson10:00~11:30

5/31(火)tea9:15~10:15 lesson10:00~11:30

6/11(土)tea13:15~14:15 lesson14:30~16:00

6/14(火)tea9:15~10:15 lesson10:00~11:30

RESERVA予約システムから予約する

「音浸しの会」

5/14(土)19:00~

6/25(土)19:00~

7/30(土)19:00~
【出演情報】

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「好きを仕事にする見本市 かさこ塾フェスタ2016」

2016年5月29日 CST飯田橋 (11時〜18時30分)

入場料 無料

多種多様な好きを仕事にされた方の展示、物販、セミナー、トークライブ、ワークショップなどなどが出展されます。私、大瀧冬佳はこちらでダンスショーケースをご披露いたします。私のダンスのテーマは「愛」です。

 

【お知らせ】

「Fuyuka Ohtaki Dance Life」という会社案内の個人版セルフマガジンを4月末発行予定です。欲しい方は無料で送付いたしますので、こちらから件名に「セルフマガジン希望」本文に「氏名」「送付先の住所」「部数」ご記入いただき送ってください。

 

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私がダンスで伝えたいこと〜京都へ行ってみて〜

 

 

 

先日、京都へ行ってきました。

「ダンスのつながりで旅をする」

という一つの夢と

 

「ダンスで心通わせる空間を提供する」

という夢を叶えてきました

言語:非言語=3:7

この割合は人に伝わっている情報の割合です。

私たちはコミュニケーションというと

話し方、聞き方に重きを置いていると思います

 

しかし、

言葉以外のところで相手が汲み取っている情報量は

想像以上に多いのです。

 

そして、自分自身も言霊の力に加え

ボディランゲージが自分に及ぼしている力も

とても大きいです

 

私たちは何故、良いことがあると

誰かに教わった訳ではないのに

ガッツポーズをしたり、両手を高くあげたりするのでしょう?

 

私たちは何故、哀しいことや落ち込む出来事が起こると

小さく猫背になり、顔を両手で覆ったりするのでしょう?

 

嬉しいことがあって、縮こまる人はいないと思います。

悲しいことがあって、ガッツポーズをとる人もいません。

 

ダンスの起源は言語の生まれる以前から

私たちの遺伝子に刻み込まれたコミュニケーションの力だと

私は思うんです。

 

感じ方は人それぞれとよく聞くけれども

ボディランゲージに至っては

時代、国境、性別を越えて唯一共通のものですよね。

 

また旋律、リズム、テンポ…

これらの情報から悲しい曲なのか

ハッピーな曲なのかの感じ方もみな大体同じことを感じられます。

 

その中で、自分の人生経験の中で

同じハッピーな感情でも思い浮かぶ光景は

10人いれば10通りのハッピーがあり

 

悲しみもまた10の悲しみがあります。

 

そうしたものをダンスで自己を開放させ交換することが

ダンスでのコミュニケーションで

それが私たちのご先祖さまがやってきた祭りの始まりです

 

五穀豊穣を願って、雨乞いをして

「生」に直結した踊りだったんではないかと思います。

 

 

私は言葉にできない、もしくは言葉にしたくないような感情を

子供のころからバレエにぶつけてきました。

気兼ねなく自分の心を開放させられる唯一の場所でした

 

ダンスと出逢ってなかったら私は今頃生きていないかもしれません。

結果、振り返れば心の治療のようなものでした。

表現をすることでまた明日も生きていける勇気がもらえました。

 

まともで健全な自己肯定感を育むこともできました。

 

特別な話ではなく、ダンスにまつわるそうした話は後をたちません。

楽しいを越えた、「生」そのものを実感できるダンスは

私たち現代人が置いてきてしまった宝物だと思うんです。

 

自分の中の美しさ、自分の命の官能にしたるような感覚なんです。

 

私はそれを「セラピー」や「療法」という

結果を先に提示する言葉で表現したくなくて

だから、どのようにアプローチしていくのかが

ここ半年以上にわたる課題でした。

 

ダンス未経験の人がダンスをどう捉えているのかも

想像がつかなくて…

ダンスのない世界で生きていたことがない私には見当もつきませんでした

 

 

だから、最初のアプローチはステップを教えるクラスや

カラダの動かし方を教えるクラス

と、外側から攻めてみたのですが

全然、私のやりたいことではなく

考え悩み、トライ&エラーの連続で自信を失いそうでした。

 

自分の中にある確信は確かにあるのに

どんどん行動が遠ざかっていく恐さがありました。

 

 

そこで、

京都で開催した「ダンスパーティ」と銘打った企画は

教えるということの一切を封じて

とにかく心と体の開放にのみ重きをおいた

ダイレクトに勝負してみようと私も肚を決めた

 

ダンスパーティのはじまりは自己紹介からにしました

名前、出身地、趣味特技などという情報は一切なしで

誰にも明かしたくない自分だけが知っている望みや野望

ゲスい心の内、そう言ったものを話してもらいました。

 

参加者は思い思いの衣装をまとい

顔には仮面をつけてもらっています。

 

不思議なことに顔を隠して心はさらけ出す

ということが可能になるんですね

 

日常では逆です

顔をさらし心は取り繕い隠しています

本音を内に沈め込ませすぎて

自分でも分からなくなっている人があまりに多いと私は感じます

 

ですから、ここではそれをやっていただきたかった

「その打ち明けた飾らない想いを音にあてて欲しい」

これだけがこのパーティのルールです。

 

