宣伝・集客・告知にお困りのダンサーさんへ

集客という言葉はあまり好きじゃないけれども、こう見渡していると、あまりにセンスのない集客だなと思うことが少なくない。集客の根っこは思いやりや気遣いだと思うので、ここセンスない場合は本編もすこぶる良いものってものでもなさそうではあるが、それでももっとここにほんの少しでも改善してお客さんを多く呼べるようになったら、もっと社会にアートが浸透するんじゃないかと思って、集客について書いてみようと思う。

まず、やらない方がいいと思うものは、コピペで大量に送る告知メッセージ。あと、私はその方との以前のやりとりもチェックしてから、文章を書くようにしているし、文章力の問題もあるけども自分の心の中に「呼んでも来てくれないかも」とか「迷惑かも」とか「もしよかったら来てください」とかそういう気持ちを持ちながらメッセージを書かないようにしている。

そんなことって思うかもしれないのだけれども、そういう気持ちは目には見えなくとも確実に乗っていると思うんだよね。自分がまずどれだけの気持ちを投げたかなのだ。断られるにしても、断られ方が全然違ってくるからちょっとやってみて欲しい。

私は最近結果としてはお断りのメッセージをいただいても、そのメッセージにさらに本番頑張ろう!って元気をいただいて涙することが多い。本当に大瀧冬佳を応援してくださっているのだなと感じるから。

集客が嫌だなって思うのは、どうせ断られるとか、自分の人望のなさをありありと見せつけられるからかと思うのだけども。そんな風に集客っていうのは自分の承認欲求を満たすためのものじゃないから、まずそこの出だしを考え直した方がいい。何のためにお客さんにみにきてもらいたいのか。

主催側に集客しろと言われているから。周りは集客していて自分だけできていないと肩身がせまいから。ノルマだから。その気持ちはお客に伝わるよね。私は文面読む前からわかったりする。いや、結構お客さんってみんなそういうのわかっている。

「シェアしてください」というのもこちらからお願いするものではなくて、あちらが少しでもいろんな人に知ってもらいたいと思った時のシェアだから、みんなに広まるものであって、シェア○件と数字ばかり大きくってもその威力はまるで違かったりするのだ。

もうお客さんを数字と捉える集客は早めに終わりにするべきだ。私たちアーティストはもっともそういう人の心を大事にして、ものを作り、演じている者ではなかったのか。なのに、なぜ「集客」となると途端にそのセンスのなさ。自分さえ気持ちよければそれでいいのか。

熱は伝わるよね。それは隠そうとしても隠しきれないもの。

私にもいろんなテクニックみたいなものないわけではないけれども、どんなテクニックを使っても、この根本のところがなってないと逆効果になる。

最近、私なんかよりもずっとずっとキャリアがうん10年もあって力のあるプロデューサー的な方に「わかります!わかります!」と私のお客さんに対する姿勢に共感いただいたんだけども、相手の方、共感されているにも関わらず、後に続く自論が展開されているコメントに私は微塵も共感できなかった。どう返事していいかすごく迷った。

でもその自論を読ませていただいて、色々と合点がいった。彼はいわゆる、心がないテクニックありきの集客だけをしてきていて、私のやり方はテクニックの一つとして捉えているから輪郭はぴったし一緒なんでしょう、彼の中では。外側だけ見た場合には、その差は気付かないかもしれないのだけれども、私からしたら、どこが一緒なのかさっぱりわからないくらいに肝心の中身が空っぽなんだ。

「お客様のために!!」この言葉を心の底から、これに基づいて全て言動が生まれているのと、

「お客様のために!!」で動いておけば集客できるからで動いているのでは、全然違うのわかる??

テクニックとかマーケティングとか一通りは学んだけど、肝心なことはもっと別にあるなって思ったし、肝心なものをちゃんと持っていれば自然とできるものだ。

2018年7月7・8日 大瀧冬佳ソロ公演予告