私が用意した音楽はジャンルもテイストもバラバラ。

耳や肌で感じた音とリンクした心を

頭のフィルターをかけずにダイレクトに表現すること

 

恥ずかしがっている方が恥ずかしいくらいに

みな曲が1曲1曲と重なるたびに開花していく感じがありました。

 

 

スタジオの照明もギリギリまで落としてムーディな異空間をつくって

私も参加者さんがいないかの如く自分に集中していました

情感たっぷりに、曲によっては涙ぐんでしまいそうなくらいに入っていきます。

 

基本的に私が本気で踊っているときは

ランナーズハイに近いちょっと違う次元に入っています

 

それを一度も踊りなんてしたことない人に

伝染させることができるのかは

大実験でした。

 

結果、できてしまうんですよね!

びっくりでした!!

 

 

私自身がダンスを、自分を信じていなかったのかもしれません。

未経験だろうと、運動神経がなかろうと、歳をとっていようと

そんなの一切関係ありません。

 

もっと信じるべきだった。

私が信じきれていないものを人に伝えられる訳がない。

 

常々、上手いとか下手とかは関係ないと言っておきながら

外堀から守りから入っていた私は臆病でした。

 

ダンスの可能性と自分の可能性を見せてもらいました。

 

 

私は、これを例えば企業の研修に私を呼んで活用してもらいたいです。

刑務所の受刑者に向けて、児童養護施設を出所した子たちに向けて

発達障害の方に向けて、役者やダンサー、ミュージシャンを目指す方に向けて

離婚を考えはじめてしまった夫婦に向けて、お年寄りに向けて

入試や就職の面接を受ける方に向けて

 

いくらでもありますね。

内に沈む自分を見つけにいくダンスは

その後のコミュニケーションに油をさすようなものです。

自分を知って、表現をして認識すること。

開放する感覚を知ること。

 

これって、頭で分かるのと体感するのでは

雲泥の差があります。

はぁはぁ!と分かった気になるかと思いますが

それはたぶん、エロ本を夢中で読む中学生が

大人の愛し合い方を知らないレベルに匹敵します。

要はファンタジーではなくリアルになるんです。

 

例えがなぜ中二男子の気持ちになってみたのか謎ですが笑

 

だから、これをまずは体感しに来てください。

今度3/12、私が出演する舞台は観客がただの傍観者でいられない

興奮の渦にまきこまれるパフォーマンスをしますので

 

ただの阿波踊り!ただのダンス!と思って来ないでくださいね!

 

あなたにカラダと心があるなら、来て体感した方がいいですよ。

来なきゃ損しますよ。

また、どうせ、そのうち舞台やるんでしょ!?って思うかもしれないけど

舞台は生ものなので、その日その瞬間でしか絶対に味わえないんです。

その日に高円寺に観にきてくださった人にしか味わえないんです。

 

youtubeで見るのとは全然違うものですからね。

 

チケットの購入はこちらから↓

http://takarabune.org/blog/?p=215

 

私は京都でやったダンスパーティを東京でもう一歩進化させて

また開催するつもりでいます。

その際は生演奏でセッションを考えています。

 

熱い想いがある方ぜひ参加お待ちしております!!

 

好きの盲点

 

 

好きなこと、やりたいことの盲点。

それは「好きなことをしてる俺!」に素晴らしい幻想を抱いてしまって、それをしない自分は想像できず、そんな自分を否定しているといつの間にか義務になってしまっているということ。

 

私はダンスをいつやめてもいいと思っている。

 

私は5歳のころからバレエ一筋。自分がプロのダンサーになると信じて疑わなかった。その為にはなんでもした。私を育てるのにかかるお金をできる限りバレエに使ってほしいと両親に頼んだ。服とか学校のジャージでいいし。塾も行かないし。そして、努力に努力を重ねそこそこまで昇りつめた自分を今も誇りに思っている。ダンスしか生き甲斐がないとその時は思っていて、それがない人生なら終わっていいって思ったから、高校もやめた。たくさんの大人に言われた。「高校も出ていないと、人生に潰しがきかない」「そんなに頭がいいのに、道を自ら断つなんてバカじゃないのか」って。なら、それまでの人生だからそんな保険いらないと、私は言った。

 

しかし、その数年後、そこまでの大事なダンスをバレエをばっさり捨てたんだ。百足を越えるトゥシューズをゴミ箱に捨てて、レオタードを捨てて、私の人生からダンスという文字を消した。そして、新たな道を模索した。私のまわりにいる人も、私が「ロイヤルバレエ団に通るくらいのダンサー」だと言うことを知る人はいなくなった。そしたら、意外にもとっても楽になった。

 

ダンスがなくても「あたしはあたしらしく生きられるんだ」と言うこと知った。ダンスに焼き殺されそうだったから。駆り立てられ、突き動かされ、いつしか私はダンスに操られ止まることを許されなくなっていた。それをスッパリと20代で捨てられたことはよかった。強みがないと弱い自分を愛せないのは辛いね。若いうちにそれをするのは、たぶん今までで5位内に入るくらい勇気がいった。

 

そして、今は踊っている。ダンスを捨ててから、記憶がとぶくらい泥酔すると私は踊っていたらしい。そしてダンスがどれくらい好きか語っていたらしい。そんな風に、居酒屋で話す自分も可愛らしいなと思った。なら、やってみようかと思った。

 

他の誰のためでもなく、もちろん未来の自分や過去の自分のためでもなく、今の自分がやりたいことを。その瞬間を楽しむダンスができるようになった。だから、私はいつダンスをやめてもいいと思っている。

 


「好きなこと」という言葉はそれだけで、あまりにも美しい言葉なので幻想を抱きやすい。そして、まわりの人間もそれを応援してくれたりするから、自分が本当にやりたいことなのかっていうのを意外と見失いやすいと思うんだ。

 

結婚、家族、資格、恋人、成功、功績、賞賛…いわゆる「幸せ」と自他ともに受けとれることも、手にしてるとき、いつだって捨てられると思えたらそれは本物かな?と私は思います。幸せも不幸も、いつだって自分のなかで自分の物差しで受けとめたい。

 

捨てたら入ってくるなんて言うけど、何も保証がないから怖いんだよね。それを取ったら自分に何が残るんだろうって。手にするまでの過程が長くて濃ければなおさら。でも、それがなくなっても私は変わらないと思えるまでは痛みを伴います。そればかりは避けられないけれども、次のステージに行きたいと願うなら。人生は一度きり。

 

私がそういう覚悟をもつのは、好きなことも好きな人にも義務ではなく幻想でもなく、心から向き合いたいから。純粋に好きと言いたいから。

 

本物の「師」に出逢えることで人生は決定する

 

 

 

道を指し示し、貫く人

そう滅多にはいない

 

 

そういう人に出逢ったことがありますか?

 

あたしは、細かく人生を切り取ってみれば

過酷で不幸な人生にも見えてしまうかもしれない。

 

でも全くもってそう思ってないし

むしろかなりの強運をもっていて

幸福な人生を歩んでいると思っている。

これが本音。

 

 

なぜかというと、

私は本物の「師」に出逢えたから。

その教えは今も心の奥深くにずっとある。

私の人生は「師」に出逢ったことではじまり。

その感謝からはじめなければならない。

 

 

 

人が一生のうちに「師」に出逢えるって言うのは

本当に奇跡のようなことだと思う。

出逢えぬまま死んでいく人の方が多いかもしれない。

有難い、有るのが難しいと書くからね。

 

 

 

 

 

 

私のバレエの恩師は

「ガラスの仮面」に登場する黒婦人

「月影千草」にそっくりだった。

 

若い頃はすっーーーーーごいダンサーで。

日本にバレエを広めた人。

 

そして、とてつもなく厳格な先生だった。

とってもとっても怖かった。

あんなに怖くて厳しい人にあったことがない。

一芸を極めるってやっぱりとても厳しいことなの。

並大抵の根性ではやっていけない。

 

 

今の私があるのはその先生のおかげ。

私は先生の弟子として高校を中退しバレエ一筋にしぼった。

実質、15歳の段階で将来を決めた。

 

 

 

 

一本ビシッと筋の通った人、

絶対にぶれることはなく

強く気高く美しかった。

自分にあれだけ厳しいから

生徒にも厳しくできるし

そして絶対的な説得力をもっている。

圧倒的に突き抜けていて、

そこにいるだけで有無を言わせない迫力と存在感がある。

先生が教室に入ってきただけで

空気がピンと張りつめる。

山頂みたいに冷たく研ぎ澄まされたような空気に一変する

 

あの緊張感は舞台にたつよりも

はるかに怖いものだった。

でも、それを越えて踊るの、

ベストパフォーマンスをすると心に誓って。

 

 

 

 


 

本物の「先生」は自分が偉いとかスゴイとかって押し付けずとも

こちら側から土下座してでも人生かけてでも教えを乞いてしまうもの。

 

そして「先生」のようになりたいとは思わせてくれない。

気付かされるんだ、

「あぁ、私は私なんだ」って。

 

 

褒めてはくれなかった。

でも、認めてくれているっていう自信が湧いてくるんだよね、

怒られて、汗と涙と鼻水まき散らしながら踊ってても笑

 

 

「ばかふゆかっーーーー!!!」って怒鳴られて

で、怖いとか辛いじゃなくて

本当にできない自分に

無償に腹が立ち、悔しくて悔しくて

 

フラフラで足のまめはつぶれて

体ももう動かなくなっちゃって

踊りたいのに、

ついてこない体が嫌になって涙が出ちゃうんだよね。

その涙にさえ腹が立つ。

なんで涙が止まらないのか。

 

 

唯一褒められたのは

「ふゆかには、踊り心がある」

という言葉だけ。

 

褒められたらおしまいだと思ってた。

もう期待をされていないってこと。

 

 

技術も身体条件も決してよくはなく

毎秒挫折している私だけども

この言葉がいつも心の支え。

 

 


私は先生から、

「人としてどうあるべきか」

「本当の美しさとは」

「本当の強さとは」

をバレエをとおして教わった。

 

今も私の中で息づいていている大切な財産。

誰も私から奪うことはできない大切なもの。

 

 

こんな幸せなことはないよね。

私は本当に運がいい人間だから

こんな経験ができたけれども

 

そんな「師」と思えるものは

きっと「本」や「映画」、「音楽」「舞台」にも

うまっていると思う。

 

その裏に人の息づかいが見えて

何かを強く訴えかけてくるものって存在するから。

 

 

ぜひ、みなさまも「師」について考えてみてください。

あなたの胸に今も息づく「師」の言葉はありますか?


 

12/19 「FUYUKAヨガ」「はじめてのバレエ」@吉祥寺 残席(ヨガ5名バレエ1名)

 

 

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【紹介記事を紹介】大瀧冬佳ってどんな人?(随時更新)

大瀧冬佳ってどんな人??

紹介してくださった記事を紹介します。

(ご紹介してくださった名前からのリンクはその方のブログにとびます)

 


 

カメライターかさこさんからみた大瀧冬佳

 

上っ面のキレイ事ブログではなく自己開示した本音ブログだから人は心を動かされる

自己開示した人には

仕事にかける覚悟があるからだ。
上っ面の気持ちで仕事をしていない。
想いがあって仕事をしている。
自分にしかできない仕事をしている。

※そうそう!!だから「はじめてのバレエ」は本気でやってます。損はさせないです。

 

 


 

 

 

 

 

ジャカルタ在住妻ナースHanahusa Kanakoさんからみた大瀧冬佳

かさこ塾の参加者から学ぶもの

大瀧冬佳さんには心を打たれました。ハートに矢を放たれて中央の的に的中!カツーンと音をたてました。人一倍苦労し、バレエに対して誰にも負けない情熱を持っています。

 

 

 


 

 

 

クラフト絵師ゆきさんからみた大瀧冬佳

その美しさ・強さは「生きる覚悟」から生まれるもの

 

彼女の姿の美しさは、

生きることに対する姿勢に通じている。

その躍動感は、生きていることへの喜び。

瞳に宿る輝きは、情熱と力強さ。

彼女が美しく、力強いのはきっと、

過酷な人生を乗り越え、「生きる」と決めたから。

 

 


 

 

異界絵師緋呂さんからみた大瀧冬佳

心を動かす力は、虚像や粉飾からは生まれない

カッコイイ。

※本文中から私の紹介文を抜粋させていただいてますが

今、気付いたけれど…私自身なのか、私が書く文になのかそもそも視点がそれぞれなんですね。

モノ作りの方だから創作物に視点をもたれているんでしょう!うれしい!!

 

 


 

 

こけC(コケ玉が好きで作る方)のたけCさんからみた大瀧冬佳

真冬に向日葵は咲くか?いつどこにいても太陽をさす花

 

貴方と出逢ってからは華やかな
色彩を帯びてきた気がします。

きっと貴方は私とは正反対の場所で
凛とした佇まいで立っていることでしょう。

見るもの全てを焼き尽くすような強い光ではなく、
見るもの全てを包み込むような優しい光。

それこそが貴方を物語る全てです。

 

巷ではダンシングデビルとも
評されるこの方です!!

『躍るチンチクリン』

『熱い!

熱い!!

熱い!!!』

『裸族の酋長!!』

 

女性人物写真家から中田幸三さんみた大瀧冬佳

プリマドンナに会いたくて#1

 

(私のブログで使用している写真は中田幸三さんに撮っていただいたものです!)コンサルタント・カウンセラー・社会保険労務士高橋真理子(がまちゃん)からみた大瀧冬佳

カエルに囲まれ(がまがまが)本心を吐露する。大瀧冬佳ちゃん。

 

あなたに
「私、ほんとは
こうだったんじゃないかって思うの」

を話していた、あのひとときは、
ほんっとに「素」で
喋っていたような気がしてる。

 


アトリエ・ノッカ主宰 フラワーデザイナー 野村絵美子さん

「あなたを突き動かすものはなんですか」

あなたを突き動かすものは何ですか?

小さい体の中に、一体どれだけの力を持っているんだろう・・・

とてもパワフルな人間です。


脚本・演出家 金房実加さん

「ダンスカンパニーUzmeの稽古をみて想う」

https://ameblo.jp/dringo-c/entry-12271358368.html

団長であり主役の大瀧冬佳を見ていると、
好きでダンスを選んだ人ではなく、ダンスに選ばれた人なのだなぁ、と感じる。
魂の目的と「踊る事」が直結しているから、ダイレクトに踊りの内容や伝えたい感情が伝わってくるし、そこに何の引っ掛かりも、1秒のタイムラグもない。それが冬佳のように、「ダンス側に選ばれた人」の踊りなのだろうな、と。

小野寺真生子さん

「Uzme旗揚げ公演」

https://ameblo.jp/169021/entry-12276920195.html

暗闇の中で、自分の命を
一心に輝かせて踊る
団長冬佳さんの姿に衝撃を受けた。
それは正しく、
冬佳さんの生き様そのもの。
そんな冬佳さんの熱量に触れて、
認めざるを得なかった。

「過去の自分と向き合う旅」

冒頭の冬佳さんの全身全霊のダンスと、舞子さんのピアノを聴いたら、涙が溢れた。
16、7歳のあの頃の自分が膝の上にちょこんと座っている、そんな感覚になった。

アロマセラピスト いとうゆきさん

「女性の笑顔の力」
知り合いがFBでシェアしていて知った代表の大瀧冬佳さん。
彼女の実体験に基づく物語をダンス公演として行なうと知って
恐怖を感じながらも見に行って来た。
壮絶な経験をしてきた冬佳さんが
最後の挨拶のときに満面の笑みで出てこられたとき、
涙が溢れ出てきた。あぁ、女性の笑顔って
なんて美しく神々しく見えるんだろう。それを見れただけで
感動して立てなかった。

人は本当に強く、
無限の可能性がある存在なんだってことを
強く強く感じさせてくれました。


株式会社ロケット取締役 久次米光恵さん

「暗闇を優しく照らす蛍となれ」
業界歴30年、芸能人は見慣れているはずのBOSS(スタッフ全員、社長のことをBOSSと呼びます)が、
「あの娘、いいね!動きもいいし、いるだけで華があるよ!」
と、覚えていたぐらいだから、やはり、その圧倒的な存在感は彼女の最大の武器であり、才能なんだと思う。
さて、彼女は、27歳にして、壮絶な人生を送り、今回の「Mao」も、その体験がベースにあって、しかも、台詞なし、ダンスだけで表現するという初演にして大胆な試み。
リハーサルで、足の甲を骨折してしまった彼女、それでも、命の限り舞ってやる!
…そんな気迫が感じられた舞台、70分があっという間でした。

インタビュアー・ライター 鯰美紀さん

「なぜ、彼女(大瀧冬佳)は応援されるのか」

公演もすばらしかったけど、

冬佳ちゃんのすごいところは、

いろいろ大変だった

みたいだけど、

最後は、ステージを立派に

形にしているところ。

脚本、音楽、ダンサー

ほか素敵なスタッフたちを

上手に巻き込んで

いるところ。

 

いや、みんなに、

「巻き込まれたい!」と

思わせているところ。

「応援したい!」と

思わせているところ。

沢山の人を突き動かす

動員力がすごい。


踊るyogini (元Uzme団員) 細貝あづささん

「旗揚げ公演『Mao』」
そんなのを周りで見ていたら
もう、やりたいことあるけれど、、と
言い訳などしていられない!
だって本気になれば出来るから!
と、気付いたら巻き込まれていました。

似顔絵ふで師 きむなみさん

「本気だけが人を動かす」
主演の大瀧さんが全身全霊で
たたんっと飛び
するすると流れ
儚く踏みしめ
力強く崩れ
時に無邪気に笑い
時に憎悪にまみれ
時に恐怖に戦く

耳ソロジスト 亀山裕子さん

「サントラCDでMao公演の余韻に浸る」

 

 

公演最初から大瀧冬佳さん演じるMaoの演技とダンスに目の奥がジーン。。。自然に涙があふれてきます。

 

閉鎖病棟に入っているシーンでは、冬佳さんの人生と重なって…書いてる今も泣けてくる(涙)

 

最後に近づくにつれて、私の近くに座っていた方は必死で声を押し殺して泣いてらして、私もつられそうでした。


デザイナー うさくまさん

「魔法のコンパスを彷彿させるダンスショー」
大瀧氏のダンスを初めて見たのは5月。イベントのオープニングステージという短時間のものです。同伴していた3歳の息子は人混みに不慣れで不機嫌でしたが、ダンスは最前列で食い入るように見ていました。

筆文字スト 小林佳織さん

「あなたを変えるものはなんですか」

私は息をしていたのか?

全身から汗が吹き出し

得体の知れない

圧倒的な塊が私を包んだ。


折り紙クリエイター shokoさん

「心踊らない今日なんていらない」

http://shoko-origami.hatenablog.com/entry/2017/12/13/203103

人の魂ってこうやって動くんだって。
圧倒された。

言い訳せずに。
ひたむきに。
ただ、目の前にあることを全力でする。
そんな、圧倒的な強さと。
何故か儚さが共存する。

彼女に出会えたことが、私には何よりのギフトだった。


ハンドメイド作家 沼里良枝さん

「本気の情熱だけが状況を変えていく」

http://handmade-school.jp/archives/15490

ダンスカンパニーを作り、2017年5月に旗揚げ公演をやると決めた時は、正直ちょっと心配したものです。資金もない、実績もない、コネもない、逆にハンディがいっぱいあるのに大丈夫なの?ってね。

 

鏡よ鏡、世界でいちばん美しいのはだぁ〜れ??

 

『わたし!!』

と言ってしまえ!!!

 

たかが外見、されど外見な話。

 

 

人の女子力の高さを暗に揶揄する人は結構いる。

 

 

 

 

まぁまぁそんなこと言わないで〜?

 


 

 

 

七五三ではじめてのお化粧をしてもらったとき

成人式で振り袖をきたとき

結婚式でウェディングドレスをきたとき

パァっ〜と目の前のすべてが美しくみえた!!

 

 

今までそんな体験もなく

今後そういう機会もなさそうなら

だまされたと思って

『いいからスタジオラムズに行ってきたらいい!!』

 

 


 

 

 

女子力っていうと

私も少し抵抗があったりする

それは他者目線と誤解されがちなワードだから

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だってこの髪型は

80年代で、とてもゆるふわ女子ではないし

男子からは嫌厭されがちなハードなパーマに

オンザ眉毛の前髪だからね。

 

一部では実験に失敗したとまで言われている。

(そんな悪口を言った犯人はこの方

 

 

私がよけりゃそれで良いのだ。


 

 

自分っていうキャンパスに

好き勝手いろいろやってみていいと思うの

自分の美意識をどんどん磨く

 

 

それがね、最期の最期の自分の砦になることがあるよ。

 

 

母が余命1ヶ月と宣告された闘病中に

精神力が、母も私もギリギリのところを

いかにユーモアをもってすごせるか?にかけていた

 

 

自分をどうしたら見失わずに

負けずにいられるかって

 

やっぱり最期は自分の在り方を試された気がする

 

 

 

うちの母は、自分のスタイルに強いこだわりをもつ人だった

服はしまむらばっかりだったけれども

周りの人は母のファッションを真似し

自慢のロングヘアーをとても大切にしていたから

どこの美容院に行っているのか聞かれていた

 

私が髪にこだわりをもつのは、母の影響もあるかもしれない

でも、自慢の髪も抗がん剤の副作用で全部ぬけてハゲになった

 

 

私「まるで生まれたてのヒヨコ笑」

母「ひどい!!爆笑」

 

とか言いながら、

内心、お互いとても辛かったんだろうけど

笑いに変えて、

ウィッグを買ってきて母は仕方なく満足したフリをしていた

 

 

私、このとき、毎朝、丁寧に化粧をしていた

(今はほぼスッピンなのに…)

 

 

母のお見舞いに来てくれる人、弟たち、

そして自分自身。

みんながどんよりと重苦しい空気にならないよう

ハッタリでも化けてでも、ウソでも良いから

そういう空気は作りたくなかった。

 

 

ウソもハッタリも貫けば

その通りになることある

ならなくても方向をかえることはできる

 

悪い方向っていうのは

一度滑り落ちたら際限なく

ズルズルズルズルっーと

落ちちゃうんだよね。

 


 

余命を宣告されてから1年後のこと

母は、危篤に陥った。

 

 

今すぐ逝ってしまっても

おかしくはない状況を担当医から

私ひとり、告げられた。

 

 

3日生存率5%なくても延命措置をとるか、

 

今、この少しの意識のあるまま逝くときを見守るか

 

の二択だった。

その全権が私に委ねられ

 

私は5%でも「やるだけやる」と母と話し合っていたから

独断で医者に土下座してお願いした。

 

 

それから、10日間私は一睡もせずに

昏睡状態の母に付き添った。

 

 

朝がくれば

母の顔を洗い

母にメイクをして

語りかけつづけた

 

私も毎日化粧をして

母の好きな音楽をかけて

踊ってみせた

爪もみをしたり

手を当てたり

気をおくってみたり笑

 

 

意識がない植物状態なのに

ピッピッピッってやつが

反応するのよ

 

 

それから、奇跡が起きて

母は10日後に目を覚ます

 

人工呼吸器が外れたばかりの喉では

声はでないのに

一生懸命、私に訴えてくる

母はなんと、死の淵からもどってきた第一声に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ママのピアスどこやったの?穴が塞がっちゃう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

唖然….笑

…….気絶に近い感じで、私は3日まるまる、寝ました笑

 

 

「あぁ〜ごめんね。

化粧はしといたんだけど

ピアスはさ、なんかいろいろ検査とかあるし

そこまで気がまわりませんでしたよ。」

 

 

 

 


これは極端な例かもしれないけれど

自分がどう在るかって

本当に重要だなと思う。

 

 

化粧、と言うくらいだから

化けている訳だけども

不思議なことに潜在的な

自分の底力が湧き上がってくるんだよね

 

仮面かと思いきや

そうではないんだよね

 

 

自分に自信をもてて

より自分らしくふるまえたり

姿勢もシャン!として

笑顔があふれて

キラキラ輝くんだよね

 

 

人は変わることに抵抗をもっているから

そのきっかけにメイクがなっているんだと思う。

 

 

笑顔があふれて、

そしてまわりにもその笑顔が伝染するなんてステキでしょ?

 

 

 

 

 


ダンサーは「美意識」の追究をしつづけている

どの自分をどう表現するか??

 

 

 

いちばんのお気に入りの服をきて

きれいに化粧をして

かっこいいポージングで

 

「鏡よ鏡、世界でいちばん美しいのはだあれ?」

「わたし!!」とこたえてみよう!!

 

 

 

んな、アホな!!って言ってないで

最初はこっそり心の中でやればいいのだ。

 

 


大きな鏡の前にたつことってあまりないですよね?

どうです??ちょっと見てみませんか??

バレエはそういう意味ではうってつけ!!

ほんの少しの勇気で変化を!!

(と、言いつつ、もう少しでお申込みを締め切ります。いそげ〜!!)

 

レッスン情報→12/19 「FUYUKAヨガ」「はじめてのバレエ」

 

 

 

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生と性、母と娘

 

生きていることに幸せをかんじますか?

素直に男性に抱かれることに喜びを感じられますか?

それとこれとを結びつけるのに抵抗はありますか?

 

 

私とママは19歳しか離れておらず

とても仲の良い親子だった。

 

友だちのように

岩盤浴にいったり、買い物をしたり

恋愛の相談をしあったり。

 

 

ママは乳ガンで余命1ヶ月を宣告されて39歳で亡くなった。

2009年、今から6年前のこと。

私はそのとき19歳でした。

 

 

亡くなる、数ヶ月前のこと

私は「もう死んでくれ」ってお腹の中で思ったの。

断じて認められない感情だったからどうしていいかわからなかった

モヤモヤして雨のふる深夜、公園で踊ってたらそう思っちゃったの。

これを言うのは今がはじめて。

 

 

ママが悲しまないように

ママを守って

ママを喜ばせて

 

ってずっとやってきたのに

なんでそんな風に思うのか自分に困惑した。

 

 

そしてママはそれを悟っていた

「ふゆか、顔が変わった。よかった、好きな人がいるんだ。もう大丈夫だね。」って

「手をみせて?こんなに大きくなったんだね。ママ、この手をずっと忘れない。」って言われた。

 

 

そんなバカなこと言わないでよ〜とかって笑い飛ばすはずが

「うん、そうなんだよ。ママ、忘れないでね。」って言ってしまっていた。

 

 

胸が張り裂けそうな想いと、安堵する気持ちでいっぱいになった。

 

 

そしてね、ほんとうに死んでしまったんだ。

 

で、今まで誰にも抱かれることができなかった私が

ママが亡くなってはじめて男の人に抱かれることができたの。

 

 

でも、それでもまだ、私は自分の人生を自分で生きていなくて

そのはじめての人は元旦那のことで

彼もまた「母」を求める人だったから

強く共鳴しあっちゃったんだよね。

 

 

私は出産を経験して

生まれてきた子供の成長をみているうちに

この夫婦関係も「ママ」を「旦那」に代替わりさせただけだって気付いて

そして、私と母のような関係を子供とくり返したくなかったから離婚した

 

 

 

私は母と祖母の最期も見とどけていて

最期って、これまでの人生のハイライトで

中にいる純粋な子供のわがままがあふれでてきた感じなの

 

 

先祖代々、女である自分を否定して、もがきつづけた人たち。

求める先はそこじゃないのに娘を代替わりにしようとしちゃって

順繰り順繰りくりかえされてきた、しわ寄せを、

私のママが「死」をもってして全部もっていった。

 

私を本当の意味で生かす為に死んでいった。

 

 

私は自分の足で歩きたいという気持ちに従って

その気持ちを信じて進むと

途中たくさん転んで傷だらけでボロボロになったよ

 

母は私を必死に縛りつけ絶対手放してはくれず

そして私も手放されるのは怖かった

でもどこかで最期に背中を押して送りだしてくれたの

それは私にとってとても悲しいことで寂しくて引き裂かれる想い

今にもママの元へ帰ってすがりついて泣きたい気持ちだった。

 

 

 

すごくたくさんの負の出来事に見舞われつづけた私たちだけど

どうしたらこの負の連鎖を断ち切れるのかな〜って

むずかしく考えたり、頑張りすぎたり、いろいろやってみたけれどね

 

最近なんか断ち切れた感じがするのは

女は自分にどこまでも正直に愛らしく生きたらいいんじゃないかって。

ただそれだけで、なんか知らないけどうまくいく。

 

 

 

母が死んで、子供が生まれたことで

私は命の両方向から

「生」を全うすることに迷いがなくなった。

「性」を全うするとも言えるのかもしれない。

「性」を否定したらそれは「生きている」ことを否定することなのかも

 

 

 

そしたら、私の踊りも変わったんだよね

カラダも変わった。肩やデコルテが華奢になった。

動きが柔らかくなった。

もっと世の末みたいな鬼気迫る踊りをしていたんだけど

自由に動けるようになったよ。

止まって受け入れる動きもできるようになった。

 

くびれも、何もしなくてもクッキリできてるって言う。

不思議ね。

 

 

 

最近の課題は

私は苦しくなればなるほど

疲れれば疲れるほど

脳内に松岡修造があらわれて

「あきらめるなー!!!」

「ベストをつくせー!!!!」

って葉っぱかけてくるのよ

 

 

けど、それはさ、私のやることじゃない

物腰の柔らかいわがままな女だから。

今まで、血を吐くまでギリギリに頑張ってきたけれど

わがままにチャーミングに生きた方が

結果に近づくし欲しいものが手に入ることを知った。

 

松岡修造をだまらせて、

むしろ、現実に松岡修造ばりに

私に本気な男の人が現れたら万事解決。

(あ、松岡修造がタイプって訳じゃないよ)

 

 

 

 

 


 

 

母と娘の関係….

みんなそれぞれ思うことがありそうだと思って

田中みっちさまのこちらの記事から私の話を書いてみました。

 

 

 

 

 

 

☆過去記事紹介→ダンスを生きる原動力に

 


 

12月のレッスン情報

 

12/19(土) 

10:15~11:15「FUYUKAヨガ」

11:15~12:15「はじめてのバレエ」

@吉祥寺 アムリタスタジオノースB1

 

参加費 各2,000円

 

詳細はこちら→12/19「FUYUKAヨガ」「はじめてのバレエ」

※キャンセルがでましたので、まだ若干名お申込みいただけます!!

こころよりお待ちしております^^

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fuyuka流の自分の整え方〜あしのうら①〜

 

足のうらは根っこ。

 

根がグラグラしてたらカラダは伸びやかに自由に動くどころか

倒れないようにグッと緊張がはしるのが想像できる。

 

 

手の平よりも、足の裏の方が圧倒的に感覚が鈍いと思うけど

コレ、鍛錬すればちゃんと敏感になっていき

手は脳、足は肚(生殖器やとくに腸)、に繋がっている気がするので

手や目を酷使してアタマでっかちで疲れてる人

野性的、本能的なカラダの感覚とのバランスがとれてない人は

もっと安定するんじゃなかろうか?と思う。

 

 

インスピレーション?直感?が冴えてきそうな感じ。

 

あとは、無意味な不安がなくなる。

足の大きさが身長に対して大きめな外反母趾じゃない人は

「姉御肌」だったり「リーダーシップ」をとれる人だったり

精神的に安定してる人が多い気がするというのは私の勝手な偏見です。

でも、あながちハズレてないんじゃないかな?笑

 

 

そして、じゃあどうしたらいいのか?って話。

前回、投げかけの記事では「つよさ」という書き方をしたけど

よーくふりかえってみて…わかった。

 

結果よりも過程が大事

 

強い足であるにこしたことがないが。

強い足を作るまでにやっぱり今以上にたくさん使わなければならない。

それが大事なんですよね。

 

 

本当にどうしちゃったの?その足?ってくらいに弱い足の人って

若くても結構いらっしゃる。

 

 

自分の体重が足の裏のどこに一番かかっているか?とか

左右でどっちにどういう差があるか?とかさえ

わからなくなっちゃてる人が多い。

 

 

この記事を読んでほんの少しずつでも

カラダを目覚めさせたいと思うなら

私からの宿題を1週間試してみてほしい。

 

「足のうらのどこに体重がかかっているかを感じる」

「どこに乗せたときが一番楽なのかを感じる」

 

 

1週間後に答えあわせをします。

 

 

Facebookやってます、友だち申請メッセージを添えてどうぞ!→大瀧冬佳

 

 
クリック感謝です!


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Fuyuka流の自分を整える、カラダからのアプローチ

 

 

足の裏の強さ、

オマタの締まり、

首のゆるさで体は整う!?

 

 

・足裏の強さとは、

そのままだけど「足のうらの筋肉のつよさ」

足のうらの話step1

足うらの話step2

足うらの話step3

足うらの話step3(補足)

 

・オマタの締まりとは

男女関係なく「骨盤底筋群のつよさ」

お股の話step1

 

・首のユルさとは、

背骨の上で頭蓋骨が緊張で固まらずにフワっと

「ユルく動かせる」状態か?

 

 

ということです。

 

 

「つよさ」と表現してますが

力こぶや、マッチョな硬さや力強さとは

むしろ真逆です。

 

「しなやかな」と言った方が的確です。

 

 

 

 

 

ニュートラルからバチッとスムーズに力のオンオフ、

そして筋肉はたくさんの筋が膜のようになっているんですが

膜全体、均等に脳からの電気信号が行く状態をつくりあげること。

 

 

この脳からの電気信号、パワールートのようなものが

私には、足のうら→オマタ→首、

または、首→オマタ→足のうら

が連動しているとしか思えません。

 

 

人の中心をとおるこのルートを整えると

手足は無駄な力を使わずに動かすことができます。

 

 

膝を粉砕骨折していても

私は高く跳んだり、足を高く上げたりといったことが可能です。

 

 

で、もっともっと身体感覚

(身体感覚とはからだの声をききとる感覚のこと)

を研ぎ澄ませていくと…

 

耳からはいってきた「音」という情報を

脳をとおさずに直接「四肢」に伝えられてた気がします。

 

 

あたまというか、脳は完全停止に近い状態です。

考えるな、感じろの状態。

 

 

 

で、そんなスーパーサイヤ人(をよくは知りませんが)みたいに

なるってことじゃなくて….

 

もっと人間の根本的な

・呼吸が深くなる

・ごはんがおいしく食べられる

・よく眠れる

・(18禁だけども)ちゃんと感じられる

 

から

・相手に伝わる声の発し方ができる

・きれいになる

・心がおだやかでいられる

 

 

なんていう状態、整った状態に導いてくれるものです。

 

 

どう整えるのかは、一つ一つ記事にします。
クリックありがとうございます^^

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誰もが自分のクリエイター

 

 

1冊の本、1本の映画、1曲の音楽、1冊の漫画、1枚の絵、

あなたは心をゆさぶられ、

その先の人生の道筋をいともたやすく変えられてきたはず

一つ一つの数多の創作物の影響で

唯一無二のあなたの感性は作り上げられてきただろう

 

それこそ、あなたも創作物の一つのように自己を作り上げてきた

 

 

 

 

ダンスをはじめ、あらゆる創作物は物語をはらんでる

だから人の心を打ち、多くの人の心を震わせる

 

 

 

 

単に人生の足りないものを満たすだけの何かではない

飢えを癒し、渇きを潤すのみにとどまらず

人をその先の境地へと連れていってくれるものと思う

 

 

 

 

触れて心を豊かにしてくれる創作物として

ダンスとの関わりが増えてくれるのも嬉しいし

 

あなたがあなたにしかできない表現は確実に存在して

誰かをその先に連れていくという

ダンスとの関わりもステキだ。

 

 

 

だからね〜、もっとたくさん教えたい!!

私の知っている「ダンス」について

 

 

もっとわかりやすく提示できる術はないかと模索中です。

 

 

 

 

踊るときに身にしみるんだけど

大胆不敵なわりに繊細で傷つきやすい自分とか

優しすぎて厳しすぎる自分とか

自由奔放で自分勝手な自分とか

 

ふだん取り繕っていても

素っ裸で現れてしまう。

 

 

で、それを全部、そんな歪な自分をぶつけていくんだ。

決して誰もまん丸なツルツルな心なんて持っていない。

むしろ、その歪みこそがその人がその人である愛しきところなんじゃないかな?

 
歪な自分を自分で肯定できる場所が作品の中にある
 

それが、例えば小さなバレエ教室の中で

週に1回でもできたら綺麗に美しく生きられるはず

 

 

 

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